九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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 ニコラが、ジークに対して一生懸命に語っているテルマを見ても安心していられる。ジークがテルマに対して恋愛的な感情を抱くとは思えないし、テルマからジークに対しても同様であるからだ。

 ハンナがジークを弟のようだと言うように、テルマもまた、ジークを親戚の叔父さんくらいに認識しようとしている節がある。

 それに相棒という要素が加わったとしても、そこに恋らしきものの片鱗は全く見当たらなかった。あるとすれば認めてもらいたいという承認欲求と、探索者としての競争心みたいなものくらいである。

 だからニコラはこの二人の関係が良好に保たれることに協力を惜しむ気はなかった。

 ニコラは兄のヴァンツァーと違って、探索者という側面でジークの役に立つことを早々に放棄している。どうせ追いつけないのならばと、危うい性格をしているジークをサポートする道を選んだのだ。はっきり言ってジークに認知され続ける、という面では非常に分の悪い選択だったが、ここにきて当時の選択が功を奏してきたといえる。

 

「ちょっと待ってね」

 

 ご機嫌に話を聞いていたが、テルマの語りが勢いに乗ってきた辺りでニコラは話を止めた。もちろん邪魔をするためではなく、確認をするためだ。

 

「何か秘密があるのよね? 何か力になれるならと思って同席していたけれど、この調子なら必要なさそうだと思うの。それなら、私は席をはずそうと思うのだけれど……」

 

 本当はジークに寄りかかったままなし崩しに話を聞いてしまいたかったけれど、ジークの前でずるい真似はしたくなかった。

 

「……話していいから呼んでるんだよね?」

「テルマがいいならいいと思うわ。ジークもいいと思うんでしょ?」

「そうだな」

「では話を続けます」

 

 あまりにもあっさりと許可が下りてしまって、言いだしたニコラの方が困ってしまう。少なくともニコラ本人としては、そこまでヘリテージ母娘に信頼してもらうほどのことをしたとは思っていない。

 

「本当にいいんですか?」

「いいわよ。その代わりニコラさんがジークの奥さんになるっていうのはどう? そうしたら身内のようなものだし」

「そうだな」

「え」

「……え?」

 

 あっさりと同意したジークと、ぽかんとした顔をする二人。

 反応が遅れたのは当事者であるニコラだ。

 

「ま、ママ、いきなりそんなこと言って……ジークさんもそうだなじゃないですよ! ニコラさんの気持ちだって考え……っ」

 

 あまりに勝手な物言いに思わず立ち上がったテルマだったが、あまりに反応の薄いニコラの様子が気になって隣をむいて絶句した。顔を真っ赤にしたニコラが、両手を広げ、指先を合わせながら、チラリチラリとジークの横顔を窺っている。

 どう見たって反対の表情ではない。ニコラの性格を考えれば、むしろ大歓迎としか取れない反応であった。

 テルマだってニコラがジークのことを好いていることくらい気付いていた。

 それにしたってシチュエーションのようなものがあるだろうと考えるのは、テルマがまだ若いからなのだろう。

 ニコラはわかっている。

 この機会を逃せば、次にいつチャンスが巡ってくるか分かったものではない。

 頭の中ではクールに返事をしようと思うが、喉に何かが詰まったかのように言葉が出てこない。

 

「ジークは確かに強いけど、放っておくと何するかわからないから。ニコラさんくらいしっかりした人がそばにいてくれたらちょうどいいと思うのよね。さっきジークも、結婚するならニコラさんが良いって言ってたし」

 

 言葉そのままではないまでも嘘ではないような説明。

 ジークは少しだけ考えてから頷く。

 

「……まぁ、そうだな」

 

 クエットでもハンナでもテルマでもなく、結婚するとするならばニコラだ。

 ジークの頭の中に、昔ノックスが話していた言葉が思い出される。

 

