九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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ぎりぎり

 正直魔物の氾濫を舐めていた、というのが今のテルマたち共通の認識だった。

 魔物を相手にするときはいつも少数で、間にインターバルがあった。

 しかしこう絶え間なくやってこられると、いくら格下が相手であろうと疲労する。

 

 人数が揃っていればまだしも、このままではいつか押し切られるのは必然だった。

 いつ終わるのか。

 どこで休めるのか。

 

 段々と重たく感じてきた使い慣れた武器を振るいながら、戦いは続いていく。

 気づけば三兄弟は三人で一体の魔物と戦うようになっているし、ヴァンツァーの仲間たちもそれをフォローする余裕はない。ジークと共に鍛えた力によって、一撃で魔物を屠り続けているテルマだけが、なんとか三兄弟や番人の下へ増援がいかないように気にすることができていた。

 

 汗で手が滑る。

 死体に足をとられる。

 コンディションは悪化するばかりだ。

 少しのほころびが、致命的な壊滅をもたらすようなぎりぎりな状況だった。 

 

 そんな中、番人の一人が、床を濡らしている血で足を滑らせて転倒する。

 番人が体勢を立て直す前に、オーガがその脳天に向けて金棒を振り下ろそうとしていた。

 

 まずい、と誰もが思ったが、動けたのはテルマだけだった。

 剣を片手でしっかりと握って、足を踏み込みながら振り下ろされる金棒に向けて突きを放つ。

 オーガの一撃が床を打ち砕いたところで、テルマはもう一歩体を回転させながら大きく踏み込む。遠心力を利用して放たれた一撃は、オーガの首を何の抵抗もなく切り飛ばした。

 

 しかし一連の行動は、テルマに決定的な隙をもたらす。

 天井に張り付いて現れた蛸のような姿をした魔物が、テルマの後頭部に向けて石を高速で吐き出す。見逃しさえしなければ避けることは容易い直線的な攻撃であるが、乱戦で、しかも背中を向けていたせいで対応が遅れた。

 振り返った時には目前に迫っていたこぶし大の石を、テルマは剣を眼前に持ってきて何とか弾いた。勢いに押されてよろめいたところで、大蛙の舌が伸びてきて、足に巻き付いた。

 連携をしているわけでもないはずなのに、随分とタイミングのいいことだ。

 

 先ほどの番人を見ればわかることだが、もはや床は血と脂でぬるぬるだ。

 大蛙の舌が引かれればバランスを保つことは難しい。

 テルマは転びながらもさらに剣を振るい、何とか舌を断ち切ることに成功。

 しかし、その時にはもう、新たなオーガが接近してきていた。

 振り下ろされた金棒を、両手で持った剣で何とか受け止める。

 

 そこからは力比べだ。

 今のテルマならそう難しいことではない。

 しかし、オーガの金棒を押し返そうとして、テルマは思うように腕に力が入らないことに気が付いた。

 目の前がちかちかとする。

 力を使いすぎたのだ。

 

 じりじりと剣が押し込まれて、もはや受け流すのが難しいところまで来ている。

 一緒に戦っている他の探索者たちに余裕がないことは分かっていた。

 助けを呼べば誰かしらが来てくれるだろうが、それはきっと、この戦線の崩壊と誰かの死を意味する。

 考えても打開策が思いつかず、焦りばかりが募るのに、じりじりと金棒は迫ってくる。その圧力がなくなったのは、一か八か身を翻して避けることを決意した瞬間だった。

 

「引っ込んでろ」

 

 聞きなれたぶっきら棒な声。

 見上げればそこには、大きな体に、先端が鉤のようになっている妙な大剣を携えた、強面の男がいた。

 

 その男が剣を振るたびに、まとめて数体のオーガが命を散らし、その鉤のようになった先端で引っ掛け投げられた魔物は、天井に張り付く他の魔物を巻き込みながら消えていく。

 そこにいたのは、宿で留守番をしているはずのジークだった。

 留守番を頼まれたはずなのに、ジークがしびれを切らしてやって来たのだ。

 まるで信用されていないというがっかり感はあったが、来てくれなければどうなっていたかわからない。ありがたいけれど複雑な気持ちだ。

 

 呆けている場合ではない。

 テルマは急いで立ち上がり少しばかり下がってから、ポーションを無理やり喉に流し込む。それでも疲労の幾ばくは回復することが分かっているが、クエットが代用品で作ったこのポーションは、口がひん曲がる程にえぐくて苦い。

 それがかえってテルマの思考をしゃっきりと正常化させた。

 体に力が戻ってきて、何とかまた前線に戻れそうである。

 

 冷静になったテルマは、戦いに戻る前に一瞬後ろを振り返る。

 するとそこには、ニコラと布を被った小さな人影、おそらくドグラが並んでおり、その横にはもう一人、顔色の悪いカッツという探索者が立っていた。

 

 事情を知っているテルマは一気に肝が冷える。

 

 カッツなんて、もっともドグラとは会わせてはいけない探索者だ。 

 それがなぜか、ドグラのことを警戒しつつ、他の探索者からドグラの姿を隠すように立ち位置を変えている。

 テルマには何が起こっているのかさっぱりだった。

 

 しかしニコラが一緒にいるということは、ある程度安全は確保されているのだろうと判断。すぐに戦場のフォローにまわるべく動き出す。

 

 助けに来たジークはというと、あっという間に魔物たちの中ほどまで切り込み、姿が見えなくなってしまっていた。

 中心付近で血しぶきや魔物の首が舞っているのが見える。

 こうなれば、あとはもう時間の問題だった。

 

 耐えていれば勝てる戦いと、いつまで耐えなければならないかわからない戦いは、まるで質が違ってくる。

 

「ジークさんが来ました! あと少し耐えれば勝てます! 皆さんそれぞれ持ち場を抜かれないように専念してください!」

 

 その声でようやくジークの到達に気づいたヴァンツァーの仲間たちは「なんでいるんだよ!」と声を上げつつも元気を出し、三兄弟は「よっしゃ、これでなんとかなる!」と叫んだ。

 番人は何が何やらわからないが、共に戦う者たちの士気が上がったところで、テルマの言葉を希望にもうひと踏ん張りと気合を入れ直した。

 

 そんな時、塔の入り口がまた騒がしくなり、ついにヴァンツァー、もとい、国王の率いる探索者たち本隊の増援が現れる。

 

「見よ、英雄たちよ! 奮戦の時だ!」

 

 本当に魔物たちが現れていたことに驚愕し立ち止まってしまった探索者たちであったが、国王の号令に従って飛び出したアプロムとヴァンツァーに続いて、雄たけびを上げながら走りだす。

 中には今戦っている魔物を相手にするには実力が不足している者もいたが、国王から発せられた『英雄』という言葉の熱に浮かされたような形だ。

 

 もはや数は同等。

 魔物たちの鎮圧は時間の問題であった。

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