連邦捜査部 S.C.H.A.L.E 顧問ハンドラー=レイヴン 作:YSHS
Oh, I see the lantern
(ああ、僕らの家が燃えている)
Trimmed low burning in our home
(中で揺らめく炎がまるでランタンみたいだ)
And though I feel like crying
(そして僕は何だか泣きたくなってきた)
I swear tonight I'll cry no more
(でも、もう泣かないって、今夜誓った)
Clutch 『The regulator』
【0】
八年前、ルビコン3という惑星にて、コーラルと呼ばれる資源をめぐって、動乱があった。
強化人間C4-621として長い休眠を経た僕は、ハンドラー・ウォルターという男によって惑星ルビコン3に送り込まれ、件の動乱に身を投じた。
表向きは集積したコーラルを手にするという名目だったが、主ウォルターの真の目的は、そのコーラルを焼き払うことだった。
ルビコンでの戦いのさなかで僕が出会った、エアというルビコニアンの少女。彼女の正体は、Cパルス変異波形――コーラルの中で発生した波形による人格。実体のないルビコニアン。
つまり、コーラルを焼き払うということは、エアと――その同胞を焼き払うと同義だった。
エアの頼みを聞き、僕は、主の意思に背いて、コーラル点火を阻止しようと動き、同志だったはずの人たちを排除し、その果てにウォルターさえも手に掛けた。
果たしてルビコンの動乱は終結し、僕の仕事は終わりを迎えた。
その後、口座に残った多額の金を使い、エアに促されるままに僕は第九世代手術──強化人間のコーラル中和手術を受けた。
「しばしの別れとなります。でも、たとえ私の声が届かなくなっても、私は常にあなたのそばに居る……、それだけは忘れないでください。きっと、再び言葉を交わす時が訪れるでしょう。その時までまた、――レイヴン」
その言葉を最後に、僕はエアの言葉はおろか、存在を感じることさえできなくなった。
あの動乱を知る仲間だった最後の一人を失った僕は、失意の中で独り星々をさまよい、行く先々で独立傭兵として依頼を受ける日々を送った。
そればかりをして、かれこれ八年。僕は、ウォルターが僕に望んでいた、普通の人としての生き方を十分に学べていたとは言い難かった。
ACを駆っている時、その間だけ、僕はエアを感じることができる。声も聞こえなければ、存在を感じることさえないままだけれども、時折彼女が僕を支えてくれている気がした。それだけが僕の空虚な生の支えだった。
所詮、強化人間の独立傭兵でしかない僕には、妥当な生き様なのかもしれない。
でも……もし、あの業を精算するチャンスが貰えるのなら――。
今度こそ僕は――。
【1】
” ・---・(セ) ・-・-・(ン) ー・(タ) ・・・-(ク) ・・-・・(ト) ・---・(セ) ー・-・・(キ) ー・-・(ニ) ・-・ー・ (ン)”
MAIN SYSTEM
MISSION BRIEFING
■LOADING........// 100%
■COMPLETE.......//
『ルビコン解放の英雄……ラストレイヴン……或いは暁の火種……独立傭兵レイヴン。あなたにしか頼めない、あなたにしか成し遂げられない、依頼があります。――私は、選択を誤りました。過去の私のミスが、この状況を招きました』
【途中、ノイズが入り、中程の内容は飛ばされた】
『どの状況で、どんな選択肢を取るように言っても、無意味でしょう。ですがイレギュラーたるあなたであれば、私とはまた違った選択ができるはず。あなたにしかできない選択の数々。そしてあなただけが引き寄せられ、掴み取れる結果。あなたが、私の聞いていた通りの人であれば、この捻じれて歪んだ終着点とは、また別の結果を……。そこに繋がる選択肢は……きっと見つかるはずです。だからレイヴン――いえ、ハンドラー=レイヴン先生、どうか……』
届いた覚えのない、読んだ覚えのない、あの不可思議なメッセージ。でも確かにこの胸に残っている。
