九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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酒浸りのカッツ

 カッツは探索者だ。

 若くして塔へと挑み、仲間を作り、塔の中で生きた人生だった。

 当時は死にかけて怯えたり、時に仲間を失ったこともあった。

 塔で命を落とすのは当たり前であるという認識がありながら、十年、二十年とうまくやってきたせいで、どこかその感覚が薄れてきていた。

 自分たちは大丈夫、と勝手に心のどこかに隙が生まれていた。

 

 このままゆっくりと挑む階層を下げて、身体の老化に合わせて引退していくのだと思っていた。それでも若い探索者たちに偉そうな口を叩き、昔の武勇伝を語って鬱陶しがられるのだ。

 仲間たちとそんな馬鹿な話をして笑い合っていた。

 

 だからこそ塔に牙をむかれ、仲間を失ってからの日々は最悪だった。

 塔が理不尽なものであると分かっていたつもりで、分かっていなかった。

 理不尽を感じてしまった。

 そしてそれが、長年探索者を続けてきた自分の人生そのものを否定しているような気がして、本当にもう、全部嫌になってしまった。

 

 日々怠惰に暮らせるだけの金があって、浴びるように酒を飲んで毎日をやり過ごしていた。

 酒におぼれ、どんなに思考にかすみをかけても、ふと気を抜くとに仲間の死ぬ瞬間や、そのあと自分の脳裏によぎった『どうして俺たちが』という糞みたいな思考を思い出す。

 これまでさんざん偉そうに、『塔に挑むなら命を捨てたつもりで』とか、『生き残ったのはたまたまだ』なんて、若者たちに講釈垂れてきたくせに、いざ自分の身に降りかかればこの様だ。

 

 所詮虚構。

 うまくいっていたから語れた偽物。

 

 そんなカッツに手を差し出したのは、若い探索者のアプロムだった。

 正直、少し前まで馬鹿にしていた。

 若い奴らを集めて群れて、すぐ死ぬ奴の典型だと思っていた。

 そいつがいつの間にか探索者たちをまとめて、自分に手を差し出している。

 自分を助けたことをかさに着て、偉そうに説教をしに来たのかと思った。

 

「カッツさん、あんたも俺に手を貸してくれ」

 

 つまり自分たちの仲間に加われと言ってきているのだ。

 大先輩の自分に向かって、傘下に入れと。

 カッと頭に血が上って、思わず酒瓶を横っ面に叩きつけていた。

 アプロムはそれを手のひらで受け止め、悲しそうな顔を見せてくる。

 憐れむような態度に余計に腹が立った。

 殴られたら殴り返せ。いっそ俺を殺せ。

 

 そんなことを言って暴れたところ、胸ぐらをつかまれて壁に叩きつけられた。

 仲間を塔で失って、やけになって喧嘩して、路地で若者に殺されて死ぬ。

 偽物の自分にふさわしい死に方だと思うと笑いがこみあげてきた。

 

「なんか変なんだよ、最近! あんたは知らねぇかもだけど、他にもたくさんのすげぇ探索者が死んだんだ。俺、何とかしてぇんだよ。頼むよ、馬鹿なこと言ってないで力貸してくれよ……。俺が憧れた探索者は、もうあんたしか残ってねぇんだ!」

 

 カッツは背中を強く叩きつけられて、アプロムの表情が同情ではなかったことに気が付いた。

 情けなく路地で泥酔している自分に悲しんでいるのだ。

 街の顔の一人と言ってもおかしくなかった、カッツという探索者の堕落を嘆いているのだ。

 

 そこでようやく、たくさんの探索者が死んだ、という話が頭に入ってきた。

 あの喋る奴が暴れているのかと思うと興味がわいてきた。

 随分と長いこと塔に入っていなければ、ギルドによりついてもいない。

 情報が何もなかった。

 

「……話だけ聞かせろよ」

「いくらでも教えてやる、俺たちに手を貸してくれるなら」

「……………仕方ねぇなぁ」

 

 アプロムは恩人だった。

 二度命を助けられた恩人だ。

 だから死にかけながら今も生きている。

 アプロムに必要とされた時だけは酒を抜いて現実に戻ってくると決めていた。

 

 

 そんなカッツは今、水瓶の中に頭を突っ込んで頭を冷やしていた。

 昨日から一滴も酒は飲んでいない。

 馬鹿みたいに水を飲んで、馬鹿みたいに吐いて、出して、体中のアルコールを全て追い出したあとだ。

 

 昨日の夕暮れ、酒を飲みながら街を歩いていて、髭もじゃでガタイが良く、背の低い人を見かけた。

 喋る魔物とそっくりだった。武器も、防具も、同じ素材で作られているように見えた。

 それが、知らない探索者たちと歩いていた。

 

 街にあの喋る魔物が出てきている。

 脳みその霧が一瞬で晴れた。

 

 すぐに裏を探り、あの喋る魔物が塔から出てきたことを確認。

 共にいた探索者の素性も探った。

 ヴァンツァーの仲間だった。

 関係ない。

 カッツは久々に武器を手に取り駆けだそうとして、ふらついた体に絶望した。

 なまりきっている。

 体が酒に浸されている。

 

 だから一晩かけた。

 あの喋る魔物が逃げ出さないことを祈りながら、一晩かけて酒を徹底的に抜き、片手に長剣を握って宿へと繰り出した。

 むき出しの武器を片手に、殺気立って歩くカッツを止める者は誰もいなかった。

 みなが道を開け、カッツの意識に入らないことを祈りながら黙り込む。

 今のカッツには、ぶつかっただけで剣を振るってきそうな狂気があった。

 

 宿へたどり着いた。

 見張りはいない。

 

 扉に手をかけて開くと、広いエントランスに男女が二人。

 それから喋る魔物がいた。

 

 女の方は知っている。ヴァンツァーの妹だ。

 

「カッツさん……ですよね?」

「なぜ喋る魔物が街にいる」

 

 カッツは問いかけには答えず、殺意をまき散らしながらドグラのことを睨みつけた。

 

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