There's nothing without One Sin 作:鼠日十二
年内更新はしたぞ……
「……困りましたわね」
とある『罪深き儀式』を終えた私は、「管理人室」と銘打たれた部屋を訪れていた。これまでの部屋とは異なり、死体も血痕も無い綺麗な部屋だ。本棚に並べられた大量のファイルと、壁一面を埋め尽くすモニターが印象的である。
机の上に資料を広げた私は、この施設の罪深さと現在の窮状に頭を悩ませていた。
……まずは、この施設について。資料によれば、この施設は『ロボトミーコーポレーション』というエネルギー会社の本部なのだという。
ロボトミーコーポレーション、略称L社は電気に代わる全く新しいクリーンエネルギー『エンケファリン』によって、世界的な大企業のひとつに数えられるようになった。今や殆どのエネルギーインフラはL社が握っていると言っても過言ではないと言う。ただこの新エネルギー、集める方法が極めて特殊であった。
即ち──雇った職員を使って化け物の世話をさせ、気分を良くしてもらい、そこで放出されるエネルギーを回収しているらしいのだ。私が前に暮らしていた世界には『モンスターズ・インク』という映画があったが、要はあれに似たような事を行っているというわけ。
見つかった資料には、収容している化け物とその管理方法がつぶさに記してあった。中には極めて非人道的な、職員の犠牲を前提とするような方法もある。
機械を使えば良いのでは、と思われるかもしれないが。収容している化け物……「アブノーマリティー」は人間の原型から抽出されたもので、
そして、基本的に高度な機械より人間の方が安い。だからL社では、人間を職員として雇い入れ、使い潰す形でエネルギーを回収していた。
「度し難い行為ですが……そうも言ってはいられないのが現状。どうしたものでしょうか……」
モニターに目を向ける。そこには施設内の廊下や収容室に取り付けられた監視カメラの映像が流れている。収容室のほとんどは空室だが、『
そして、隣で明滅する施設の残存エネルギー量。残り僅かしか残っていないこのエネルギーが尽きた場合、施設は機能停止に陥り――結果、全てのアブノーマリティーが脱走する。そう、脱走するのだ。人類に致命的な被害を与えうるようなアブノーマリティーも一緒に野放しになる。それはつまり、終末シナリオが発生する事を意味している。
「……考える暇すら有りませんわね。私でも作業が出来るかどうか試さねば」
急ぎ足で管理人室を後にし、とりあえずは危険度が低いとされているアブノーマリティーの部屋を目指す。管理番号は……ええと。
O-01-12『オールドレディ』か。
ところで、資料には私の正体についても記されていた。
分類番号O-06-20『何もない』。人を喰らい、身に纏って、人間を模倣しようとする化け物。収容時点では死体のパーツをちぐはぐに縫い合わせた風貌をしていたが、世話をしに来た職員を観察し、殺して身に纏うことで、一見では常人と判別不可能な擬態を可能にしたという。その凶暴性と
……あとで確認しに行ったところ、私が目覚めた部屋の番号はO-06-20だった。
信じたくは無いが、今の私は、このアブノーマリティーに憑依したような状態であるらしい。
▼
「疲れましたわ……」
『オールドレディ』は、安楽椅子に座った老婆の姿をしていた。作業内容は老婆が口遊む昔話をただ聞き続けるだけだったのだが、これがまあ……意味のない言葉の羅列をを延々聞かされる方がマシな代物だった。しかも収容室を出た頃には昔話の内容を思い出せなくなっており、奇妙な疲労感だけが手元に残っている。
「ああ、でも、エネルギーはそれなりに溜まりましたわね」
これなら、日に何回か作業を行えば施設維持には十分だろう。下層階に収容されている高危険度のアブノーマリティにも手を出さずに済みそうだ。ついでに生成してみたエンケファリンモジュールを手遊びながらモニターを眺めていると、エントランスに人影があることに気がつく。
「――!?」
スーツ姿のそれは、
「突然の来訪、失礼いたしました。私の名は……『黒服』と。そうお呼びください」
その男は異形であった。光の加減で翳って見えないのだろうと思っていた頭部は真実漆黒であり、そこに入ったヒビのような割れ目からはうっすらと靄のような光が漏れ出して、笑顔のような紋様を模っている。
「……ようこそ、ロボトミーコーポレーションへ。管理人の……あー……『
咄嗟に『たった一つの罪と何百もの善』『何もない』の資料にあった固有名詞から偽名を名乗った。ついでに職業も詐称したが、実質的には管理人業を務めるつもりなので嘘ではない。
それよりも、黒服と名乗るこの男だ。管理人室の資料では、危険性の高い企業を武力で制圧・抹殺する役目を負う「爪」と呼ばれる存在に見つかってはならないと記載されていたが……まさか、この男が?
