「やれやれ」
邪兎屋の居なくなった駅のホームで、残された金庫を手に取ったナイルはぼやく。
「面倒ごとは勘弁だよ」
そして金庫の底に貼っていた発信機を取り除くとそのままホロウを後にする。
すでに調査員達は撤収しており、ホロウも徐々に縮小し始めていた。ここもそう長くは保たないだろう。
「帰ろうか。カニング」
「ンナッ!」
カニングは頷くと、ナイルの手を取ってホロウを後にしていた。
「…なるほど」
帰還後、ライカンに仕事を終えた旨とその後の顛末について報告を終えると彼はナイルの目を見ながら一言。
「ご苦労様でした。明日は休暇を与えます、ゆっくり休んでください」
「いえ、監視作業は楽でしたので。明日も出勤させてもらいますよ」
銃をしまう楽器用収納ボックスを作業台の上に置きながらナイルは答える。
「それに、明日の家事代行に人手は必要でしょうし」
「…申し訳ありません。引き抜いて早々、仕事を立て込ませてしまって」
そんなライカンにナイルは軽く笑って返した。
「ははっ、勢いで治安局を辞めた所を拾ってくれたんです。働き甲斐があると言うものです」
そしてナイルはライカンに先ほどの詳細をまとめたレポートの紙を入れた封筒を手渡した。
「これは…」
「先の仕事の詳細なレポートです。直接依頼主に話すより、この方が良いでしょう?」
「色々と面倒をかけてしまった様ですね。感謝します」
今まで見てきても感じていたが、目の前の男はできる人間だと思ったライカンはナイルのレポートを仕舞いながらナイルに明日の仕事を話す。
「明日は依頼人より家事代行の任務を頂戴しております。集合は十四時、ここより出発いたします」
「了解しました」
明日の予定を承諾すると、ナイルは銃を片付けていた。
「しかし、よくもまぁ赤牙組のような小さなゴロツキが研究所に侵入できましたね」
「……」
その不審な一言にライカンは少しだけ黙り込んでしまうと、ナイルも察して口を噤んだ。
「おっと、余計な詮索だったようで?」
「ええ、ご主人様よりそこで見た事象の一切の口外を禁ずと申されておりますので」
「はいはい、見猿言わ猿って事ですね」
ナイル達はそこでそれ以上の話をする事はなかった。
ヴィクトリア家政の本業は家事代行を行うサービス業務。故に相手は富裕層と言った上流階級の仕事が多く、その中でもまだ家に直接雇ったメイドや執事の居ない……いわゆる新興だったり、上の下あたりの家が我が社に依頼を行う。
まぁ、アングラ方面の仕事は本物の上流層だったりが多いのだが……。
家事代行の依頼は定期契約もあれば、一回毎に依頼をしてくる家などさまざまだ。アングラ方面は回数は非常に少なく、カリン達の学業に影響がないほどにうまく調整されていた。
「カリンさん、こちらのフルーツ。どの様に切り分けますか?」
「あっ、それは飾り用の苺ですので。適度に洗っておいて下さい」
「わかりました」
ナイルはボウルに入れた赤い苺を水で軽く洗うと、一つずつ選別しながらヘタを切り落としていく。
「す、すみませんナイルさん。他のお仕事があるのに手伝わせてしまって」
「いえ、他に手の空いている人が居ない以上。私がお手伝いするしかありませんので」
その後ろでライカンが大量のシーツを一気に運ぶ一人のメイドに軽く注意をしていた。
「エレン、一度に全ての洗濯物を運ばないでください……」
「いい、こっちの方が楽」
「全く……」
自分の体より大きな体積となった洗濯物の山を一人で抱えるメイド、サメの尻尾を持つシリオンの少女。……一応先輩となるエレン・ジョー、その人だ。
「あー、ナイル。ちょっと手伝って」
「こら、エレン」
そしてちょうど良くナイルを見つけた彼女は彼を呼びつけると、ライカンは軽く注意する。
彼女は自分より後に入ってきたナイルを後輩としてこき使ってくるのだ。
「カリンさん……」
「あっ、私の方はもう少し時間がかかるので。ナイルさん、大丈夫ですよ」
「すみません。すぐに終えて戻るので……」
台所の仕事を中断して至急でエレンの持っていた洗濯物の全部を一気に持たされるナイル。
「ほい」
「うおっ!?」
いきなり両腕にのしかかる重量に一瞬驚くも、男の意地で支えるとエレンがそんなナイルを見ながら言ってきた。
「へぇ、治安局出の人なのに体力に自信ないの?」
「へいへい、どうぜ俺は走らない狙撃班出身ですよ」
そんな軽い言い合いをしながら二人はこの屋敷の洗濯機の小ささに思わず驚く。
「ちっさ」
「おいおい、こりゃ時間がかかるぞ」
先に大きなシーツと言った物を洗濯機に放り込んだ後、残った洗濯物をエレンに任せようとした矢先。
「手伝って」
「カリンの方で仕事があるんです」
「先輩命令」
自分が楽をしたいからと軽く駄々を捏ねるエレンに軽くため息を吐きながら言う。
「一応自分の方が年上なんですがね……」
「職歴は私の方が上」
飴を舐めながら答えるエレンにナイルはすぐにでも戻らないといけない理由があった。
「はぁ、リナに台所に立たれちゃ不味いでしょうに……」
「むっ……」
駄々を捏ねるエレンに手始めに最強のカードを切って諦めさせる。
ここに就職してライカンから初めに言われた掟の一つ、『リナを台所に立たせてはならない』と言う物がある。理由は彼女の作った料理は精神を削る程のダークm……素晴らしい料理が出来上がると言う。
