九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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かちこみ

 その日の探索を終えたジークは、八十一階で一泊。

 翌日八十一階の探索も概ね終えたジークは、仲間たちとの約束通りに一度塔から出て、風呂屋で体を清めて宿へと帰ることにした。

 本当はこもりきりの方が調子も出るし、攻略も早いのだが、今回の作戦の指揮官はヴァンツァーだ。

 ジークは自分からパーティを組まないだけであって、基本的にはパーティの中の決まりを守るという良識は持っている。昔はそうして一緒に戦っている仲間がいたのだから当然のことだ。

 

 その観点から行くと、今回は戦っているアプロムたちのところへ駆けつけるのは良くなかったし、まして『帰れ』と告げたのはあまり良くなかったという自覚がある。

 しかしやってしまったものは仕方がないので、素直に報告するつもりで帰ってきたジークである。

 

 宿の前で一度足を止めてから、多少文句を言われることを覚悟して中へ入ったジークは、そのまま部屋へ戻る途中でニコラの部屋をノックする。

 パタパタと音がして出てきたニコラは、ジークが何かを言う前ににっこりと笑って「お帰りなさい」と言った。帰ってきたら一番に声をかけるように言われているので、きちんと約束を守った形だ。

 

「ただいま」

 

 ジークには今一つよくわからないが、そう答えるとより嬉しいというので、いつものように『ああ』とか『そうだな』とか言わずにちゃんと返事をするようにしている。

 しっかりと筋肉のついた体に腕を回されてしばし抱き着かれた後、部屋に招かれて今回の探索のことを聞かれる。

 

「若い探索者と集団、それに喋る魔物を見た」

「大丈夫だった?」

「数人殺されていたが、もう何人かの犠牲で倒せそうだった。危ないから帰れと言ったが、言うことを聞かずに攻撃をされた」

「あー……、仕方ないわね」

「そうか。ヴァンツァーにはあまり関わるなと言われたが……」

「ジークはそうするべきだと思ったんでしょ。兄はその人に攻撃されるようなことを見越して、余計なリスクだと思ってやめとけって言っただけ。作戦に支障が出るわけじゃないから大丈夫よ」

「……そうか」

 

 謝った方がいいのかと思っていたのだが、先回りして潰されてしまった。

 

「ヴァンツァーには謝った方がいいのか?」

 

 ジークから珍しい問が飛び出してきてニコラは目を丸くする。

 なんとなくヴァンツァーとジークの仲を取り持つのは気にくわないが、折角ジークが真面目に考えているのだからと、ニコラは仕方なく真面目に答えてやった。

 

「そうね。一言謝れば……喜ぶと思うわ」

「喜ぶ?」

「うん、喜ぶ」

「なぜだ」

「うーん……、それは多分、ジークが自分の言葉をないがしろにしたわけじゃないって分かるから、かしら。結果は同じって思うかも知れないけど、やむを得なく約束を破るのと、どうでもいいから約束を破るのって全然違うの」

「……そうか」

「難しいかしら」

「そうだな」

 

 ニコラはどう話せば伝わるのかしばし考える。

 例を出すにも塔の攻略ばかりしてきた朴念仁が相手だと、説得力のあるシチュエーションを探すのに苦労するのだ。

 

「例えば……、そうね。クエットさんがポーションを作るのに一時間かかるって言って待ってたら、三時間かかっちゃったってなったら、ジークは『遅い』って思うでしょ」

「そうだな」

「もし遅れた理由が途中で昼寝をしちゃっただったらどう?」

「殴る」

「あ、そうなの」

 

 この発言から、やっぱりクエットは友人でしかないんだなとニコラは少しホッとする。精神的な距離が随分近いようなので、ちょっとだけ心配していたのだ。

 おそらくニコラやテルマ相手ならば『殴る』なんて言わないはずである。

 

「じゃあ、途中でどうしてもポーションがないと死んじゃう、って人に出来上がった分を分けてあげてたから遅れてたとしたら? ちゃんと理由を説明して、謝罪もしてる」

「仕方ないだろう、それは」

「そういう感じかしら」

「……そうか」

 

 相変わらずぴんと来ていないようだが、先ほどよりは納得の顔である。

 ニコラにはそれが伝わるが、知らない人からすればただのしかめっ面であったけど。

 

 その日ジークから説明と謝罪を受けたヴァンツァーは、ニコラと似たような顔で、しかしそれよりも長く目を見開いてぽかんとしてから、「今の聞いた?」と仲間の女探索者に確認をする始末だった。

 それがおかしくてニコラは笑ったが、おかげでジークは謝罪の効果をあまり実感できていなさそうなことだけが残念なところだ。

 

 

 それからさらに一週間。

 ジークが八十五階までの探索を終えて宿へ帰ってくると、ロビーには見覚えのある人物が立っており、それを見張るようにヴァンツァーやテルマ、それに他の仲間たちが待機していた。

 姿が見えないのはクエットのみである。

 ジークはその人物を一瞥すると、まっすぐにロビーを歩いていき、そのままニコラの下へ行く。

 

「おい、待てよ」

 

 声をかけてくる人物はスルー。

 

「ただいま」

「あ、おかえり。えっと嬉しいけど……、ちょっと今はあっちの相手してあげてもらえるかしら……?」

 

 約束を守ってくれて内心にっこにこだが、一応困った顔をして今やるべきことを告げる。

 振り返ってみれば、無視された人物、アプロムは当然怒り心頭でジークのことを睨みつけていた。

 

「てめぇ、俺のことを無視するんじゃねぇよ」

「してない、後回しにしただけだ」

「この……っ!」

 

 怒るアプロムに、余計な争いをしたくないテルマとヴァンツァーが間に入る。

 

「あ、悪気はないんです、本当に」

「本当にこういう人なだけだから、ちょっと許してもらえないかな」

 

 内心でデレデレしているニコラは表情筋を保つのに必死だ。

 普段はしっかりしているのに、ジークのことになるとちょっと駄目になるニコラであった。

 

 




百話めぇ!
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