例えば人間みたいにさ 作:泡沫
私は湖畔に横たわっていた。
音という概念が薄く波紋すら立たない。水は澄み切っていて、足首まで沈んでいる筈なのに冷たさだけが希薄だった。砂利や小石は底まで見えている。それなのに深さの感覚だけが曖昧で、どこまで沈めば境界を越えるのか分からない。
起き上がるという発想はあるのに、身体はそれに応えなかった。どうにも関節が重く、筋肉が役目を忘れたかのようにピクリとも動かない。
頭の下には慣れた感触があった。柔らかく、不安定で、何度もこうして預けていた感触。体を支える位置も力のかけ方も記憶の中の寸分と違わない。
しばらくの間、私はそのまま動かなかった。水の音も風の気配もなく、ただ静けさだけが延々と続いている。自分が横になっているのか、沈んでいるのかさえ分からなくなって、それで構わないと思ってまた深い眠りに入ろうとした時、ふと、指先が髪に触れた。
正確には撫でるというより、絡まったものを解くみたいに一定の速度で髪に指を差し込み梳いていた。その感触に促されるように私はゆっくりと瞼を開き、視線を上へと向けた。
淡い光を背にした輪郭が最初に目に入った。流れる金色の長髪。白と青を基調とした色合いの衣服。頭の両側には大きな狐の耳があり、時折ピクリと何かに反応する。
「こら」
視線が絡み合う。
穏やかな目だった。感情を覗き込むというより長い時間をかけて観測してきた対象を見つめる様な目がすっと細められた。
「そろそろ起きたらどうだい?」
彼女の膝の上に、私は頭を預けて横たわっていた。俗に言う膝枕という体勢で。
「……セイアお姉ちゃん」
私の声に彼女は小さく息を吐いた。笑ったのだと分かった。指先が私の髪を撫でるその動きは一定で、甘やかされているのと同時に、穏やかな感情が胸を満たしていく。
昔からこうだった。夢の中で会う度にセイアお姉ちゃんは無条件で私を甘やかし、何も言わずに頭を撫でた。叱る時も、慰める時も、変わらない距離感でいつも接してくれた。
セイアお姉ちゃんは私に起き上がるよう促している様だったが、私の方は起き上がろうとはどうしても思えず、体が気怠いという理由を言い訳に湖の静けさに溶け込んでしまいそうだった。
「来る度に物が減っていくね。以前はここに椅子とテーブルがあっただろう」
セイアお姉ちゃんは穏やかな顔でそう言って、湖面へ視線を向けた。水は相変わらず静かで波一つ立たない。足首までしか浸からない程の浅瀬なのにその境界は曖昧で、うっかりすると沈んでしまいそうな錯覚を覚える。
「夢に来る度にいつの間にか消えてたんだ……私にもどうしてか、わからない」
「……君は誰もいない世界を夢見る癖に、外界からの侵入を簡単に許してしまう。そこが少々困ったところだね」
胸の奥がざわりと波立つ。
言葉の意味自体は理解できる。ここが安全な場所で、静かで、誰もいない世界として作られていることも分かる。けれどその部分のどこに苦笑する要素があるのかが分からなかった。
私はまた、知らず知らずの内に何かしてしまったのだろうか。自覚のないまままた誰かの期待や前提を裏切ったのではないか。そういう不安だけがいつも一拍遅れて心臓を締め付ける。
何も言えずに黙っているとセイアお姉ちゃんは小さく息を吐いた。何処か困ったような気配だった。
「話は最後まで聞きたまえ」
声の調子が、少しだけ変わる。叱責ではないが、釘を刺すような言い方に思わず身を正してしまう。
「主観で全てを決めつけてしまうのは君の悪い癖だ。私はまだ結論を述べていないだろう?」
どうやら私は早合点していたらしい。セイアお姉ちゃんはもう一度湖面を見つめてから、ゆっくりと言葉を選びながら紡いでいく。
「結論を先送りにすれば君はまた不安になるだろうからね。ここは簡潔に述べるとしよう。つまり私はこう言いたかったんだ。今やここだけが君の安心して眠れる唯一の場所になってしまったと。私はそれが少しだけ寂しい」
「寂しい…?」
