There's nothing without One Sin 作:鼠日十二
ロボトミーコーポレーションは管理人室。ミクリに招かれたホシノは、肩を押されてモニター前の椅子に座る。ミクリか何やらスイッチをいじると、ややあって画面に施設の全容が映し出された。
──なぜか、カートゥーン調で。
「うへ、なんだかゲームみたい。おじさんピコピコは苦手かも~」
「別にゲームそのものではありませんのよ。実物はショッキングすぎるからと、気を効かせたAIが認知フィルターをかけておりますの」
ミクリはモニターに映るしゃれこうべを指さした。
「我が主も、直接見ると厳かでありながら美しく、エロースとタナトスを兼ね備えた神々しい外観ですが」
「そうかな?」
「フィルター越しだととってもプリティーで、親しみやすさがにじみ出ていますでしょう」
「そうかな?」
デフォルメされた骸骨にしか見えないが、ホシノは深く追求しなかった。藪を突いて蛇を出す趣味は無いのである。代わりに、たまたま目に留まった一体のアブノーマリティ―について尋ねた。垂れ耳でかわいらしい、白い毛並みの子犬である。
「これは何?」
「『キュートちゃん』ですわ。本能系統の作業しか受け付けませんが、とってもいい子ですわよ」
本能系統とは? また知らない単語が出てきたと首を傾げるホシノに、ミクリが『キュートちゃん』の情報ファイルを開いて説明する。
L社では、アブノーマリティーが好むとされる作業系統を大きく4つに分類した。即ち本能、洞察、愛着、抑圧である。例えば本能作業ではアブノーマリティーの生理的欲求を満たすこと、つまり給餌などが当てはまる。
つまり、キュートちゃんには餌をあげて遊んでやればいいということだ。
「えっと、じゃあほかの作業をしたらどうなるの?」
「タトゥーが入ったムキムキの4足歩行の獣に変身して、目につくものすべてを殺して回りますわ」
「物騒すぎない!?」
「直視すると『カワイイ!』しか考えられなくなるのが玉に瑕ですわよね」
ミクリはなんてことないように言ってのけた。
もしかしてこれ全部、蛇が飛び出してくるタイプの藪か? ホシノはいやな予感に苛まれながらも、「……じゃあこれは?」と別のアブノーマリティーを指さす。すぐさまミクリが該当個体の情報ファイルを持ってきた。
「『マッチガール』ですわね。会話を試みたり同情を示すと途端に機嫌を損ねて、職員ごと自爆しますわ」
「自爆!?」
「あ、アブノーマリティーは不死身ですから、死んでも卵のような状態になって生き返りますわ」
「そこじゃないよう! いやその情報も気になるけどね!?」
先ほどの煽りがまだ効いているのか、それとも心の淀みが少しだけ流れ出たからか。いつもなら知らないふり聞こえないふりで押し殺しているような恐ろしい質問を、するりと聞くことができた。
「……人死にが出るんだ?」
その問いにミクリは、人好きのする笑みを引っ込めた。眉と唇がほんの少し動いただけの、読み取りにくい表情の中に、後悔と懺悔、それから決意が見えたような気がした。そのプロセスに、覚えがある。ホシノは、ミクリが今まさに自身の恐怖と向かい合ったのだと思った。
「……どうか訂正させてくださいまし。ええ、確かに前任が管理人であったころ、死人は
その表情は、いつになく真剣で。
信じる根拠はないけれど、信じない理由もまた、なかった。膨大な資料とL社の現状を見れば、彼女がこの施設の運営に苦心しているのが、いやでも分かってしまった。
「そっか」
「そもそも、直接アブノーマリティーと対峙するのは私の役目です。ホシノ様はここで、観察と指示を行うだけで十分ですのよ」
「え、ミクリって管理人じゃないの」
「人手不足ですから。いろいろあってL社の従業員は私一人なのですわ」
「ええ~……って、ちょっと待ってよ。この、アブノーマリティー?を、独りで管理するつもりなの?」
「大丈夫ですわ、私一人いれば百人力どころか三百人力ですもの!」
「それあんま自分で言わないよ」
と言いながら、ホシノはちょっとだけミクリに同情した。
彼女もまた、大きな責任を背負い込んでいるようだ。
「さあ、そろそろ業務を始めますわよ。準備はよろしいかしら」
「うん。私がアブノーマリティーと作業内容を選んで、指示を出せばいいんだよね」
「ええ。もちろん私百戦錬磨、どんなアブノーマリティーが来ても問題ありません。肩ひじ張らず、お菓子でも食べながらモニターを眺めていてくださいな」
「さすがに無理~」
そう言いながら、ホシノはミクリを見送った。
そして、机上の資料に目を向ける。
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DAY-1
管理人室の座り心地の良い椅子に腰かけたホシノは、卓上にアブノーマリティーの情報ファイルを広げ、館内放送のマイクに向かって呼びかけた。
「ミクリ、聞こえる~?」
『聞こえますわ!』
モニターに映るデフォルメされたミクリが手を振る。ところで、このミクリの下に表示されてる『Nothing There』ってどういう意味だろう……?
