九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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 話しかけられる頻度が増えたとはいえ、ジークのやることはさして変わらない。

 ソロ探索とテルマとの探索の間に、ギルドでの待機時間が挟まるような形だ。

 いつものようにソロでの高層階探索を終えて帰ってきたジークは、戦利品を鑑定士の男の下へ持ち込んで、難しい顔をして待機する。

 ギルドの入り口付近にはハンナがいて始まった内装工事を眺め、足元では犬のジークが次々と出入りしている探索者を目で追いかけている。

 すぐ近くではテルマがごく普通に、同じ年頃か少し年上の女性探索者たちと談笑し、受付ではニコラがにっこりと笑いながらバリバリ仕事をこなしていた。

 ジークに向けられる悪意のこもった視線も、以前よりは随分減って、顔を上げていてもあからさまに逃げ出されることは少なくなった。そういえば昔仲間たちとギルドにいた頃も、こんな雰囲気であったと思いだすジークである。

 

 時折自分に関する悪い噂も聞こえてくるが、今までと比べたら随分と少なくなったものだ。耳に入ったからと言っていちいち腹を立てるような性格もしていない。

 

「今日はぼんやりしているな」

 

 ギルド内の様子を窺っているうちに、鑑定を終えたらしく、男が金の入った袋を押し出しながら話しかけてくる。

 

「そうか?」

「そう見えるがね」

「そうか」

 

 なんとなく思い当たる節のあったジークは、この親父、人のこともよく見ているんだなと思いながら、話を切り上げてニコラの下へ向かう。

 今夜も食事に誘われたので了承。

 金をアイオスの街に送る必要がなくなったので、全額ため込むことになる。

 ハンナたちの家を買うのに使うつもりでいたが、なんだか知らないけれどウームが勝手に都合のいい話を提案してくれたので、使い道がなくなってしまった。世の中の金を欲しがっている奴らは、いったい何に金を使っているのだろうと疑問に思うジークである。

 もしかしたら金を使うことではなく、金を眺めることが好きな変な奴らなのかもしれないと、妙な偏見を持ったところでいつもの席に着き、ナッツをポリポリとかじり出す。

 最近ニコラに連れられて美味いものを食べたことによって、ジークはこのナッツの香りと触感が割と好きなことに気が付いた。小さなころに塔で暮らしたジークの食事は、主に臭くてべっちょりした、時に苦く時に酸っぱい何かだ。

 ナッツはその対極にあるから気に入っているのだろうけれど、本人はあまりその自覚がなかった。

 

 ニコラと食事をして、いつもの宿へ帰って休んだ。

 翌朝目を覚ましたジークは手早く準備を終えた。

 今日は風が強いようで、隙間風がぴゅーぴゅーと高い音を立てており、耳をそばだてると、廊下からぱたぱたという雨の降る音も聞こえてくる。

 扉を開けてみると、曇り空の割に妙に明るい廊下には大きな水たまりができていた。そこへ降ってきた雨がパタパタという音の正体である。

 雨漏りではない。

 昨晩の強い風でばっこりと天井が外れてしまったようだった。

 外れた部分はまだ辛うじてつなぎ目を残しており、治りかけの傷のかさぶたのようにプラプラと屋根にぶら下がっていた。

 ジークは剣を引き抜くと腕を伸ばし、先の鉤になった部分で屋根の一部をひっかけて、元の位置に戻しておく。手前に少しばかり力を入れてやれば、めきめきッという嫌な音と共にぐっと屋根が沈み込んで、とりあえず風で飛んでいくことはなくなった。

 ぎしぎしと音を立てる隙間だらけの床板は、少しずつ雨を吸い込んでいるようだ。

 そのうち底が抜けるのだろうなと思いながら、ジークは宿の主人を探して廊下の現状と応急処置について報告してやった。

 ともに現場にやってきた宿の主人は。

 

「こりゃいよいよお終いだな。水浸しになったおかげで火事になる心配はなくなったのが幸いか」

「崩れた時潰されないようにな」

「気を付けるとも。あんたは家が崩れても平気そうだけどな」

「そうだな」

「冗談だ」

「いや、平気だ」

「そうか」

 

 この街に来てから意外と言葉を交わすことが多かった宿の主人だ。

 当時街に来たばかりの頃のとげとげしいジークに、平気な顔をして「うちの宿なら安いぞ」と声をかけてきたのがこの男である。

 当時からかなり自虐的な冗談が好きな妙な老人であったが、ジークにとっては気楽に接することのできるいい宿主であった。

 

