There's nothing without One Sin   作:鼠日十二

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ばあ!


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「えーいっ!」

 

 通算十二度目の呑気な掛け声とともに、ミクリが拳を振りかぶる。

 裏腹にシロコを襲う緊張。全身の毛が逆立つ感覚が、ただの拳の致死性がいかほどかを教えてくれる。

 直観に従うように回避行動をとろうとして、足が上手く動かないことに気づく。

 

(思ったより、疲れてる……!)

 

 緊張、そして発汗。アドレナリンに任せて繰り返した、死と隣り合わせの緊急回避。

 まだミクリが銃を撃つところを見ることもできていない。それなのに、張りつめた肉体と精神は、シロコが思うより遥かに早い速度で体力を喰らいつくしていた。

 大ぶりな軌道をえがいて放たれた拳は、投石器さながらに遠心力と重力を乗せて、動きを止めたシロコに迫る。着弾の寸前、愛銃を盾にするように構えて、シロコはその場で小さく跳ねた。

 

「がッ……は」

 

 直後──車に撥ねられたかのような衝撃が、シロコの身体を吹き飛ばした。旋風に煽られる木の葉のようにバランスを崩す身体を、どうにか総動員して着地する。だが、それで精一杯。押しつぶされた肺が乱した呼吸、言うことを聞かない膝、砂まみれの地面に突いた手は小さく震えている。

 

「げほっ、げほ。ふうッ、ふーッ」

 

 膝をついた視界の外から、ざり、ざりと砂を踏みしめる音が近づいてくる。

 

「いかがかしら。有用性を示すことが模擬戦の目的なら、もう十分だと思うのですけれど」

 

 ならば。シロコはかぶりを振る。

 ミクリの有用性を測ることは、もう()()()()()()()()()()()()()から。

 

 

 シロコが、本当に知りたいのは──

 

「ん、悪いけどもう少し付き合ってもらう」

「何のために?」

「もっと強い私になれるか、確かめたいから」

 

 ――自分はホシノの隣に立てるか、という、それだけ。

 

 ブーツの爪先が視界に入る。

 だからシロコは顔を上げた。

 ミクリを見据え、その濁った瞳を見据えて。

 握りしめていた掌を……一握の砂を、ミクリの顔めがけて投げつけた。

 

「!」

 

 アビドス流の喧嘩殺法(目つぶし)。それに賭けて、シロコはすぐさま白い牙(WHITE FANG 465)をミクリに向けた。

 主人の想いに応えるように、シロコの愛銃は――ミクリの拳をまともに受けてなお――万全の機能を以て、神秘のこもった銃弾を放った。

 

 

 

 人間未満の怪物は、砂煙で塞がれた視界を自責と歓喜に満ちた気持ちで眺めていた。

 たとえ敵の前で膝をついたとしても、不撓不屈を謳うその精神。きっと彼女は、最後の最後まであがいて、諦めないのだろう。その姿勢が僅かに、あの人の姿とダブる。

 対して、使うべきではない力を使わねばならない自分。

 だからミクリは、畏敬と自戒の念を込めて、

 

「『崇高な誓い』」

 

 模擬戦を開始してから初めて引き金を引いた。

 

 まるで尾を引くように聞こえる銃声。

 L社でも最速の連射性能を誇る『崇高な誓い』、その片割れを肉体が許す限りの速度で早撃ちすることで実現する、自動小銃に匹敵する掃射。

 さらに、指先に至るまでの全身の皮膚を裂いて1回だけ瞬きした小さな眼球の群れが、瞬間的にシロコの弾丸を捉える。

 並列に接続された脳は認識時間を極限まで引き延ばし、見てからの対応を実現可能にせしめ。

 

 そしてミクリの弾丸、ミクリが蛹化告解弾と呼ぶそれは、シロコが放った銃弾のすべてと衝突し、相殺、対消滅した。

 

 シロコが引き金を引いてからここまで、僅かに0.3秒の出来事である。

 

「ああ、これでは天秤が釣り合わない……」

 

 目元を修道服の袖で拭い、ミクリは静かに宣った。

 

「私の負けですわね」

 

 シロコは銃を構えたままの姿勢で、呆然として聞き返した。

 

「…………えっと、なんで?」

 

 ミクリは『崇高な近い』の蝶の文様を指でなぞって、それを丁重に懐へしまい込んだ。

 

「私は私の銃を、善行以外の目的で使うつもりがありませんでした。猟銃が猟以外の、たとえば無差別な殺戮に使われるべきではないのと同じように。それはある種の誓いであり、私は己の慢心故にそれを破った」

 

 L社の技術。アブノーマリティー、そしてE.G.O.。これらの漏洩がキヴォトスを地獄に導くことを恐れて、ミクリはL社の管理人となった。

 ノノミたちにL社の業務内容を教えていないのも、ホシノに『たった一つの罪と何百もの善』以外のアブノーマリティーと対面させていないのも、すべてはキヴォトスや生徒たちに悪影響を及ぼすのを恐れてのこと。

