治安局に就職した理由は至って簡単だ。何も権力のない人間が、簡単に安定した職業に就くことができるからだ。
そして調査員の両親から生まれ、抜群のエーテル適性を持っていた自分は同時に調査員の免許も持ち合わせていた。
「今日はバイトですか?」
「えぇ、ホロウ調査協会からのお達しですよ」
そう言い、ライカンに届いた一通のメールを見せる。
「ホロウ調査協会から…あぁ、零号ホロウの調査依頼ですか」
メールを見たライカンは直ぐにそれがなんなのかを把握した。
「ほら、この体ですし。エーテルの濃い部分によく連れ出されるんです」
ナイルは軽く自分を皮肉るように言う。
「今回もどうぜほぼ強制のお仕事ですよ」
「苦労しておりますな」
「全く全く…」
軽く愚痴を溢しながらそのメールを見て言う。
「前までは薄給だったからバイト感覚でやってたんですけどね…」
「ナイル、協会からの要請を断るのは…」
ナイルの考えている事をすぐに察してライカンは呆れてため息を吐きながら軽く言う。
「いやぁ、だって所詮は要請ですし。こっちも仕事あるし…」
「例の講習会ですか?」
講習会とは、治安局の狙撃班への授業である。
尤も、一部の突出した能力を育てるものではなく。一般の狙撃班に支給されるボルトアクションライフルの扱い方と射撃を行う上での必要事項の授業である。
「そそっ、それにあまり零号ホロウには行きたくないし…」
ナイルは軽く言ってライカンに言う。
「まぁ、理由はあなたなら知っているでしょう?」
「…」
部屋にいたリナもそれを聞いて少し間を置いてカップを置いた。
「私を勧誘したのも、何か理由があってのことでしょう?」
ナイルはライカン達に聞く。
この時間、バイト組の二人は学校で居なかったのでこのタイミングで切り出したのもそう言う事だろう。
「…だそうですよ、ライカンさん」
「やはりナイルには隠し通せませんでしたか…」
途端、諦めた雰囲気で二人はお互いの顔を見る。
「でなきゃ、わざわざ長官と大喧嘩した自分を即刻雇う訳ないでしょう…」
そんな二人の反応を見てナイルも少し苦笑する。
「これでも不良警官で治安官をやっていたんです。鼻は効く方だと思いますよ」
ナイルがそう言った時、
ピリリリリ
「「「?」」」
部屋にいた誰かの携帯が鳴り、それがナイルの物であるとすぐに分かった。
「誰からだ…?」
首を傾げながら電話に出ると、相手はリンからだった。
『ナイルさん聞こえる?!』
耳を劈きそうな声だったが、相手は知り合いだった。
「えーえー、ちゃんと聞こえておりますとも」
ナイルはそんな電話相手に丁重に答えるが、電話相手はそれどころではないようだった。
『朱鳶さん達が大変なことになっているの!!』
「…何?」
昔の同僚の名前を聞き、少しナイルの目元は細くなる。
『話は後でゆっくりするから。すぐに出られない?!』
「…分かった、出よう」
『ありがとう!』
電話を切らず、インカムをつけるとライカンが聞く。
「どうされましたか?」
「どうやら、昔の上司達がトラブルに巻き込まれたらしいんで。ちょっと行ってこようかと」
ナイルはそういうと、リナが少々珍しそうにする。
「あら、珍しいですわね」
「しかし、昔の同僚とは治安官では?」
そこでライカンがかつての上司と聞いて元治安官のナイルに少々懸念を浮かべると、
「大丈夫ですよ。一応協会のライセンスありますし、言い訳は得意です」
そう言い出て行く準備を進める。するとそれを見たライカンは、
「ナイル、でしたらこちらを試しにお使いになりませんか?」
そう言い彼は戸棚から仕舞われていたSMLE Mk IIIと弾薬などの装備一式を取り出し始める。