「何にしてもいい加減こんなぼろ宿は出て、別の宿を探すといい」

「客がいなくなるぞ」

「お前が出て行きゃこんな宿直ぐ潰してやるさ。力があり余ってるなら、今度解体作業でもしてくれ」

「わかった」

「冗談だ」

「……やってやる、気にするな」

「……そうか、じゃ、頼むか」

 

 隙間から見える曇天を眺めながら、宿の主人は珍しく相好を崩した。

 

「なぁ、ジーク」

「なんだ」

「お前ちょっといい顔になったぞ」

 

 ジークは変な顔をして自分の頬を撫でた。

 傷口が段差を作り、じょりじょりとした不精髭が生えている、いつもと変わらない顔のはずだ。

 変な老人たちはどうやら人の顔をよく見ているらしい。

 悪い気分ではなかったが、自分ではわからぬ変化に、ジークは少しばかり戸惑っていた。

 

 

 テルマは雨の中、気合い十分でジークを待っていた。

 布切れ一枚頭に乗せて、ぬっとあらわれた大男は、テルマの姿を見つけると足を止めずに転移の宝玉へ向かい、そこをスルーした。

 

「……一階層へ入るんですか?」

「そうだ」

「なぜです?」

「手合わせをする」

 

 ジークなりに色々と考えてきたのだ。

 ハンナと少しばかり相談した結果、テルマが自分の力を恐れているがゆえに、自在に力が使えていないと判断を下した。つまり、その力を発揮したとてジークにかなわないということがわかれば、安心して力を使うことができるのではないかという考えだ。

 

「ジークさんと? 危ないですよ?」

「危なくない」

「……ほんとに本気で言ってるんですか?」

「そうだ」

「……怪我だけはしないでくださいね」

「ポーションをたくさん持ってきた」

 

 もちろん怪我をするのはジークではなくテルマであるという前提だが、テルマはほっとする。少なくともジークは一度自分を取り押さえた実績があるのだ。今回だってきっとうまくやってくれるに決まっている。

 低層階の探索者たちが突然現れたジークとテルマに驚いて道をあけるが、ジークはそんなことは気にもせずに迷うことなく道を進んでいく。

 一階層に限らず、塔の中には突き当りにあたる大部屋がある。

 人も魔物もあまりやってこないその場所は、手合わせをするのに都合がいい。

 途中で現れた魔物を歩きながらさっくりと始末してたどり着いた先で、ジークは振り返る。

 

「まずは武器はなしでやる」

「……わかりました」

 

 新調した間に合わせの剣は抜かず、テルマは両手を前に出して構える。

 

「いいか、力を使え。お前が力を使ったって俺には勝てない」

 

 ジークはいちいち挑発するような言い方をするが、馬鹿にするために言っているわけではない。だから安心して全力でかかって来いという意味だ。それがなんとなく分かっていてなお、少しばかりムカッと来てしまうテルマはまだまだ十代の若者だ。

 走って近寄り顔に向けて拳を放つ。

 そもそもテルマは無手での戦いだって、アイオスの探索者たちに一応仕込まれているのだ。

 左で相手の動きを探り、右手で重い一撃を放つ。

 足元への意識がおろそかならば払ってもいいし、顔に意識が行っていればボディを狙うことだってできる。

 

 そんなテルマの左拳は、一撃目にしてジークに捕まった。

 締め付けられる拳の感覚に、反射的に右を出すと、そちらもあっさりと掴まれる。

 ごつごつとした大きな手は、テルマの拳を完全に包み込んでおり、じわりじわりと力が込められている。

 

「力を使えと言っている」

「……このっ」

 

 手が離されないならと、無理やり体をひねって投げを放とうとしたが、その試みはただテルマの腕がひねられただけで、ジークの体はやはり微動だにしなかった。

 パッと手が離される。

 慌てて距離を取ったテルマに、ジークは追撃をしなかった。

 テルマの背中にぞわぞわとした何かが駆け上がる。

 見ているだけでも、実力にかなりの差があることはわかっていた。

 しかし実際に戦う気のあるジークとこうして正面から対峙してみると、その強さは得体が知れず、僅かに恐怖心すら湧いてくるほどだった。

 『ひょっとしてこの人は、本当に力を使ってなお平然と自分の相手をするのではないか』と、ようやくジークの言葉に真実味を感じ始めたのである。

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