セイアお姉ちゃんの言葉は表面を撫でるだけでは裏に隠された意味までは拾えない。穏やかな声音の奥に何時ももう一段深い言葉が沈んでいるような気がして、私はそれを見落としているのではないかと焦ってしまう。これは夢なのだから、深読みする必要なんてない筈なのに。それでも、セイアお姉ちゃんの声が普段より少しだけ緊張しているのを私は直感的に察してしまっていた。
現実ではあり得ない静けさも、足首までしか沈まない透明な海やまるで音が存在しないかのような世界も。全てが作られた、現実には存在しない蜃気楼だという事はわかっている。
ここは私が安心して眠るために作った一時凌ぎ。逃げ場であり、止まり木であり、外界から切り離された安全な舞台裏でもある。だからこそ。
「……眠るのは、あまり好きじゃない。目を閉じると、現実と夢の境目が分からなくなるから。どこまでが私の思考で、どこからが勝手に作られたものなのか。まるで判断がつかなくなる」
視線を湖面に落とす。無色透明の水は静かで何も映さないから、見たいと思ったセイアお姉ちゃんの表情すら確認できなかった。
「起きている間は、まだ誤魔化せるけど。考えないようにするとか、理解した振りをするとか。分かったつもりで、距離を取ることだってできる」
まるで1人芝居の様に言葉に感情が乗っていって、それが酷く滑稽なように思えて涙が出そうになる。とっくの疾うに枯れてしまったと思っていたのに、私はまたその人間的な凹凸に縋ろうというのか。
「でも、夢ではそれができない。感情が整理されないまま浮かび上がっては、どれが本物なのか見分けが付かなくて、一番揃っていて口当たりが良いものを選びたくなる」
指先に力が入る。それが自分の気持ちなのか。誰かから借りてきた感情なのか。それとも最初からこの夢の様な、ただの錯覚だったのか。
区別がつかないまま全てが同じ重さで胸の内側へ沈んでいく。その感覚が胸が軋むほど恐ろしかった。この夢の光景はそうした私の願望が形を成した棺なんだ。息が出来なくなるほど肺に水が入って、咽せる程に空気を取りこぼして塵の様に死んでいきたかった、私の願いを。
指先に無意識に力が入った。掴んでいるものがある訳でもないのに、何かを逃がさないように、あるいは押さえ込むように指が軋む。力を入れていないと輪郭まで溶けてしまいそうで、いっそ死んでしまいたいのに、そんな度胸などない体が拒絶する。
「だから眠るのは嫌い。そこがどんなに良いものだとしても、夢は夢だから」
目を覚ました時、何も変わっていないのが分かってしまうから。それがどれだけ空虚で虚しいか。
ふと湖の向こうを見た。遠景は存在せず、空と水が溶け合ったような矛盾した都合の良い世界。上下の区別がなく、どこまでも広がる青い空が嫌いだった。それなのにどうしてか思い浮かぶのはいつも澄み渡った青い空で、何だか自分の矛盾した本音を突き付けられたようで嫌になる。
「……セイアお姉ちゃんは」
言葉にしようとして、一度喉の途中で止まった。簡単な筈なのに、どうしても慎重になってしまう。ここが夢だからなのか。それとも相手が彼女だからなのか。
「襲撃に遭って亡くなったって、姉さんから聞きました」
他でもない、聖園先輩の手によって。
声は思っていたよりも平然と出てしまって、胸の奥に沈殿したものが僅かに揺れる。まるで濁った感情が触れられた拍子に、ふっと浮き上がるみたいに。
セイアお姉ちゃんはすぐには答えず、湖面に視線を落としたままほんの一拍だけ間を置いた。
「結果としてそうはならなかった」
やがて静かな声が返ってきて、かえって現実味のない言葉で胸へ刺さる。
生と死。そういう単純な二分法では語れない何かを、セイアお姉ちゃんは当たり前のように前提にしている気がした。なんとも言えない歯切れの悪さを感じて、ただ黙って彼女の横顔を見つめてしまう。
「ヤナミ」
セイアお姉ちゃんは、私の名前を呼んでから、少し間を置いた。いつものように即座に言葉を続けない。その沈黙がこれから告げる内容の重さを示している気がして胸の奥が脈動する様に波打った。
