例えば人間みたいにさ 作:泡沫
pipipipipipi
「……ふぁ、〜、ぁ。もう朝…」
目覚まし時計のアラームがけたたましく部屋で鳴り響いていた。午前8時過ぎを指した針を眺めながら、また遅刻かと思わず溜息が漏れる。
顔を洗って、歯磨きをして。
どうせ今から急いだって遅刻は確定なんだし焦る必要はない。チンッと勢いよく焼き上がったカリカリのトーストに半熟に焼いた目玉焼きを乗せる。お隣さんは鶏でも飼っているのかってくらい定期的に卵をお裾分けしてくれる。親切な人だなと感心しながら、腐ると困るからいつも早めに処理するようにしていた。
よれたワイシャツから着慣れた白基調の制服に身を包み、ウェーブキャットさんのスリッパを脱ぎ白いスニーカーへと履き替えた。
今日も上手くやろう。
別の生き物になる為に、何度被ったかわからない仮面を手に取った。
いつも他人の目を気にして生きていた。
誰かの味方になって他の誰かの敵になるのは酷く怖くて、巻き込まれたり脅かされるのは嫌だった。取るに足らない存在だからこそ、踏み潰されるは呆気なく一瞬だと思うから。細やかに願う事すら不毛だと分かってはいても、出来るだけ摩擦のない透明な人生を歩めたらと願わずにはいられないのに、そう簡単にはいかないようだった。
「桐藤ヤナミさん、少しお時間を頂けるかしら」
各機関への資料を運んでいる最中に面識のない女子生徒らに取り囲まれ瞬く間に廊下の隅へと追いやられてしまった。クラスメイトかもしれないし他クラスの同学年の可能性もあるが、人の顔や名前を覚えるのは昔から苦手な為あまり自信はない。
「はい、勿論です。何かお困り事でし「お姉さまの様に突出した才能もない貴女がどうしてティーパーティに所属できたのかしら」
「お姉さまはあんなにも素晴らしい方ですのに」
「成績も功績も取り立てて平凡な彼女が…ねぇ?」
「やはりお姉さまがあの方だからでしょう」
「あら、言っては可哀想よ」
「けれど事実でしょう?」
「………」
どうやら彼女たちにとって私は目の上のたん瘤の様な、そんな煩わしい存在の様だった。権力争いの絶えないトリニティでは馴染み深いよくある光景だ。
こうした事態に晒された被害側の相談にも乗った事もあり、同時にどう対処されたのかも間近で見ていたので良く知っている。
しかしいざ自分が渦中の当事者になってしまえば何だかだらんと気が抜けてしまう。あまり重要な案件には感じないし、彼女たちの言い分にも尤もだと思うから。
「皆様に私の至らない所でご不便をお掛けして申し訳ありませんでした。貴重なご意見としてティーパーティの方々に報告させていただきますので、何卒ご容赦をいただけますと幸いです」
深く頭を下げるのを忘れず丁寧に謝る。
実力の伴わない人物に我が物顔で上へ立たれるのは良い気はしないだろうしね。
「あなた…っ、プライドはないんですの!?」
「……え」
どうやら予期せぬ地雷を踏んでしまったらしく、信じられないといった表情で怒りをあらわにした。いや、これは……怒りというよりはどちらかというと、ショックを受けている……?
いや、わからないな。いったいどうしたって彼女たちは「衝撃を受けた」みたいな顔をしているんだろう。彼女たちの望む様に演じた筈なのに。
「……もう結構です」
「ほら、言ったでしょう? ヤナミさんはおかしいと」
「…えぇ、そうですわね。もう行きましょう」
「ティーパーティの方々は一体何を考えているんだか」
「……っ」
もしもクラスメイトだったら申し訳ないなと考えながら出来るだけ対応を間違えない様に丁寧に接したつもりだったけど、それが気に入らなかったのだろうか。顔を顰められそそくさと離れていってしまった。
きちんと気を付けたつもりだったけど、どうしてだろう。
「……また間違えちゃったのかな」
◻︎ ◻︎ ◻︎
「私よりも適切な人材が居る現状では周囲に誤解を招いてしまいますし、現に悪影響が出てしまっている現状です。引き継ぎの資料は既に作成済みですので、本日付けでティーパーティを辞職したいのでサインを頂けますか」
「……何の話かと思えば聞くに値しない話でしたね。私の采配に意義を申し立てるのを許可した覚えはありませんよ。到底認められませんし、その引き継ぎの資料はその辞表届と共に処分して頂けますか」
現在トリニティで実質的な実権を握っているティーパーティの現ホストである桐藤ナギサは深い溜息を吐きながら私の作成した資料を片目にキッパリと断った。これで2回目の打診となるが、この様に全くと言っていい程相手にされず、なかなか首を縦に振ってはくれない。
「……わかりました」
「この話はこれで終わりです。そんな事より、明日より来られる予定のお客様の相手をお願い出来ますか?」
「はい、わかりました」
まるで取り付く島もないな、と少しだけ気落ちした面持ちでとぼとぼと部屋を後にする。
相変わらず空気は冷え切っていて、口調も大理石の様に硬いし、やっぱり一度だって目を合わせてはくれなかった。姉さんは相変わらず私を嫌いで、私はそれに罪悪感を感じずにはいられなかった。もっとより良い家族であったなら良かったのに。
「嫌っている相手を側に置きたがるのってやっぱり監視目的だよなぁ……」
そりゃあ人間に擬態する様な身内を放っておいても不利益にしかならないし、当然なんだろうけども。
生きる為に始めた擬態は色んな人を観察しながら最適化し続けて、今や両親や友達と呼ぶべき人達にもまだ気付かれずに済んでいる。だから今日は少し焦った。もしかして知らず知らずの内に緩んでいたのかな。気を付けないと。
