九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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かすみがかった思考

 この街の塔ではアプロムたちを除けば、喋る魔物と遭遇して生きている者はほぼ存在しないはずだ。その集団を越えてしまえば、あとはひたすらに塔を下るばかりだった。

 塔の出入り口では番人が見張りに立っているが、彼らとて出入りしている探索者の人数をいちいちチェックしているわけではない。見た目が人に近いドグラであれば、外へ連れ出すことは難しくないだろう。

 時折すれ違う探索者は、ドワーフであるドグラよりも、背が高く顔つきの恐ろしいジークの方を見て動揺しているから、彼らの中に残ったドグラの印象はそれほど濃いものでもないだろう。

 たまにはジークの万物を睨みつけるような目つきも役に立つものである。

 

 アプロムと出会ってから三日かけて塔を完全に降った一行は、外へ出る前に最後の打ち合わせをする。

 

『儂が懸念しとるのは、外に出ることで前と同じようにまた頭にかすみがかかったような状態になることじゃ』

「それは……、ものの例えではなかったのですか?」

 

 よく敗北して目が覚めた、というような言い回しがあるが、ドグラの言葉はちょっと様子が違う。ジークによる頭部への物理的なダメージが、何らかの洗脳を解いたかのような言い方だった。

 

『今こうして数日お主らと過ごせばはっきりとわかる。ジークに頭をガツンとやられるまでの儂は、この世界の人間を妙に恨んでおった。別にお主らに故郷を奪われ、塔の中に閉じ込められたわけでもないのにだ』

「塔にそんな効果があるということでしょうか?」

『仕組みはわからん。あるいは、この塔を支配している何かが、塔の住人と世界の住人を争わせようとしているか』

 

 二人は腕を組んで頭を悩ませたが、ジークは腕を組んで通りすがる探索者たちを目を細めて見ていた。二人が何を話しているかわからないので、死にそうな奴がいないかチェックしているだけなのだが、新人探索者はジークに気づくと悲鳴を上げながら、あるいは息を殺しながら逃げていく。

 会話を聞こえるほどに人が近づいてこないのは悪いことではないが。

 

『とにかくだ、儂の様子がおかしければ、もう一度前と同じように頭をガツンとやってくれ、とジークに伝えておいてくれ』

「わかりました。ジークさん、もし外に出てからドグラさんの様子がおかしかったら、前と同じように頭をガツンと叩いてほしいそうです」

「そうか」

「こう、人を憎むような、妙な雰囲気が出ていたら、といいますか……。曖昧で申し訳ないですが」

「わかった」

 

 明らかに説明不足だが、ジークはあっさりと了承した。

 普通にしていれば分かりにくい部分だが、ジークは敵意や殺意に敏感だ。

 今のドグラからはさっぱりそんなものを感じないので、それを感じるようになったらやれば良いというだけの話である。

 テルマの方は心配をしていたが、ジークにとっては実にわかりやすい話であった。

 

 三人そろって塔から出て行くと、番人はドグラを見て一瞬「おっ?」という顔をしたが、ジークにじろりと睨まれた途端に首をひねって目を逸らした。番人をやっていても、いや、やっているからこそ上位の探索者の存在は恐ろしいのかもしれない。

 そのまま塔を離れて暫くしたところで、テルマは大きく息を吐いてほっとする。

 

「それじゃあこのまま宿に……」

「風呂屋へ行く」

『なんじゃ、何の話じゃ?』

 

 ドグラが一応声を抑えて尋ねて来る。

 外では怪しまれないために大きな声でしゃべらないと決めて出てきたのだ。

 

「ジークさんが宿に戻る前に風呂屋へ行くと」

『ほう、風呂か。儂も行きたいが流石にな』

 

 まだドグラの体の見えていない部分が、この世界の人と同じかどうかは分からない。体を流したいとはいえ、ドグラまで連れていくわけにはいかなかった。

 

「流石に今日は諦めませんか?」

「なぜだ。こいつも強い。妙な雰囲気もない」

「風呂より先に、報告をするべきです。既にニコラさんのことも随分と待たせていますし、心配してますよ」

「…………そうか」

 

 ジークは空をじろりと睨みつけてしばし考えた後、素直に宿の方へと足先を向けた。ニコラの話はとにかく効く。これだけ有効な手札となるのだから、本当にニコラがジークと結婚してくれてよかったと、テルマは心の底から感謝していた。

 

『ニコラというのは?』

「ジークさんの奥さんです」

『ほう、こんなに強い奴があっさり言うことを聞くなんて、大層な伴侶じゃな』

「綺麗で、頭のいい方ですよ」

 

 それに加えて、過激なジークフリークであるが、それは別にわざわざ伝えなくともそのうちわかることだろう。

 

 宿の近くまでやってくると、その門扉の両サイドに二人の人影が見えた。

 片方はニコラ、そしてもう片方はヴァンツァーだ。

 

 人々から頭一つ抜けたジークの顔を見つけたとたん、二人は駆け寄ってきたが、途中でヴァンツァーはその歩みを緩めて、拗ねた顔をしながらも先頭をニコラに譲る。

 

「二人とも、遅かったわね」

「ホント、心配したよ」

 

 往来で抱き着くことはしなかったが、ニコラの視線は素早くジークの上から下まで移動し、怪我がないことを確認する。

 一方でヴァンツァーは、二人の間にいる髭面の小さなおっさん、ドグラのことを気にしていた。

 

「とりあえず、中へ入ろうか。ほら、ニコラも」

 

 あまり目立つことが良くないと判断したのだろう。

 ヴァンツァーはすぐに回れ右して宿の中へと向かう。

 ニコラも声をかけられてはっとしたのか、ドグラの存在を確認してから「そうね」と同意して、ジークの腕をとって宿へ戻ることにしたのだった。

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