「思えば君は昔から物事に距離を取る癖があった。他者の感情に踏み込みすぎないように。或いは痛みに巻き込まれないように。そうやって、少しずつ後ろへ下がる術を選んできた」
胸の奥が、僅かに軋んだ。
「他者の痛みを自分の痛みとして感じることができない。人が美しいと感じるものを、同じ温度で美しいとは思えない。君は受け入れられないかもしれないが、それ自体は大した欠陥ではない」
事実を並べているだけなのに、その向こう側に別の意図が透けて見える。きっとセイアお姉ちゃんは怒っているんだ。
視線が、私へと戻る。
「だが、最近の君は特に歪だ。受動的だったこれまでの君に対し、自分から足を運び、今まで世話になった人々に自発的に会いに行っている。自分から距離を詰めることを殆どしなかった君がだ」
水面に淡い光が揺れる。それが彼女の目に映っているのかどうかは分からない。
「理由を問われれば、手伝いだとかお礼だとか、もっともらしい説明はいくらでもできるだろう。だが私の目にはまるで、別れを告げて回っているような違和感があった。もしや次の瞬間には私の墓前にでも花を添えに来るのではないか、とね」
いっそ否定してくれとでも言う様に、セイアお姉ちゃんは大袈裟に冗談めかしてそう言った。
「だからこうして君の夢へ侵入した。もちろん、土足で踏み荒らす様であまり褒められたものではないがね」
淡々とした言葉の裏に無視できない焦りが滲んでいるのが分かって、逃げ場のない迷路に閉じ込められた気分になって、私はつい視線を逸らしてしまう。湖底の砂がやけに遠く感じてしまう。足元にある筈なのに、まるで手を伸ばしても届かない距離にあるみたいだった。
セイアお姉ちゃんが、私を責めていないことは分かっている。それでも見透かされた事実そのものが胸を締めつけて息苦しい。
「……分かってる」
無言の空間が耐えられなくなって、私は絞り出すように言った。理解しているというより、理解していることにしているだけだと自分でもとっくに分かっていた。
「だとしても、実感が伴わなくて。だから……たぶん、人として欠けているから。だって私は──」
「それは違う」
セイアお姉ちゃんは私の言葉が完全に終わる前に否定した。
「君は感情を共有することが不得手なだけだ。だから決して自分自身の感情を持っていない訳ではないし、喜びも嫌悪も、恐れも。君は何気ない日常できちんと感じている筈だ」
湖面に映る光が僅かに揺れた気がした。
「……そう見せているだけかもしれないよ?」
私はもう自身の感情すら上手く捉えられなくなった。
「確かに、それを否定する術は私にはない。或いはただの自己防衛に過ぎなかったのかもしれない。しかしそれが全てでもないだろう? 多くを占めているのは他者への配慮の筈だ。君は自分が同じ温度で感じられないと知っているからこそ軽率に踏み込まない。相手の痛みを軽んじないという多くの人が忘れがちな配慮は君の中では当たり前だった」
私は視線を逸らしたまま、何も言えずに湖底を見つめる。遠く、手の届かない場所にある砂が少しだけ滲んで見えた。
それが嬉しいのか、怖いのか。自分でもまだ判断がつかなかった。
「たとえ理解できなくても」
声が自分でも驚くほど酷く落ちた。意図して言葉を選んだわけではなかった。ただ考える前に口が動いていた。
「きっといつか、理解できる日が来ると……そう信じたかったんだと思う」
胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ押し上げてくる。
「分かってるふりをして、分かったつもりの言葉を吐き続けて。そうしていれば、いつか本当に分かるようになるんだって」
視界が波の様に揺れて、喉の奥がひりついて不快だった。
「でも……そんな日はついぞ訪れなかった」
視線を落とす。湖面は静かなままだ。けれどそこに映る自分の輪郭だけが歪んで見えた。
「吐き続けた嘘が誠になる日なんて来なかった。ただ、溜まっていく水にじわじわと溺れる日々が続くだけで……結局……姉さんにも、嫌われてしまった」
言葉が、勝手にこぼれ落ちていく。
