九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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 テルマがギルドの知人たちへ、ジークとパーティを組んでいることをハンナには秘密にしてほしいと伝えている頃。

 ジークはいつもの通り塔の高層階で一日を過ごしていた。

 見つけた宝箱や、倒した魔物から手に入れた素材をベースキャンプに集めて、数日したら街へ帰る。

 

 この塔に来てからジークは、言葉をしゃべる妖精型の魔物に五度ほど遭遇したことがあった。

 すべて他の犠牲が出る前に殺しているが、その頻度は少しずつ上がってきていた。

 塔に入って四日目。

 六度目の遭遇となった、何かよくわからない言葉をしゃべって攻撃してきた妖精をぶっ殺して、その羽をむしり取ったジークは、そろそろ一度街に帰ろうかと思案する。

 

 荷物が増えてきたし、帰り時ではあるのだが迷っているのには理由があった。

 

 昨日から、なぜだかわからないが、もうちょっと塔の中にいたほうがいい気がしてならないのだ。たまにあるこの感覚は、大抵後になってこれだったのかと分かるのだが、今回は今一つ納得いっていない。

 ベースキャンプまで戻ったジークは、散らかった納品物をまとめながらしばし考えて、もう一日だけここに留まることにした。

 もしかしたら先ほど殺した大妖精がその原因だったのではないかとも思ったのだが、それにしては妙な焦燥感が消えていない。

 

 ジークはいつでも帰れるように荷物をまとめ終えると、また当てもなく九十六階層をうろつき始めるのであった。

 

 

 ジークが塔での数日を過ごす間、テルマはテルマなりに、改めて特徴を洗い直して探してみたのだが、やはりそれらしい相手は見つからない。それっぽい人がいても、調べてみると、年齢や見た目、それに収入や出自などが一致しないのだ。

 そうしてテルマはある日の夕方、ついにヴァンツァーのパーティメンバーに頼ってみることにした。

 ハンナをこれ以上待たせるわけにはいかない。

 迷惑をかけるのは嫌だったが、背に腹は代えられず、テルマはテーブルに着いた女性たちに向かって頭を下げた。

 

「そんなわけで、何とか力を貸していただけないでしょうか」

 

 すでにテルマのことを年下の可愛らしい友人と思っていた彼女たちは、顔を見合わせて笑った。

 

「何水臭いこと言ってるのさ」

「そうそう、一緒に探せばいいだけでしょ。別にいいよね」

「早く言えばいいのに」

「……ありがとうございます!」

 

 優しさに目を潤ませてお礼を言ったところで、これまでもなんとなくテルマの行動を見ていた彼女たちから意見が飛び出してくる。

 

「んー、相手って男とは限らなくない?」

「そうだよな。小さくてかわいいって言ったら普通女の子だと思う」

「テルマちゃんのお父さんだって決めつけるのも良くないよね」

 

 一人で探していたせいで視野が狭くなっていたテルマだが、次々と飛び出してくる意見に目からうろこがぼろぼろと落ちる。

 本当に頼りになる人たちだ、お願いしてよかった、と感動しているテルマに、更に一言。

 

「っていうか、探し人の名前は?」

「……え?」

「だから、名前。お母さんが探して連れてきてって言ったんでしょ。名前聞いたらいいじゃん」

「あ」

 

 以前聞いたときに誰からもはぐらかされたことだったせいで、すっかりそれを失念していたテルマである。もともと一つのことに熱中すると、些末事に気が回らないタイプだ。

 呆れたお姉さま方の視線を受けて、テルマは身を小さくして頬を赤らめる。

 

「聞いてきなさい」

「はい、かわいいかわいい、よしよし」

「お姉さんたちに相談してよかったねー」

 

 完全に子ども扱いで左右から撫でまわされてしまい、ますますテルマは体を小さくして俯いた。

 

 

