九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。 作:嶋野夕陽
急ぎ探索者ギルドへ向かったヴァンツァーは、そのまま足を止めずに受付の方へと向かった。今日は情報収集の必要もないので、探索者たちには見向きもしない。
受付内にいる人物にさっと目を通し、見覚えのある女性に軽く手を振ると、あちらの方から駆け寄ってきてくれる。
「ヘラさん、お久しぶりです。ちょっと緊急の用事があるのですが中に入っても?」
「副ギルド長ですか? しかし、今は大事なお客様がいらしていると聞いてますが、今すぐですか?」
ヴァンツァーはまっすぐにヘラの目を見つめる。
話すのはこれで三度目だが、ヴァンツァーには十分にヘラの心を掴んでいる自信があった。
チラリと受付の方へ目を向ければ、呼び出したりしたせいでかなり注目を集めてしまっている。そうでなくとも見た目がいいヴァンツァーは目立つのだ。
とりあえずまずは、人の目につかない奥まで入り込むのが第一だ。
「……ええと、では大人しく待っていますので、中で待たせていただけませんか?」
「わかりました、そういうことでしたら」
ヘラは先を歩いて職員用の廊下を進み、角を曲がってさらに先へと歩いてゆく。
やがて来客用の部屋の前へたどり着いたところで、ヘラはぴたりと足を止めた。
「今はこちらにいらっしゃるはずです。誰も通すなと言われています」
「たくさんの人の命がかかってる。絶対に後悔はさせない。だから悪いのだけど……」
ヴァンツァーが言葉を更に重ねようとすると、ヘラは人差し指を立ててヴァンツァーの唇に寄せた。
「さて、私はちょっと急用を思い出したので、この先にある部屋に少しだけ寄ってきます。こちらでお待ちくださいね。いなくなってしまうと、探すのに苦労しますので」
ヘラはそれだけ言うと、「ふふっ」と笑いながらヴァンツァーを一人残して、その場から姿を消した。頭の中はイケメン上階層探索者との素敵な未来でいっぱいである。多少の懲罰を受けようと、ヴァンツァーが拾ってくれるのならば、受付嬢なんてやめてしまえばいいだけの話だ。
実に都合のいい妄想であったし、それはヴァンツァーにとっても都合のいい話だった。
ヴァンツァーはすぐに扉をノックして、返事を待たずにそのまま押し開く。
中には武器を構えた護衛が二人待機しており、ヴァンツァーに向けて剣の先端が突き付けられていた。
ヴァンツァーは甘んじてそれを受け入れ、扉を閉めて両手を上げる。
「これは……、ヴァンツァーさんではないですか。一体何が……」
「申し訳ありません、緊急事態です。……そちらの方も、突然の無礼をお詫びいたします。どうしても今すぐに話さなければならないことができました」
「今は流石に……」
「よい、マクマン、私が許可をする。……お主がヴァンツァーか。噂で聞いたよりも本物は更に整った容姿をしている」
あまりに突然の来室に、流石に渋るマクマンの言葉を遮ったのは、ソファにしっかりと腰を下ろした年若い青年だった。碧い瞳を好奇心たっぷりに揺らすその表情は、青年の年齢をかなり若いものに見せている。
マクマンよりも偉そうな態度を見れば、それが誰かなどすぐにわかる。
この街のギルド長、すなわち、国王陛下である。
どこまで情報を漏らすべきか。
ヴァンツァーはいわば、シーダイの街の支配者である、メリッサの懐刀のようなものである。政治的な関係値が分からない以上、本来ならば全ての情報は先にメリッサに伝えておきたいところなのだ。
しかし、今は悠長にそんな話をしている場合でもなかった。
マクマンだけでは動かなくとも、今こうして自分に興味を持っているらしい国王を上手く使えば、事態はスムーズに進んでいく可能性が高い。
何より大切にすべきことは、立場云々ではなく、最善を尽くして少しでも人の命を守ることである。
「ご無礼をお許しください、陛下」
「ほう、私を陛下と呼ぶか。初めて会うはずだが……、マクマンが私の容姿でも説明したのか?」
「いえ、そのようなことは」
「なるほど、きれる男だな、欲しくなった。よい、話を聞かせよ」
その場で膝をついたヴァンツァーに対して、青年はますます興味深げに上半身を乗り出した。
「……近く、下手をすれば今この瞬間にも、また塔から魔物があふれ出します。探索者に協力を要請してください。そして、今から塔に入ることを禁じてください。それが済み次第、私たちは中にいる者を探し、速やかに状況を伝え、塔から脱出させます」
青年、もとい、国王の表情が曇る。
「……そのような事態にならぬため、お主を招いたはずだったのだが」
「ごもっともです。力及ばず大変申し訳ございません。ただ、今回は魔物があふれ出ることが事前にわかっております。迅速に対応し、素早く収めることができれば、ベッケルの街は陛下のお力により安全を保たれている、と噂が広がりましょう」
「ふむ、なるほど……。塔を完全に管理下に置いている、という形で話が広がるよう操作するのか」
「はい、仰る通りです。加えて、今後魔物があふれぬよう手を打てる可能性が出てきております。まだ確定ではありませんが、調査に進展がありました」
「ほう! それはどういうことだ!」
立ち上がって喜ぶ国王は、やはり少しばかり青臭さが目立っていた。
心は広く、象徴とするには悪くなさそうだが、メリッサのような切れ者感はまるでない。
「まだはっきりとしないことですのでいずれ」
「ふーむ、じらすな。…………あいや、分かった。ヴァンツァー、お主のために私も一肌脱ごう。マクマン! 指示は国王である私から出す。そうすれば私が探索者を見捨てていないこともはっきりと伝わるであろうし、何より効果も抜群であるに違いない」
「……万が一うまくいかなかった場合が」
「失敗を恐れていても仕方あるまい。何事もやってみるものだ」
「ありがとうございます! そうしましたら……」
本来ならばマクマンの方が正しい。
いくらメリッサから寄こされた人材と言えども、ヴァンツァーを全面的に信じるのは間違っている。仮にメリッサが国家転覆を狙っていれば、この国王のことを転がすことなど容易いことだろう。
だがここは乗せやすい国王に感謝しつつ、事がスムーズに進むよう、ヴァンツァーは速やかに話を次の段階へと移していくのであった。