緑色のエプロンを着た、顔なじみの女性職員が、部屋の時計を指さしてニコリ、と笑った。
唯子は辺りを見渡すと、窓の外は真っ暗で、
「あっ、すみません――雨、なかなか止みませんね。上がるまで待ってたんですけど……」
と、席を立った。
「明日の昼頃には止むそうよ。――その本、なかなか面白いでしょ」
その女性――小林
「あなた、私が3回も呼びに来たのに気付かなかったのよ。小学生の時から、ちっとも変わってないわね」
唯子は小学生の頃から時間を忘れて閉館ギリギリの時間になるまで読書に熱中して、職員から何度も呼びかけられて、ようやく気付くことがしばしばあった。
恵とはその頃からの顔見知りであり、本について語れる唯一の存在である。
「その作家、過去に直木賞を取った事があるの、知ってる?」
と、恵は唯子が片手にしていた本を見て、尋ねた。
「えぇ、一応。タイトルしか覚えていないんですけど……」
「そうなの。あのね、ずっと長編しか書いてなかったんだけど、『若い人に、もっと自分の作品に触れてもらいたい』って、初の短編集に挑戦したのが、その本なんだって」
「あぁ、それで話題になっていたんですね。どうりで若者言葉が多いなって思っていたんです。
「ふふっ。相変わらず現代作家への評価は厳しいわね」
二人は部屋を出て、一緒に「貸出・返却コーナー」と書かれたカウンターまで来ると、
「どうする?その本、最後まで読む?」
と、恵は尋ねた。
「はい。一度読み始めたら、最後まで読み切る主義だって、
「了解。じゃあ、いつも通り図書館利用者カードを出してもらって……」
恵はそこまで言うと、
「――ねぇ、唯子ちゃん」
と、声をひそめて、
「私が呼びかけるまで、学習コーナーの部屋にカメラを持った男の人が入って来るの、見かけなかった?」
「……さぁ、本に集中していたんで、心当たりは無いです」
「そう、それなら良かったわ」
と、ほっとした声で返事をした。
唯子は少し気になったが、それより早く家に帰らなければ、と思い、
「読み終わったら、また恵さんに改めて感想を伝えますね」
と、軽く笑って頭を下げた。
「分かったわ、ありがとう。気を付けて帰ってね」
図書館の玄関口の外まで見送ってくれた恵を見ると、いつもの優しい微笑みを浮かべて、手を振っていた。
(つづく)