九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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 ジークは路地へ入ってグネグネとした道を進み、どん詰まりまでやってくるとゴンゴンと拳で五度塀を殴る。

 軋んだ音と共に内から外に扉が開き、店のようなカウンターが現れた。

 中からはむわっとしたケミカルな臭いが漏れ出してくる。

 

「あのねぇ、お客さぁん。もう少し優ぁしくっていつも言ってるんですけど、毎度お願いしてるはずなんですけど、もしかしてあたしの声って聞こえないようになってます?」

「仕事だ」

 

 カウンターの上には素材とお金。

 フードをかぶった人物は、おかれたものとジークの顔を交互に見てから深く深くため息をついた。

 

「これでもうちょっと気が使えたら、どんなに怖い顔しててももてるだろうにねぇ」

「早くやれ」

「はいはい、やりますやります」

 

 フードの人物は少年くらいの高い声で適当に返事を返して、部屋の中を忙しなく歩き回りポーションづくりの準備をする。そうしながらもその人物の口は止まらない。

 

「あのですねぇ、ついこの間他の冒険者さんと話をしたんですよ。するとどうです、何やらお客さんが女性と美青年を侍らせて痴話げんかしてたって言うじゃないですか。夢でも見たんじゃないですかねぇって適当に流したんですけど、まさかこれって本当の話ですかね?」

「知らん」

「ああ、又そんなつれないことを言う。でもね、あたしは知ってるんですよ。ここ最近どこで誰に話を聞いても、お客さんの噂でもちきりでさ。何とお客さんが人に優しくいろんなことを教えてるっていうじゃないですか。いや、あたしはお客さんが優しい人だって知ってますよ。研究機関を追放されて塔でフィールドワークしていた私を保護してくれたんですから。こうして毎度必要以上のお代を払ってポーションを作りに来てくれるところなんか、もしかしてあたしに恋をしてるんじゃないかなって、ちょっと疑ってるんですから。あ、この冗談ヴァンツァーさんに言ったら真顔で剣を抜かれたので、お客さんしか言う相手いないんですよねぇ」

 

 ようやくそこで一息ついたその人物は、顔を上げて「おや」っとわざとらしく驚きの声をあげる。いつも途中で扉を勝手に閉めてしまうジークが黙ってその場にとどまっていたからだ。

 

「今日は話を聞いてくれるんですね」

「お前、この街で家を買うならどこがいい?」

 

 動きを止めたフードの人物は、何度も瞬きをして、それから手で目をこすり「あっつぅっ」と叫び、慌てて水で目を洗い流した。手についていた薬品で目を傷めたようである。

 その隙にフードが取れて露わになったのは、天然パーマのもさもさの白い髪と、右目から口元にかけてが焼けただれた女性の顔だった。

 

「あ、こりゃ御見苦しいものを。っていうか、なんですかぁ、お客さぁん。もしかして本当にあたしと住む家を探し始めたとか……? 確かにあたしは研究機関一の美女と呼ばれたこともありましたがぁ、まさかお客さんがそこまで懸想してくれているとは終ぞ気付かず長いこと申し訳ないことばかり……」

 

 ばたん、と音がして扉が閉まる。

 話にならないと判断したジークは扉を閉めて地面に座り、昼寝を決め込むことにした。

 

「待って待って、冗談ですって、どんな家がお好みなんですか? あれです? あの、噂の美人母娘と一緒に住む家ですかぁ? あれ、いない!」

 

 地面に座って目を閉じているだけだ。

 右側にいるので視界に入らないらしい。きょろきょろと見まわしてようやくジークを見つけると「どうなんです?」と身を乗り出して尋ねる。

 

「さっさと作業をしろ」

「あ、はいはい」

「母親と娘だけが住む。金はある」

「あ、なるほどぉ。じゃあ治安がいいところがいいですね。問題はあの辺は住むのに街の行政機関の許可がいるってことでさ。ちなみに私は家で実験を繰り返してたら資格をはく奪されましたけどねぇ」

「そうか」

 

