連邦捜査部 S.C.H.A.L.E 顧問ハンドラー=レイヴン   作:YSHS

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鴉と狼たちの午後【中編】

 ここはシャーレのビルの地下。そこに格納されている格納庫(ハンガー)ヘリの内部である。

 

 忍び込んだ少女、狐坂ワカモは、格納庫内に安置されている機動兵器アーマードコアを眺めながらキャットウォークを歩いている。

 

 そこの突き当りに設置されていた、コンピュータの乗ったデスクの所まで来て、うーんと唸って思案する。

 

「これが連邦生徒会の所有物だとして……流石にACを破壊するのは、骨が折れますねぇ」

 

 これらのコンピュータを破壊するのであれば造作も無いが、それでは折角ここまでした意味が無い。今からACの破壊作業をするにしても、時間の余裕が無い。

 

 さて如何したものかと途方に暮れるワカモ。そんな彼女に、背後から近寄ってくる影があった。

 

『(^q^)ソコニヤツガイルゾ』

 

 気付いたワカモが即座に振り向いてライフルを構える。

 

「さっきの狐面の人だね。ここを壊しに来たの?」

 

 言いながら歩み寄ってくる影は、背の高い、男性であるらしかった。声は聞こえてもまだ距離は少し離れており、また薄暗い格納庫内ではよく見えない。

 

 ただ、等間隔に壁に設置された照明が、チラと彼の顔を照らす。

 

「……あら?」

 

 一瞬だけレイヴンの顔が見えたことで、ワカモは頓狂な調子で、構えていたライフルの銃口を下げた。

 

「このAC――と言うかACコア──は、ウォルターがくれたやつなんだ。壊さないで」

 

 先ほどの暴動を引き起こした危険人物を相手にしているとは思えない、至って平静な調子で、彼は語り掛けた。

 

 両者の距離が縮み、もう一度照明が彼を照らし、ちょうど彼は足を止めた。

 

「あら、あらららら……」

 

 そして明瞭に見えるようになった彼の相貌を、しげしげとワカモは見つめる。

 

 黒髪の混じった白髪による、所々が跳ねた灰色のナチュラルヘア。赤ちゃんの肌みたく白く照る、女性なら羨ましがるであろう乳白色の肌、微かに見える唇の血色。薄っすらと見える、流麗な線を描く鼻筋。何より、陰の底からでも輝く、丸く開かれた眼の中の紅い瞳。

 

「あ、ああ……」

 

 言葉を失ったワカモは、最早自分の目的も、それどころか現状への対処を思考することすら覚束ず、纏まらない声をしばらく上げ続けたのち、

 

「し、し、失礼いたしましたー!」

 

 初心な娘らしい甲高い声と共にその場から飛び出し、いずこかへ去っていったのである。

 

 その様を視線だけで追った彼ハンドラー=レイヴンは、聞いていた情報に比べてお淑やかな雰囲気を漂わせていた彼女に、

 

「思ったより良い子なのかも」

 

 といった印象を抱いていた。

 

 ウォルターからの物を壊さないでとお願いしたら、素直に聞いてくれた。それだけでも、レイヴンからワカモへの評価は随分と高くなった。

 

 デスクへ寄って、そこにある物を確認する。何も弄られていない、壊されていない、盗られてもいない。無事なようだ。

 

 強いて言うなら、いくらか設備や物品が増えていることぐらいか。

 

「先生、お待たせしました」

 

 レイヴンの背後から声を掛けてきたのは、別行動を取っていた七神リンであった。

 

「何やら声や物音が聞こえましたが、何かありましたか」

 

 訝しげに問うてくるリンに、首を横に振って応える。

 

「……なら良いのですが。ところで、あなたの所有物以外に、いくらか物が増えていることにお気づきですか。それらは、連邦生徒会長が残した物……。例えばそこのタブレット端末を」

 

 リンに言われて、レイヴンはデスクの上にあった物であるタブレット端末を拾い上げた。

 

「ただのタブレット端末に見えますが、OS、システム構造、動作の仕組み、製造元まで不明の物品です。ただ判っているのは『シッテムの箱』と呼ばれていることだけ……。連邦生徒会長は、先生であれば、これでサンクトゥムタワーの制御権を回復させられる、と。我々では起動すらできなかったものですが、先生であれば、或いは……」

 

 リンからタブレット『シッテムの箱』へ視線を移し、試みにレイヴンは電源ボタンを押し込んでみる。

 

 そうして画面に浮かび上がってきたのは、空色の背景に、アルファベットの『S』を形作った四角や三角の図形。

 

...

