Kuschel   作:小日向

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010 放課後の屋上

 集合時間の10分前に第三訓練場へ足を運ぶと、ミツハが一番乗りだった。神機整備場から訓練場は階層が近かったためすぐに来られた。

 5分ほど一人で待っていると、訓練場の扉が開く。

 

「おはよう、ミツハ。早いね」

「一番乗りじゃん、気合い入ってんなー!」

「あはは、おはよ〜。訓練って何するんだろうね?」

 

 やって来たユウとコウタと挨拶を交わし、話をしていると9時ちょうどに再び扉が開く。ツバキが訓練場に入り、ミツハたちは整列して背筋を伸ばした。

 

「よし、全員揃っているな。それでは、本日の予定を説明する。午前はここ、訓練場で基礎体力の強化をした後、神機を用いて仮想アラガミとのホログラム演習をしてもらう。午後は第八ブリーフィングルームで兵法などの座学を行う。昼休憩は一二〇〇(ヒトフタマルマル)から一時間、終了予定時刻は一七〇〇(ヒトナナマルマル)だ。いいな?」

 

 はい、と揃って返事をする。学校みたいだとミツハは思った。

 

 まずは基本の体力測定をするようで、毎年5月の体育の時間に行われる体力テストと同じような種目をこなしていく。去年、これが人生最後の体力テストだからと張り切って種目に挑んだが、中学時代運動部だったにしては物足りない平均的な記録で終わった。

 

 しかし今、その記録を大幅に超える記録を更新する。50メートル走も立ち幅跳びも常人ではあり得ない記録を叩き出していた。更に体力の回復も早い。息切れをしてもすぐに治まり、また全力で身体を動かすことができるのだ。

 

「すっげー……俺、本当にゴッドイーターになったんだなぁ……!」

 

 コウタが感慨深そうに言葉を吐いた。種目を全てこなし、小休憩中に飲料ゼリーを吸い上げながら雑談に興じる。この後は基礎体力の強化として走り込みなどトレーニングをするそうだ。

 

 三人の中で記録が頭ひとつ抜けていたのはユウで、ミツハはコウタより少し劣る記録をしていた。偏食因子との適合率の高さが体細胞の強化に直結するとツバキが説明する。つまりユウは適合率がすこぶる高いのだろう。

 

 ミツハも適合率は高いが、偏食因子が二人とは違う。資料によるとP15偏食因子の体細胞の強化はP53と同程度かそれ以下とあったため、記録が劣ってしまうのは仕方がないだろう。

 

 コウタは体力測定の結果を見て、ユウに負けたことを悔しがっていた。

 

「チックショー、でも適合率は先天的な素質だからどうしようもないもんなー……」

「確かに適合率の高さは有利となるが、戦場はそれが全てではない。経験や学習によって培われる技術や判断力は別物だ。それがどういうことかはわかるな?」

「……努力次第ってことですよね、ツバキ教官!」

「フ、そのとおりだ。そのために鍛錬を惜しむなよ。休憩を終えたら腕立て千回だ」

「千回!?」

「千回ですか!?」

 

 ツバキとコウタの会話から耳を疑う言葉が聞こえ、思わずコウタと同じ反応をした。ヤケクソのような数字に目を剥いたが、「甘ったれるんじゃない!」とツバキに一喝されてしまった。

 

 

 

 地獄の訓練が終わり、昼休憩を挟んで午後はブリーフィングルームで座学の時間だ。兵法やアラガミの特徴、戦闘時の立ち回りなどについてツバキが教鞭を執る。

 

 長時間座って勉強するというのはユウたちには馴染みが無く、特にコウタはすぐ机に突っ伏してしまっていた。

 

「無理……課題があるって信じらんねぇ……神機使いってもっと身体動かしてなんぼのもんだと思ってた……!」

「さっきツバキ教官が言ってた『学習』の部分が早速きたね。でも、新しいことを覚えられるのは楽しくない?」

「ユウ、お前優等生だな……」

 

 コウタとユウの会話が耳に入り、ノートをまとめる手を止めた。今は10分休憩の時間でツバキも席を外しており、部屋には三人しか居ない。講義中寝ていたコウタはすっかり元気になっており、真っ白なノートを渡された課題に頭を抱えていた。

 

