九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

75 / 129
75

「私は留守番するわ」

 

 テルマとニコラがベッケルの塔へ行くのを同意した後、そのままの流れでハンナを誘ったところ、あっさりと断られた。

 

「一緒に行かないのか」

「どうせそのうち帰ってくるんでしょう? ここを駆けだし探索者用の宿にするって計画も進んでるし、その管理者がいつまで帰ってくるかわからないんじゃね。テルマは一緒に行くんでしょう?」

「え、うん、そうだけど」

「私のことは気にしないで行ってきたらいいわ」

「一人だけ残って大丈夫か」

「あのねぇ」

 

 ハンナは呆れた顔で怖い顔をしているジークを見つめ返した。

 怖い顔をしているが怒っているわけではなく、心配しているだけだ。

 

「私が何年テルマと二人きりで過ごして来たと思ってるの?」

「アイオスは知り合いがいただろう」

「大丈夫よ。ここはギルドの目の前だし、ウームさんが気にかけてくるみたいだから」

「……そうか」

 

 しばらく見つめ合っていたが、結局ジークがすんなりと引き下がった。

 一応ウームには出発前に念押しをするつもりだが、ハンナが大丈夫だと言ってるのだからと信じることにしたのだった。

 

「そんなことより、ニコラさんはいいのかしら? まだ結婚式も上げてないのに、すぐに遠出のお供なんかにされちゃって」

「それは、はい。私はジークさんのサポートをして生きていくと決めているので。むしろおいて行かれては困ります」

「いい奥さんね」

 

 ジークが素直に頷くと、隣でニコラがはにかんだ。

 亭主関白のようにも見えるが、連れていくという選択もジークの家族を守りたいという思いからくる選択である。ニコラであれば素直にそれを受け取って、場所など関係なく幸せに暮らしていけることだろう。

 

「そういうことだから、私はまたジークと一緒に留守番をしているわ」

 

 ハンナの足元でお座りをしていた犬のジークは、一瞬ハンナを見上げてから、その賢そうな双眸を人のジークの方へと向けた。

 

「そうか。……頼んだ」

 

 ジークが声をかけると、犬のジークは尻尾をゆさゆさと振って反応して見せた。動物はジークに近寄ってすら来ないことが多いのだが、犬のジークもまた、人のジークを家族みたいなものなのかとなんとなく認識しているようである。

 言葉はなくとも、互いの間にいて当然程度の認識を持っていた。

 

「いつでるの?」

「ヴァンツァーの準備ができ次第。明日くらいか」

「しばらくいないのなら、街の知り合いに挨拶くらいしておくのよ」

 

 どうせ帰ってくるのに挨拶なんか、と思っていたが、一人だけ顔が浮かんできた。

 うるさいから行かなくてもいいような気もしているけれど、もし何も言わずに出かけたら、帰ってきたときにぴーちくぱーちくと、いつにましてやかましくなりそうな予感がする。

 

「そうだな」

 

 ジークは素直にハンナの忠告を聞き入れると、いったん一人で宿を出て、やかましい元研究員が暮らしている路地の奥へと向かうことにした。

 

 

 路地のどん詰まりは家の壁になっている。

 扉兼外開きのカウンターテーブルとなっている板は、留め具が緩んでいるのか何もしていないのに半開きになっていた。

 気になって板に手をかけて手前へ力を入れると、ミシッと音がして何かがはがれ、そのままバタンと手前に倒れてくる。完全に壊れてしまったらしい。

 まともな業者を入れられないようなら、金を工面してやった方がいいだろうか。

 そんなことを考えていると、奥から足音が聞こえてきて、両手に薬瓶をもったクエットが姿を現した。

 相変わらずフードを目深に被っていて顔はよく見えない。

 怪しくぼこぼこと気泡を発している薬瓶の中身は、緑色と薄紫色で、毒物か劇物だろうなというのが一目でわかるものだった。

 

