There's nothing without One Sin 作:鼠日十二
我慢できずに推敲せずあげちゃうから、後々ちょっと表現変わるかも。許してね。
作者的お気に入り台詞:「反省なさいまし!」
「それで、ノノミ様は」と、改札に切符を吸わせながらミクリが口を開くと、ノノミはじっとりと不満げな視線をミクリに返した。
「む~」
「ど、どうしましたの?」
「ミクリちゃん、せっかく仲良くなったんですから、様付けなんてやめましょう~」
「でも、礼儀はあったほうが善いのでは……」
「ミクリちゃん」
ミクリは視線をさまよわせて「あの」とか「うう」とか言って、そのあと小さく呟いた。
「ノ、ノノミさん?」
「……もう一声いいですか~?」
「これ以上は勘弁してくださいまし……」
恥ずかし気にそっぽを向くミクリを見て、ノノミはひとまず満足したようだった。
もっともミクリが言い淀んでいたのは、自分のような怪物が人間と気安いような仲で接していいのだろうかという思考に依るものだった。ミクリが普段使う敬語はそのまま、彼女のヒトに対する敬意の顕れなのである。
呼び方に気をつけながら、ミクリは言いかけていた言葉の続きを言い足した。
「それで、ノノミさんは人探しをしに来られたのですわよね」
「そうですよ~。私の先輩、最近あんまり姿を見なくて……またひとりで背負い込んでるんじゃないかって、心配なんです」
『責任感のある先輩』『最近姿を見ない』……。ノノミの言う先輩が十中八九ホシノのことであることを察したミクリは、長時間労働を強いる主犯としての申し訳なさに内心で呻いた。実際労働時間を減らしてもいいのだけれど、給料が入ったらしいホシノは減らすどころかシフトを増やせと煩いのである。
(ホシノ様はきっと、後輩に迷惑をかけたくないのでしょう。しかしノノミさんは、頑張りすぎてしまうことを心配している……。私が関わらなければとても素敵なお話でしたのに。でもまあ、L社の技術や危険性をおいそれと口外することもできませんし、ここはホシノ様の顔を立てておくことといたしましょう。シフトは減らす方向で)
ミクリもまた責任ある立場であるからして、ホシノの考えはよく理解できた。嘘はいずれバレるものだが、少なくともこの場においては心当たりのないフリをしておこうと、ミクリはそう判断した。
「いい後輩ですわね」
「……だと、いいんですけど」
一瞬だけしおらしい表情を見せたノノミだったが、すぐに復活して明るい笑顔を浮かべる。
「私が市街地に来たのはそういう理由です~。ミクリちゃんは、どうしてアビドスに来たんですか?」
「目的はいろいろあるのですが……一番は、スマートフォンが欲しくて」
主にホシノと連絡を取る目的で、持ち運びのできる通信機器の入手は最優先事項の一つだった。万が一の時に外出していて間に合いませんでした、では全く話にならない。
そんなミクリの目的を知る由もないノノミは目を丸くした。
「まあ、スマホ、持ってないんですか?」
「ええ、恥ずかしながら……。いちおう、十分なはずの額は持ってきたのですけれど」
そう言いながら懐からむき出しの札束を取り出しかけたミクリを、ノノミが慌てて小声で止めた。
「ミクリちゃん。ここも治安が良いわけじゃないんですから、あんまり迂闊なことしちゃダメですよ?」
「そ、そうでしたわね……助かりましたわ」
栄え、そして衰退したアビドスには、人口に不釣り合いな建造物が多い。中心区を少し離れれば、L社が転移した廃墟群のような場所も珍しくない。そんな空洞化した土地・産業の隙間にこそ、善からぬ者たちは巣食っている。アビドスに来たなら、そういった手合いへの危機感は抱かざるを得ないはずなのだ。
にもかかわらず、アビドスの治安が決して良くはないということを今初めて知ったようなミクリの様子に、ノノミは一つの仮説を立てた。
(お忍び……というより、こっそり逃げ出してきた箱入りのお嬢様。駆け落ちして高跳びするため、道中で連絡手段を調達……うんうん、なんだかピッタリ来ますね)
ピッタリというにはミクリに不審な点が多すぎるのだが、それに気づかないくらいにはノノミもそれなりにお嬢様だったりする。突然出てきた札束に動じないあたりが証左である。
「うんうん、素敵な恋ですね~」
「なんの話ですの……?」
互いの仲と勘違いを深めながら、一行はまず携帯ショップに行くことにした。
「……」
一人の生徒が、遠くからそれを見ていた。
▼
そして。
「本人確認をしたいので、身分証明証の提示をお願いします」
「……あっ」
いざ入った携帯ショップ、購入も目前と言うその段階で、ミクリは致命的なミスに気付いた。
