追跡中の小型金庫を監視する為にホロウの中に侵入するナイルはカニングを抱えていた。
「さて、行こうか」
「はい!」
カニングと共にホロウの中に向かう。
ホロウは全ての事象が曖昧となる空間だ。
すぐ横が別の空間に繋がっていたり、目の前の壁が脱出の壁だったりエーテリアスの集団に繋がっていたりと何が起こるかわからない。
その為調査員は二人一組で行動する必要があった。
そしてナイルとカニングはホロウの中に入ると、そこでは突き出た黒い岩や青い空、崩れた建物が並ぶ光景だった。
「全く、いつ見ても散々な景色だ……」
幸い、発信機はホロウの中でも機能する高めの機器を使用しており、ホロウに入った今でも機能していた。
「さて、キャロットの方は……」
ホロウの中で満足に移動するための地図のキャロット。ホロウ突入前にライカンから送られてきたものだった。
届くのに一日掛かってしまったが、これでようやく監視任務を再開できた。
「……行くか」
本来、ナイルのような行動は自殺行為にも等しいが。なまじ高いエーテル適性と卓越した銃の扱いから殆ど問題なかったのだ。
地下鉄の分岐駅のホロウを移動しながらナイルは背中にMRADを背負って移動する。流石に対物ライフルはデカい・長い・重いの三拍子で移動するので一苦労なので今回は持って来ていなかった。
「GYAAAAA!!」
「…」バアンッ!!
そして襲ってきたエーテリアスの核を
「…貴方に安らかな眠りを」
エーテリアスはホロウ内の一定の知能を持った生物や機械に侵食して発生する。
故に襲ってきた今の人形エーテリアスはかつては人間だった者の可能性がある。だからそこナイルはエーテリアスにそのような手向けの言葉を残していた。
「さて、目標は……」
そして目標に近づこうとした時、遠くから音が聞こえてきた。
「ほほぅ、当たりか」
それが戦闘音であると認識すると軽く口角が上がった。
「エーテリアスの群れはまだそこにいる」
「家賃を取り立てる大家さんみてぇだな」
コンテナの影に隠れながら様子を伺うアンビー達、敵は嘗ての赤牙組のリーダーが侵食されたエーテリアスで。目的はそのエーテリアスが守っている例の金庫の奪還。
その為に一日かけてニコが持っていた赤牙組のリーダーのUSBメモリの解析を行い。金庫の鍵まで入手していた。
しかしホロウに入った途端、自分達を案内していたプロキシ『パエトーン』の様子がおかしくなっていた。
「時間だ、これで四回。『ホロウ内安全活動推奨時間』が過ぎたぞ」
「プロキシ、早く正気に戻らないと。永遠に借金を回収出来なくなるわよ」
先ほどから動かなくなったボンプを前にニコは向こう側で何か問題があったのではないかと不安になっているとアンビーがある集団を見た。
「っ、隠れて」
「何だ?またバケモノが来たのか?」
ビリーが軽く怯えながら問いかけると、アンビーはコンテナを挟んだ反対にいる集団の制服を見た。
「エーテリアスじゃない、ホロウ調査チームよ。この前にいる」
そこには装甲服に武器を持った集団がおり。ホロウ内の調査を始めていた。
これに乗じて脱出を考えるビリーだったが、彼等は治安局と同じ公的機関。ホロウレイダーの敵である彼等に自首をするも同義だった。
しかし、ボンプを餌に自首をする案も浮上し。ニコは悩んでいた。
「思ったよりも遅かったな……」
ホロウの廃ビルの一室。MRADを構えながらホロウ調査協会の集団を確認したナイルは今の時間を確認する。
「…一旦出よう」
タイマーを確認し、ナイルは監視任務続行の為に一度ホロウを出る道を歩く。
「別の人員は来ないんですか?」
「さぁ?ライカン辺りが来てくれたら楽なんだかな……」
カニングとそう言いながらホロウを出ると、社用車の前で一人がナイル達が出てくるのを待っていた。