「…ちなみに経費は?」
そんなビンテージ銃を渡してくるライカンにナイルは聞くと、
「こちら持ちで、どうでしょう?」
「ではありがたく」
ナイルはライカンから渡されたSMLE Mk IIIとその他セットを手に取った。
「クッ…」
とある廃墟に逃げ込んだ朱鳶と青衣は追って来る敵を視認する。
「行くも戻るも、敵が完全に塞いでおるぞ。どうにかして注意を逸らさぬ限り、活路を見出す事はできぬな」
二人はとある事件を秘密裏…つまり上層部に報告する事なく捜査を行なっていた。
「朱鳶よ…この窮地を脱する策が浮かばぬ場合は、私が敵を惹きつける。主はその先にここを脱し、生き延びよ」
青衣は朱鳶にそう告げる。
「はぁっ!?先輩、何バカなこと言っているんですか!」
青衣の提案に朱鳶は驚いて彼女に聞き返す。
「ホロウへ調査に入る事を、頑として譲らなかったのは我だ」
元々この捜査は自主的に行なった独自行為、治安局の権限を超えたものであり、やっている事はホロウレイダーと差分無い。
「我が思いとどまっていれば、ぬしまでも危険に犯す事はなかった」
二人はあるホロウ現場で入手したとあるエーテリアスの残骸を運送していた車列が狙われている事に気付き、二人は独断でホロウに侵入していた。
「それに、我は人の身にあらず。ボディを失う事は大した問題では無い…」
朱鳶を見ながら青衣は己の話を交えながら言う。
「だが、ぬしは違うであろう?」
「待ってください先輩。私は、あなたの上官でしょう?」
しかし朱鳶もそんな彼女に反論する。
「今日の事で責を負うべき者がいるとすれば、それは私です」
階級で見れば確かに朱鳶の方が上であり、青衣は部下だ。
「あなたの身体機能は私より優れています。一人だけ逃すとしたら、より生還する確率の高い貴方であるべきです」
朱鳶の言葉も尤もである。
ホロウというどこに出口があるかも分からぬ暗夜行路のような場所でホロウから帰還するためには丈夫な体が必要であった。
「朱鳶よ、今は言い争っている場合ではーー」
敵が迫る中、二人はどちらが殿を務めるか言い合っていた時、
『その通り。言い争うのはやめよ、二人とも』
二人のインカムに知らない声が割り込んで話しかけてきた。
「なにやつ!?」
「っ!無線から声が…」
突然の割り込みに二人は驚愕する。
「私たちの暗号化周波数を解読した?一体どうやって…?」
朱鳶は強固にプロテクトされているはずの無線に知らない声が割り込んだ事実に相手は腕の立つハッカーであると瞬時に判断する。
『どっちを囮にするかなんて、そんな話してる場合じゃ無いよ』
しかしそのハッカーは手慣れた様子で二人に話しかける。
『二人揃ってここを切り抜ける方法、聞きたく無い?』
そんなハッカーからの甘い誘いに朱鳶達は耳を疑った。
「ぬしは何者だ?どうして我らが、ぬしの言う事を信じられると?」
青衣は当然疑った。このような芸当のできる人間がまともな職をしているはずもなく、そのような犯罪者からの提案は信じられないと。
『信じる根拠になるようなものは、無いんだけど…』
少し言葉に困っている様子のその人物は二人に言う。
『私はプロキシだよ。本当なら、アンタ達の前に現れるべきじゃ無いんだけどね』
そう前提を置きつつ、そのプロキシは続ける。
『プロキシだからって、良識が無いわけじゃないよ。あんたたちを見殺しにはできないってだけ』
「プロキシ…?」
朱鳶達であればよく知っている犯罪者だ。
今迄数多くのプロキシや犯罪者達を拘束してきた彼女達であるからこそ、繋いできたプロキシの善意を、青衣は感じていた。