身分証明ができないのに携帯を買える道理があるわけない。
「学生証で構いません」
「いえ、その……持っていなくて」
学生証が無い、と聞いた店員の態度がにわかに険を帯びた。
「はあ? それは停学、あるいは退学処分を受けているということですか?」
「いえ、そういうことではなく……その、家庭教師を雇っておりますの」
ミクリ、渾身の嘘である。隣のノノミが(足がつくから身分証明書は見せられないんですね~)と勘違いを深めた。
店員はミクリの言い訳が信じられない様子であったが、落伍者にしては身なりが整いすぎており、お金持ちの世間知らずであろうと店員が判断したことから、最終的には後日提示で良いということで話がまとまった。なぜそんな緩い営業が可能なのか? 答えはカイザー系列企業だから。
やや大通りから外れた場所にあった携帯ショップを出て、人通りの少ない道を並んで歩く。ミクリは初めて触るこの世界のスマートフォンに興味を惹かれながら、
「助かりました、ノノミさん。いつかお礼をさせてくださいまし」
「気にしないでください~、私は二人のこと、応援してますから~」
「あの……先ほどからノノミさん、何か勘違いされているような……?」
そしてミクリの口から語られる真実に、ノノミは驚きをあらわにした。
「まさか本当に身分証明書も携帯もなくて、学校にも行ったことがない子だったなんて……!」
「言葉にすると怪しさしかありませんわね。身分証の当てもありませんし、どうしましょう」
「……さっきから考えてたんですけど、それならウチに来たらどうですか~?」
ウチ? ミクリが首を傾げると、ノノミが冗談っぽく笑った。
「もしどの学校にも所属していないのなら、アビドス高校に編入してみませんか?」
それはミクリにとって、仮にも一瞬L社のことが薄れるくらいには、楽しそうな提案で。そう思ってしまった自分を、管理人としてのミクリが律した。お前の目的はL社の運営、ひいては善行を積み上げること、そうだろう。贖罪の道がどれほど長いか知ることは叶わないが、それでもお前は歩かねばならぬ。
人殺しという罪を、少しでも贖うために。
――その時、建物と建物の間の小さな路地の奥から、「助けて!」と声がした。
思考に溺れていたミクリも、どこか不安げだったノノミも、ハッとなってそちらに視線をやる。続けて響いた銃声に、ミクリは迷わず走り出した。
「ミクリちゃん!」
「少し失礼いたしますわ!」
善。そう、善だ。
何百もの善が必要になるか分からずとも、目の前の善を見捨てる理由にはならぬ。目の前にニンジンがぶら下げられたウマのように勢いよく走り出したミクリの後を、ノノミが慌てて追いかけた。
(やっぱり、ちょっと世間知らずかも……!)
助けを呼ぶ声は徐々に奥まったほうへと逃げていく。ミクリは人間の領域を出ない範囲で最高速を維持しながらそれを追いかけた。やがて彼女は、古い建物の間に偶然生まれた空き地のようなところへと抜け出る。
そこには、銃を構えた不良たちが待ち構えていた。
「やっぱり……!」
後から追いついてきたノノミが、息を切らしながら表情を険しくする。
キヴォトスの、アビドスの治安は悪くない。しかしそれはホシノがいたからだ。ミクリの知る由ではないが、もともとホシノは睡眠時間を削りながらアビドス自治区の巡回を行い、屯する不良たちを追い払っていた。それがL社の業務が入ったことで頻度が減り、その合間を縫って不良の流入がわずかに増えたのである。
「よォお嬢様。見てたぜ、随分お金持ちみてぇだな?」
「……助けを呼ぶ声がしたと思うのですが。声の主はいずこへ?」
「バカだなァお前、そんなのいるわけないだろ。演技だよ、え・ん・ぎ!」
ぎゃはははと笑い声を上げる不良たちを前に、ミクリの表情は動かない。ノノミが駆け寄って「逃げましょう」と囁くが、すでにミクリたちがやってきた路地は不良たちによって塞がれていた。
(どうしましょう……)
頼りになる武装はノノミのミニガンだけ。ミニとは言うがそれは戦艦用のものに比べて小さいという意味で、本来なら大人でも一人で携行できるはずのないガトリングガンである。ノノミが装備できるのは、彼女が生徒でありその中でも力持ちな方だからだが……そんなノノミであっても、拳銃やアサルトライフルほどの軽い取り回しはできない。どうしても、隙ができる。
せめてとミクリを庇うように前へ立とうとしたノノミだったが、感情のない声がそれを制止した。
「ごめんなさい、ノノミさん。貴女を危険に巻き込んでしまいましたわね」
振り返ってそう言うミクリの肩に、ふわりと白い蝶が止まった。
気づけば、ミクリの左右の手に黒と白の拳銃が握られていた。ミクリが体内に収納していたのを吐き出したのだ。
