九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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 最初の興奮している時間が終われば、皆から尊敬されるヴァンツァーに戻る。

 少々ジークとの距離は近いけれどその辺りはご愛敬だ。

 

「やっぱり他の街でも侵蝕は進んでるね。高層階の探索者が多いところはそうでもないみたいだけど」

「そうか」

「この街はジークさんのお陰で割と平和だよね」

「ヴァンツァー、外でその話は……」

「あ、そうだね、まぁ、そんな感じ」

 

 パーティメンバーに注意されたヴァンツァーは話を切り上げて、他の街で起こった出来事を勝手に話していく。ジークも聞いていないわけではなく、時折頷いたり、短く返事をしたりして対応していた。

 面倒くさい奴だと思っているが、特別嫌っているわけではないのだ。

 しばらく一方的に話を続けたヴァンツァーだったが、ある程度気分よく話し切ったのか、ある時急にテルマの方を向いて首をかしげる。

 

「それで、テルマさんもジークさんに助けてもらったくち?」

「いえ、私は……」

「アイオスの街の高層階探索者だから様子を見てやれとウームに言われた」

「ああ、なるほどね。でもジークさんと普通に話ができるなんて、若い子にしては度胸があるよね。ジークさんってちょっとこう、近づきがたい雰囲気あるし」

 

 確かに怖い顔具合で言えばウームもいい勝負だというのに、人から避けられる度合いはジークが圧勝している。ウームが人格者であり、副ギルド長という身分があることが影響しているのかもしれないが、それにしたってその嫌われ方は異常だ。

 いくつかの理由が複合的に絡み合っての今なのだが、その理由の一つは今ジークの横でご機嫌に食事をとっている。

 

「……私もということは、ヴァンツァーさんはジークさんに助けてもらったんですか?」

「うん、そうだよ。十九の頃だから……もう十年も前になるのかな?」

 

 つまりヴァンツァーの今の年齢は二十九歳。

 テルマの年齢が十七歳であることを考えれば、流石にヴァンツァー父親説はかなり苦しいものとなる。三十歳前後ならばあり得るかと思っていたテルマだが、ここでようやく納得したところである。

 

「それからずっとパーティを組んで欲しいって言ってるんだけど聞いちゃくれないんだ。酷いと思わない?」

「……なんで組まないんですか?」

「何で組んでくれないの?」

 

 自分とは特に理由も言わずに組んでくれているのに、聞けば九十階層にも手を伸ばしている探索者であるヴァンツァーとパーティを組まないのは謎であった。

 シンプルな疑問に便乗したヴァンツァーであったが、答えもまたシンプルであった。

 

「うるせぇ」

 

 答える気のないときはいつもこれが帰ってくる。

 ヴァンツァーも慣れたものなのか肩を竦めてすぐに話を切り上げた。

 ジークにしてみれば、テルマに出会うようなことがなければ二度とパーティを組むつもりなんかなかったのだ。

 理由を聞かれても、昔の約束だと答えるわけにもいかない。

 

「ま、いいんだけど。シーダイの塔はどう? 侵蝕進んでる?」

「兆候はある」

「そっか、久しぶりに僕も昇ってみようかな」

 

 ヴァンツァーは窓から見える塔を見つめてから、そのままジークの顔を覗き込む。

 

「……久々のシーダイの塔だから、案内してくれる人が欲しいなって」

 

 甘えるようにお願いをするヴァンツァー。見目が整っていて童顔だからギリギリ許されているが、この男そろそろ三十路である。

 

「…………わかった」

「はいはい、分かってるよ、駄目だって……え?」

 

 沈黙から答えが返ってくる前に続けて言葉を発してしまったヴァンツァーは、思わぬ肯定の言葉に耳を疑う。いつだってノーしか返ってこないジークに何があったのか心配になったくらいだ。

 

「なに、どうしたの? いつの間にかその子とパーティ組んでるし、なんかあった……?」

「嫌ならいい」

「嫌とかじゃなくて」

 

 ただ最近人との付き合いが少し増えて、ヴァンツァー一人だけ邪険にしているのも悪いようになった気がしただけだ。

 テルマを守るという、かつての仲間との約束を果たしている事実が、少しばかりジークの心を溶かした結果であったが、本人はそんな微細な心情変化には気づいていない。

 ずっと誰ともパーティを組まないと言ってきたのに、テルマとパーティを組んでいる現状が後ろめたかったという理由も、もしかしたらあるかもしれない。これに関しては先日ニコラに指摘されたばかりである。

 

「いや、まぁ、いいんだけど。えー、そっか、楽しみだなぁ」

 