 故に、ミクリは技術の持ち出しに細心の注意を払わねばならない。仮に銃弾の一発であれ、それが蝶の羽ばたきとなってこの世界を狂わせる可能性がある。それは、とても善ではないことだ。ミクリは、発砲行為に善行という大義が無いのであれば、徒に銃を撃つべきではないと考えていた。

 

 身体に銃弾を受けたくないというのは、ミクリのエゴ。

 そうならざるを得ない状況に追い込まれたのは、ミクリの油断。

 ミクリはそれを、敗北と捉える。

 

「つまり……えっと」

 

 ミクリの抽象的な言葉の全てを理解したわけではないが、シロコは直観的に言葉を紡いだ。

 

()()()()()()?」

「……そうですわね。シロコさんに負けさせられてしまいましたわ」

 

 そう言うのならばそうなのだろう。シロコはそれ以上追求しなかった。

 ミクリが差し伸べた手をとって、シロコは立ち上がった。

 まるで粘土を握ったような、不思議な感触が掌に残る。

 

「ミクリ」

「なんでしょう」

「また、やろう。今度は真っ向から勝つ」

 

 ミクリは一瞬あっけにとられて、それから期待するような眼差しをシロコに向けた。

 

「ええ。いつか私を倒せるくらい強くなってくださいましね」

 

 

 

 

 

 

 そうして、ミクリとアビドス高校の面々との初顔合わせは何事もなく終わった。

 はじめから受け入れムードであったノノミに加え、シロコが好感を示したことで、ミクリがアビドス高校に転入する機運は高まった。

 対して、1年生の反応は二極化した。

 セリカは、降って湧いた幸運を信じられるタイプである。転がり込んできた不運があるならば、舞い込んでくる幸運があってもいいはずだ、と。それは楽観思考でありながら、同時に器の大きさでもある。

 アヤネは、都合のいい儲け話を信じられないタイプである。彼女が持つ常識という指針に照らせば、ミクリは奇怪な異物であったが、それを呑み込んで利用してやろうと息巻くだけの度胸はまだなかった。

 いずれにしても、ミクリの登場が生徒たちに少なくない影響を与えたことは間違いない。

 

 そう――化け物がひとつ、忘れていたことがある。

 人との出会いもまた『蝶の羽ばたき』。否定であれ、同調であれ、感化であれ。出会いは、双方に変化をもたらすもの。

 

 自宅の寝室にて、シロコはベッドに寝ころんだまま薄暗い天井を見上げた。

 

「善いことと、悪いこと……」

 

 思い返すはミクリの言葉。銃を律するという発想は、シロコの思考には無いモノだった。キヴォトスにおいて、あるいは砂狼シロコが歩んできた人生において、無力であることは何も護れないのと同義であったから。銃の重みが無ければ、キヴォトスで安心して暮らすことはできないから。

 けれど……銃は、護る為だけに使われるばかりでは無くて……。

 ヘルメット団を追い返すのは『善いこと』かもしれない。銀行強盗は……うーん……。

 シロコは、自分の心に顕れたセピア色の未熟な天秤を揺らして、その柔らかな振幅をじっと眺めているうちに、ゆっくりと柔らかなまどろみに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 休止モードに入った施設の中を、明かりも持たずに歩く人影があった。

 機械のように規則正しい歩幅、呼吸、瞬きを伴って、彼女は廊下を歩き、とある扉の前で足を止めた。いつもの人好きのするような笑みを忘れ、その表情は虚無だけをたたえている。

 

 罪善ミクリに睡眠は許されていない。夢の中で眠ることができないのと同じ。

 修道服を脱ぐと、青白い裸体が無機質な非常灯の光に浮かび上がる。

 黄色と黒で塗装された扉を、脇のスイッチを操作して開き、ミクリは中へ入り込んだ。

 

 部屋の中央には、十字架に貫かれた頭蓋が浮かんでいる。

 その眼前に立ち、両目を閉じて、ミクリは日課を始めた。

 

「我が手は祈るために。我が足は跪くために。我が名は戒めのために」

「主よ、罪を裁き給え──」

 

 『たった一つの罪と何百もの善』が、うつろな大口を開け、がちん、と空を噛む。

 施設全体の照明が一瞬明滅し、人間の輪郭を外れかけた影が壁に映し出される。頭らしき部分に浮かぶ茨を模したヘイローが、収縮と拡大を繰り返していた。

 それは、生物の脈動のようにも、揺れる天秤のようにも……束縛と解放の拮抗のようにも見えた。

 

 

-6%

 

 




久々過ぎて過去の設定と整合性があるのかわからん ライブ感で書いている
でも諦めないよ! ベアおばと血みどろ大合戦をするまでは!
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