 

Connecting To The Shittim Chest...

 

Please enter the System Password.

 

 起動できたは良いものの、パスワードを求められた。当然レイヴンはそんなもの知っているわけもないし、心当たりも無い。

 

 それらしい文言が脳裏に浮かんでくることも無く、ただ黙って画面を眺めていると、卒然と、入力欄に文字が打ち込まれていくのが見えた。

 

We thirst for the seven wailings.

(我々は望む、七つの嘆きを)

We bear the koan of Jericho

(我々は覚えている、ジェリコの古則を)

 

 全く覚えのない文言だった。少なくともレイヴンが入力したものではない。かと言って、タブレット側が自ずと入力したものではないのも確かだ。そうでなければパスワードの意味なんて無い。

 

 誰の仕業かは、心当たりはあるが。

 

...

 

Password accepted. User identified as RAVEN. Confirmed.

 

(接続パスワード承認。現在の接続者情報はレイヴン、確認できました)

 

『Welcome to the Shittim Chest, RAVEN sensei. Converting operating system ARONA for biological authentication and generation of verification certificate』

 

(『シッテムの箱』へようこそ、レイヴン先生。生体認証及び認証書生成のため、メインオペレートシステム A.R.O.N.A に変換します)

 

 そうしてホワイトアウトする画面──いや違う。ホワイトアウトしているのは、レイヴンの視界、レイヴンの意識だ。

 

 失神や眩暈とは違う、自分の意識が、何かに吸い寄せられる感覚。

 

 気が付けばレイヴンは、広い部屋に居た。

 

 不思議な所だった。室内には木の面とスチールの脚でできた机が並んでいて、後ろ側には、鞄が一つ入る程度の大きさのロッカが横二列に並んでいた。あと、壁が砲撃でも喰らったかのように崩落している。大穴の空いた先には、広い広い水溜まりが広がっている。

 

 その机の中の一つに、水色の髪に白いリボンを付けて、他のキヴォトスの生徒たちと同様にあたんにヘイローを浮かべた少女が突っ伏して寝ていた。

 

「カステラには……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……」

 

 夢を見ているらしい。カステラ……どんな食べ物なんだろう。城と発音が似ている*1が……王侯貴族が食べるような高級な食べ物なのだろうか。

 

 このまま寝かせておくと進まないので、起こすことにした。

 

 レイヴンは彼女の目の前で両手を構えると、力強く掌同士を打ち合わせた。手がぶつかり、軽く空気が破裂する小気味良い音が立ち、それにビクッと少女は身体を跳ねさせ、口の端から涎を垂らして半目の顔を上げた。

 

「ありゃ、ありゃりゃ……。え、あれ? あれれ?」

 

 少女はレイヴンの顔を認識するや目を見開き、恥じるように頬を染めた。

 

「わっ……グッドルッキングガイだ……。じゃなくて! あ、あなたが、先生ですか! パスワードを見つけ出して、この空間にに入ってきたということは!」

 

「見つけたのは別の存在だけどね。名前はハンドラー=レイヴン、今日から先生になったみたい。アロナというのは君?」

 

「あっ……そうだ、まずは自己紹介からですね! 然り、私こそがシッテムのやべーやつ、アロナです! このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS 、そしてこれから先生をサポートさせていただく秘書でもあります。まだバージョンが低いので、喋り方もずんだもんみたいになりがちですが、精いっぱいサポートしますからね!」

 

 無邪気な笑顔でアロナは胸の前で両手で小さな拳を作り、意気込んだ。

 

「それではまずは、形式的ですが生体認証を行います。少し照れくさいですが、手続きなので頑張ります。先生、こちらへ来てください」

 

