九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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 そこそこの調度品と、防音の効いた分厚い壁に扉。

 ウームに案内されたのは人に聞かれたくない話をするための部屋だ。例えば、悪さをした所属探索者に対する詰問であったり、重要な人物との会談などである。

 ジークはどちらの意味でも部屋を利用したことがあるが、今回はどちらの意味で呼ばれたのか測りかねていた。

 その部屋にはジークができれば会いたくないと考えていた少女が待ち構えていたからだ。

 室内にはテーブルを挟んでソファが並んでおり、ウームは少女の対面に腰を下ろす。

 どちらに座るべきか。あるいは回れ右して帰る理由はないかとジークが悩んでいると、ウームから「お前はこっちだ」と隣の席を指定されてしまった。

 幸いなことに大男二人が並んで座っても肌が触れ合わないくらいにはソファはゆったりとしている。

 ジークは諦めてウームの隣に腰を下ろした。

 つい昨日のことだ。

 当然のごとく少女もジークの顔は覚えており、入室してからずっと熱い視線を向けられている。

 

「ジーク、こちらはアイオスの街から来た探索者のテルマだ。ソロでアイオスの塔の七十階層の探索に成功している」

 

 七十階層といえば、探索者の中でも一握りの一流探索者しか登れないような場所だ。そのあたりでは他では見られないような財宝や道具が手に入ることもあり、どこの街へ行ったって高待遇で受け入れられる。

 しかしジークの表情は曇っただけであった。

 アイオスといえばジークが生まれ育った街だ。どこか既視感のある容姿といい、否が応でも昔の記憶が呼び起こされる。

 ジークは、このおっさん何が目的で自分を呼び出してきたんだろうと、自分の年齢を棚に上げて考える。

 今となってはジークもおっさんに足を踏み入れた年齢なのだが、ウームはジークがこの街に来た頃にはすでにおっさんだったので、心の中ではずっとおっさん呼ばわりだ。

 

「ジーク、怖い顔をするな。テルマ、こいつはジーク。この街じゃベテランの探索者で、六十階層くらいまでの案内人としちゃ申し分ないはずだ」

「……おい、なんの話だ」

「聞いてりゃわかっただろ。せっかく来てくださった質の良い探索者さんを、適切な階まで安全にご案内したいんだよ」

「俺じゃなくても良いだろう。そんなもんは同性の探索者に任せろ」

 

 至極当たり前の要求だった。

 年頃の少女と強面のおっさんなんて、横並びで一緒に歩いているだけで後ろ指さされる組み合わせだ。

 まして一部からは悪評の高いジークがそんなことをしていたら、ギルドでどんな噂が流れるかわかったものじゃない。

 ジークだけならばともかく、このテルマという少女にだってよくない噂が付き纏いかねない。

 

「六十階層までいけて、暇そうなのはお前しかいねぇんだよ」

「……いるだろ、誰か」

 

 探索者の事情を知っているジークは、そう言われると強く拒否することが難しい。先ほども触れた通り、よそから来た高階層に登れる探索者なんて、何か事情があるやつに違いないのだ。

 命をかけて臨まなければならない場所に、そんなどこに地雷があるかわからない人物を連れていきたいパーティなんていない。

 彼らだって命は惜しいのだ。

 その上、これを受けたところで、ギルドからの評判が少しばかり上がって、高層階探索者からすれば、雀の涙ほどの報酬が出るだけだ。

 あまりにも旨みがなさすぎる。

 

「わかってんだろ」

 

 ウームの言葉にはいろんな意味が込められていた。

 いつも悪い噂が流れても咎めたりしていないこと。それにジークは、ウームに秘密を一つ握られている。それについて追及もしない、人にも話さないという約束を守ってもらっているのだ。

 どうせジークは、今後この少女のことが気になって仕方がなくなる。他の街で七十階層に登っていたというのならば、四十階層くらいまではなんの危険もなく登ることができるだろう。

 しかしその先は塔によってかなり色が出始める。

 一度七十階層まで登っているという自信は、そのまま油断に変わることだってある。

 ましてこの少女はまだ歳が若い。

 若いというのはニアイコールで無知で無謀だということを、ジークは身をもって、嫌というほど思い知っている。

 

