九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。 作:嶋野夕陽
「さっぱりわからん」
ジークの説明は無茶苦茶であるが、カッツに向けて何かを伝えようとしているのは分かる。だからカッツも訳が分からないと放り投げずに問い返すが、多少イライラとし始めていた。
「お前も死ぬぞ。ドグラはお前よりも強い」
「俺は死にてぇんだよ」
「俺は探索者が死ぬのは気分が悪い。折角生き残ったんだからわざわざ死ぬな」
カッツの気持ちではない。
これはジークのただのわがままだった。
ドグラと戦ってカッツが負ければ、探索者が一人死ぬ。
カッツが万が一勝てば、ドワーフたちが怒り人との全面戦争になる。
浸蝕により魔物があふれだし、探索者も街の住民も犠牲になる。
今一番人が死なない選択肢は、カッツが復讐を諦めることだ。
「はぁ!? てめぇには関係ねぇだろ。こちとら目の前で仲間が死んでんだよ! たった一人生き残っちまった俺の気持ちなんか分かんねぇだろうなぁ!」
「わかる」
「わからねぇよ!」
「わかる」
「てめぇには仲間がいるだろうが!」
「いる。だが、俺を拾ってくれた人たちは、目の前で喋る魔物に殺された。俺だけが生き残った。俺が強ければあの人たちは死ななかった。俺が強ければ良かっただけだ。今だったら、助けられたかもしれない。俺が弱かった。弱かったのが悪い」
「…………お前は、しなかったのかよ、復讐を」
いつもと変わらぬ表情から繰り出された言葉だったが、その端々からジークの悔恨のようなものが漏れていた。流石のカッツも嘘だろうとも言えず、ジークの話の続きを促す。
「した。殺した」
「殺してんじゃねぇか!!」
「俺は強くなったから殺した。お前は弱い。ドグラより弱い。無駄に死ぬな」
思わず突っ込みを入れたカッツに、ジークは平然と続ける。
「じゃあなんだ、俺が強かったら殺していいのかよ!?」
「駄目だ」
「だから何でだ!」
「俺はドグラを守る。お前は俺より弱い。だから駄目だ」
「だから……!! くそ! ヴァンツァーの妹、こいつ話が通じねぇ、何とかしろ!」
あまりに自分勝手な理屈ばかり振り回すジークに、カッツはついに降参してニコラに助けを求める。しかし先ほどまで真剣な顔をしていたはずのニコラも、いつの間にか穏やかにニコニコと微笑んでいた。
ジークが一所懸命真面目に喋っているのだ。そりゃあ機嫌も良くなる。
「……何で笑ってんだお前」
「あ、いえ、すみません。ジークさんがたくさん話してるのが嬉しくて」
「…………頭のおかしい奴しかいねぇのかよ」
ここに来た瞬間はカッツが一番話が通じないやつであるはずだったのに、いつの間にかもっとよく分からないやつに囲まれている。カッツはだんだんと、酔いがさめるかのように興奮が冷めていくのを感じていた。
「カッツさん。ジークさんは探索者が死ぬのが嫌なんです。私も兄も、ジークさんに命を助けられました。ずっとずっとずっと、そうやって探索者の命を守ってきたんです。だから、ただ本当に、あなたが死ぬことも嫌なだけなんだと思います」
「……勝手なこと言ってんじゃねぇよ」
「はい、そうですよね、すみません」
ニコラにはカッツの言いたいことも分かる。
ただのジークの我がままで、死ぬことも殺すこともできず、悶々とした気持ちを全て我慢しろと言われているのだ。そんな無茶苦茶な話はない。
ただ、それと同時に、ニコラはカッツの興奮が収まってきているのも感じていた。
今ならば話が通じるのではないか。
普段人を無自覚に挑発して怒らせてばかりいるジークが、そんな状況まで持ってきてくれただけで、ニコラとしては百点満点中百二十点をあげたいところである。
「……カッツさん。私はあなたにはまだできることがあると思っています」
「今度は何の説教だ」
カッツはぶっきら棒に答える。
今はもうすっかり家に帰って酒を飲みたい気分になっていた。
ここにいたって、ジークが仁王立ちしている限り、絶対にドグラを殺すことなんてできやしない。