 下手に機嫌を損ねて取りやめになることを恐れたのか、ヴァンツァーは子供の様に微笑んで椅子を揺らし始める。苦い表情ばかりしていたパーティメンバーも、ヴァンツァーのこの天真爛漫な笑顔にはにっこりだ。

 場が和んだところで、ジークは唐突に立ち上がり「帰る」と言って歩き出す。

 引き留めようかなと思ったヴァンツァーだったが、粘って成功したこともほとんどないので、必要なことだけ聞いて素直に送り出してやることにした。

 

「塔にはいつ行くの?」

「テルマを六十階層に案内した後だ。予定はテルマに聞け」

 

 さっさと退散してしまったジークに、帰るタイミングを失ったテルマ。

 ジークの姿がなくなると、ヴァンツァーの表情は途端に引き締まる。さっきまで恋をする乙女のようにキラキラしていた目をしていたが、今はベテランの探索者らしい猟犬のように鋭くなっている。

 思わず背筋が伸びてしまったテルマだったが、続いてヴァンツァーから出た言葉は先ほどと変わらず穏やかなものだった。

 

「テルマさんはアイオスの街の探索者だったね。その年で七十階層に挑戦できるのはすごいことだよ。僕よりもセンスがあるかもね」

「ありがとうございます」

「それで、ええと。さっきは話が途中になってごめんね? この街には人を探すために来たの?」

 

 ジークを見つけて尻尾を振って走って行ってしまったヴァンツァーだったが、テルマとの話を忘れたわけではなかったらしい。

 

「はい。この街から私の母に毎月お金を送ってくれている人がいるんです。この街の探索者で、母の古い知り合いのようなのですが……。額が額なので、きっと高層階の探索者だと思うんです」

「名前、聞いてこなかったの?」

「教えてもらえませんでした。だからその……、もしかしたらその人が私の父親なのではないかと思いまして……」

 

 今となっては恥ずかしいやら失礼やらで言いにくいことでテルマが俯くと、ヴァンツァーはふっと噴き出して笑う。パーティの女性たちもそれに合わせて笑った。馬鹿にしたような嫌な笑いではない。ただおかしくて我慢できなかったような笑いだった。

 

「確かに、ヴァンツァーの噂ならあり得そうよね」

「うん。私も年がもうちょっと上だったらあり得たかもって思っちゃうもん」

「僕、相手を不幸せにするような関係は持たないように気を付けてるんだけどなぁ……。でもまぁ、それは僕じゃ……」

 

 言葉を途中で区切ったヴァンツァーは口元に手を当てて少しだけ黙り込み、改めて真剣な顔でテルマに問いかける。

 

「君のお母さんは、送金相手が君の父親だと言ってるのかな?」

「いえ、父は死んだと聞いています。でも……、そうでなければ、あんな大金をずっと送る理由がないと思うんです」

「あー、なるほど、なるほどねぇ、ならいいんだ、うん」

 

 ヴァンツァーはジークがもともとアイオスの街出身であることと、大金を送金し続けていることを知っている。テルマの話を真実だとすれば、ジークはテルマの父親ということになってしまうので、その辺りの事実確認をしておきたかったのだ。

 好きな相手が過去に誰と好き合っていようが関係ないと言えば関係ないが、気になると言えば気になるものである。

 

「もうちょっとちゃんとお母さんと話してみてもいいかもしれないね。テルマさんは立派な探索者だし、行動力もある。改めて相談してみたらもっと色んなことを教えてくれるんじゃないかな?」

「そうでしょうか……」

「うん。一度帰って話してみるのも手かもしれないね」

「いえ……、その、多分私が今帰った場合はすれ違いになりそうなので……」

 

 テルマは深くため息を吐く。

 この街に来たばかりの時に、流石に所在地不明のままにして心配させるのは良くないと、母に手紙を送っていたのだ。

 その返事がつい先日あって、シーダイの街で待機するようにとの内容がしたためられていた。行動することはともかく、嘘をついたことに対して相当お怒りであることが文章からでも伝わってきて、テルマとしては今からでも他の街に逃げ出したいくらいなのだ。

 

「そうなんだ。……お母さん怖いの?」

「………………怖いです」

「そっか……。まぁ、その、頑張ってね」

「はい……」

 

 忘れようとしていた事実を思い出してしまったせいで、すっかりテルマは縮こまってしまった。かわいそうに思ったのか、ヴァンツァーも含めパーティの面々は、美味しそうなものを見つけては、テルマに分け与えて元気づけようとしてやる。

 このパーティ、本当にいい奴ばかりなのだ。

 パーティの女性たちも、ジークに嫌な顔はすれど文句を言わないあたり、間違いなく人が出来ている。

 少々インモラルなことさえ除けば、本当に本当にいい奴ばかりなのである。

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