「おや、リナさんがお出迎えとは」
「えぇ、ライカンからのご指名ですもの」
ふふふと妖艶な笑みを浮かべるリナにナイルは背負っていたMRADをトランクに預けるとリナは聞いて来た。
「中の様子はいかがでしたか?」
「特にこれと言った変化はありません。変わらず対象の周りには一体のエーテリアスがピタリと護衛しています」
そしてトランクを閉めると、ナイルは軽くため息を吐いた。
「全く、中には明らかに重武装なホロウ調査協会の部隊によろず屋のホロウレイダー、監視対象の金庫……一体中に何が入っているのやら」
「あら、中身が気になりますの?」
ナイルにリナが問いかけると彼は軽く首を横に振った。
「いや、色々な勢力が血眼になって探すくらいなら、よほど重要な研究データなのだろうなと。思ったまでです」
そう答えると車内からソーダを取り出していた。
「すみません、大した報告はありません」
ナイルはそう言うと、リナは短く頷いた。
「ええ、ライカンからも。あまり無理はしないようにと事付けがあるのをお伝えに参りました」
つまり、どれだけ時間が掛かっても良いと言う依頼主からの伝言なのだなと察しながらナイルはホロウの前に立っていた。
「じゃあ、少し休憩したらまた戻りますよ」
人気の無い道路の片隅、ナイルはソーダを片手にひと時の休憩をしていた。
その後、ソーダを一本飲んで休憩を終えたナイルはリナに報告を上げると再びホロウの中に入って観察をしていた。
「まさかここまで動くとはな……」
生憎と録画用カメラを持っていないのであれだが。代わりにメモ帳に今の状態を細かく記載していた。
生憎と記憶力はあまり良くないと自負しているので良く持ち歩いているメモ帳を使っていた。
目の前では先の金庫を守っていたエーテリアスが邪兎屋の三人組が戦闘をしている真っ最中だった。
「見つけた…」
駅のホームに落ちていた金庫を発見した三人だったが、隠れていたエーテリアスに背後から奇襲を受けたものの、アンビーがその攻撃を受け流していた。
「今日はツイてるぜ……」
これには思わずビリーも悪態を吐いてしまうと、ニコは目をぎらつかせていた。
「あ・た・し・の・金庫ぉ!!」
報酬を目の前にして引き下がるはずのない彼女は持っていたアタッシュケースから武器を覗かせていた。
こうして始まった戦闘を観察しているわけだが、どうにも腑に落ちないのはこの変な監視任務。あの金庫を邪兎屋の連中が本当に持ち帰るのかどうかの任務にしては直接渡しに行くからそれでありだろう。
しかしおそらく、邪兎屋の雇い主と自分達の雇い主はおそらく違う。
あまり深入りしようとは思わないが、あの金庫には発信機をつけているのである程度の所で回収する必要があった。
「さて、どう回収したものか……」
「え?考えていなかったんですか?!」
横で驚くカニングだったが、ナイルは最悪自爆させれば良いかなどと考えていた。あっ、戦闘終わったっぽい。
「ははっ、はははは!」
金庫を守っていたエーテリアスを撃破し終え、邪兎屋の二人は安堵する中。ニコは高らかに笑っていた。
「やっと…」
そして両手をあげてゆっくりとビリーとアンビーに近づく。
「…やっと!」
そしてそんな彼女に二人はハイタッチをするのかと思い手を挙げると、彼女はそのまま通り過ぎてその後ろにある金庫に駆け寄った。
「見ーつけた!!」
苦労して手に入れた報酬を前に彼女の目は輝いていた。
そして金庫に近づこうとした時、その上に一台のボンプが立った。
『水を差す様で悪いんだけど……喜ぶのはまだ早いよ!』
普通のボンプとは違って流暢に人語を話すそのボンプにニコ達は違和感を大きく持つ事なく首を傾げた。
『ニコ、落ち着いて聞いてね…』
そしてそのボンプはある重大な事実を打ち明けた。