「あのねぇ、普通無言で人の家壊しますかねぇ?」

「壊れていた。金をやるから直しとけ」

「辛うじて扉の体裁をなしてませんでしたか!?」

 

 そう言いながらクエットはずびずびと鼻をすすり、時折咳き込んでいる。

 

「なしてないから風邪ひいてるんだろう」

「こんなのはね、薬飲めばすぐ治るんでどうでもいいんですよ」

「そうか」

「それで、今日は何しに来たんです? 家壊しに来たんですか?」

 

 なんだか今日のクエットは妙に突っかかってくる。

 やさぐれているような態度だが、ジークはそんなことにいちいち構ってやるような性格をしていない。

 

「違う」

「あ、分かりました、あててあげましょうかぁ? あたしになぁんにも知らせずに結婚とかして、それを報告しに来たんでしょう。別にいいんですよ、結婚。大いにしたらいいじゃないですか。でもねぇ、一言くらいあってもいいんじゃないですか? あたしはこの薄暗い家で、いつジークさんが報告に来てくれるのかなと」

「違う」

「何がですか」

「結婚はしたが、その話をしに来たんじゃない」

「あ、そうですか。そしたら何の話です?」

 

 言いたいことをぶちまけたら一先ず満足したのか、クエットはあっさりとジークからの話を聞くことにした。彼女もまた普通からは逸脱した性格をしており、それ故にジークと友人のような関係を続けていられる稀有な存在である。

 ジークがすぐにポーションの依頼をしてこないのは珍しい。

 結婚の話でもないとなると、いよいよ想像がつかず、好奇心がクエットの身を乗り出させる。カウンターテーブルのようになっている板に両肘をのせたところで、またもミシッと音がして、板がそのまま地面に転がった。

 置いてあった毒々しい色の薬瓶が転がり、クエットが前屈するように顔面を壁にぶつけた。

 

「いひゃい……」

「使え」

 

 鼻血をたらして涙目のクエットに、ジークがポーションを差し出した。

 クエットがそれを浴びて傷を治したところで、地面からボッと妙な破裂音が聞こえた。

 緑色の薬品が小さな爆発を繰り返しながら地面に小さな穴をあけ、反対側を見れば薄紫色の薬品が生えている植物を枯らし、石の壁を腐食させていた。

 

「あ、すいませんね。不審者が来たかと思ったもので、撃退用の薬を持ってきてたんですよ。ちょっと水撒いてもらえます?」

 

 劇薬を処理するにしては随分と簡易的な処置だが、ここにそれを咎める者はいない。ジークは言われるがままに、クエットに渡された水をこぼれた薬品にかけて希釈した。

 

「それで、何でしたっけ」

「明日からしばらくベッケルの街へ行く。いつ帰るかわからん」

「あ、そうですか。何でです?」

「喋る魔物が暴れてるらしいから殺しに行く」

 

 あっさりと極秘に近い任務内容をしゃべるジーク。

 確かに向こうで事情がばれぬように行動しろと言われているが、怪しい街の研究者に説明するなとは言われていない。普通は言わなくても分かるので。

 

「なるほどなるほど。じゃ、ちょうどいいんであたしも行きましょうかね。どこ行けば一緒に行けます?」

 

 そしてこちらも普通ではない研究者クエットは、何か事情がある様で、勝手に動向を申し出た。

 

「知らん」

「あ、じゃあ今から必要そうなものまとめて一緒に宿まで行きますねぇ。荷物運ぶの手伝ってもらえます?」

「早くしろ」

「はいはい」

 

 がっちゃがっちゃと慌てて準備をしている音を聞きながら、ジークは地面に座って一休みをしようとして顔をしかめる。先ほどクエットがばらまいた謎の薬品があって、いつも座っていた場所がぬかるんでいる。

 ジークは仕方なく先ほどはがれた板を拾うと、乾いてそうな場所に適当に放り投げて、その上で小一時間ほどの休息をとるのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。