そして、ノノミの方を振り返ったまま、不良たちに向かって引き金を引いた。
白が6発、黒が6発。「何もない」の膂力によって実現する限りない早打ちによって、12発の弾丸がほぼ同時に放たれる。
それらは着弾と同時に、まるで本当は蛹であったのだとでも言うように
誰もが呆然とその現象を見つめるなかで、厳粛な響きを持ったミクリの声が凛と響いた。
「――『崇高な誓い』は、贖罪の機会をあなたに」
HEクラスの幻想体のうち二体は、例外的に一つ上のランクのE.G.O.を抽出することができる。これはそのうちの一つ、『死んだ蝶の葬儀』から作成された武器。
白い銃は深層意識から罪悪感をほじくり出し、黒い銃は相応の罰を心身に与える。
ミクリの声で、被弾した不良たちが堰が切れたかのように悲痛な叫びを上げた。
「私は悪くない、絶対!」「壊すつもりなんてなかったの」「ううう、もう見たくない」「やれって言われて、断れなくて」「ごめんなさいごめんなさい」「やだ……!」「いたいいたいいたいいたい」
「あら、思ったより効いてますわね。きっと後ろめたい過去が沢山あるのでしょう、良いことです」
にこやかに笑うミクリのことが、不良たちには全く理解できない。理解できないものを見たとき、ヒトは恐怖する。
ほとんどの知的生命体にとって、『未知』とは多大なストレスである。どういう原理か分からない。どういう理屈かわからない。それは、未知に触れた自分がどうなるか分からない、という恐怖につながるから。
しかし……その恐怖を乗り越えた先にしか、未来は無い。顔を背け、過去の既知に縋る者たちには、それ相応の末路が用意されている。
「
一人の不良がそう叫んだ。お前らは攻撃された、だから反撃しろと、引き金を引く理由を用意したのだ。思考が止まっていた生徒たちは、安心を得るために一も二もなくその理由に飛びついた。ミクリが顔を顰める。
「せっかく向き合う機会を差し上げましたのに」
そう呟いたミクリの顔から首、そして腕から手のひらに至るまで、2㎝程度の切れ込みが何十本と走る。不良たちが銃弾を放つのと同時に、それらが一斉に
ぎょろり。
「う、うわあああああああ!!!!」
錯覚? いや、不良たちには見えていた。罪善ミクリという化け物が、極上の餌を前にして酷薄に嗤うのを。
善意によって振るわれた銃口から、高速で銃弾が放たれる。撃ったそばからあたりを漂う蝶が銃にまとわりつき、吸収されては銃弾となっていく。その異様な光景を、ノノミだけが蝶の翅に隠されて目にすることができずにいた。
「ミクリちゃん……いったい……?」
蝶の嵐が止み、ノノミが視界を取り戻したころには。
正気の不良はひとりも残っていなかった。
戸惑いを隠せないノノミに、ミクリが声をかける。
「……ノノミさん」
「な、なんでしょう~?」
「彼女たちは、どうして悪の道に堕ちてしまったのでしょうか」
うずくまって空に謝り続けるひとりの不良のそばに跪いたミクリは、その背を優しくなでた。
「向き合って、前に進む。大丈夫、できます。貴女にならできる……」
「うう、ぐずっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」
すがるように修道服へしがみつく不良をあやしながら、ミクリはこんなことを言う。
「さっきの携帯ショップの店員さん、学生証が無い相手に露骨に態度を変えていましたわね。もしかして、学校に所属していないことは、キヴォトスでは落伍と同義なのかしら?」
「た、確かに停学とか退学になった生徒たちが不良になるって聞きますけど~」
そうか。
なるほど。
L社の世界も相当だったけど。
結局のところ、誰もが幸せになれるような、完全な楽園は存在しないということだ。
なぜなら私たちは、ザクロを食べてしまったのだから。
「アビドス高校に編入する話ですけれど。ぜひ、前向きに考えさせてくださいな。私、やりたいことがありますの」
そう言いながら泣きじゃくる不良を抱きしめるミクリは、やはり人好きのする笑顔を浮かべていた。
▼
「改めて。今日は本当にありがとうございます。ノノミさんのおかげで、とても楽しい一日でしたわ」
まだ明るい時間ではあるけれど、あれだけのことがあると気疲れしてしまうもので。
ノノミたちは少し早めのお開きをすることにした。二人で行きとは逆方面の電車に乗り込んで、今日あった出来事を話す。隣に座るミクリは、表情をころころ変えながらも、ずっと楽し気に話していた。
「……私も楽しかったです~☆」
「それはもう、本当に良かったですわ。それで、ええと……」