『全部あの悪玉ハッカーのせいだよ!私がホロウを脱出するために用意したデータを削除したの』
それを知り、ニコはそれがどう言う意味なのかを理解した。
「ここから出られない?!」
地図がない状態でのホロウ探索は自殺行為も同じ。それを知らないわけないが故に絶望してしまった。
「は、ははっ…あんなに苦労してやっと元に戻ったと思ったら…まさかこれで終わりだなんて」
「くそぅ、まだモニカ様とデートしたこともねぇってのに、悔しいぜ。けど…まぁ、なかなか悪くない人生だった」
「落ち着いて、なにかほかの手がないか考えてみる」
絶望的状況に悲観になる二人にアンビーが他の対策案を考えていると、そこでボンプ。彼らからはパエトーンと言われていたボンプがある提案を持ちかけた。
『あっ、でもそんな悲観的になる必要はないよ。とっておきの切り札があるんだ!ニコの同意が必要なんだけどね』
そしてそんなパエトーンの提案を聞く前にニコは最後の望みを簡単に賭けた。
「同意する!」
『受け入れるの早くない?!』
話を聞く前に了承した彼女にパエトーンも驚くも、その詳細を伝えた。
『悪玉ハッカーが言ってたの、 金庫にはあの『ロゼッタデータ』並に価値のあるものが入ってるって。それがあれば、ホロウを自由に出入りできるみたい』
ロゼッタデータとは新エリー都におけるホロウ用のマスターデータであり、ホロウの観測を蓄積したビッグデータである。
そんなものと同等の設備がある事を少し前に自分達を脅してきたハッカーはベラベラと喋ってくれたのだ。おかげで、今回の帰り道に苦労しないかもと思っていたのだ。
代わりにパエトーンのアカウントは死んでしまったが……。
『もしその話が本当なら、それを使ってホロウから脱出できるはずだよ!ニコがこれを開ける事に同意してくれれば……』
「同意するって、さっきから言っているじゃん」
『え?そんなあっさり?依頼人の方はどうするの?』
しかし彼女の選択は人命優先だった。
「生きるか死ぬかの瀬戸際なのよ?第一アタシたちが死んだら誰が金庫を届けるの?開けちゃっていいわ!」
そんなわけで金庫の中身を使わせてもらう事にしたのだ。
そして暗証番号を押して金庫の中身を開けると、そこには一枚のデータチップが大切に保管されていた。
『でも正直、私も何が保存されてるのかは分からないんだ。強制的にデータを読み取った結果…何が起きるかは……』
そこでチップを差し込もうとした時、アンビーが割り込んで話を遮った。
「待って。質問があるんだけど…あなたの本体はホロウの外でしょう?そのまま立ち去ることも出来たのに、どうして危険を冒してまで私たちを助けにきたの?他に何か企みでも?」
「アンビー、あんた何言って…!」
ホロウレイダーとしては至極真っ当とも言える話だったが、プロキシとホロウレイダーの関係は組みやすい代わりに簡単に崩れやすい。
『変な質問だね』
しかし、そんな彼女の疑問にパエトーンは信念に満ちた様子で答えた。
『私はあんた達の『プロキシ』だよ?連れて行くって約束したんだから絶対に連れ出してみせる!』
そんなふうに言われては、邪兎屋の三人も軽く見合って笑った。
「そこまで言われちゃ…信じるしかないわね!」
『それと…あんまり考えたくないけどもし私が失敗したら、H.D.Dシステムがインターノットで救援依頼を出してくれることになってる。その時は…』
するとニコが自身満々で言った。
「安心して!ここを脱出できたら何があっても店まで助けに行くから!」
『ふふ、そんなこと言っても依頼料はタダになったりしないよ?』
頼もしい返事を聞いたパエトーンはボンプの頭部にチップを入れるとそのままデータをロードして小刻みに痙攣すると、そのボンプは宙に浮いて輝いた。