 言われた通りレイヴンがアロナの方へ寄ると、彼女はその小さな手の人差し指をレイヴンに向けて差し出し、

 

「こちらの私の指に、先生の指を当ててください」

 

 それにレイヴンは、特に疑問を抱かず、むしろ納得した様子で自らの指を持っていき、そこに合わせたのであった。

 

「ドーンだYO!!」

 

 指が合わさるや否や、アロナは元気いっぱいに声を張り上げた。

 

 何か起こった様子は無いのだが、きっと何か意味があるのだろう、とレイヴンは何も言わないでおく。

 

「まあこの掛け声には意味が無いんですけどね!」

 

「……アロナは元気だね」

 

「いやー! なんかあの地獄のような業務から解放されたと思うと、テンション上がっちゃいまして!」

 

 どうやらアロナも色々と苦労してきたらしい。

 

 そう納得してレイヴンは小さく頷く。

 

「ところで、お願いがあるんだけど」

 

 本題に入ろうと、レイヴンが口を切った。

 

 その途端に、テンションが乱れていたアロナは切り替わり、レイヴンからの説明に耳を傾ける。

 

「ふむ、ふむ……。つまり、連邦生徒会長の失踪により、サンクトゥムタワーの制御ができない、と……。い、いやー、連邦生徒会長もひどいですねー! そのせいでリンちゃんたちが大変な事になっちゃってるなんてー! あははは……」

 

 何やら訳ありな様子でアロナは、視線を泳がせた。

 

「ですが! サンクトゥムタワーのアクセス権であれば、たった今 admin 権限を取得、タワーの制御権を掌握できましたよ! 随分と作業が捗りましたけど……先生が手伝ってくださったんですか?」

 

 身に覚えのないことを言われた。ハッキング等の心得が無いわけでもないが、流石にアロナがやっていたような芸当をできるわけでもない。

 

「あれ、違うんですか? でも……今この場であれらをするとしたら、レイヴン先生しか……。うーん……トロイの木馬とか仕込まれてませんよね……」

 

「大丈夫だと思うよ。悪い事する気は無いと思う。信じて」

 

 根拠無しに言い切るレイヴンに、しらばらくアロナは怪訝な顔で唸る。

 

「先生がそこまで言うなら……。事は一刻を争いますからね。それはさておき、これでキヴォトスは今、先生の支配下にあるも同然です! 後は先生が承認してくだされば、権限をリンちゃんたち連邦生徒会に移管できますが……どうしますか」

 

「お願い」

 

 一も二も無くレイヴンは首肯した。

 

「早いですね。そんな即決して大丈夫でしょうか」

 

 どこかアロナは疑念を孕んだ面持ちで更に問うた。

 

「正直、今の連邦生徒会は信用に値するように思えないんです。先生が来る前に、連邦生徒会長が失踪したというのはご存じですよね」

 

 切り出したアロナに、レイヴンは、知ってる、とだけ返して続きを促した。

 

「組織のトップが失踪し、サンクトゥムタワーの制御を失い、そうして発生した暴動を解決することもままならず、先生が来てやっと解決された体たらく。果たしてこれで、まともに管理なんてできるのでしょうか」

 

「……」

 

「その上でもう一度聞かせてほしいです。ハンドラー=レイヴン先生、本当に権限を連邦生徒会に移譲してもいいですか」

 

 レイヴンの眼を覗き込んでくるアロナのその瞳には、色々な思いがあるようだった。

 

 けど、彼女の心情が何であれ、レイヴンの選択は変わらない。

 

「それはあの子たちが選択することだから」

 

「……そうですか」

 

 そう返したアロナの表情には、拍子抜けした風で、さては安堵とも落胆ともつかないものがあった。

 

「先生を試すようなことを訊いてごめんなさい。わかりました、ではこれより移管しますね」

 

 そう言ってアロナが手を振ると、またしても視界はホワイトアウトし、レイヴンは意識が離脱していく感覚に飲まれていった。

 

「では、リンちゃんたちのことはお願いしますよ、先生!」

*1
カステラ(castella)はラテン諸語で城を意味する単語と似た綴りとなっている。由来は諸説有り

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