九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。 作:嶋野夕陽
なんだか嫌な予感がして斥候について道の先を調べにやってきたアプロムであったが、そこにいたのが魔物ではなくジークであったことに気が付き、来なければよかったと強く後悔した。
個人的には、ジークと遭遇するくらいならば魔物と遭遇する方が幾分かましなくらいだ。
先日ジークと一対一で直接話をした件以来、アプロムはすっかりジークのことが苦手になっていた。何がよくないって、この男が普通に街で暮らしている癖に、ほぼ人語を話す化け物のような存在であると理解してしまったことだ。
喋る魔物とさして変わらない。
脅しをかけてみたところ、どこまでも純粋な目で『手を出した奴も、それに協力した奴も全員殺す』と宣言されてしまった。なまじその実力を知っている上、一切嘘をついているように見えなかったことから、単純に恐怖を抱いてしまったのだ。
魔物と戦うことは恐れないアプロムが、である。
同じ街に住んでいてかつ、自由に自分たちを殺して回ることのできる実力者がいるというのはすなわち、安全な場所がどこにもないということだ。
塔でも街でも常に警戒しなければいけないようでは、そのうち頭がおかしくなってしまう。
そう考えれば、喋る魔物よりもさらに厄介な存在であった。
もう関わり合いになりたくない。
「……お前、まだこの辺りの探索をしていたのか」
「お前こそ、まだこんなところにいたのか。案外苦戦してるじゃねぇか」
やめろと言ったはずだ、という副音声が聞こえてきたが、仲間の手前アプロムは顔を上げて強気な態度をとる。
「だが俺はもうお前なんかに関わらねぇって決めたんだよ。じゃあな」
そうして素早くその場を立ち去ろうと決める。
ここは行き止まり。
調べる意味もないのだから、さっさと戻って次の部屋へ移動したい。
「アプロム、待て……」
「なんだよ」
斥候の役割をしている探索者が小声で呼び止めて来る。
体は回れ右をしようと途中まで捻られているところだ。内心では『邪魔すんじゃねぇよ』と思っているが、最近の探索では犠牲者が出ているので、多少寛容な態度をとるように気を付けている。
それに、この斥候の観察眼には幾度も助けられてきた。
隠れた魔物や、落ちている破裂する黒い石を見つけるのは大抵この男だった。
「……この部屋、二人しかいないのに、三人分足跡がある。気をつけろ、怪しいぞ」
怪しい。
確かに怪しいのだが、今は関わりたくない気持ちの方が強い。
余計なことに気づくんじゃねぇよ、とすら思ってしまった。
アプロムは狭い空間の中をじろりと睨みつけ、中に二人の姿しかないことを改めて確認する。
いるとすればここからは死角になっている部分。
すなわち部屋に入ってすぐの左右のどこかだとアプロムは推測した。
「……もう一人いるのは分かってるぜ」
アプロムは考えた末に、言葉を発した。
とたん表情が強張ったテルマを見て、やはり隠れていたようだと察するアプロム。
不気味なのは無言でじりっと前に足を出したジークだ。
どう見ても戦闘態勢に入るコンマ一秒前である。
だからアプロムは慌てた。
「でも言ったよな! 俺たちにはもう関わるなって。だから俺もお前にはもう関わらない。だからそんなに警戒するんじゃねぇよ。おい、行くぞ」
「しかしアプロム」
「俺が行くって言ったら行くんだよ! 早くしろって」
アプロムは仲間たちの後ろに回り、その背中を押すようにして去って行く。
こんなことは今まで一度もなかったのに、仲間たちも動揺していたが、アプロムはアプロムで必死だ。こんなところでジークと争いになったら、それこそ人が何人死ぬか分かったものじゃない。
アプロムは別に、仲間の死を歓迎しているわけではないのだ。
アプロムなりに、街を守らなければならない、喋る魔物をどうにかしなければならないと、全力で取り組んでいるだけである。ジークのような魔物なのか人なのかも怪しいような探索者に構って、戦力を減らしている余裕はない。
それに、実はジークに酷く脅されたことで、アプロムは塔の探索ペースを一時的に少し落としているという事実もあった。仲間たちに改めて今の状況を相談してみたところ、実力不足を懸念している者が思いのほかいたのだ。
だからここしばらくはこの辺りで足踏みをしながら、精鋭たちの実力向上を図っているところである。
それでも毎日のようにけが人は出ており、悔しいことに最近ではジークの忠告が正しかったであろうこともわかってきている。
そうは言っても、結局ジークとはもう関わりたくないという事実には変わりないが。
『……ありゃあ、ばれてたか?』
「確かに、ばれているような言い方でした」
「そうかもな」
一方で残されたテルマたちの空気は深刻なものだった。
ぬるりと土の中から現れたドグラが困った顔をして問いかけると、緊張した面持ちのテルマが肯定し、それから一人平常運転のジークがなんでもないことかのように一応同意する。
アプロムの『……もう一人いるのは分かってるぜ』という言葉は、思いのほか二人に重く響いていた。それでも見逃してやる、というのは、すなわちアプロムの胸三寸で、ドグラの存在をばらされるということでもある。
何とか隠したまま宿に連れていき今後の計画を立てたいテルマとしては、痛恨の発覚であった。
実際は発覚していないわけだが。
ちなみにジークは、アプロムたちが一切ドグラのいる場所を探ったり警戒したりしている様子がなかったことから、おそらくばれていないだろうと察している。だが、あくまでおそらくでしかないので口にはしなかった。
ジークというのはそういう男である。
『……待てよ、なぁテルマよ。儂はあの男の言ってることが分かったぞ? もしや、言葉のわかる者は複数人いるのか……?』
「あ……、そうでしたか。……実はあの人も私も、昔に謎の声を聴いたことがあるという共通点がありまして」
『謎の声、とな?』
それについても不思議な話だ。
テルマが一通り説明すると、ドグラは首をひねりながら唸った。
『なにやら……、少々気味の悪い話じゃな……』
「しかし私がそれに助けられていることも事実です」
『その声は、何が目的なんじゃろうか……』
ドグラの疑問ももっともだ。
テルマだってこうしてドグラと話していることで、その疑念はますます深まっている。腰を落ち着けることができたら、しっかりと話し合うべき事柄だろう。
「そろそろ行くぞ」
通路の奥にアプロムたちの気配がなくなったことで、ジークは一人さっさと通路を進んでいく。
しかし今は塔の中だ。
まずは脱出して、仲間たちの元へ帰ることが優先である。
「はい」
『よしきた、行くか』
三人は細い通路を進み、部屋にアプロムたちの姿がないことをよく確認。
彼らとは逆方向にあたる、塔を下るための道を選んで進むのであった。