内心で身構える私と反対に、黒服は至って平然とした様子で話を切り出した。
「私はあなたに手を貸すために来たのです。キヴォトスとは何か、ご存知ですか?」
「……いえ」
早速知らない単語でマウントを取られる。うーん、この感じだと売りに来たのは『情報』か。しかしL社に転移、というかL社の化け物に憑依した私にとって、外部からの情報は貴重だ。たとえそれがデマであったとしても、思考材料にはなる。
「何をお求めでしょうか?」
「ククッ、話が早いのは良いことです。とはいえ、こちらが望むのは金銭などではありません。私は、あなた方がどういう存在なのか、何を目的にしているのかを知りたいのです」
これも奇妙な質問だった。たしか、L社を含めた26の大企業は、それぞれ自治区を持っているはずだ。それにL社はエネルギー会社であるから、各自治区に支部が存在する。それを……知らないはずが無い。
何か、事前知識にはない事態が存在するようだ。
確かめなければ。
「それで質問にお答えいただけるなら、是非ともお願いしたいところですが……我々にも社外秘とされるものが幾つか御座います。黒服様、貴方が我々との交流を望むのでしたら、その前にお会いしていただきたい方がおります」
「ふむ。もし上層の方とお会いできるのなら、私としても有難いですが――」
「いいえ」
私は黒服の、ひび割れて穴のようにも見える目をじっと見つめた。
「お会いしていただきたいのは、
▼
興味深そうに――どこか、ミュージアムに来た子供のように――周囲へ視線をやる黒服を連れて、私は『たった一つの罪と何百もの善』の収容室の前にやってきた。
「我が主は告解を望み、罪悪を断ずるもの。貴方の
「……良いでしょう」
黒服は『たった一つの罪と何百もの善』という文字列を見上げて、それから頷いた。
そして、収容室が開く――。
「……これ、は」
我が主、十字架に貫かれし頭蓋、荊の冠を戴く断罪者は以前と変わらずにそこにいた。かちり、かちりと顎を鳴らし、空虚な眼窩で黒服をじっと見ている。
ふらり、導かれるように我が主の前へ出た黒服は、しばし呆然と佇んでいた。それからゆっくりと跪き、はっきりとこう述べた。
「――私の生に、後悔などありません。それは現在の私を形作る過去そのものの否定に他ならない。私は常に私の善に従う故に、その選択を、その失敗を受け入れこそすれ、後悔はしない」
果たして、我が主は――かつん、と一際大きく顎を鳴らした。
それで、それからは、沈黙を保った。
「どうやら、信頼できるお方のようですわね」
「……赦された、ということでしょうか」
「我が主は裁定を誤りません。無礼をお許しください……。そしてどうか、お話を聞かせていただけませんか?」
黒服は変わらぬ表情で頷く。しかしその笑みは、より深く弧を描いているような気がした。
応接室に場所を移した私は、そこで黒服から話を聞いた。
キヴォトス。それはこの世界の名前。神秘を宿し、頭上に天使の輪を浮かべた子供が暮らす方舟。少なくともL社の資料には記載されていない名称であり、さらに黒服は私を「外部からの来訪者」と言った。
つまり――私がL社に転移したように、
「ふむ、非常に参考になるお話でした」
「ククッ……お役に立てれば幸いです。それで、こちらもお話を伺っても良いでしょうか」
「ええ、勿論です。我が『ロボトミーコーポレーション』はエネルギー会社です。『エンケファリン』という全く新しいエネルギーを販売しています」
黒服が首を傾げる。
「ふむ、存じ上げませんね……どのように生産するのでしょうか?」
「それは我が社の技術根幹に関わる部分ですから明かせませんわ。ですが、ご覧になる事は可能です」
ちょうど『オールドレディ』で抽出したエンケファリンを封入していたエンケファリンモジュールを黒服に差し出す。するとここにきて初めて、黒服の態度に明確に驚愕が滲んだ。
「……なんと。これほどの高密度エネルギーとは……」
「私がいた場所では都市全てのエネルギーを我が社が支えておりました。その意味がお分かりいただけたでしょうか」
「素晴らしい。これを購入する事は可能ですか?」
ふむ……? 何だか思っているより食いつきがいいぞ。食い物にするつもりかもしれんが……。
買い叩かれる可能性はある。それでもこの世界で使える金銭を持つことのほうが重要に思える。
ここは買わせた上で一度帰らせ、その間にこの世界を――キヴォトスを自分の目で見て回るのが良さそうだ。