まだ自分はそう言ったものを食べた事はないが、ライカン曰く『進んで食べるのは止めはしないが、食べるなら救急車の準備をしてから』だと言う。
ちなみに彼女は今、ダイニングで食器を並べているはずだ。
「てな訳で、私は失礼」
「むぅ……」
会社の信用に関わる話故にエレンも無理にナイルを止めることができなかった。
「ちぇ」
「エレン……」
そんな様子をたまたま見ていたライカンは呆れてため息も出なかった。
その後、邸宅の掃除も洗濯も料理も終え。最後の仕事として依頼主の邸宅の書斎の清掃を行なっていた。
部屋の外ではカリンとエレンがそれぞれの武器を持って立っていた。
「全く、どうしてこうも仕事が増えるのか……」
書斎の本棚の本を一冊ずつ確認しているナイルやリナ、ライカンの三人。
「無駄口ヲ叩クナ」
「オ仕事オ仕事〜!」
文句を言うナイルにリナの従える二匹のボンプ、ドリシラとアナステラが軽く背中をどついた。
「あでっ!」
思い切りどつかれ、その反動でナイルの上に登っていたカニングが本棚の上に飛び乗ってしまった。
「うわぁっ!?」
「すまんカニング」
乗っかってしまったカニングを降そうと手を伸ばすと、そこでカニングはそこに置かれていた一冊の本を手にした。
「あれ?なんでこんなところに本があるんだろう?」
「カニング?何か見つけたか?」
するとカニングは手に一冊の本を取り出した。
「それを見せていただけますか?」
そんなカニングの見つけた本にライカンが興味を示すと、カニングは見つけた本を手渡していた。
「綺麗ですね」
「ええ、最近まで使われた形跡がございます」
「ひょっとして……」
そこで跡がついていたページを開くと、そこは一枚のデータチップが挟まっていた。
「当たりですか……」
「その様ですわね」
データチップを見ながら三人はそれぞれ反応すると、ライカンはそのチップを小さなビニール袋に入れると立ち上がった。
「これで仕事は完了いたしました」
「ええ、あとはご主人様のご帰宅をお待ちいたしましょう」
「カニング、この本を丁寧に元の場所に戻してくれ」
ヴィクトリア家政の中でも二十歳を超えている三人はこの家での本当の仕事を終えると、ナイルは部屋の扉を開けて外で待っていたカリン達に顔を覗かせた。
「こちらは終わりました」
「りょ、了解です!」
「……まって」
その時、エレンの目元が細まると家の目の前に数台の黒いバンと一台の高級車が停まった。
「来る」
「おっと、ご予定に無いお客様だ」
そして車からゾロゾロと降りてくる貧相な服装をした集団。服の中に手を突っ込んでいるが、確実にあれは銃を隠し持っていた。
そしてそんな彼等の後ろでこの家の家主が冷や汗を掻いた様子で家を見ていた。
「あれは…」
「ふふふっ、ご主人様は大変お急ぎのご様子……」
「ならば、丁重にお出迎えを致しましょう」
彼等を見て五人はそれぞれ武器を構えた。
「急げ!」
「敵は五人だ!」
「とっとと潰せ!」
屋敷に上がり込むゴロツキ達はそこで丁重なお出迎えをされた。
「「「うわぁぁっ!?」」」
エレンの大鋏やカリンの電動丸ノコで吹っ飛ばされたゴロツキ達。そして別方向から上がって来た別働隊も、
「はぁっ!!」
「ぐほっ!?」
ライカンの脚技で蹴り飛ばされ、
「ふふっ」バシィンッ!!
「オルァアッ!!一昨日来ヤガレ!!」
「来ヤガレ!来ヤガレ!」
リナの電撃で倒されていく。
そんな乱闘騒ぎの屋敷の中、この家の家主は裏口から慌てて家の中を通る。
「くそっ、まさか連中が曲者だったとは……」
不覚だったと彼は思った。事前に情報提供が無ければ気付かなかっただろう。
「アレがバレたら、私は終わりだ!!」
彼はエーテル資源採掘の証明書を取る為に実を言うと袖の下を通していたのだ。その証拠をライバル企業に握られれば、待っているの治安局行きの道だ。
「はぁ…はぁ…」
そして隠し通路を通って階段を慌てて登り切ると、出たのは自分の書斎だった。
「っ!?誰だ貴様?!」
しかし、書斎のテーブルには一人の男が座っており、隠し通路から出て来た男を見ていた。
「お探しのものはコレか?ご主人様」
「っ!!」
そして徐に指に挟んで取り出したチップを見て男は袖からデリンジャーを出そうとしたが、その前にナイルがホルスターから銃を抜いて早撃ちをすると、発射された.454カスール弾がデリンジャーのハンマーを破壊していた。
「なっ…!?」
「おっと、悪いな」
そして男に銃口を向けながらナイルは話す。
「もうすぐで外の騒ぎも収まるだろう。それまでは大人しくしておいてくれ」
「…はっ、あの数をたった五人で対処できるものか!!」
強がる男だったが、その瞬間。書斎の扉がゆっくりと開くとそこから一戦交えたライカン達が息を荒らす様子もなく現れた。
「なっ!?」
現れた彼等に驚愕する男。
「遅くなりました」
「いや、丁度良かったよ」
ナイルは一瞬ライカンに目を合わせた後に視線を戻すとそこで問いかけた。
「さてどうする?このまま降参するか、若しくは俺たちとやり合うか」
「っ……」
男に残された選択肢は一つしか無いも同義だった。