九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。   作:嶋野夕陽

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86 ちょうどいい具合

 ジークがおもむろに取り出したのは一本の瓶だった。

 テルマが持っている瓶よりも内容量は少ない。

 

 ジークはためらいなく栓を抜くと、誰が止める間もなく男の足首にかけた。

 

「ぐ、うぅううっ」

「な、なにしやがった!」

「見ればわかるだろう」

 

 ポーションをかけられた男がさらに丸くなって唸ると、当然男の仲間は武器を構えたまま迫ってくる。

 すでにやることが終わったジークが道を開けると、一人はジークを警戒し、もう一人は仲間の近くに座り込む。テルマも同じようにジークの方へ寄って経過を見守ることにした。

 

「何で止めたんです」

「俺が持ってるポーションならまだ間に合った」

「……ああ、なるほど。私の持っているポーションでは足が治らなかったと」

「そうだ。半端に治すと二度と治らなくなる」

 

 その場でポーションを使えば延命はできるが、一度身体が治ってしまえばそれが正常な状態として体に記憶される。

 そうなればよいポーションを使ったとしても、二度と体は元に戻らない。

 

「……治るのって、普通あんなうめくほど痛いんですか?」

「いや、ちゃんとしたものならば痛くない。あれはクエットが作った特別製だ。痛みはある代わりに素材を減らしてたくさん作れる」

「なるほど……」

 

 この瞬間、頼まれてもクエットの実験体にはならないようにしようと決めたテルマである。

 

「おい! しっかりしろ!」

「てめぇ、何をかけやがった……!」

「ポーションだ」

「そんなわけねぇだろ、こんなに苦しんで……」

 

 正規のポーションではないから、なかなかどう仲裁に入っていいかが分からない。 

 そもそも正規のポーション以外を使用していいのかがよくわからないのだ。使うものがいないので前例も聞いたことがない。

 急にピタリとうめき声がやんだことで、ジークたちににらみを利かせていた男が思わず振り返る。

 

「大丈夫か、おい!」

「……え?」

 

 しゃがんでいた男が思わず声をかけると、怪我をしていた男が目を丸くしながら自分の足を確認した。それから上半身を起こし、恐る恐るかかとで地面を叩き、更に立ち上がって足首から先の無事を確認する。

 

「お、おお! な、治ってる! 痛くないぞ!」

「え、う、嘘だろ!? ま、まじか! おい、まじかよ、良かった、良かった!!」

「え、あ、おお! ……よ、良かった!」

 

 最後に微妙な反応をしたのは、今までジークを威嚇していた探索者だ。

 目を泳がせてから武器をしっかりと納めてから喜びを分かち合う。

 

「なにで怪我をした」

 

 そんな感動のシーンに、ジークは平然と声をかけた。

 

「え、あ、いや、足元に石が転がってきて急に破裂したんだ。上の方ではそんな魔物がいることは聞いたことがあったんだが、俺は見るのが初めてで……。……おい、こいつら誰だ?」

 

 怪我が治った男は浮かれた気分のまま答えてから、見たことのない怪しい人物を警戒し仲間に尋ねる。

 しかし仲間たちも困ったような顔で、互いに見つめ合ってすぐには答えが返ってこなかった。

 

「丸かったか?」

「なぁ、誰なんだよこいつ」

「……お前の足にポーション使ってくれたやつだよ」

「あ、ああ、そうか……。……なぁ、俺の足ってどうなってた?」

「……吹っ飛んで完全に無くなってた」

「……まじかよ」

 

 サーッと青ざめたのは先ほどまで喜んでいた探索者。

 今まで味わったことのないような痛みと喪失感から、相当な怪我であることはわかっていた。しかし治ったのだから思ったほどではなかったのだろうと、事態を甘く見ていたのだ。

 

 それが足が完全に消失していたと聞けば話は別だ。

 そんなものを治せるポーションは、普段四十階層を探索している彼らが手にできるような代物ではない。

 その上相手が強面の大男ときたら、血の気が失せるのも仕方がなかった。

 

 残りの二人も先ほどまでは気が動転していたから強気に出られたが、改めて観察してみれば、どう考えたってめちゃくちゃ強そうな相手である。とんでもない効力のポーションを持っていたことから、ジークが明らかに格上の探索者であることも分かる。

 

「助けてくれてありがとうよ……、ただ、その、ポーションはいくらするんだ」

「そ、そうだな、ちゃんと支払うつもりはあるぜ。ただ、今すぐってわけには……」

「支払いなどいらん」

 

 ジークの言葉に三人はさらに体を緊張させる。

 何かとてつもないことに巻き込まれるのではないかと不安になったのだ。

 

「それよりも……」

 

 探索者たちがごくりと唾を飲んだ。

 

「この辺りに出てくる魔物の情報を教えろ」

「……それだけか?」

「それだけだ」

「本当に?」

「本当だ」

「本当に本当か?」

「早くしろ」

「わかったわかった、ちょっと待て、落ち着け!」

 

 あまりにもしつこい確認に、ジークがやや語調を強くして表情を険しくすると、探索者たちは慌てて説明を始める。

 テルマはこんなことばかりしているから誤解をされるのだと思ったが、本人が特に他の探索者と慣れ合う気もないので、これくらいでちょうどいいのかもしれないとも思う。

 むしろ純粋な性格をしているから、あまり仲良くして利用されるようなことになってもよろしくない。

 

 テルマはなんとなくだが、ジークが他人と深く交流を持つようになった場合、そちらを守るために自分を犠牲にしてしまうような気がするのだ。

 何年もかけてテルマの父親たちの仇を討った時のように。

 

 そうなればきっとハンナやニコラは悲しむし、テルマだっていい気分はしない。

 折角相棒として隣にいるのだから、いい具合に調整をしなければ、とテルマは妙な決意を胸に抱きながら、探索者たちが落とす情報に耳を傾けるのであった。

 

 




あっ、私の書いている他作の新刊が出るので一応宣伝をば……
『私の心はおじさんである3』8/1
『たぶん悪役貴族の俺が、天寿をまっとうするためにできること2』8/29
でございます。
どうぞよろしくお願いいたします。
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