There's nothing without One Sin 作:鼠日十二
やっぱり先に黒服の話を処理しとけばよかった……と思いながら書いては消し書いては消し、突然天啓を受けて初めから書き直したらこんな感じになった
ご査収~
結局、今から来るらしい。本人曰く『善は急げと言いますもの』ということである。ノノミが最寄り駅まで迎えに行ったので、部室にはシロコとセリカ、それからアヤネが残された。
「ノノミ先輩、どうしてあんなに張り切ってるんだろう……?」
やけに話を進めようとするノノミに違和感があったのか、セリカが首を傾げた。アヤネも不思議に感じないわけではなかったが、こちらはなんとなく理由を察していた。
「セリカちゃん、もし宝くじが当たったらどうしますか?」
「そんなの、借金返済に決まってるじゃない。9億超えてるんだから、少しでも払わないと」
「セリカちゃん一人に頼るのはよくないから、払わないでほしいって言われたら?」
「毎月の利子だってギリギリなのに、そんな悠長なこと言ってられないわ!」
シロコが納得がいったように頷いた。
「ん、つまり、そういうこと?」
「はい。ノノミ先輩は、『だいたい何でも買えるゴールドカード』を持っていますが、それをアビドスの借金返済には充てていません」
「これは私たち全員で対策すべき問題。ノノミひとりに頼るわけにはいかないって、みんなで決めた」
セリカが目を丸くして、あっ、と呟く。会計であり、日頃から膨大な借金額と睨めっこしている彼女だからこそ、ノノミの心情は容易に想像できた。
「……そっか、ノノミ先輩もこういう気持ちなんだ……」
「もちろん今のはたとえ話ですし、私だって宝くじが当たったら返済に充てると思います。でも、取れる手段を我慢し続けるのは、私たちが思う以上に大変なのかもしれません……」
「だから、他にできることが見つかって嬉しいのかも。生徒数を増やすのは、最もシンプルな解決策の一つだから」
アヤネの言葉をシロコが引継ぎ、だけど、と続けた。
「余裕がない時ほど、シンプルな策が魅力的に感じて、飛びつきたくなる。セリカがよく、怪しげなブレスレットとか買わされてるのと同じ」
「あ、あれは違うの! ちゃんと証拠写真があるっていうから!」
「札束のお風呂のやつ? 普通なら信じない」
「うう~~っ、言わないで……!」
今は自宅の引き出しの奥で眠っている、パワーストーン(ガラス製)が付いたブレスレットを思い出してセリカは赤面した。
「……あれ、でも今の話でいくと、あの生徒もブレスレットと同じってこと?」
「ん。だから、私たちで見極める」
「ホシノ先輩とノノミ先輩のお知り合いだとしても、もしかしたらがあります。だからこそノノミ先輩は、私たちにも判断を求めたんじゃないでしょうか」
それきり、部室には沈黙が満ちた。皆一様に、ノノミとこれから来るという生徒のことを考えていた。
▼
1年生の二人は、アビドス高校において新入生として迎えられた経験はあっても、在校生として迎え入れる経験はなかった。セリカも、そしてアヤネもどこかそわついた様子で、壁掛け時計や窓の外にちらちら視線をやっては、身の入らないネットサーフィンなどをやっている。
シロコは愛銃の整備に取り掛かっていた。パーツを一つずつバラして、丁寧にブラシや布で汚れを落としたり、磨いたりする。細かな部分に目を向けるこの作業が、シロコは嫌いではなかった。何か一つの作業に集中すると、その片隅でぼんやりと、とりとめのない思考が浮かんでくる。不定形な情景だったり、形のない思いつきだったりするそれらを緊張させないように、脳の端っこだけで注目する。
(……例えば、あの生徒がホシノ先輩より強かったら)
シロコにとって、ホシノはなかなか超えられない壁である。1年生の時にはよく勝負を持ちかけて、そのたびに返り討ちにあってきた。狼の性分で、群れ内の格付けに固執していた、生意気な後輩であったと自認している。進級して後輩ができてからは、必ずしも武力のみがカーストの上に立つわけでないと認識を改め、戦闘欲も鳴りを潜めていたが……。
(もしかしたら、また全身の毛が逆立つような、そういう戦いができるかも)
かつてのホシノは、鞘にしまわれたナイフのようだった。覆い隠していても、その下には鋭さがあった。
最近のホシノは、のらりくらりとした態度の中に、他人を立ち入らせない一線を引いているように感じる。模擬戦だって付き合ってはくれなくなった。ヘルメット団を追い返すのも悪くはないけど、それは防衛でしかなく、スリルに欠ける。シロコはひりつく感覚が欲しいのだ。
気づけば、愛銃の整備が終わっていた。長く使い続けた銃は、撃ち手の神秘が染みついて、手によく馴染むようになるというジンクスがある。整備を終えるといつもシロコは、この銃さえあれば何でもできるような感覚に浸るのだった。