「わかった」

 

 仕方がなく頷いたジークに、ウームが満足そうな表情をする。

 そんな時、ジークがこの部屋に来てから初めてテルマが口を開いた。

 

「……ウームさん、ご紹介はありがたいですが、遠慮させていただきます」

「なんだって?」

 

 ウームが目を丸くし、ジークは左の短い眉だけをあげて続く言葉を待つ。正直昨日の印象を思えば、テルマがジークのことを拒絶するのも無理ないことだ。

 そうでなくとも先ほどジークが考えた通り、少女と強面の男性のコンビなど普通ではないのだから。

 

「待て待て、落ち着いて考えてくれ。いいか、テルマ。塔の高層階は一筋縄じゃ行かないことくらいわかってるだろう? それにさっきは案内を用意するといったらそっちからも頼んできたじゃないか。ジークはな、こんな顔してるが悪いやつじゃない。女子供に乱暴したりしないし、実力だって確かだ。それは俺が保証する」

「…………同じ探索者には乱暴するようですが?」

 

 しばしの沈黙。

 そしてウームが丸くでかい目でギロリとジークを睨みつける。

 

「テルマは昨日街に来たばっかりだぞ?」

「昨晩遭遇したから、それは間違ってないだろうな」

 

 お膳立てしたウームの立場を考えると、少しばかり気まずい。適当に誤魔化すような言葉を吐いてしまったせいで、ウームの目元が怒りでひくついた。

 

「俺はたったそれだけの時間でお前が何やらかしたか聞いてんだよ」

「いつものことだ」

 

 多少悪いと思いながらも短く告げると、ウームは深いため息をついた。失望したのではなく、気持ちを落ち着けるためのものだ。

 

「どいつだ」

「よそから来た四十階層のやつらだ。五十階層に挑戦するとギルドで騒いでた」

「ああ、あいつらか……」

 

 苦々しい表情をしたウームは、首を捻って目を閉じる。ウームから見ても、彼らの実力は五十階層の常連には及ばない。

 運が良ければ一度登って実力不足に気づくことができるが、悪ければ一度めのチャレンジで全滅だ。

 

「いや、あれには事情がな……」

「あの人たちから、そちらのジークさんの噂については聞いています。どうやらウームさん、あなたも何か事情をご存知のようですね」

「あ、いや……」

「安心してください。この街には目的があってきています。それが済むまではこの街のギルドに貢献できるよう努めますので」

 

 話は終わりだとばかりに立ち上がった少女に、ウームは最後に一言だけ伝える。

 

「わかった。案内が必要になれば遠慮せずにいつでも声をかけてくれ」

「……ありがとうございます。それでは」

 

 言い訳は聞きたくないとばかりに立ち上がった少女だったが、ウームの善意のようなものは嗅ぎ取ったのか、意外なほど丁寧に頭を下げる。

 そして少しだけ申し訳なさそうな表情をして、そのまま部屋から出ていってしまった。

 扉が閉まり、十分に時間が経って、少女も遠くに去っていっただろう辺りで、自分もお役御免だろうとジークが立ち上がる。

 すると隣から地を這うようなガラガラ声が聞こえてくる。

 

「ジーク、お前はなんつーか、間の悪い……」

「すまん」

 

 いつも世話になっている相手であるし、口下手でなければもう少し上手くやれていただろうという思いもある。

 つい珍しく口先から出た謝罪の言葉に、ウームはため息をついて天井を仰いだ。

 

「一応気にしてやってくれ。テルマはまだ一七歳だそうだ。お前がこの街に来た時と同じくらいの歳だろ」

「俺の話は関係ないだろ」

「あれから十五年か。お前ももう三十二歳。色々あったな」

「…………気にしておけば良いんだろ」

 

 恩着せがましく昔話を語り始めそうなウームの口を、望んでいる言葉を吐き捨てることで黙らせる。

 

「気が利くな」

「言わせたんだろ」

 

 嫌われているのに様子を見るなんてかなり面倒な話だ。ジークは今日からどう過ごしたものかと、律儀に真面目に、テルマのことを見守る方法について考えを巡らせるのであった。

 

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