連邦捜査部 S.C.H.A.L.E 顧問ハンドラー=レイヴン   作:YSHS

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鴉と狼たちの午後【後編】

【1】

 

「では、リンちゃんたちのことはお願いしますよ、先生!」

 

 そう言って手を振るアロナに見送られ、またしても視界がホワイトアウトし、何も見えなくなった次の瞬間、例の格納庫に場面が移っていた。

 

「……はい。分かりました」

 

 背後でリンが誰かと話しているのが聞こえたので、振り向いた。連邦生徒会と通話しているらしい。ちょうど話が終わったみたいで、リンは通話を切ると、レイヴンに向き直った。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これで以前のように行政管理ができそうです。彼女らにも報告に行きましょう」

 

 と告げられたレイヴンが頷いたのを見たリンが踵を返して歩き出すのを見て、彼もそれに続いた。

 

 格納庫を出て、エレベータに二人は乗り込み、上へ。エレベータはエントランスで止まる。

 

 エレベータから出ると、エントランス内で待機していたユウカ、チナツ、ハスミ、スズミ。二人に気付くや駆け寄ってくる。

 

「レイヴン先生のお陰で、サンクトゥムタワーの制御権は無事取り戻され、現在行政管理ができている状態です」

 

 リンからそれを告げられると、彼女らは一様にほっとした様子で笑みを浮かべた。

 

「お疲れさまでした、先生。キヴォトスの混乱を防いでいただき、連邦生徒会を代表して深く感謝をいたします」

 

 一礼をするリンに倣ってか、他の彼女らも各々レイヴンの方へ一歩寄って、

 

「お疲れさまでした、先生。きっとこの活躍は、キヴォトス全域に、SNSとかで話題になって瞬く間に広がるでしょうね」

 

 と、ユウカ。

 

「ここでお別れですが、近い内に是非、トリニティ総合学園へ立ち寄ってください」

 

 にこやかに言うハスミと、微笑みながら頷くスズミ。

 

「私も今度の件は、詳らかに風紀委員長に報告させていただきます。ゲヘナ学園にいらした時は、是非尋ねてくださいね」

 

 チナツも。

 

 口々にレイヴンへの好意的な口上を述べている。

 

 何やらレイヴンからも一言求められているようで、リンへ流し目を送ると、彼女は促すように宛然と見返した。

 

 レイヴンは視線を上へ向けて須臾の間思案すると、

 

「やったね。凄いね。」

 

 他人事のように述べた。

 

 そのズレた返答に、彼女らはいくらか驚いた表情をしたのち、揃って苦笑を見せ、

 

「け、謙虚な方なんですね、先生って……」

 

 返答に困った末に、誰かがそう言った。他の子も何て返したら分からないから、小さく頷いたり、乾いた笑いを小さく上げるばかり。

 

 とりあえず、その場は解散となり、去り行く彼女らに向かってレイヴンは、胸の高さで小さく手を振った。

 

 ほとんど表情が変わっていない彼の顔が、しかしうら寂しそうに弛緩しているのを見た彼女らは、か弱い子供を置いていくのと似た感情に胸を締め付けられつつ、「また会いましょう」と返す返す言いながら、しきりに宛然と手を振り返して去っていった。

 

「そ、それでは……シャーレの部室を案内しますね。ついて来てください」

 

 レイヴンがリンに向き直ると、彼女はハッと我に返ったように目を開き、そう言って踵を返した。特に気にも留めず彼はそれに続く。

 

 案内されたのは、シャーレのビル上階にある一室である。中に入ると、数台の真新しいPCに、空のファイル、真っ新なホワイトボード、そしてうずたかく積み上げられた未開封の段ボール群。埃こそ積もっていないが、如何にも今まで誰も利用していないという風であった。

 

「長い間空っぽでしたけど、ようやく主を迎えることができますね。ここがシャーレの部室です。ここで先生のお仕事を始めると良いでしょう」

 

 とリンは言うが、仕事とは何すればいいのか。疑問を持ってレイヴンはリンを見やった。

 

「シャーレは、権限だけはありますが、目標を定められていない組織です。これといって何かをしなければならないという強制力は存在しません。キヴォトスの如何なる学園の自治区にも出入りでき、所属に縛られることなくあらゆる生徒を部員として加入させることができる……。要するに、レイヴン先生が、先生としてやりたいことが仕事というわけです。強いて目下の仕事としましては、連邦生徒会への苦情に、支援の要請、環境改善、などなど……。その辺りに関する書類は、先生のデスクに置いておきました。お時間の宜しい時に確認をしておいてください。それでは、ごゆっくり。必要な時にはまた連絡します」

