九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。 作:嶋野夕陽
「休む。お前らも休め」
ジークは食事を終えると、剣を抜いて抱えたまま目を閉じた。
塔の中で長く暮らしてきたジークは、異変があれば即座に気が付いて対応する自信がある。だからこそこうして、手を組むことになったばかりの喋る魔物、ドグラを目の前にしても目を閉じることができる。
だが、ドグラからすればそれは、ジークからの信頼の証のようにも見えた。
『なんとも剛毅な奴じゃな。しかしまぁ、気持ちの良い……』
驚いたような戸惑ったような顔をして、髭面をぼりぼりと掻きながらテルマの方を振り返って言って一人で頷いて納得する。
『よし、儂も寝るか!』
ドグラの方はなんだかんだ言っても、言葉を交わせていないジークのことを、多少なりとも警戒をしていたのだ。しかしこんな風に先に目を閉じられては、警戒していた自分が恥ずかしくなってきてしまった。
ジークと同じく壁に背中を預けるようにして体中の力を抜くと、すぐに目を閉じて眠り始めた。
残されたテルマはというと、まだまだ塔の中で警戒しながら眠ることに、ジークほどには慣れていない。
それでも剣の鞘を握ったまま警戒しながら目を閉じているうちに、いつの間にか意識はすっかりまどろみの中に沈んでいた。
かすかな気配に目を覚ましたテルマは、剣の鞘に手を当てたまま跳ね起きて周囲を見回す。しかしそこには魔物の姿はなく、目を覚まして出発の準備をしているジークとドグラしかいなかった。
「起きたか」
『良く寝ておったな』
案外ドグラたちドワーフに囲まれたことや、緊張の連続である交渉が、テルマの心と体を疲労させていたのだろう。周囲をうろつかれても中々目を覚まさなかったらしいことに、テルマは恥じ入りつつ、身支度を整える。
「今日は一気に降りる。行くぞ」
ジークは準備が整ったテルマの顔を数秒見てから、一言告げてさっさと歩き出した。その表情に寝る前のような疲労感が見えていないことで、ペースアップを決め、無駄をなくしてさっさと下の階へと向かう。
朴念仁のジークであるが、流石に帰りが遅れるほどニコラが心配をするであろうことは理解し始めている。
そんな気持ちも頭の片隅に有って、ジークはできるだけ早く、宿へ戻るつもりであった。
移動は順調で、まっすぐに通り抜けていくだけならば魔物との遭遇率もそれほど高くない。速やかに通過をしていくつもりであったが、八十二階を進んでいる途中で、突然ジークがぴたりと足を止めた。
『どうした?』
これまで何もしゃべらずに黙々と進み続けてきた一行であったが、突然の停止に疑問を抱いたドグラが声を上げる。
「探索者の集団が向かってきている」
ジークが話の内容を理解しているはずもないのに、またも普通に返答をした。
疑問形であることくらいは理解できるので、今の状況から出てくる問いの想像がついたのだろう。
本当にこういった状況での判断に関する事柄だけは察しが良い。
「探索者……、塔を攻略している人たちの集団がいるそうです」
『儂が見つかるとまずいか……?』
「そうですね、道を逸れましょう、ジークさん」
「なぜだ」
「なぜって……、いいから、早く行きましょう!」
ジークには接触を避ける意味が理解できない。
個人としてはここで待って、やってきたアプロムに改めて警告をするつもりでいたくらいだ。
テルマが袖を引くので仕方なくついていくが、やや不本意である。
「あの人たちは、ドワーフに仲間を殺されているんです。敵討ちをするかもしれないでしょう」
ジークは少し考えてから「そうか」と呟いて足を止めた。
「なんですか、ジークさん」
「だったらこっちは行き止まりだ。後退すべきだったな。調査に来るかもしれん」
「え、あー……、前の部屋にはもう来ていますか?」
「来ている」
「じゃあ……、こっちまで来ないことを祈るしかありません」
三人は通路の奥の行き止まりの空間に到着して息を潜める。
見回せばすぐに全体が見えてしまう程度には狭い空間だった。
耳を澄ませてみると、僅かに人の動く音が聞こえてきて、テルマは息をのむ。
『儂は土の中に隠れるぞ』
ドグラが手のひらを壁にあてると、土が水面のように波打っていき、やがてドグラはその中にゆっくりと沈むように姿を消していく。
『中にいられるのはせいぜい五分程度じゃ。それが過ぎたら儂は出て来る』
「分かりました。ジークさん、ドグラさんが隠れていられるのは五分程度だそうです」
「わかった」
「ジークさん、行き止まりを見つけてしまって引き返すふりをします。演技です、できますか?」
「わからん」
「やって下さい」
ただこの場所にとどまっているというのは不自然だ。逃亡先のない場所で野営するというのは、探索者としておかしな話だし、あり得る選択肢としてはそれくらいしかなかった。
テルマがジークに無茶を言った直後、松明の光が見えて、数人の探索者が姿を現す。そこにはアプロムの姿もあり、ジークにじろりと睨みつけられると、ものすごく嫌そうな顔をして一瞬目を逸らすのであった。