九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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 ジークから相談があると言われれば、二つ返事で受付の仕事を放りだそうとするのがニコラである。しかしさっと立ち上がり仕事を引き継ごうとしたところで、視界の隅にウームの姿を見つける。

 

「……すみません、仕事が終わってからでも?」

「それでいい」

 

 もとより仕事の邪魔をしてまで相談に乗ってもらうつもりはない。

 ジークはいつもの席で、のんびりとニコラがやってくるのを待つことにした。

 しばらくそうしていると、皮肉屋な男、パデントが手にジークと同じナッツをもってやってきた。この間ジークの真似をして食べてみたら、これが意外と香ばしくて美味く、すっかりはまってしまっていた。

 ジークのものをつまむと手を叩かれるので、わざわざ自分で注文してやってきたのである。

 テーブルに皿を置いて、椅子を引いてどっしりと座る。

 ジークは挨拶もしなければ拒否もせず、じろりとその顔を見ただけだった。

 前だったら喧嘩でも売られているのかと考えていたパデントだが、すでにジークがこういうやつだと知っているから、断りもせずに勝手に喋り出す。

 

「知ってるか、他所の街にある塔の噂」

「知らん」

 

 探索者ならば中々気になるはずの喋り出しだというのに、ジークの返事は連れなかった。事実知らないのだからそれ以外の返事はないのだが。

 出鼻をくじかれそうな反応だったが、パデントは気にせずに話を続ける。

 

「どうやら高層階の探索者が随分と数を減らしているそうだぜ。……ヴァンツァーなんかは先に知っていたんじゃねぇのか?」

「そうかもな」

「聞いてねぇのか?」

「聞いてない。だが喋る魔物が下りてきてるならそんなこともあるだろうな」

 

 パデントは淡々と答えるジークの目の奥を見つめ、その真偽のほどを探る。

 もともと慎重な男だから、ジークに対する評価をまだ定めあぐねているところがあるのだ。

 それぐらい長い間、ジークという男は、この街ではアンタッチャブルな存在だったのである。

 

「……街に魔物があふれたこともあるらしいぜ」

「……番人は何をしている」

 

 ジークの眉間によった皺を見て、パデントはジークへの評価をついに一時的に決定させた。

 不器用で、社交性がなく、そしてその割に人の命を大事にする男だと。

 プライドの高い馬鹿や、それに乗じて噂を広める阿呆の話を、いったん全て脳内から除外してパデントは身を乗り出す。

 

「おい、ジークさんよ。お前、その喋る魔物に勝てそうな奴、自分以外に見たことあるか?」

「あまりない」

「…………そうか。俺は、鍛えりゃ行けるか?」

「鍛えればな」

 

 パデントが心配しているのは街の外に魔物があふれ出すという事態だ。

 これを公表していないギルドには特に文句はない。

 そんなことを知れば街の人々は怯えて塔から離れて行こうとするだろうし、そうなれば探索者の拠点となる街が廃れていくことになる。

 パデントは冒険者として、街で豊かに暮らしたいのだ。

 そのためには街が魔物に脅かされることを避けなければならない。

 

 塔で起こることは分からないことばかりだ。

 もし喋る魔物が下りてくることによって、魔物が塔の外に出るのだとすれば、パデントはその喋る魔物を討伐できるようになっておきたかった。魔物なんかに自らの生活を脅かされることが許せないのだ。

 

「あんたはどうやって強くなった」

 

 聞けば何でも答えてくれるのだ。

 聞かない手はない。

 ジークは少しばかり考えてから、仲間たちが命を落としてからの日々を思い出す。

 

「……二年間、塔の中で暮らした。少しずつ上の階へ登り、死にかければ少し階層を下げた」

「……食事は、水はどうした。武器の手入れは」

「全部中で何とかした。武器は敵から奪ったものや拾ったものを使った」

「まじで一度も外へ出なかったのか?」

「出なかった」

「一人で?」

「そうだ」

 