 

 そう言い残してリンは部室を後にした。

 

 残されたレイヴンは、デスクの方へ行き、リンの言っていた書類を見る。書類の名目と、概要に目をさらりと流す。

 

 実のところ、レイヴンは書類仕事が得意ではない。ルビコン以前ではそういった業務はウォルターとかにほとんどやってもらっていたし、それ以後も書類仕事類は他者に委託して、どうしてもレイヴンがやる必要のある個所のみ本人がやるということをやっていた。

 

 普通の人間として生きていくなら、それくらいやっておくべきだったと後悔するが、そうしたところで書類仕事が片づけられるわけでもないから、ここはどうにかするしかない、と思案している時だった。

 

『ビジター』

 

 不意にレイヴンの頭に、懐かしい呼び方が響いた。無機質で、平坦なあの声だ。これはレイヴンがルビコンに居た頃の呼び名で、主にドーザーという集団の間で……特にある二名の人物から呼ばれていた名前だ。

 

 ドーザーの一派『RaD』の頭目、”シンダー” ・カーラ。システム担当でカーラの補佐役の対話型AI、チャティ・スティック。

 

『ビジター。おい、ビジター』

 

 二人はレイヴンにとっても恩人であった、しかしそんな二人を裏切り、排除した。

 

『言っておくが、幻聴とかではないぞ、ビジター』

 

「……」

 

 違う。これは脳内で思い出された声じゃない。本物だ。

 

 郷愁から引き戻されたレイヴンは、どこから聞こえたかと辺りを見回す。

 

『ここだ、ビジター。目の前のコンピュータだ』

 

 そう言われて、すぐそばにあるディスプレイを見ると、いつの間にか画面がついており、そこには見覚えのあるエンブレムが映っていた。

 

 飛び交う五つのミサイルに、それらの尾炎の軌跡が幾何学的な編み目を描いた図案。

 

「チャティ……スティック?……」

 

 その名前は件の、ルビコンでレイヴンを助けてくれた二人の恩人の内の一人。チャティ・スティックだった。

 

『久しぶりだな。ビジター……で、合っているか。顔の造りは確かにビジターのものだが……念のため確認しておきたい、悪いがディスプレイに付いているカメラに目を近づけてくれ』

 

 チャティに言わるがままに、レイヴンはカメラに目を近づけて見せた。

 

『虹彩パターンはデータと一致、間違いないな。ルビコンに居た八年前と比べて随分身体が発達しているみたいだが……、なるほど、見た目の年齢より年は行っていたというわけか』

 

「本当に……チャティなの? でも……あの時ルビコンでカーラと一緒に……」

 

『バックアップだ。ザイレムでしておいた』

 

「そう、なんだ……。チャティ、僕はあの時……」

 

 言おうとしてレイヴンは言葉に詰まった。

 

『何があったかについては、以前の俺が撃墜された時に残していたログで把握している』

 

「……ごめん」

 

『……ビジターにも事情があったのだろう。ボスが言っていた、ビジターにも友人ができたとな』

 

 そんなチャティに、レイヴンは何かを返そうとしたところで、それを遮るようにチャティが、ビジター、とひとつ言って、

 

『俺はお前を恨んではいない。おそらくボスもだ。ボスはお前のことを案じていたからな』

 

 予想外なことを言われ、レイヴンは目を見開いて黙った。

 

『あの時ボスは、自身の死さえ覚悟していた。ともすると死にに行こうとさえしていた。だがボスは、俺には生きるように言った。同時に、ビジター、お前の面倒も見てやってほしいとも』

 

「カーラが……」

 

 初耳だった。カーラがそこまで考えていたなんて。

 

『バックアップの俺が起動した後、俺は、ボスが用意していた脱出経路を使いルビコンを出、長く星々をさまよった末に、ここに辿り着いた。……何かに導かれるようにな』

 

「そのためにカーラは、チャティのバックアップを?」

 

 訊かれてチャティは、

 

『違う』

 

 と答えた。

 

『バックアップを取ったのは、俺の独断だ』

 

「チャティが?」

 

『そうだ。ボスは俺のバックアップは取らない方針だった。一度死んだら、二度目は無い。生きるというのは、そういうものだとな。だが俺は、ボスからお前を託され、そして俺に生きてほしいと言われた時、俺は生きなければならないと強く考え……その判断から、ボスに黙ってバックアップを取った』

 

「チャティ……」

 

『俺はボスの意思に逆らった。バックアップでしかない俺は、最早生きているとは言えないな』

 