浮かんだ疑問はとりあえず後回しにして、フロアのミクリに指示を出す。
「とりあえず『オールドレディ』の洞察作業をお願いね~。その間に次の相手を考えておくから」
「了解しましたわ。 ……あのおばあ様、お話が長くて大変ですのよね……」
なぜか若干肩を落として収容室へと入っていったミクリを見送って、ホシノはファイルをめくり始める。危険度WAW以上のアブノーマリティはリスクが高いから避けろとミクリに言い含められていたので、ホシノは危険度HE以下に分類されているアブノーマリティーの中からよさげな相手を見繕うことにした。
「高ランクほど回収できるエネルギーは多いけど、そのぶん危険度も上がるってことかあ……」
資料を読み進めながらホシノは独り言つ。それに、アブノーマリティーごとに地雷とも言えるような行動があるのが厄介だ。例えば寂しがり屋の少年の姿で現れる『銀河の子』は、作業に来た職員に「また来てくれるよね?」とペンダントを贈るが、その状態で他のアブノーマリティーの作業を行おうとすると独占欲を文字通り爆発させる。作業員がミクリ一人の現状では、絶対に避けるべきだろう。
となれば危険度の低いのを何回も周回すればいいだろうと思いがちだが、そうもいかないのが難しいところ。ミクリ曰く、作業回数を熟していくうちに『試練』が起きる可能性がある、らしい。ミクリ自身もまだ遭遇したことは無いらしいが、何が起きるか分からないのでなるべく少ない作業回数でエネルギーを溜めたいのである。
とりあえずHEの欄から資料をめくり始めたホシノは、とあるページで「おっ」と手を止めた。
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「やっぱり苦手ですわ……」
オールドレディの作業を終えた私は、久方ぶりの外の空気を吸い込んでうんと背筋を伸ばす。すると太ももがゴキボキッと鳴り響いた。人体の不思議ですわね。
「ホシノ様、作業終わりましたわよー!」
『ああ、うん! 次の相手なんだけどね~……『魔弾の射手』に抑圧作業でもいい?」
「おや、さすがはホシノ様ですわね。お目が高い」
『魔弾の射手』。不定形な黒い物質と青いクロークで構成された狩人である。その手に持つマスケット銃と思しき銃は、狙った相手を必ず貫くとされている。危険度はHEだが脱走の心配がなく、極端に嫌いな系統の作業もない。エンケファリンを支払えば施設内の好きな箇所に必中の弾丸を撃ってくれる。ただし、7発目の弾丸あるいは機嫌を損ねた際には、魔弾の射手は気まぐれな場所に銃弾を放つ。
お分かりの通り、とんでもなく接しやすいアブノーマリティである。なにせ失敗しても確定即死じゃないだけ有情だし、それでいてエネルギー効率は良いのだから文句なしだ。やはりホシノ様に任せて正解でしたわ、とウキウキで収容室へ向かい、扉を開けた。
――死ね
「ーーーッ!?!?」
いきなり頭に弾丸をぶち込まれた私は、頭蓋内の筋肉と歯で銃弾の勢いを嚙み殺し、それを口からペッと吐き出した。
「私の大切な身体に傷をつけるとは、随分なご挨拶ですわね。それとも、悪魔は礼儀も知らないのかしら」
――やはりこの程度では死なんか、O-0――
「黙りなさい魔弾の射手。いま新入社員の研修中なのです、それ以上私について喋ると『なんでも変えて差し上げます』にぶち込みますわよ」
――なんだ、この施設はまだ地獄を繰り返しているのか?