「よかろう。ぬしの見立てでは、如何にすべきであると?」
故に彼女は最低限の信用を置くことにした。
『私達が、逃げるチャンスを作る』
無線奥のプロキシは横に居る家族に確認を取ると、彼は頷いた。
金属バットを片手にジリジリと近づいてくる男達、彼らはホロウの中で治安局の車列を襲撃した犯罪者達であった。
『それじゃ、指示を出すよ!』
建物の柱の影に隠れていた朱鳶達にプロキシから指示が入る。
「っ!」
顔を少し覗かせた朱鳶の横をボウガンの矢が掠める。
「ですがまだ敵が…」
『まぁ、任せて』
直後、ギャング達の乗っていたエレベーターに異常な電力が流れると、そのまま勢いよく床が落ちていった。
「「うわぁぁぁっ!?」」
「なにぃっ!?」
そしてエレベーターが落ちた後にギャング達が驚愕したその時、
『今だよ、急いで!』
「「っ!」」
二人して頷くとそのまま勢いよく飛び出した。
「っ!逃げたぞ!」
それを見たギャング達は朱鳶達を追いかけ始めたが、
ッ‼︎
突如、何も無い空間から1発の銃弾がすり抜けてギャングの一人の肩を貫いた。
「ぎゃぁあっ!!」
「っ!狙撃っ?!」
その後も数発の弾丸があらゆる方向から飛んで来た。
「追え追え!」
狙撃から回避する手段はとにかく動き回ること、朱鳶達を追ってギャング達は追いかけ始める。
「次はどうすれば?」
朱鳶は走りながら聴くと、プロキシは慣れた手で言う。
『裂け目に向かって、直進して!』
「裂け目?」
その直後、目の前の壁の景色がいきなり変わってコンテナの上に移動する。
その事に驚きつつも二人はプロキシを信用して走り続ける。
「なっ!?」
追いかけているギャング達は目の前の裂け目に驚愕した。
「裂け目だ!追え!」
その直後、再び銃弾が人の入れないような小さな裂け目から飛び出し、その弾丸がまた一人の持っていたボウガンに命中する。
「くそっ!」
それに悪態を吐きながら裂け目に躊躇なく突入する。
「ついて来よるぞ」
ボウガンの矢を弾き返しながら二人は真っ直ぐ走る。
『前方、裂け目がもう一つ』
そして二人は今度は困惑する事なく裂け目を通過して真っ直ぐ走る。
「どこまでも追ってくる…これじゃあ埒が明かない!」
『一個方法があるよ。危険は伴うけど、二人なら大丈夫!』
不安視する朱鳶にプロキシは二人をトイレに向かわせる。
ちょうどトイレの片方が裂け目となっており、そこに二人は躊躇なく突入。
追いかけるギャング達もそれに続いた
が、
「っ!?!?」
裂け目が飛び出た先は高層クレーンのアームの真上であった。
勢い余って飛び出したギャング達は慌ててアームのフレームにしがみついて震えていた。
そして彼らの先で朱鳶達はアームを一本橋の要領で歩いていた。
「っ…」
そんな二人を前に一人のギャングが落とさなかったボウガンを構えると、
「「っ…!」」
「「「えぇっ!?」」」
アームの上から二人は飛び降りた。
飛び降り自殺をしたかとギャング達は驚愕して、思わず目線を逸らしてしまった。
そして落下していく途中、組み立て途中の高層クレーンの支柱の中に突っ込んで固唾を飲んだ。
そして地面に当たる直前、
「「っ!!」」
二人は人が入れるギリギリの裂け目を通過して全く別の建物に飛び出した。
「はぁ…はぁ…助かった」
朱鳶は追手を巻いた事に安堵していると、青衣は気配を感じてその方を向かって聞いた。
「義士よ、いるのであろう?姿を見せぬか」
青衣が聞くと、荷物の影から一台のボンプが姿を現した。
『二人とも、やっと会えたね』
そのボンプは極めて流暢な人語を話す特殊なボンプであった。