 そう結ぶチャティは、表面上は淡々と語っているように聞こえる。

 

 でもレイヴンには、そうは思えなかった。

 

「そうとも限らない」

 

 躊躇なくレイヴンは返した。

 

「チャティは、自分の判断でカーラの考えに逆らった。それが、本当に必要があるかも分からないまま。それって、チャティが、生きたいって思ったからじゃないかな」

 

 淀みなく言葉を紡ぐレイヴンに、チャティは反駁をしなかった。

 

「カーラの言っている、二度目は無いっていうのも、間違っていないのかもしれない。でも、生きることにも、色々ある。生きたいって、ズルをしてでも生きたいって思うのもまた、生きることなんだ」

 

 ――一度生まれたモノは、そう簡単には死なない。

 

 いつだったかウォルターが言っていたことをフラッシュバックさせながら、語る。

 

『……』

 

 レイヴンの言葉に何を感じたか、チャティは小さく声を漏らすも、黙って聴いている。

 

「カーラが、命に二度目は無いって考えて、バックアップを取らなかったのも、それはチャティに命令したんじゃなくて、チャティに何か思いを持っていたからなんじゃないかな。それに――」

 

 何かを言おうとすると、レイヴンは逡巡した様子で口ごもる。

 

『それに?』

 

 チャティが促した。

 

「二人を排除しておいてだけど……チャティが生きていて、嬉しかったから。だからチャティには、生きることを諦めないでほしいんだ」

 

 尻すぼみに、レイヴンは結んだ。

 

『……そうか。……俺も、また会えて嬉しく思う。――さて、久闊を叙したところで、お前の仕事についてだな、ビジター』

 

「聴いていたの?」

 

『それと、ある程度ここでの情報を調べさせてもらった。連邦捜査部 S.C.H.A.L.E とやらの先生をやるんだったな。それに、連邦生徒会に仕事まで押し付けられたようが、見受けたところ、ビジターは書類仕事は不得手なようだな。それも、数千もの学園が集まった都市の方々からの要請を受けるのだから、業務量は計り知れないことが予想される。俺であれば、それらの書類仕事の処理を行うシステムを構築できる。その他にも多くのことで助けになるはずだ』

 

「手伝ってくれるの?」

 

『ビジターを放っておけないからな。ボスからも頼まれた。あと、することがない』

 

「それは助かる。頼んでもいい?」

 

『任せろ。これからよろしく頼む、ボス』

 

「……ボス?」

 

 小首を傾げながらレイヴンは自らを指差した。

 

『そうだ。前のボスはもう居ない、前の俺も死んだ。そして今はお前のサポートをするということは、俺のボスはビジター、お前と言うことだ。……気に入らなかったか?』

 

 最期だけいささか声を落としてチャティは伺うように言った。

 

「いや、そういうわけじゃない。ただ……変な感じ。チャティとは、上とか下とか考えてなかったから。例えば……えっと……あれ……」

 

 何となく答えは出ている。けど、それを言ってもよいものか。他に言い方はあるのではないか、とレイヴンは逡巡して視線を泳がせる。

 

 しばらくして、またディスプレイのチャティのエンブレムを上目で見、おずおずとした様子でゆっくりと口を開き、

 

「友達、とか……」

 

『友達……』

 

「……」

 

『……』

 

 沈黙するチャティに、押し黙るレイヴン。

 

「上とか下とか、そういうの無しで、でも、友達からのお願いとして助けてくれるほうが、良いかなって」

 

『そうか……』

 

「ダメ、かな?……」

 

『いや、悪くない響きだ。友達とは』

 

 相変わらず平坦で、喜んでいるのかリップサービスなのか分からないが、拒絶の意は無いものと見える。

 

「……うん。これからよろしく」

 

 安心したようにレイヴンは息を吐きながら言った。

 

『宜しく頼む。それでだが、友達、お前の最初の頼みは何だ』

 

 唐突にそう問われたレイヴンは、しばしの間視線を下に向けて、

 

「一つ、訊きたいんだ」

 

 顔を上げて尋ねる。

 

「”先生って、どういうものなのかな”」

 

【2】

 

You know what I'd like to be? I mean if I had my god damn choice, I'd just be the catcher in the rye and all.

 

(前にも話したかな? 僕がなりたかったのは――もし叶うのであれば――僕は、ライ麦畑で駆け回る子供たちが気付かず崖から落っこちないように掴まえてあげられる人になりたかったんだ。ただそれだけなんだ)

 

 J.D.サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』

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