別に誰かに必要とされたい訳ではない。誰かと仲良くなりたい訳でも、尊敬に値する存在になりたい訳でもない。ただ健やかに、植物の様に静かな暮らしをしたいだけ。出来る事なら誰の邪魔にもならず邪魔もされず、誰の記憶にも留まらず、穏やかに生きていたい。
その為には上手く人間の様にならなきゃいけない。バレない様に必死に皮を被ったのにただ1人だけ、姉さんだけは一瞬だって騙されてはくれなかった。
端正な顔を歪ませてしまうくらいに私の本性は悍ましいのだろう。仕方のない事だ。どうせ卒業したら家から自立するつもりだし、その後は会う事もないだろうから放っておいてほしいんだけどそうもいかないよね。
円満な自立の為、それまでは無闇矢鱈と刺激して怒らせない様にしないと。
「……それはそれとして、トリニティにお客様なんて珍しいな」
それもこんな時期に。
◼︎ ◻︎ ◻︎
桐藤ヤナミちゃん。
親友の実の妹で、見た目は髪の色以外はあんまり似てない。平均より少し小柄。普段から滅多に喋らなくて、基本的に聞き役に徹する様な大人しい子で存在感が殆どない。普段何をしているのか何が好きか、当然趣味なんてのも全然想像付かない。
ナギちゃんの妹にしては面白みのない子だなって思っていた。なんならナギちゃんとのお茶会で議題に上がるまで名前すら全然覚えてなかったくらいだ。
何度か家に遊びにいった事はあるけど数えるくらいしか交流はない。最初こそあのナギちゃんの妹という事で気になってちょっかい掛けたりしていたけど、返ってくるのは当たり障りのない内容ばかりで、まるで予め用意されてるフォーマットに添った返事ばかり聞かされてるみたいで直ぐに飽きて話し掛けなくなったのは今でも覚えている。
姉妹間での交流はかなり希薄みたい。話題に出しただけで顔を顰めるくらいなのに、どうしてあの子をティーパーティに所属させたんだろうって不思議に思っていたくらいだ。
何か功績を残した訳でもない、実力もない生徒を入れてしまえば身内贔屓として周囲から反感を抱かれかねないという意見があったのを全部跳ね除けてしまったのもあってあの子にティーパーティでの居場所はないに等しい。
「そういえば今日、あの子が上級生に絡まれててさぁ〜……あ、もちろん困っていたら助けてあげようとは思ってたよ?」
ナギちゃんの部屋でいつもみたいにお茶会を開いて、1つだけぽっかり空いた空席に後ろ髪を引かれる気持ちになりながらもあの子の話題を出すと、分かりやすくピシリとティーカップに口を付けたまま固まるナギちゃん。そんな睨まなくてもいいのに。
「ま、そもそもヤナミちゃんには全然相手にされてなかったし、上級生たちも直ぐに尻尾巻いて逃げちゃってたから大丈夫っ⭐︎ マトモな思考であの子に勝てる訳ないのにね〜」
事実、あの子はそもそも勝負とすら思ってないのだろう。貴重な意見をくれた一般生徒、くらいの認識で。人の真似をする癖にちっとも人の事を分かってないお馬鹿さん。
「こほんっ、……ミカさん。その時の状況を詳しく説明していただけますか?」
「怖っ、別にいいけど⭐︎」
笑顔で怒る、みたいな高等テクニックを披露するナギちゃんはティーカップを置き不快さを隠そうともしない。本気で怒ってる時のナギちゃんってあんまり近付きたくないんだよなぁ。飛び火しそうで。
それにしたってあれは気持ちの良いものではなかったな。
──お姉さまの様に突出した才能もない貴女がどうしてティーパーティに所属できたのかしら
──お姉さまは素晴らしい方なのにねぇ?
──やはりお姉さまがあの方だからでしょう
──あら、言っては可哀想よ
──けれど事実でしょう?
寄ってたかって入ったばかりの新入生を虐めて嗤っていた。現ホストのナギちゃんの実の妹と知ってこの態度なら心臓に毛が生えている所じゃない。ナギちゃんとヤナミちゃんの仲が良くないのはある意味有名な話だけどさ、見逃してくれるほどナギちゃんは優しくないのにね?
ヤナミちゃんはどうするんだろう? と、ふと気になって動向を眺めていたらいつもと変わらない表情で、普段と同じトーンで、まるでこれも業務の一貫とでも言う様に対応してしまった。
誰がどう見てもおかしい事を言っているのはあの人達の方で。ヤナミちゃんは何も悪くないのに。ごめんなさいって腰を折って丁寧に謝って……。
あー、こういうのなんて言うんだろう。
そう、すごく
「……気持ち悪いなぁ」
「? ミカさん、何か仰いましたか?」
「ううん、なんでもないよっ⭐︎」
まさか評価だけでなく感想までいただけるとは思わず嬉しい限りです。
更新も不定期で、あまり透き通っていない所か淀んだドブの底で良ければ今後ともお付き合いいただければ幸いです。
つきましては次回登場予定の先生の性別についてご意見をいただけると嬉しいです。ただ、ストーリーが進行していく中で仲良くなる事はあるかもしれませんが、先生と特定の生徒が付き合ったりなんて事にはなりませんし、あくまで生徒と先生の関係を崩すことはしません。
足を舐める? はて……何のことやら。
2025/01/16 誤字の修正
2025/02/28 越しの修正、一部台詞の改変
先生の性別および年齢について
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男(20台)
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男(30台)
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女(20台)
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女(30台)