 ジークは短く答えると、手を伸ばして再び扉を閉める。

 聞くことだけ聞けばもう話すことはない。

 この女、喋らせると本当に無限にしゃべり続けるのだ。

 かつて研究機関にいた時は天才残念美人研究者として非常に有名だった。

 二度も扉を締められて流石に諦めたのか、女は扉が閉まったまま好き勝手に最近あった出来事をしゃべり続ける。

 たわいもない商品の値段から、研究の着想まで。

 そのほとんどが興味のないことであるから、ジークも安心して空を見上げながら転寝することができるという寸法である。

 いつものように小一時間眠って、扉を再度ノックしてポーションを受け取り、その場を立ち去る。

 立ち去っていくジークの背中に、女が声をかける。

 

「ジークさん! あなたなんだか最近評判いいですよ。恩人が褒められてるのはなんとなぁく気分がいいんで、その調子で頑張ってくださいねぇ」

 

 ジークは一瞬立ち止まったが、すぐに何も返事をせずに歩きだす。

 

「んっふ、照れてます」

「うるせぇ」

 

 遠くで聞こえた言葉にぼそっと反論したジークは、そのまま路地を抜けて今度はギルドへと向かう。

 ジークが相談できる相手と言えば、あとは美形兄妹くらいである。

 受付には業務中のニコラ。

 ギルド内にヴァンツァーの姿はない。

 

 ジークは迷わずニコラの下へ向かうと、サーッと列がはけていき、止まることなく受付までたどり着いた。

 

「何も持たずに珍しい……。今日はどうしたの?」

「相談がある」

「……ちょっとだけ待てるかしら?」

「ああ」

 

 相談があるの一言で、これは大変なことだとニコラはジークのために時間を作ることに決める。もちろん、もしかしたら……なんて下心はあるが、それよりもジークが相談なんて言葉を使ったことに感動していた。

 相談してきたのだ。

 他の誰にでもなく自分に相談してきたことに浮かれたニコラは、素早く仕事仲間たちへ話を通し、私服に着替えて受付の前で待っているジークの腕をとった。

 

 近頃ジークが大人気なのも気になって仕方なかったのだ。

 これを機会ににわか共にジークと自分の関係を知らしめる必要があった。

 

「仕事は?」

「今日は終わり」

「いいのか?」

「いいのいいの」

 

 たまには明るいうちからのデートもいいものだ。

 通りを歩きながらニコラはジークに話しかける。

 

「人に聞かれたらまずいような事?」

「いや」

「じゃあ話しながら歩きましょう。相談って何かしら?」

「ハンナとテルマの家を買う」

 

 用件が一瞬にしてはっきりとわかってしまって、がっくりと力が抜けたニコラだったが、そんなことではくじけなかった。なにせハンナはジークの家族のようなもの。ここへの印象を良くしておくことで、ジークとの関係をアシストしてくれる可能性は十分にある。

 未来のお義姉様と義姪のために一肌脱ぐのもやぶさかではない。

 

「治安のいい場所がいいが、許可がいるらしい。行政の許可というのはどこでとる?」

「あら、詳しい。もしかして誰かに聞いたのかしら?」

「聞いた」

「ちなみにだぁれ?」

 

 嫌な予感がした。

 女の勘である。

 

「クエット」

「女?」

「女だ」

「どんな?」

「知らん。研究機関一の美女だと言っていた」

 

 いかにも強敵になりそうな肩書である。

 ニコラはまだ見ぬ猛者を警戒したが、これは杞憂というやつだ。

 

「…………へ、へぇ、そんな知り合いいたんだ、知らなかったなー」

「五年くらい前に塔で拾った」

 

 なんと状況はニコラとも同じ。

 これはジークに惚れているに違いないと、ニコラはクエットを勝手にライバルとして認めることにした。

 同時刻クエットは、くしゃみをしたことによって実験を失敗し、小さな爆発を起こしたが、これは別にニコラの呪いによるものではなく偶然である。

 

「ふ、ふぅん、そうなんだ、へぇ……」

「うるさいわりに役に立つことを言わない」

「私に任せて。許可から家探しまで全部付き合うから。ハンナさんたちのために最高の家を見つけてあげる」

「悪いな」

「気にしないで、私がやりたくてやるんだもの」

「そうか」

 

 ここぞとばかりに張り切ったニコラは、行く先を役所に定め、今日中に最強の物件を探し当てることを心に決めるのであった。

 

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