縁もゆかりも、義理も無いはずの相手。なのに何故か。この依頼は、何が何でも、成し遂げなければならないような気がした。
「――生。お――て――さい。先生――起きてください」
微かに聞こえてきて、段々と大きくなっていくその声に気付いて、男、レイヴンは目を覚ました。
彼が付けていたヘッドギアと、眉から唇までを覆う鈍色のバイザは、装着者の覚醒を感知して、外界の情報をHUDと共に視覚へ投影する。
「随分と熟睡されていましたね、起こそうとしてもなかなか起きないほどでしたよ。ちゃんと目を覚まして、今の状況を聞いてください」
そう語り掛けてきた、十代後半の、尖った耳に眼鏡を掛けた長く青みがかった黒髪の女性、
「私は、七神リン。学園都市キヴォトスの連邦生徒会幹部」
学園都市キヴォトスと言われ、レイヴンは首を傾げた。
「混乱されているみたいですね。分かります。今はとりあえず、私について来てください。あなたには、どうしてもやっていただかなくてはならないことがあります」
そう言ってリンは歩き出す。レイヴンは、座っていたソファの、自分の隣に立て掛けてあった杖を手に取って立ち上がってついて行った。エレベータに乗り込み、上へ。そうして見えてきた、この建物の立つ街の全容。
「ようこそ、学園都市キヴォトスへ、レイヴン先生」
水辺を除いた土地一面に所狭しと立ち並ぶ、大小様々な建物が立ち並んだ巨大な街並みが、空からの日の光を受けて輝いていた。
「キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大学園都市です。先生がこれから働く場所でもあります。先生が生活を営んでいらっしゃった所とは大分違って、慣れるには苦労されるかと思われますが……先生なら大丈夫でしょう。他でもない、あの連邦生徒会長からご依頼を受けたあなたであれば」
やがてエレベータは最上階のレセプションルームで止まった。扉が開いて出た先には、四人の少女が佇んでいて、こちらに気付くや身体ごとこちらへ向いた。
「代行! 見つけた! 連邦生徒会長を呼んできて! ――ん? その大人の方は?」
菫色の髪の毛をツーサイドアップにした、タイトスーツの上に崩しがちにジャケットを羽織った少女が、リンを呼び止め歩み寄って、リンの背後に居たレイヴンに気が付いて、不思議そうな顔をした。
「主席行政官、お待ちしておりました」
膝裏まで届く長い黒髪に、横にスリットが入って内のガータベルトが見える長いスカート。何より腰から生えた黒い大きな翼の少女。また身長も非常に高く、レイヴンと同程度か。
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長の空崎が、現状に納得のいく回答を要求しています」
と、フリルの付いたブラウスの腕に『風紀委員』と書かれた腕章を付けた、薄い茶髪をおさげにした少女。彼女も、リンと同じように耳が尖っている。
「インフラの混乱、矯正局にて停学中の生徒たちの脱走、戦車にヘリコプタといった出所不明の兵器の不法流通が二〇〇〇パーセント以上増加。うちでは不良たちによって登下校中の生徒たちに襲われる頻度が増加し、治安の維持が困難になっています」
長い銀髪の側頭部に、サイドテールのような小さな翼がある赤目の少女。
そこでレイヴンは、彼女らに共通する特徴が目に付いた。
彼女らはいずれも、軍人らしい出で立ちではないにも拘らず、武装している。旧式の軍用拳銃に狙撃銃から、現代でも使われているアサルトライフルにPCC(ピストルキャリバーカービン)と、銃の時代も型もバラバラだ。
何より不思議なのは、彼女らの頭上に浮かぶ、天使を思わせる、個人個人で色や形、質感が異なる輪っか状のモノ。
──ヘイロー。
はたとそんな用語がレイヴンの頭に浮かんだ。そう、あれはヘイローだ。ここキヴォトスに住む彼女らのような生徒が漏れなく持っているモノ。レイヴンの頭には当たり前のようにそんな知識が存在していた。
またしても奇妙な感覚がレイヴンの頭に浮かぶが、彼は持ち前の鈍さから、さして気にすることなく受け入れた。
「こんな状況になってるのに、連邦生徒会長は何週間も姿を見せない……。一体どういうことなの? 会わせてちょうだい、今すぐ!」