「ええ、構いませんよ。人手不足で今日はこれ以上ご用意出来ませんが」
「ククッ……それはいけませんね。人手をお貸ししましょう」
口を滑らせたかもしれない。L社は公には出来ない秘密の塊であり、黒服が斡旋する人手を信用できるかはまた別の問題だ。情報や技術、セキュリティを抜き取られたっておかしくはない。私の懸念を見逃さなかったのか、黒服がさらに条件を加える。
「キヴォトスでも有数の神秘を宿した生徒を融通しましょう。頑丈で、銃弾では傷もつかない。
……どうやら随分とL社の技術を高く買っているらしいな? 初めは商談に来た大人のようだったが、徐々に好奇心旺盛な研究者のような気質が露になっている。その上、金で殴る用意があるときた。
「長く良い取引をして頂くには、誠意が必要でしょう」
「興味を持っていただけて嬉しいです」
さらにこちらの心情を言えば、L社をワンオペで運営するのは非常にリスクが高い。予測しない事態が発生した際にすぐ対処できるよう、管理人室に常駐するような人員が欲しいのは事実だった。学生の身分という点だけが、やや気掛かりだが……もしかしたら、アブノーマリティの攻撃にも耐えられたり、鎮圧もできるのかもしれない。これが罪深い判断とならないよう、注意し続ける必要があるが……。
とにかく、腹は決まった。
「……ええ、ええ、わかりました。そのお話、ひとまずは受けさせていただきましょう。今回はこちらのお代だけで結構です。もしお気に召した場合は、その時にまた金額の相談をしてくださいな」
「ではそのようにしましょう。して、こちらは如何程の……?」
少し考えて、それから私はこう言った。
「それでは、キヴォトスの市民の平均的な月収額で」
▼
ロボトミーコーポレーションを去った黒服は、自分の空間領域に戻ると堪えきれなくなったようにクツクツと笑い声を上げた。
「虚飾を見抜き、罰する罠……ククッ、命一つで信頼が得られたと思えば安いモノです」
胸元から黒いカードケースを取り出す。艶やかな光沢を放つ数枚の金属板のうち一枚がくすんだ色に変わり、亀裂が入っていた。
それを握りつぶして廃空間に投げ捨て、エンケファリンモジュールを取り出す。信じがたい事だが、これ一つが内包するエネルギーは『古代の電池』の比ではないときた。研究者気質の黒服は、目の前に降って湧いた未知に心が躍るようだった。
「コレが量産できるのなら、停滞していた実験も進もうというものです。ミクリさん、貴女が取引相手で幸運でした」
▼
その頃、ミクリは脹脛を震わせて笑っていた。その時は偶々、そこに肺が何個かあったので。
「うふふ…我が主が裁定を誤る事などあり得ませんわ」
『たった一つの罪と何百もの善』は、エンケファリンを欠片ほども放出しなかった。それはつまり、我が主が虚偽の告解を看破し、断罪したという事実を意味する。本来ならば死という罰が下るはずだが――
「死を回避する何らかの方法があるのでしょうね。それ自体は驚くべきことでもありませんが……」
笑いが溢れる。彼は兆候だ。私が善行を積む為の糸口。それを辿って行った先に極めて悪辣な何かが存在する、と私は確信した。
「後悔は無い、でしたか。その言葉を今後も貫き通せるか、楽しみですわね……?」
彼女は全身の口を露にして、くすくすと笑い続けた。
本当はさっさとアリウスに殴り込みかけてベアトリーチェと大戦争を繰り広げるつもりだったのですが、基盤となる本話を頑張って書いてみたら何故か黒服とキャッキャウフフするだけのお話になり、その上でお労しいおじさんが巻き込み事故を起こしたためにもう投げちゃう。あとで修正されてたらお察しください。
正直アビドスとか書き切るだけの体力がないので、そのうち本当に殴り込みをかけに行きますわよ。わたくし、デッカい化け物とヤッバい化け物がドッタンバッタン大騒ぎする話が書きたいのであって、こんな大人のやりとりなんか疲れてしまうのですわ……
2025/11/28
エンケファリンの説明について「電力を駆逐した」と書きましたが、リンバスカンパニーをちょっと触って誤りらしいことがわかりました。L社が供給していたのは電力のようです。あんな世界でも人類はまだタービンから脱却できていないのか……?
ともかく、今後のエンケファリンは摩訶不思議エネルギーというよりもめちゃくちゃ効率のいいガソリンみたいなものとして扱ったほうがいいかもしれないですね……