言い切った瞬間、必死に蓋をしていた感情が泡の様に吹き出してしまう。さざ波とも言えないほどの小さな揺れだったかもしれない。私の心拍に引きずられたみたいにようやく息継ぎが行えた気がした。
「踏み込めば理解できない事が露呈する。期待すれば裏切られるかもしれない。しかし現実は君の本心に沿わないことばかりだった。そうして君は、諦めることを選んだ。その方が期待して傷つかずに済むからね」
横髪を優しく耳へとかけられ、交わった視線がふっと優しげに細められてしまう。
「君は否定するかもしれないが、少なくともナギサは君を嫌ってはいない」
「それこそ、セイアお姉ちゃんの主観でしかないよ。姉さんの冷たい視線を知らないから……」
確信めいた言葉に驚いてしまう。言葉の端や声の奥にも迷いはない。含みも逃げ道もなく、曖昧さというものが最初から排除されている。ただ事実として提示された結論。疑う余地がないからこそ、否定することも聞き流すこともできない。私は、その言葉を受け取るしかなかった。
「外から見れば驚くほど単純なことでも、当人の目には遮るものが多すぎて、きっと霞んでしまうのだろう……ナギサは、君との距離の測り方を見失っているだけだ。不器用に身を引いたその在り方は、君が誰かを思いやる時の態度とよく似ている。血は争えない、ということかな」
湖面の揺れがゆっくりと収まっていっても、私はまだその言葉を信じきれずにいた。けれどセイアお姉ちゃんはそれ以上追及しなかった。
ただ、黙ってそこにいてくれる。それがどれほど救いになっているのかすら、私はまだ言葉にできないでいるのに。
「ナギサがエデン条約を進めているのは君の為だ」
セイアお姉ちゃんはゆっくりと言葉を区切りながらそう告げた。長い時間をかけて積み上げた観測結果を、慎重に並べるような口調だった。
「成功するかどうか分からない交渉だ。むしろ失敗に終わる可能性の方が大きい。それでも彼女は、睡眠を削り身体を酷使しながら、その道に執着している」
静かな世界の中で、その言葉だけが確かな重さを持って落ちてくる。
「君の役目は、ナギサがそこまでしている理由から目を逸らさないことだ。逃げることに慣れてしまった人間は、いつの間にか考える事すらも放棄する。距離を取る事だけが配慮ではないと知るべきだ」
胸の奥が、きしりと鳴った。セイアお姉ちゃんの言葉が逃げ道を塞ぐように重くのしかかって来る。
「先の未来が見通せず、恐怖に足がすくんでしまうのは仕方のないことだ。人生は競争ではないのだから、時として逃げるという選択も良いだろう。だが、それを理由に来た道をそのまま引き返してしまうには余りに勿体無いと思わないかい?」
言葉が津波の様に感情をより戻していく。私はまだ何も準備が出来ておらず黙ってその言葉を聞いているしか出来ない。
「…………」
ただ黙って湖を見つめるしかなかった。その水面に映る自分の姿が酷く矮小に見えて仕方がなかった。
「……セイアお姉ちゃんが見た私の未来は、どんな形をしていたの?」
声を出した瞬間、自分でも驚くほど喉が渇いていることに気付いた。言葉を選んでいるつもりだったのに、結局は一番避けてきた問いに辿り着いてしまう。
「これから私が受けることになる結末と罰は、どんなものだった?」
セイアお姉ちゃんはすぐには答えなかった。私の髪を撫でていた指が止まり、湖面へと視線を落とす。その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。今この場ではなく、過去でも未来でもない、別の場所を観測しているような目。
「知りたいかい?」
「……、」
問い返されて息が詰まった。知りたいと思った筈なのに、いざそう言われると胸の奥で何かが抵抗する。それでも、私は小さく頷いた。
セイアお姉ちゃんは、ほんの僅かに眉を寄せた。それは答えるべきかどうかを最後まで迷うときの表情だった。
やがて、低く抑えた声で語り始める。
「ヤナミ、君が死ぬ未来を見た」
ああ。