いっそ街中にドグラのことを触れ回るという手もあったが、それではあまりにも自分が情けない。流石に元探索者としての誇りが、そんな臆病な道化のような真似は許さなかった。
あとはもう、前後不覚になるまで飲みまくるしか、今の現実から目を逸らすすべなんてない。
「いえ、これはお願いです」
「……言ってみろ」
投げやりな返事だった。
くだらないことを言ってきたら腹を立てたふりをして帰ってやろうと思っていた。
もちろん、ここから帰してもらえればの話だが。
「魔物が街へあふれるのは、喋る魔物たちが塔を降りてくるから、という可能性があります。ドワーフたちはつい先日、九十三階でジークさんたちに集団で接触しました。前例を参考にするとちょうど今この時か、数日後には魔物が街にあふれだす危険性が高いです。兄は今、その可能性をギルドに伝え、他の仲間は塔から魔物があふれださないか見張っています」
「やっぱりそんな奴ら……!」
「聞いてください!」
怒るための材料を見つけ、ふつふつとそれをたぎらせようとしたカッツを、ニコラが真剣な顔で、初めて声を張って黙らせる。ずっと静かに説得を続けてきたニコラの急な変貌に、カッツは思わず怯んだ。
たった一度、少し落ち着いているからこそ使える、カッツを黙らせる方法だった。
「魔物への対処が終わった後に私たちが状況を説明すれば、きっと皆、カッツさんと同じように、ドワーフたちを責め立てます。殺せと、争うというでしょう。そして、ドワーフも探索者も山ほど死にます。探索者が勝てなければこの街は終わりです。この話が広がれば、他の塔でも同じように戦いが始まります。どこも負ければその街は終わりです。たくさんの人が死にます。でももし、あなたが……、喋る魔物を特別恨んでいると、探索者たちの多くに知られているあなたが、復讐をやめると言ってくれれば、人々の命を守るためにドワーフの手を取ると言ってくれれば、助かるかもしれない人が大勢います。よそ者の私たちにはできません。この街の探索者の誰だっていいわけじゃありません。あなたにしかできません」
「…………勝手なこと……、そんな都合のいい、勝手なこと……。ざっけんな!!」
言っていることは分かる。
だが感情が許さなかった。
復讐心を捨てるどころか、そいつらを庇えという。
振り上げたこぶしを、目の前にあるテーブルに叩きつける。
テーブルが真っ二つに割れて、片方しかない拳から血が噴き出した。
あまりの興奮に息も荒くなって、目からぼろぼろと涙がこぼれてきた。
酒を抜いた体のどこにそんなに水分が残っていたのかと思うほどに、とめどなく涙があふれ視界がぼやける。
「……お願いします」
ニコラが頭を下げるのが見えた。
思わずそれを殴り倒してやろうかと振り上げた腕がジークに握られて動かなくなる。
「お前、お前もそんなこと言うのか! 俺にそんなことしろってのか! お前だってわかるんだろう! 殺されたんだ! 俺は仲間を殺されて、探索者としても殺されたんだ!」
「違う」
「何が違うっつーんだよ! 放せこの野郎!」
カッツが力のこもらない蹴りを繰り出しても、ジークはそのままじっとカッツの顔を見つめ続けた。
「お前は立派な探索者だ。ヴァンツァーが言っていた。立派な探索者は、仲間を大切にする。よく知らない探索者のことだって見捨てない。だからお前にしかできないことがあるなら、やってくれ。頼む」
ずっと命令口調で、強い弱いでしか語らなかったジークが、カッツに頼みごとをした。圧倒的にカッツより強いはずのジークが、ニコラと同じように、カッツに『頼む』と言った。
どう考えたって腕があったって、全盛期であったって、とてもかないそうにない強い男が、片腕の、飲んだくれの、老いぼれの、死ぬことしか残っていないようなカッツに、頭を下げた。
「……お前、それは……、お前……ずるいだろうが……っ」
カッツは体を震わせながら、小さな声で言葉を絞り出すことしかできなかった。