と迫る菫色の髪の毛の少女に、リンは嘆息し、
「生徒会長は、今は席におりません。端的に言いますと、行方不明となっております。これにより、『サンクトゥムタワー』の最終管理者が居なくなったため、連邦生徒会は現在行政制御権を失った状態となっています」
そう告げると、彼女らに動揺が走った。
「やはりあの噂は……」
黒羽の少女が呟いた。
「先ほどまで、我々も認証を通るためのルートを探していましたが……、ついぞ見つかることはありませんでした。……代わりに、この先生がいらっしゃったのです。この方が我々のフィクサとなってくれるはずです」
リンがレイヴンに顔を向けながら言うと、俄かに視線が彼に集中した。
「キヴォトスの外からいらした方と見受けましたが……先生でしたか」
「はい。連邦生徒会長が外部から召喚した方のようで、これからキヴォトスで働くことになりました。彼女からの情報によれば……ここキヴォトスの切り札となり得るお方だとか……」
と、最後の情報を、胡乱げにレイヴンを見ながらリンは語った。
他の彼女らも同様に見ていた。
「ひょっとして、最近外郭地区に
菫髪の少女が、レイヴンの格好を見ながら言った。
レイヴンが今着用しているのは、少女の見たところ、AC用のパイロットスーツだ。その上にフライトジャケットを着ている。赤地に黄色の線が二本入っている旗を模した四角形に『BALAM REDGUNS』と書かれたワッペンが左胸にあり、また腕には『G13 RAVEN』と刺繡が施されている。
反対側の腕には、数本のリードが巻き付けられた手のエンブレムがあった。
「ベイラム……ベイラム・インダストリーでレッドガンと言えば、アーキバスと並ぶあの大手星外企業ですね。ルビコン3動乱を契機に、どちらも経営が傾いていると聞きましたが……」
顎に指を当てながら風紀委員の少女が言った。
「ルビコン帰りの方なのでしょうか。確かにそれなら相当な腕利きと考えられますが……」
銀髪の少女は、言いながら小首を傾げた。
「どれくらいの腕前なのかしら……。重MT(マッスルトレーサー)を単機で相手取れるとか?」
菫髪の少女が片眉を上げながら言う。
「流石にそれだけでは切り札とは言いがたいです。複数体相手取れれば、或いは……」
と風紀委員の少女は、切り札にふさわしい無茶を言ってみるが、流石に無茶ぶりが過ぎるだろうと言葉尻を濁した。
「バルテウスやカタフラクトを相手に……というのも、あり得ませんね。不可能です。第一、バルテウスなんて戦力と戦う状況が来るかどうか……」
同様に、黒羽の少女は、土台不可能なことだと切って捨てた。
考えれば考えるほど、不信は深まっていく。
「キヴォトス唯一のAC戦力だという理由、というわけでもなさそうではありますが……。それを詮索したところで意味はないですし、いずれ判ることとして、そろそろ仕事の話に戻りましょう」
と、リンは話題を戻す。
「彼がこれから働く組織、『連邦捜査部 S.C.H.A.L.E(シャーレ)』。その部室はここからおよそ三十キロ離れた外郭地区にあります。先ほど言及されていた、ACが搬入された格納庫のそばの建物です。これから先生をそこにお連れしなければなりません。──モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」
リンが通信を開くと、室内のモニタに少女が映し出された。リンと同じ白い制服を、崩して着ており、ピンク色の髪の毛を左右で纏めた少女だ。彼女がモモカだろう。
「あの外郭地区の? ああ、あそこは今大騒ぎだけど? 矯正局を脱走した生徒が暴れてるの。連邦生徒会に敵意を持って、地域の不良たちを先導して、辺りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車なんか持ち出してさ。連邦生徒会に恨みを持ってる生徒たちが、連邦生徒会所有であるシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの」