「はぁ……納得した様な顔をするな。君の死は私にとっても取り返しの付かない喪失だと知るべきだ」
「……ごめんなさい」
「悪いと思っていない癖に謝るな。まったく……本当に君にはつくづく…」
セイアお姉ちゃんの言葉は途中で途切れてしまう。指先が私の髪に触れる。今度は撫でるというより、そこにいることを確かめるような短い接触だった。
「……セイアお姉ちゃん、泣いてるの?」
沈黙が落ちる。指摘されたのを罰が悪そうに目を逸らすセイアお姉ちゃんにまた胸が痛んだ。
湖は相変わらず澄んでいて、足首までの浅瀬のままだ。溺れることはない。けれど何処にも辿り着かない水の中に、ずっと立ち尽くす未来がはっきりと想像できてしまった。
たまらず目を閉じる。
……なるほど。
確かに、これは私にとって一番残酷で一番現実的な罰なんだろう。
「気にするな。未来を見た後はいつもこうなんだ……」
セイアお姉ちゃんは、そう前置いてから言葉を続けた。
セイアお姉ちゃんは、眉を下げた。困ったようでもあり、悲しそうでもある。湖面を見つめる視線は静かだったが、何処か焦点が合っていない。ここではない何処か。過去でも現在でもなく、既に何度も見てしまった未来の残像をもう一度なぞっているようだった。
それでもセイアお姉ちゃんが私の夢にまで踏み込んで、こうして言葉を尽くそうとしている事実は消えない。
……逃げるだけなら、きっと簡単だ。誰も傷つけないための選択だと自分に小狡く言い聞かせることもできる。それでも胸の奥にはっきりとした恐怖が生まれた。今まで感じたことのない種類の輪郭のある恐怖だった。
「ヤナミ。何もかもが手遅れになる前に、ナギサと話すべきだ」
「……姉さんと…」
声に出した瞬間、言葉が形を失っていくようだった。頭を撫でていた指先がふと離れた。さっきまで確かにあった温度が消え、膝の感触だけが残って、その小さな変化が妙に大きく感じられた。
「でも、今更……」
「それでも話すべきだ。どうせ君たちは喧嘩すらまともにしたことがないんだろう?」
確かにそうだ。意見をぶつけ合った事も、感情を剥き出しにしたこともない。衝突する前に何方かが距離を取ってしまうから。傷つかないために。嫌われないために。そうやって、何も起こらなかったことにしてきたんだ。
「さぁ、もう目覚める時間だ。君ならきっと、後悔しない選択ができる筈だ」
湖の光が強くなり、世界の輪郭が滲む。
次に目を開けたとき、見慣れた天井があった。夢の湖のような曖昧さはなく、逃げ場のない現実そのものの変わりない風景。
身体は重かった。
鉛を詰め込まれたみたいに動きが鈍く、指先まで感覚が戻るのに時間がかかる。頭の奥が鈍く痛む。昨夜の会話が、夢だったのか現実だったのか判別できないまま内容だけがはっきりと残っている。
起き上がろうとして、やめた。天井を見つめたまま呼吸を整える事に専念する。
外は朝だろう。カーテン越しの光が差し込んで薄暗い部屋を微かに照らしている。
憂鬱な朝だった。胸の奥に沈んだ言葉が、まだ重たい。直接聞け、手遅れになる前になんて。
分かっている。
頭では、とっくに。
期待して信じて。それでもし何も返ってこなかったら?
その想像だけで簡単に足が竦んでしまう。だからずっと距離を取る方を選んできたのに。それが間違いだったのだろうか。
けれど、それができたなら。
本当に、聞く勇気があったなら。
とっくに私はこんな場所になんて居なかった筈なんだから。
先生の性別および年齢について
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男(20台)
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男(30台)
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女(20台)
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女(30台)