九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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いったん黙らせる

 ドグラは当然喋るわけには行かないから無言。

 ジークはカッツの殺気を感じて、言葉を発する間もなく立ち上がって前に出た。

 ドグラを喋る魔物だと理解したのは分かったが、それはそれとして、ニコラにまで殺気を向けるのは看過できない。

 もし何か仕掛けてくるつもりなら叩き伏せるつもりだった。

 一瞬で張り詰めた空気をニコラも察し立ち上がっていた。

 

 ごまかしは通じない。

 見た目は背の小さな人にも見えるが、仲間をドワーフに殺されているカッツからすれば、この身長でまともに会話ができないと言うだけで、ドグラのことを喋る魔物だと認定するには十分だ。

 それを宿に入れて庇おうとしているジークたちは、何かとてつもないことを企んでいる敵にしか思えないだろう。

 この場を切り抜ける方法を咄嗟に考えるが、良い言葉が浮かばない。

 

 仲間との平和な将来を失い、長年探索者として積み上げてきた実績と信頼を失い、片腕を失くしたことでそれを取り戻す機会もなくした男。今は青白い顔をして酒が抜けているようだが、何か言い訳を聞くような精神状態にあるとも思えない。

 

「連れてきた」

「っざけるな! 俺の仲間はそいつらに殺されてるんだぞ!」

「なんですかねぇ、騒がしい……、わぁこれは大変」

 

 宿に残っていたクエットが出てきたが、剣を抜いて片手で構えているカッツを見た瞬間に足を止めて両手を挙げた。

 

「こいつがお前の仇か?」

「俺の仲間を殺しやがったやつはアプロムのやつが殺した。だがな、この喋る魔物どもは全員殺すって決めたんだよ!」

「そうか」

 

 ジークは仲間たちを殺した喋る魔物を殺した。

 そこにたどり着くまでに邪魔をしてきた者も全部だ。

 ただ、その種族全てをわざわざ殺そうとは思わなかった。

 ただ、そいつらに殺されないように、探索者たちに声をかけてきただけだ。

 殺し合いになるなら勝てるように。

 死なずに塔の恩恵を受けられるように。

 

 それがジークがかつての仲間たちから引き継いだ、なんとなくの探索者に対する仲間意識のようなものだった。もちろん、自分の身内を脅かすような場合は容赦するつもりはないが。

 

「どけ」

「なぜだ」

「そいつを殺すからだ」

「お前じゃ勝てん」

「そういう問題じゃねぇんだよ!!」

 

 もはや殺すことしか考えられなくなっているのだろう。

 カッツは意味のない問答のようにしか思えないジークとのやり取りを放り捨てて、ドグラに向かって襲い掛かった。

 

 ドグラも殺されるわけには行かないので、武器を手に握って待っているが、ここで人を殺すと厄介になることは分かっている。どう無力化するかを探っていた。

 ドグラの号令の下、ドワーフたちが塔を探るように数人降りていたのは事実だ。

 その中には戻ってこない者もいた。

 それがきっと、カッツと接触したのだろうということは想像がついた。

 腕のないところと激高している様子を見れば、仲間のドワーフがカッツ相手に善戦したのであろうことも分かる。

 

 どちらにせよ探索者は塔で会ったものを殺すし、当時のドワーフたちは塔であった探索者を殺していた。ドグラからすればお互い様だ。

 

「落ち着け」

 

 ジークが当たり前のように剣を抜いたことで、カッツも標的を切り替える。

 ドグラを殺すためにジークを殺すしかないのならば、そうすることにためらいはない。

 

 元は一流の探索者だけあって、剣筋はそれほど悪くない。

 それでも片手になってから鍛えてきたわけではないから、当然ジークに通じるほどに洗練された一撃ではない。

 ジークはカッツに合わせて剣を振るう。

 先端の鉤に引っ掛けて勢いのまま地面に叩きつければ、そのまま宿の床に突き刺さって剣が縫い留められる。

 

「やめろ」

 

 ジークの制止の声かけは全く意味をなさなかった。

 カッツは膂力で勝てないことを悟ると、すぐさま柄から手を離し、そのままジークへと殴り掛かる。

 ジークは左手で剣を握ったまま、顔面目掛けて振られた拳を首を傾けて躱すと、カウンターのように鳩尾に右こぶしを叩き込んだ。

 カッツの体がくの字に折れて、胃の中身が床にぶちまけられる。

 酒を抜くために大量の水を飲んでいたのか、出てきたものは液体ばかりだ。

 

 そんな状態で常に強くあろうとあり続けているジークにかなうはずもなかった。

 

「ぐ、く、そが……」

 

 それでもなおドグラを殺そうという意志だけは残っているのか、カッツは辛うじて顔を上げ、悪態をつきながら床を這って動き出す。

 

「お前じゃ勝てんと言っている」

 

 ジークはそれを見下ろしながら、先ほどと同じことを繰り返すと、それが耳に届いたのか、カッツの顔が猛烈に歪み、ジークを睨みつける。

 

「うる……せぇ、ころ、す……」

「無理だ」

 

 ジークは無情にも真実を叩きつけると同時に、何とか動いているカッツの顎をスコンと蹴り飛ばしてその意識を奪った。

 話を聞かないので襲い掛かって死にそうなので応急処置である。

 

「……こいつ、どうする」

「……とりあえず、事情の説明をしたいところですが、それで納得してもらえるか」

「どちらにせよ、ヴァンツァーさんたちの方へ向かわせるわけにはいかないでしょうからねぇ、見ておくしかないんじゃないですか?」

「そうか」

 

 ジークは方針が決定すると、宿の扉を閉めて、先ほどと同じようにソファに腰を下ろした。自分が嘔吐したものの上で伸びているカッツのことは放置である。

 

『おい、あれいいのか?』

「殺すな」

 

 ドグラがそのまま放っておくのかと尋ねると、内容を理解できていないジークが適当に返事をする。かみ合っていないが、ジークの会話がかみ合わないのはいつものことだ。

 

『殺す、駄目、言ってる』

 

 クエットがここぞとばかりに、ジークの言葉を翻訳する。

 

『なんじゃお前、もうそんなに分かるのか!?』

『言葉、少し、分かる、した』

『とんでもない奴じゃな……』

 

 ドグラの感心の言葉は理解できず、クエットは首をかしげるが、それにしたってとてつもない学習能力である。天才を自称するのは伊達ではないようであった。

 

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