本と、一瞬と、美しさと。   作:高山典子

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第10話

「土屋俊一、〇〇大学芸術学部写真学科卒業――」

 確か、この前、土屋から聞いた話では、彼の父親は高校を中退して写真家になったはずだ。

 しかし、この写真家のプロフィールでは、はっきりと、「卒業」という文字が()っている。

 一体、どういう事なのだろう。

 その夜、唯子は眠りにつくまで、ずっとその事を考えていた。

 

     ――――――

 

 ギラつく太陽の下、唯子は土屋と一緒に美術館へと向かっていた。

 唯子は、(すそ)にレースの入った(こん)色のワンピースで、白のペディキュアをした素足に黒いサンダルを()いていた。そして、強い日差(ひざ)しから逃れる為に持って来た、花柄の付いた白い日傘をさしている。

「――でさ、第1次世界大戦が始まると、スペイン人のピカソは、召集(しょうしゅう)されなかったんだけど、アーティスト仲間の多くは徴兵(ちょうへい)されたり、自ら志願して軍隊に入ったんだ。戦時下のパリでは、ピカソは――」

 土屋は、ホワイトのシャツにチョーカー、黒と白のチェック柄のハットに黒ぶちのメガネ、そして黒のチノパンに、茶色のサンダルを()いている。

 唯子は土屋の(ふる)熱弁(ねつべん)を右から左へと聞き流し、ただただ昨日の疑問(ぎもん)に、悶々(もんもん)としていた。

「1920年代になっても、ピカソはキュビズムの作品を書き続けて――って、ゴメン、オレばっかり話しているな。話題変えようか。――アレ?」

 駅で待ち合わせをしてから、唯子と一度も目を合わせていない事に土屋は気付き、

「どこか、具合でも悪くなった?」

と、尋ねた。

 顔を(のぞ)()まれた土屋にハッとした唯子は、

「……えっ、あの、……何でも、ないです……」

と言って、わざと鞄の中からハンカチを取り出して、汗を(ぬぐ)ふり(・・)をした。

 すると、

「美術館に着くまで、ちょっと休まない?」

 自動販売機を見つけたから、と言って、彼は近くの木陰(こかげ)のベンチで待つように唯子に(うなが)すと、すぐに()け出して行った。

 そして、戻って来た土屋は、

「アイスコーヒーと、スポーツドリンク、どっちが良い?」

と、聞いてきたのだが、

「……あの、わざわざ買って来て(いただ)いて申し訳無いんですけど、私、自販機の飲み物、ミネラルウォーターしか飲めないんです……」

と、唯子は答えた。

「――そっか。ちゃんと、聞いてから行けば良かったな。じゃあ、お昼ご飯、オレにおごらせてよ」

「……えっ、そんな……」

「何か、無理やり連れて来たみたいで、気使わせて悪いから。せっかく美術鑑賞(かんしょう)しに来たのに。あ、でも……」

と、途中まで言うと、

「ちょっと頼み事があるんだ。――まっ、それは後のお楽しみって事で」

と、軽く笑った。

 言葉の雰囲気から、何か想像も付かない事を言われるのか気になったが、初めて一緒に訪れる美術館へ行く事になるのが土屋みたいなタイプの人間だとは、と今さら思う唯子であった。

                    (つづく)     

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