「あ、帰ってきた!」
少し前からこらえきれずに窓に張り付いていたセリカが、遠くから歩いてくる二人組を見つけて声を上げた。アヤネも、そしてシロコも窓際に寄って、手で庇を作って目を凝らす。
ノノミの隣を、ひとりの生徒が歩いている。黒いシスター服の少女だ。おそらくアレが『ミクリ』だろう。ノノミと顔を見合わせて、何やら話している……。
「うひゃっ」
と、セリカが急に脇腹を突かれた時のような声を上げた。声にこそ出なかったが、シロコも同じ驚愕を共有していた。
「……今、目が、合った?」
「え、シロコ先輩も?」
「そうですか? ううん、よく見えないです……」
眼鏡のつるを軽く押したり上げたりしているアヤネの横で、ふたりは顔を見合わせ、それから自分の席に戻った。そんな二人を見て、首を傾げながらアヤネも席につく。
シロコは口元までマフラーを引き上げた。
それから、体感的には少し長い時間がたって、ついに足音が対策委員会の部室の前で止まった。引き戸が開き、すっと顔を出したノノミが、安心したように笑う。
「あ、皆いてよかったです~。声がしないから、誰もいないのかと思っちゃいました」
「ん、みんなちょっと緊張してる。他の生徒、あんまり見ないから」
「う、ごめんなさい……急な話なのは分かってるんですけど、どうしてもみんなに紹介したくて……」
眉を下げたノノミに、セリカが慌てて声をかけた。
「だ、大丈夫だから! ノノミ先輩の友達なら、そんな悪い人じゃなさそうだし」
「ふふ、ありがとうございます~。じゃあ早速ですけど……ミクリちゃん?」
ノノミがその名を呼ぶと、ひとりの生徒が教室に入ってきた。
修道服の少女である。光沢のある髪は赤黒くうねって、黒い服に張り付くさまは木の根、あるいは血管を想起させた。
瞳は水たまりに浮かぶ油膜のように濁ったきらめきを放ち、鮮やかな血色の唇は柔らかい微笑みを湛えている。
淑やかに一礼した彼女は、服装に違わぬ穏やかな声で名乗った。
「初めまして、アビドス高校の皆様。私、罪善ミクリと申します」
「ん、私は砂狼シロコ。2年生」
「1年の黒見セリカよ」
「同じく1年の奥空アヤネです」
「ふふ、ありがとうございます。本当はちゃんとした敬称でお呼びしたいのですけど──」
ミクリはノノミのほうをちらりと見た。ノノミはアイコンタクトで(ダメです☆)と返す。
「――せっかくですから、皆様のことはさん付けでお呼びしてもよろしいかしら」
シロコ達が頷くと、ミクリは各々の名前を噛みしめるように小さく呟いて、嬉しそうに笑った。
アヤネがパイプ椅子を引っ張り出してミクリに勧め、セリカはミクリの一挙手一投足に目を凝らしている。あの気の張り方ではすぐに疲れてしまうだろうと考えながら、シロコはミクリの服装を素早く観察した。
(装備が見えない。服の下に収納できる、拳銃くらいの武器?)
「ええと、せっかくですから質問があればお答えしますわ。生憎、会社のことについては社外秘ばかりなので言えることは多くないのですけれど、それでも良ければ」
「じゃあ、はい!」
「なんでしょう、セリカさん?」
手を上げたセリカは、これが一番大事と言わんばかりに威勢よく問うた。
「何年生なの?」
「……えっと、年齢的には2年生ですわね。でも学校に行っておりませんでしたので、生徒としてはセリカさんのほうが先輩ですわ。いろいろ教えてくださいましね?」
「わ、私が先輩? ふーん……」
少しニヤけて黙り込んだセリカに代わって、今度はアヤネが手を上げた。
「あの、どうしてアビドス高校なんですか? ノノミ先輩から聞いているかもしれませんが、ウチには大きな借金があって……」
「存じ上げておりますわ。そのうえで、アビドス高校の力になることが
「……え、それだけですか?」
アヤネが困惑したように尋ねると、ミクリは首肯を返した。
「手の届く範囲での善行は全て行うのが私のポリシーですの。そこに友達がいるのなら、力になりたいと思うのがヒトというものでしょう?」
まともですね、とアヤネは内心で独り言ちる。まともすぎるほどに、まともだ。ともすれば自分たちもこうあれたのかも、と思ってしまうくらいには、無垢な善性を信じ切っているように見える。級友以外を信じられなくなり、剰えこんな質問をしなければならない自分がなんだか大人になってしまったみたいで、アヤネは少し悲しくなりながらさらに質問を重ねた。
「ええと……その、ミクリさんは社長さんだって伺いました。もちろん、金銭の援助とは言いません! でも、その、借金返済を、手伝っていただけたらと、思うんです」
「当然ですわ。もっとも、私は職場を離れられない日も多いですから、どうしても物資等の融通みたいな裏方業務ばかりになってしまいそうですけれど」
「……それだけで、とっても助かります」