と、対岸の火事のニュースについて話すように気の抜けた調子で語るモモカの話を、リンは据わった眼で聞いている。
「あっ、お昼のデリバリィ届いたから、また後でね」
そう言ってモモカは一方的に通信を切った。残されたリンは憮然として口を引き結んで佇んでいたところから、煮えゆく水の如くわなわな身体を震わせていく。が、すぐさま深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、こちら側に向き直り、それから室内にいる少女らをしげしげと見やる。
「……まあ、ちょうどここに、各学園を代表する立派で──暇そうな──方々が居ることですし……」
「えっ……」
「キヴォトスの正常化のために、絶賛暇を持て余したあなたたちのお力が、切実に、必要なんです。──というわけで、行きましょう」
有無を言わせずにリンは踵を返して歩いて行った。
「い、いや、ちょっと待って! どこ行くのよ!」
菫髪の少女をはじめ、彼女らも後を追いかけていったので、レイヴンもそれに続く。
それでやって来たヘリポートにて、成り行きのままに彼女ら及びレイヴンはD.U.外郭地区行きのヘリコプタに乗ることとなった。
「えぇ……、噓でしょ。私、これでもうちの学校の生徒会所属で、結構な立場にいる身なんだけど。どうして戦闘に参加しなきゃいけないのよ……」
気が重そうな面持ちで、ヘリのシートに座る菫髪の少女。
「現在派遣できる戦力が我々しか居ないから、致し方ありません」
風紀委員の少女が銃の調子を確かめながら言う。
ところで、と銀髪の少女が口を挟む。
「まだ、先生――で宜しかったでしょうか――あなたのお名前をお聞きしていませんでしたね。私は守月スズミと言います。トリニティ総合学園の所属で、自警活動をしています」
スズミという少女はそのように自己紹介をすると、他の少女たちに促すように流し目を送る。
次に、スズミの隣に座っていた黒羽の少女が、
「私は羽川ハスミ。彼女と同じくトリニティ所属で、正義実現委員会の副委員長をしております」
ハスミの次に、風紀委員の少女が少しの間を置いて、
「ゲヘナ学園で風紀委員をしております、火宮チナツと言います」
チナツの自己紹介の後、周囲の様子を見ながら菫髪の少女が咳ばらいを一つして、
「ミレニアムサイエンススクール二年の早瀬ユウカです。同校の生徒会に当たるセミナーというところで会計を務めています」
V.VII(ヴェスパー・セヴン)スウィンバーンみたいなものか、と考えながらレイヴンはユウカを見ている。
「えっと……先生のお名前を聞いてもいいですか」
遠慮がちに問うてきたユウカに、彼は、レイヴンとだけ名乗った。
本人には悪気は無いのだが、そのそっけない態度に彼女らも戸惑っていた。
「へ、へえ、格好良い名前ですね。それって苗字なんですか、名前なんですか。よければ、もう片方の名前も教えてもらえますか」
少し固まった空気に堪えかねたユウカが、続け様に訊く。
レイヴンは思案するように顔を下に向けた。
苗字は無い。どころか、このレイヴンという名前さえ、本来は彼のモノではない。
そもそも名前なんて無い。強いてあるとすれば、第四世代強化人間C4-621……それが彼の名前……ウォルターの猟犬としての名前……八年前にあのルビコンで捨てた名前……。
別に名乗らなくてもよかった。苗字が無くても困ることはない。
でも、レイヴンの頭には、ある名前が、主張するように浮かんでいた。
名乗ることが許されるのかは分からない。けれど名乗ってみたい、あの名前が。
そんな風に沈思しているレイヴンに、ユウカたちは気まずそうに押し黙っている。
見た所、このレイヴン先生は、何やら訳ありだ。表情は、彼が被っているHMD(ヘッドマウントディスプレイ)のバイザで隠れていて分からないのが、ますます不安を掻き立てられる。ひょっとしたら、名前に関する話題は失敗だったかもしれない。
「あぁ、いえ! 別に無理に教えていただかなくても――」
慌てた様子で両手を前に突き出して振りながらユウカが遠慮しようとした直後、
「ハンドラー……」
卒然と、レイヴンが顔を上げて言う。
「ハンドラー=レイヴン」