 高層階の探索者は数日かけて階層の探索をすることがある。

 とはいえそれは、入念に準備をして、人数を連れて、数カ月に一度のことだ。

 生きるか死ぬかの場所に、たった一人で数年籠るなんて常軌を逸している。 

 ただ不器用そうな男が嘘をついているとは思えなかった。

 つまり、強くなるというのはそう言うことなのだとパデントは判断をした。

 

「俺が始めるなら何階がいい」

「八十くらいからやって調整しろ」

「そうか、八十だな」

 

 はっきりと強い奴がそう言ってるのだから、さっそく準備してやろうとパデントは立ち上がる。

 その背中をみてジークはふと思い出したことを尋ねてみる。

 

「パデント、人が泣くのはどんな時だ」

「……そりゃああんた」

 

 珍しく質問が飛んできて答えようとしたパデントは、昔を思い出して黙り込む。しかし散々世話になったのだからと、ため息一ついてから振り返らずに答えてやった。

 

「自分が情けなくてどうしようもなくなった時だろ」

 

 高層階の探索者になるような奴らはみんながみんな負けず嫌いだ。挫折した過去や仲間を失った経験を乗り越えて、それでも何かの理由があって塔に登り続けている。

 『情けなく』という言葉を今一つ理解できず、ジークが考え込んでいるうちに、パデントはさっさとその場を後にした。珍しく人に本音を語ってしまったことが妙に恥ずかしかったのである。

 

 その後もちらほらと人が訪れた。

 そうしてとんでくる質問にいくつかの乱暴なアドバイスを返しているうちに、日が暮れて、ニコラが着替えを終えてやってくる。

 

「それじゃあ、食事に行きましょう」

「……そうだな」

 

 相談したいことがあるだけなのだが、と思いつつ、行こうと言われれば断らないのがジークである。

 立ち上がれば腕をとられ、幾人かの探索者が嫉妬でぎりぎりと奥歯を鳴らした。

 周りから見ればすっかり付き合っているように見える二人だが、当人間では未だ全くそういった色っぽい話はない。もともといくつか考えていた店から一つを選んで、ニコラはジークの腕を引いていく。

 

「今日は何をしていたの?」

「テルマの訓練」

 

 今までであればテルマと一緒に塔に行った、と答えるところをわざわざ別の言い方をしている。そこからニコラは、本当に訓練をしていたのだなと察した。

 

「十分に強いと思うのだけど……」

「ちょっとな」

 

 言葉を濁すのはそれ以上話せないということだ。

 何かしら秘密があるらしいことがわかり、ニコラはその質問をそうそうに切り上げる。

 こうした察しのいいものが身近にいるせいで、ジークはますますコミュニケーション下手になっていくのだが、ニコラは半ば以上それでもいいと思っている節がある。

 なぜならその方がライバルが減るし、自分はジークの言葉が少なくとも、なんとなく言いたいことを察せられるからだ。

 

「そういえば今日ウームさんがやけにギルド内をうろうろしてたわ。何か心配事があるのかも……。ジークは何か聞いてるかしら?」

「いや、知らん」

 

 ああ見えて普段は真面目に執務室に籠って仕事をしているタイプだ。

 ジークはよく迷惑をかけるので、ギルドにのっそりと現れるウームの姿を見る頻度が高く、あまりそういった印象がない。そもそもあいつは何の仕事をしているんだ、くらいに思っているから、真面目に働いているウームも報われない。

 

「なんだか上の方が慌ただしい感じがするし、何かあるのかも……。ジークも気を付けてね」

「わかった」

 

 何かと言われても警戒のしようがないが、どうやら心配してもらっているらしいと気づいたジークは素直に首肯する。そんな話をしているうちに目的の店に到着した二人は、傍から見れば仲睦まじい様子で個室へと案内されていくのであった。

 

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