九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。 作:嶋野夕陽
一瞬気を抜いてしまったテルマが、再び表情をひきつらせながら交渉を続けること暫く。ジークが塞いだ通路が喋る魔物たちによって開通される。
そうしてジークが剣を引いたところで、喋る魔物たちはその通路を空けるために、全員が広間の反対側へと移動した。
交渉に慣れていないテルマはぐったりである。
しかしその苦労のお陰で、ジークと喋る魔物の親玉はようやく武器を納めて正面から睨みあうことになった。
互いにすぐには動けぬよう、胡坐をかいている。
『でか女、お前はこの塔について何を知っている』
「私の名はテルマです。私たちがこの塔について知っていることは、百年ほど前に現れたこと。魔物が出ること。不思議な力を持った宝が眠っていること。高い階層になる程、景色が変わり強い魔物が現れること。百階より先にはあなた方のような喋る魔物が生活を営んでいること……」
『喋る魔物ではない。儂らは誇り高き大地の守り人ドワーフじゃ! そして儂はその王である、ドグラ=グラデエダンじゃ。どうやら本当に百階より先へ進んだ者がいるようじゃな』
喋る魔物と呼ばれるのが我慢ならなくなったのか、ドワーフのドグラは膝を叩いて名乗りを上げた。話を聞いて百階より先へ、というあたり、やはりテルマたちよりも塔についての情報を持っているようだ。
「ドグラさん、塔について、知っていることを教えてください」
ドグラは黙り込む。
難しい顔をして、口を真一文字に結び、テルマをじっと睨みつける。
「話をしてくれる約束だったはずです。違えるのですか?」
『…………ドワーフは嘘をつかん。誰が違えるものか。何から話せばいいかわからんのだ』
「……では、なぜあなた方が人を殺すのか、から」
『被害者ぶった言い草は気に食わん。お前らとて儂らを見つければ殺しにかかるじゃろう』
「それは……」
その通りだ。
塔で現れる人間以外の存在は皆魔物。
襲われる前に殺せが鉄則である。
『いや、今のは違う、忘れてくれ。確かに、儂らにはお主らを殺す理由がある。……それはな、この世界の者を最も屠った塔の住人が、この世界の主となると告げられているからだ』
テルマが思わず目を見開くと、隣に座っていたジークが目を細めてドグラを睨みつける。
「テルマ、こいつ何を言った」
「ちょっとだけ、待ってください……」
もしドグラの言うことが本当ならば、喋る魔物と和解することは不可能だ。
しかもドグラは『この世界の者を最も屠った塔の住人』と言った。
つまり、九つの塔は、全てがこの世界の人間を滅ぼすために活動しているということに他ならない。
ただなんとなく暴れているのではなく、明確な目的と殺意がある。
この違いはかなり大きなものであった。
この事実を知れば、ジークがどんな動きを見せるか予測ができず、テルマは一時的にジークに言葉を伝えることを保留した。
「……この塔の中でも暮らしていけるのでしょう?」
『……一応はな』
「ではなぜ、そんなことを!」
『儂らもそうして住処を奪われたからじゃ』
「……どういうことです」
ドグラは腕を組んでため息を吐いた。
『儂らの世界にも塔が生え、蹂躙され、この塔に閉じ込められたということじゃ。この世界には塔がいくつある? 儂らがやられた時の塔の数は四つだったそうじゃ』
「……九つ、あります」
『ほう、では儂らの後に更に四つの世界が奪われたんじゃろうな。そしてここが十個目の世界なんじゃろうて。……儂らがやらなくとも、どこぞの塔がお前らの住処を奪う。徹底的に追い詰められて、滅ぼされる直前に、塔の中に住処を得ることになる。追われることのない安息の日々。その時はそれを救いだとして感謝すらしたと聞く』
ドグラの話には矛盾がいくつか含まれていたが、テルマはそれを一度置いて、さらに質問を投げかける。
「それならば、なぜ塔の外の世界を得ようとするのですか」
狭いから、欲しいから、羨ましいから、様々な理由を考えたテルマだったが、どれも侵略を許すような理由になるとは思えなかった。結局言葉が通じても戦うべき相手なのかと眉間にしわを寄せたところで、ドグラが口を開く。
『…………塔の中で暮らせる人数は限られている』
「そんな、勝手な……」
だからもっと広い世界を。
この世界の住人であるテルマからすれば許せない話だ。
話を切り上げて立ち上がろうかとも思ったところで、ドグラはさらに続ける。
『……許容人数を越えて生まれた子は……、魔物となって塔へと降りて行ってしまう。子が、魔物となるのだ! そしてここで殺されるのだ!! 死を祝い、誕生を恐れる! そんな暮らしはうんざりじゃ!! ああ、そちらからはさぞかし勝手に見えるじゃろう! 儂らの先祖も侵略されている時はなぜこんなことをと思っただろうよ! だがな、当事者となれば侵略する方の気持ちが分かる。痛いほどにわかる! かつて先祖たちが当たり前に享受していた、生を祝福し、死を悼む世界へ戻りたいのだ! ……これはな、塔の侵略を防げなかったお主らの未来でもあるんじゃぞ!』
びりびりと空気が揺れるような訴えに、テルマは体を少し引き、ジークは武器に手をかけた。しかしドグラはそれでも武器に手を伸ばさず、大きく息を吸ってだらりと体から力を抜いた。
『儂はな、ここで死んでも良いとも思っておった。しかしのう、一つ思いついたことがあるんじゃ。なんでこれまで思いつかんかったのか……。腹立たしいが、この馬鹿力に頭をガツンとやられたおかげかもしれんな』
「……なんでしょうか?」
未だドグラの言葉の衝撃から冷めやらぬテルマが、控えめに問い返す。
するとドグラがにっかりと笑って言った。
『儂をこの塔の外まで連れていってくれ、試してみたいことがある』