本と、一瞬と、美しさと。   作:高山典子

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第5話

「――いやぁ、あのオバサンには助かったよ。ハゲたジィサンなんて、耳元で怒鳴(どな)りやがるんだから」

「あの」

「何?」

「あの図書館の女性、まだ『オバサン』じゃないんてすけど」

「じゃあ、いくつ?」

「……」

 歩道のアスファルトからは、今にも蒸発しそうな湯気が見えそうで、駅へと足早に向かう唯子の後ろから付いてくる「彼」は、雨上がり特有の蒸し暑さも平気そうな声だった。

「あの」

「またまた何?」

「私、あの図書館も、あそこに通う人も皆、好きなんです。だから、変な真似して図書館の嫌な(うわさ)が広がるような真似だけはしないで下さ……」

「オレ、そこそこ通った事があるんだ。まぁ、あそこへ行ったの中学生以来だけど。サガンにヘミング=ウェイ、ドストエフスキーにカフカ……。色々読んだな」

 意外な「彼」の答えに、唯子はふいに足を止めた。

 自分と近い年頃の男性が、本好きじゃないと分からない作家の名前を出すなんて、と驚きを隠せなかったのである。

 赤と黒のチェック柄の七分袖(しちぶそで)シャツに、ロックティストなプリントが入ったホワイトのタンクトップ、そして程良く色落ちしたジーンズと()きこなしてあるスニーカーにストローハット。

 一見(いっけん)ありがちなコーディネートだったが、一緒に歩く分には悪くない、と唯子は感じ始めた。

 そして話し方こそ軽率(けいそつ)な雰囲気だが、

それなりのブランドのスーツを着て、眼鏡(めがね)をかければ、「若手の実業家」と言われても違和感が無い程、顔立ちもスタイルも良かった。

「君、日本の近代文学、好きでしょ?」

「――えっ?……えぇ、まぁ……」

「そんな顔、してる。あと、ケーキよりも芸術(アート)の方が好きって感じ」

 ……一体、何なのだろう、この男性(ひと)

「オレ、土屋(つちや)俊介(しゅんすけ)。今、写真の専門学校に通っているんだ。君、その制服、〇〇女子高でしょ。今、何年生?」

「……2年生……です……」

 歩道に植えられた苗木(なえぎ)にはまだ水滴が残っていて、気付けば「彼」と一緒に並んで唯子は足を運んでいた。

「……あの……、市の職員の方じゃないんですか?それに名字も『田中』なんじゃ……」

「あー、あれ、全部あのオバサン……じゃなくて、あのお姉さんの(うそ)。昨日もさ、勝手に写真を撮ってたら、同じように対応された。――その時は『鈴木』だったけどね。まあ、幼児好きの変態(へんたい)が現れたって噂になるのが困るから、上手く話を作ったんじゃないかな」

「……恵さんとは、知り合いなんですか?」

「『恵さん』?――あぁ、あの職員のお姉さんとは全く何の(えん)も無いよ。何か、()め事とか嫌いそうな感じっぽいよね、あの人」

 そう言って、「彼」――土屋は近くの苗木をパシャッと写真に撮った。

                    (つづく)

 

 






★次回更新予定日︙2025年2月1日(土曜日)

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