ミクリは少し照れたように、しかし勇気を振り絞って買いたてのスマホを見せた。
「モモトーク、でしたわよね。その……『お友だち』に、なっていただけませんか?」
「……! うふふ、ぜひお願いします」
そうして、ミクリの初めてのスマホに『ノノミ』の文字が登録されたのだった。
表情を緩めるミクリだったが、アナウンスで廃墟群の最寄り駅が近いことを知る。
「ごめんなさい、次の駅で降りますわ」
「本当に、あの辺に住んでるんですね……」
「ふふ、生憎とご招待はできないのですけれど。予定が合えば、またきっと誘ってくださいましね」
電車が減速する。慣性に揺られながら、ノノミは立ち上がったミクリが姿勢を崩していないことに気づく。新しい発見があるたびに、彼女のことがわからなくなっていく。
「それでは、ごきげんよう」
「うん、また会いましょう~」
無人のホームで手を振り続けるミクリを車窓から見届けて、ノノミは背もたれに体を預けた。考えるのはもちろん、彼女のことだ。
「うーん。悪い人じゃ、ないと思うんですけど……」
捉えどころがない人でした、とノノミは思った。とても不思議で、どこか抜けているような感じもあって、しかしとても強い。そして何より、
わからない、けれど。
ふと、ノノミはわからないことから逃げたくない、と思った。
だって、楽しかったのだ。ミクリが級友なら、楽しそうだなと、そう思ったのだ。
それだけははっきりわかっている。
▼
「戻りましたわ!」
「お帰り、ミクリ。日没までって言った割には、随分早かったね~?」
モニターをぼうっと見ていたホシノは、帰ってきたミクリに気だるげな返事を返す。
「待たせるばかりでは忍びありませんもの。ホシノ様はもう、装備は決めましたの?」
「うん。おじさん、『魔法の弾丸』がいいかな~って思うんだよね~」
む、とミクリは眉を寄せる。『魔法の弾丸』は、『魔弾の射手』と由来を同じくする装備だ。『死んだ蝶の葬儀』と同様にクラスは幻想体より一段階上となるWAWで、その運用には大きな特徴がある。
放った銃弾は壁に当たるまで止まらない。生物を貫通するのだ。この性質と超長距離の射程から、『魔法の弾丸』は多対一での運用が前提となる。『魔法の弾丸』は、自分の仲間をも貫くがゆえに。それは、現状ホシノしか従業員がいないL社においては良い選択なのだろう。
だが――E.G.Oとは他人の自我の殻。自分と異なる精神の結晶。だから、武器そのものが
「E.G.O.と幻想体は別物ですが、由来は同じ。その銃の曰くをご存じの上で、選んだのですわよね?」
「『7発目は愛する人を撃ち抜く』でしょ? わかってるよ。でもね、ミクリ、たぶん7発目はどこにいったか分からなくなっちゃうと思うんだよね……」
だから大丈夫。そう言ったホシノの表情はどこか陰を帯びていた。
ホシノがどういう心境で『魔法の弾丸』を選んだかを悟ったミクリは――初めてできた友人のために怒った。
「もう、もう! せっかく秘密にして差し上げましたのに……!」
ミクリは真新しいスマホのカメラアプリを起動すると、目にもとまらぬ速さでホシノの背後に立ち、うっかり本気の反応をしかけたホシノとツーショットを撮ると、ホシノが止める間もなくそれを友人に送信した。
次の瞬間、ミクリとホシノのスマホが鬼のように震えだす。
「え、ちょっ、ミクリ!?」
「あんな素敵な後輩を一人ぼっちにしたこと、反省なさいまし!」
その後、電話をかけてきたノノミへの言い訳で精神力を使い果たしたホシノは、しおしおと背中を丸めて帰っていった。
のちにミクリは、あの時ばかりはおじさんみたいな哀愁がありましたわ、と語った。
ひどい罪善マッチポンプだ。これが主人公のやることか……?
泣いてた不良ちゃんは縋り付ければ誰でも良かったので、その辺の犬でも泣きながら顔を埋めてたと思うんですが。
EGOは観測者によって抽出結果が変わるというその1文のみを信じて、「崇高な誓い」に独時解釈を付け足す。これも二次創作だからなせる業なんだぜ。白いほうの銃が罪、黒いほうの銃が罰です。撃ってる間は周囲を蝶が舞っており、装填は蝶によって行われます。
EGOの銃が実際に市販の銃弾を撃っているのか、それとも独自の内部生成されるような弾を撃っているのかわからなかったので、WAW以上はとりあえず独自の弾とします。
実はノノミのことすげえ詳しいわけじゃあないんですけど、ノリでなんか強い子になった。
化け物と女子高生の交流、とっても栄養がある部位です。せっかくなのであなたにも食べさせてあげます。
アビドスに入るかは……わがんね。だってノリでかいてるもんさ。
でもシロコって死臭に敏感そうだから相性悪いだろうなあ……。