そして、驚くほどに都合がいい。なるほどこれは、ノノミが入れ込むのも頷ける人の好さだ。意識していないとすぐに、好印象の色眼鏡がかかってしまいそうになる……けど。
アヤネが最後まで気を緩めなかったのは、『怪しいブレスレット』と言う単語が頭の片隅にずっと残っていたからだ。そして、その単語のせいで、アヤネは最後にこんな質問をした。
「ミクリさんの会社は、何を売っているんですか?」
ミクリは視線をそらにやって、少し考えてからこう言った。
「はっきりとは申せませんが、言うなれば……安全かしら。あるいは未来」
それを聞いて、アヤネはピンときた。警護会社か武器会社だ。特に前者なら、要人警護の観点から気安く業務内容を漏らせないのも理解できるし、ホシノ先輩に声がかかったのも納得できる。これだ。
まさかミクリの会社が化け物を収容しつつエネルギーを抽出する異世界のエネルギー会社だとは夢にも思わず、アヤネは礼を述べて質問を切り上げた。
「ん。それじゃあ私からも」
最後に手を挙げたのはシロコである。
先に言ってしまうと、今日初めてミクリの笑みを崩したのはシロコだった。
彼女の言葉は端的で、非常にシンプルなもので──
「私と闘ってほしい」
「……えっ?」
ミクリは目を丸くして、縋るような視線をノノミに送った。ノノミは苦笑いで話に入る。
「シロコちゃんはちょっと血の気が多くて~……もう、初めてあった人に戦いを挑んじゃだめですよ~?」
「でもノノミ。アビドス高校に入るなら、ヘルメット団くらいは追い返せる強さが無いとダメ」
「それはそうですけど……」
シロコの言葉には正当性があり、ノノミは少し言い淀んだ。
キヴォトスでは目と目があったらバトルなのかと戦慄していたミクリだったが、話を聞くにそういうわけではなさそうだ。悪意を以て傷つけるのならともかく、合意の上で試す程度の戦闘ならばミクリもやぶさかでない。
「構いませんわよ」とシロコに言うと、ノノミは驚き、シロコは目を輝かせた。
「ん。校庭でやろう」
「ふふ、こういうの初めてですわ」
乗り気になったら話が早い二人は、連れだって部室の外へ出て行った。あわててノノミがそれを追いかける。ついていきそびれた2人は、教室の隅をふわふわと羽ばたく黒い蝶に気がついた。
「……あれ、ちょうちょ?」
「見たことが無い種類ですね……?」
セリカとアヤネが顔を見合わせる。
そもそも、砂漠化の著しいアビドスに野生動物や昆虫の類は少ない。
アヤネが首を傾げたころ、校庭ではミクリとシロコが近距離で向かい合って立っていた。
「ん、見たことない銃」
「特製ですのよ」
ミクリが取り出したのは『崇高な誓い』の黒いほう。白はWHITE属性のダメージであるため、この場には向かないと判断した。
シロコは自身の整備経験から、ミクリの銃が奇妙な機構をしていることにいち早く気が付いていたが、楽しみは戦いの後に取っておくことにした。
対面のミクリは脱力した自然体で佇んでいる。
「では」
「うん」
シロコが一発の銃弾を取り出し、それを指で弾く。くるくると回転しながら落下する銃弾が、地面とぶつかるその瞬間に、二人は行動を起こした。
ミクリは『崇高な誓い』を構え、引き金に指をかける。
シロコは、サイクリングで鍛えられたしなやかな脚で持ってミクリの手元を蹴り上げた。
「あら」
弾かれ、宙に浮く『崇高な誓い』を目で追うミクリ。その隙だらけの身体に銃弾を喰らわせるべく、シロコがアサルトライフルを突きつけ――
「!」
――上を向いたままのミクリが、左手でシロコの銃口を掴み、逸らした。梃子の原理ではこちらに利があるはずだが、押しても引いてもびくともしない。シロコはあえて腕に力を込めないまま銃を撃ち、反動をミクリに押し付けた勢いで無理やり手を離させる。愛銃を取り返して安心したのもつかの間、シロコはうなじに鳥肌が立つ感覚を覚え、咄嗟にしゃがみこんだ。
「えいっ」
気の抜けた掛け声とともに放たれた回し蹴りが、先ほどまでシロコの胴があった空間を抉った。ぶん、と重たく空気を裂く音がすぐ頭上から聞こえて、シロコは冷や汗を浮かべる。
「ん、すごいパワー」
「ふふ、お褒めにあずかり光栄ですわ」
『崇高な誓い』をキャッチしたミクリが、口元に手を当てて笑った。
シロコもつられて笑う。戦いはまだ、始まったばかり。
今回の苦労ポイント:シロコの強さと戦闘描写
でも銃口を逸らすのはアツくてお気に入りです。戦いの描写が上手い小説があったら是非教えてくれ。
おひさ! 日数が空いてしまいました
これは作者がフツーに就活中だからです。働いてないのにもう仕事辞めたい……!(妄言)
とはいえ、これを理由にすると匿名にした意味がないですし、エタりたくもないので作者名を開示しておきます。戒めとか背水の陣とかいうやつですね。
あとツイッター見れば作者が生きてるのだけは確認できるよ。
帰ったら今度こそ黒服!!