「いいえ、あなたにとっては残念でしょうけど。とはいえ私も管理人、いずれ来る『試練』の時には狩場を作ってあげますから、せいぜい腕を磨いておきなさいな」
――腕を磨く? フン、馬鹿らしい……
魔弾の射手はそれきり黙り込んだ。こちらも腕を組んで威嚇のポーズをとっているが、膝裏とお尻の心臓がどきどきしているのがわかる。いやはや……私が『何もない』であることを看破し、その上で初手から攻撃してくるとは。『暖かい心の木こり』のような、条件次第で入室時に即死するタイプのアブノーマリティーは何体かいるが、魔弾の射手は決してそうではない。
「私用のマニュアルを作る必要がありそうですわね……」
もっとも、私の不死性もこれである程度は証明されたわけだから、即死トラップは気にしなくていい。そう思えば気も楽だ。とりあえず形式通りの抑圧作業を終え、収容室から出ると、スピーカーから焦った声が聞こえてきた。
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「ミクリ! 大丈夫!?」
収容室から出てきたミクリに呼びかけると、画面内のデフォルメされたミクリがサムズアップした。
『無問題ですわ! さすがの魔弾の射手も、私の神秘は貫けなかったようですわね』
いや、そんなはずは……と、ホシノは先ほど目にした光景を回顧する。収容室に入ったミクリに対して、『魔弾の射手』は構えていたマスケット銃の引き金を引いた。銃口に4つのヘイローみたいな光が浮かんで、直後に銃声が鳴り、ミクリが血のエフェクトを飛び散らせながらのけ反る。
アブノーマリティーの選定にあたってその情報をよく読みこんでいたホシノは、彼の放つ弾丸が必中であるのと同時に貫通することを知っていた。だからあの弾丸は、ミクリを殺しうる──そう考えていたのだが。何をどう言おうと、目の前の結果がすべてだ。だからホシノは、バクバクと鳴り響く胸をゆっくり撫でおろした。
『我が主に誓いましたもの。それにホシノ様とも約束しましたわ。人死には出ない、と』
「……あはは、おじさんの心配が現実にならなくてよかったよ~。今日のエネルギーはもう溜まったから、戻ってきてくれる~?」
『あら、もう。ホシノさんもお疲れさまでしたわね』
そう言って、デフォルメされたミクリが画面を歩いていく。その様子を見ながら、ホシノは背もたれに体を預けて深く息を吐いた。なるほど、これは確かに精神力が必要だ。それからぼうっと机上を眺めて、先ほどミクリを助けるために慌てて開いたままの数冊の資料が目に留まる。疲れ目には少し霞んで見えるが、どうやらそれはALEPHクラスのアブノーマリティーの生態について纏められたもののようだった。
目次かな。なんて書いてあるんだろう、あれ。目を細めてもピントが合わず、億劫な気持ちでホシノは体を起こし――
「お疲れ様ですわ」
「うひゃあ!」
ホシノの心臓が本日2度目のハイペースを刻んだ。振り返ると、そこにミクリが立っていた。いつもの修道服には、僅かに血の跡が染みている。
「あーっと……怪我はない?」
「ありませんわ、ホシノ様。ご心配をおかけしてごめんなさい。きっと調べてくださったのね」
ミクリはホシノのそばを通り過ぎ、モニター前に立った。そして広げられた資料をひとつづつ畳んでいく。その後姿を見ながら、ホシノはふと気になっていたことを尋ねた。
「『Nothing There』って、なに?」
「――」
ミクリの動きがぴたりと止まった。まるで人から彫刻になったかのように、その背中が無機質な質感を帯びる。
「……どこで、それを?」
「いや、モニターに映ってるミクリの名前が、『Nothing There』って書いてあったから……」
「ああ、そんなことでしたのね」
ファイルを抱えて振り返ったミクリは、やはり人好きのする笑顔を浮かべていた。
「もともと管理人が直接作業を行うことは想定されていないのですわ。職員として居るはずのない人間を参照しようとして、フィルターが誤作動を起こしていますのね」
「そういうことか~。おじさんスッキリしたよ」
「うふふ、疑問が解けたようで何よりですわ。本日のエネルギー量も規定まで達したみたいですし……本日は業務終了といたしましょうか」
ミクリは欠片も表情を変えずに言った。
そうして、ホシノの初めての管理人業務が終わった。
DAY-1 業務終了
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帰り道。私はスマホの検索アプリを開いて、『Nothing There』と打ち込んだ。調べたところ、どうやら熟語とか固有名詞ではないみたいだ。直訳すると、『そこには何もない』。なるほど、あのセーフティフィルターはなかなか融通が利かないらしい。
「……ミクリの説明通りみたいだね」
ホシノはスマホをポケットにしまって、また歩き出した。
謎だらけの新しい雇い主を、まだ信用することはできないけれど……同僚としてなら、それなりに上手くやっていけるような気がした。
肉塊修道女を書く上で一度はやってみたかったこと:額に打ち込まれた銃弾を口から吐き出す
……まあ、正直なところ、肉塊系主人公を書く上で寄生獣にはめちゃくちゃ引っ張られています。金字塔過ぎて引力が強い。とはいえ、頭の中で銃弾の威力を文字通り嚙み殺すのは(多分)オリジナルなんで、そこは満足。
他人の身体を傷つけられてミクリは結構怒っていますが、アブノーマリティーに感情的になると吞まれるので押し殺してる感じです。でもホシノが帰った後に罪善に縋り付いて懺悔してると思う。実は毎日罪善クリニックに通院してる女。
次回は多分、ミクリが街に出かけて不良に絡まれる話です。初キヴォトスだね、やったねミクリちゃん!
ヤ〇キ〇J〇ボ〇ボ〇り〇っ!