『好きなやつな。なんかあった時、俺のために笑ったり泣いたり怒ったりしてくれて、それが嫌じゃない相手じゃねぇかな。自然な姿でいられる奴と一緒になるのが一番幸せだろ』

 

 ジークには好きとかはよくわからない。

 でもニコラはきっと自分のために笑ったり泣いたり怒ったりしてくれるし、ジークにとってそれは煩わしいことではない。

 ニコラはジークと一緒にいる時、理由もなく楽しそうな表情をしていることがある。ジークが失敗をしたときには目を細めて笑うし、よそ見しているとその隙に横顔をじっと見つめてきたりする。

 ジークはそちらを見ていなくても、ニコラが自分のことを観察していることに気づいていた。

 ハンナとの関係が元に戻って少しばかり気持ちに余裕のできたジークは、ふとそんなニコラの行動に、昔のハンナやノックスのことを思い出すことがあった。

 ハンナとノックスは幸せそうだった。

 ジークにとってはそれがとても居心地の良い場所であったし、だからこそハンナに問われたときに初めて、ニコラと結婚をするという発想に至ったのである。

 

「ジーク、自分でちゃんと言いなさいよ」

 

 うまいことやったと内心自分に拍手喝采しているハンナは、少しばかりぶっきらぼうな、昔のような喋り方になってジークに行動を促す。

 そういえばノックスも結婚する時はハンナにはっきりと宣言していた。

 照れながら、それでも決意のこもった表情で『ハンナ、結婚するか』と。

 

「ニコラ、結婚するか」

 

 ニコラが黙ってこくりと頷くと、ハンナが「おめでとう」と言って拍手をする。

 怒涛の展開について行けないテルマが、目を白黒させながらハンナに続いて首をかしげながら拍手をする。

 告白ってこんなものだったっけとか、付き合っていないのに結婚するのかとか、言いたいことは山ほどあった。だがジークはなぜか堂々としているし、ニコラは見たこともないような嬉しそうな顔をしているし、頼りになるはずの母はけしかけた上に満足げに拍手をしている。

 理解を追いつかせようと一人状況を整理しているうちに、結婚の指輪だとか、新居だとか、式はどうなんだとか、ご家族に挨拶をとか、ハンナが次々に話すものだから心の整理がつかない。

 

 いったん思考をすべてを放棄して、母と、相棒であり身内らしき存在であるジークと、それからその奥さんになる人がいる、と仮定したうえで、テルマはまた首をかしげる。

 多分自分の力の秘密の話をしようとしていたはずなのに、どうしてこんなことになっているのだろうかと。

 

 幼少期からこの力には振り回されてきたし、人に知られてはいけないと気を付けて生きてきた。だというのに、ここ最近の扱いはどうだろうか。

 本気で力を発動してもジークにはあっさり負けるし、いざ秘密を打ち明けようとしたら降って湧いたような慶事ですっかり話を後回しにされている。

 言いたいことはやっぱりたくさんあったけれど、基本的にはとてもいい子であるテルマはそれをぐっと飲みこんだ。

 

 だって相棒と世話になってる人が結婚するというのだ。

 怒って私の話を聞けと騒いだり、拗ねて唇を尖らせるのはあまりに大人げない。

 

「あっ」

 

 話の途中で、浮かれていたニコラがハッと気づいて声をあげる。

 本題はこちらではなく、テルマの秘密の話だったと。

 

「テルマさん、その、話の腰を折ってしまってごめんなさい」

「いえ、一段落するまで続けてください。その方が私としても遠慮なく話ができますので」

「いえ、聞かせてもらえないかしら。そうしたらこれからも相談にくらいは乗れると思うの」

「……ありがとうございます」

 

 ニコラの対応に、かんしゃくを起こさずにいて良かったなとテルマは思う。

 いまとなっては、『あ、そうだった』みたいな顔をしているように見える身内より、ニコラの方が余程頼りになるような気がしているテルマであった。




おめでとうおめでとう
これからも苦労が絶えないと思うけど、おめでとう
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