 さて、ジークは胸のざわつきが収まらないまま、いつもよりも多めの納品物をもって塔から出てくる。数歩歩いて塔を見上げてみるが、やっぱりなんだか気持ちが落ち着かない。

 ジークはがりがりと頭をかいてから、ため息をついて歩き出す。今回は荷物が多いので、先にギルドに寄って換金を終えてから風呂に行くつもりだ。

 日は傾き始めているから、なんとなく足取りが重くてもあまりのんびりはしていられない。

 誰もがジークを避けていく大通りを抜け、探索者のギルドへたどり着くと、丁度中からテルマが出てくるところであった。

 テルマはジークの姿を見ると、まっすぐ寄ってきて声をかけてくる。

 

「また塔の中にいたんですか?」

「そうだ。次は来週だろ。明日休んだらまた中へ帰る」

 

 テルマが中へ入るのは来週だから、自分は明後日からまた塔の中で過ごす、の意味だが、いつだってどうしても言葉が足りないジークである。 

 

「ジークさん、普通塔に登ることを帰るって言わないです」

 

 テルマに注意されたことではじめて、少しばかり塔の中で過ごしすぎたせいで、感覚がずれていたことに気づくジークである。とはいえ、ジークが人生で一番長く過ごしているのは、街ではなく塔の中であることも事実なのだが。

 

「あ、それよりジークさん。話しておかなければいけないことがあって……あ……」

「あら、テルマ。お友達……?」

 

 後ろから聞き馴染みのある声がして、ジークは完全に体を硬直させた。

 テルマとよく似た、しかし少しばかり角のないゆったりとした喋り方。

 

「あの、ジークさん! あ、違くて、ジークさんね」

 

 犬のジークが顔を上げてテルマをじっと見つめる。

 テルマが訳の分からない言い訳をして、背伸びしてジークの耳元でささやく。

 

「ママにパーティ組んでることは秘密にしてください、事情は後で。お願いします」

 

 ジークは返事をしない。

 視線を左右に彷徨わせて、この場からどう立ち去るかだけが思考の全てを占領していた。

 テルマをよけて、通りをそのまま抜けて走れば直ぐに撒くことができるだろう。

 そのまま行方をくらませて、今度はどこぞの国の塔の中で一生を過ごせばいい。そうすれば今度こそ二度とハンナの前には……、そこまで思考が進んで動き出そうとしたところで、腰のベルトをがしりと掴まれた。

 ジークにしてはあまりに判断が遅く、あまりに動き出しが遅かった。

 名前を聞いてハンナがもしやとベルトを捕まえることができるくらいには。

 

「ジーク」

 

 ハンナが声をかけると、やっぱり足元の大型犬、ジークが顔をあげる。

 しかし今回ばかりはいつもかわいがっているハンナも、そちらを見ることはなかった。

 

「顔を見せてもらえますか?」

「ママ……?」

 

 ジークは振り返らない。

 ただただどうするべきかと考えながら硬直しているだけである。

 捕まってしまった時点で振り払うわけにはいかない。

 ジークは是が非でもハンナを怪我をさせるようなことはしたくない。

 

「……テルマ、この人捕まえて」

「え? あっ、あの、ママ? 私、パーティとか組んでなくて」

「その話はあとで聞くから、とにかく捕まえて、絶対逃げられないように」

「う、うん」

 

 母親の真剣な声色に正直ビビったテルマは、仕方なくジークの腕を捕まえる。

 

「……え、何?」

「……何をしているんでしょうか?」

 

 そこへやってきたのは、驚いた声を上げたのは、ほぼ完璧な男こと、ヴァンツァーである。

 そして普段からは想像がつかないような、地を這うような低い声を出したのは、その妹の人気受付嬢のニコラであった。

 そろそろジークが塔から戻ってくるはずだと、非番であるにもかかわらず、兄との食事で時間を潰してからギルドまで足を運んできたところだった。

 そこで見たのは、女性がジークのベルトを、テルマが腕を掴んでいる姿である。

 新たな女の影に、低い声も出るというものであった。

 

「ジークさん、そちらの女性はどなたですか?」

 

 足元にいる犬のジークが「うぉん」と小さく吼える。

 

「ジークのことじゃなくてね」

 

 いたたまれなくなったテルマが犬のジークに声をかけるが、場の空気は変わらず凍り付いたままであった。

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