「どーしよ……ミツハ! ノート見せてくれ!」

「いいけど、あんまり綺麗じゃないよ」

「……いやいや! めちゃくちゃ綺麗にまとめてあんじゃん! すっげ!」

「本当だ。ノートの取り方にも上手い下手ってあるんだなぁ……」

「え〜、おだてても何も出ないよ〜? あ、マーカーなら出せる。こうやって色分けすると見やすいよ」

 

 あまりのベタ褒めに気恥ずかしくなる。ノートのまとめ方が特別に上手いわけではないと思うのだが、二人に比べてミツハは12年も学校に通い授業を受けていたので、当然差が出てくるのだろう。

 

 ノートを写すコウタを見ていると、学生気分に戻ってしまう。学校を休んだ日のノートを友人から見せてもらって書き写した在りし日を思い出した。

 

「ミツハって学校に通ってたんだっけ?」

 

 ユウの言葉にミツハはどきりとした。過去から来たことを知らずのうちに口を滑らせたのかと焦ったが、内部居住区に住んでいたと説明していた。内部居住区に住める人間は限られ、そういった人間はこの世界でも学校に通えるのだった。

 

――そうだ、そういう『設定』だった。

 

「そうだよ〜。小学校から高校までだから、12年通ってたよ」

「12年も!? え、そんなに何を勉強すんの? つか学校ってどんな感じ?」

「五教科……ってわかる?」

「わからん!」

「国語数学理科社会英語の勉強を主に? 学年が上がるにつれて難しくなって、今みたいに50分授業を受けて10分休憩してまた授業ーって感じかな」

「うへぇ……座りっぱなしなんだ……」

「うん。だから座学はなんか、こう、馴染む」

「……僕も後でノート見せてもらっていい?」

 

 ユウもあまり自信が無いらしい。「いいよ」と頷けば、ユウは礼を言ってはにかんだ。

 

――なんかお姉さんしてる感じする〜!

 

 三人の中ではミツハが一番年上なのだ。この世界のことに関しては二人のほうが先輩だが、こういった点なら頼れるお姉さんになれる気がする。気を良くしたミツハは、次の講義ではいつも以上に綺麗にノートをまとめた。

 

 時計は17時を回り、一日のカリキュラムが終了する。机から解放されたコウタは嬉しそうにブリーフィングルームを飛び出し、自販機でジュースを買って喉を潤していた。

 

「なぁなぁ、気分転換に屋上行かね?」

 

 コウタの提案に二人は頷き、エレベーターに乗る。ブリーフィングルームは地上にあるのでエレベーターを乗り換える必要も無く、一直線で屋上まで昇る。数百メートルを一気に上昇したため、いくらエレベーターに気圧制御装置が付けられているとはいえ耳が詰まったような感覚が起きる。

 

 そうして屋上に着き、エレベーターの扉が開く。オレンジ色と強風が飛び込んだ。

 

「わ、眺め良い〜。てかめちゃくちゃたかーい!」

「外部居住区一望できんじゃん!」

「壁の外もよく見えるね」

 

 夕焼け色の空の下はバラック小屋が並ぶ外部居住区が1.5キロほど先まで広がっており、対アラガミ装甲壁にぐるっと囲まれていた。

 

 そしてユウが言ったとおり、壁の向こうもよく見えた。見渡す限りの荒野と廃墟が続き、かじられた高層ビルや倒れた建物の残骸が無惨にも沈黙している。それが途切れるとあとは荒れ果てた大地が広がっていた。

 

 柵に捕まって見慣れない景色を眺める。本当に映画を見ているような気分だ。思わず身を乗り出して見てしまい、「危ないよ」とユウに注意されてしまった。

 

「ごめんごめん、壁の外の景色が珍しくてつい」

「でもテンション上がっちゃうのわかるよ。俺もいつも見上げてたとこに居ると思うとワクワクするし! あ、俺の家はあの辺な!」

「僕の家は反対側のほうだね」

 

 あの辺りにある空き地でよく遊んでいた、あの辺に住んでる親父が凄く怖かった、などの外部居住区の話を聞きながら相槌を打っていると、ヘリの音が近づいてくる。

 

 風が強まり、音も大きくなる。屋上はヘリポートとしても使われており、任務へ赴いていた神機使いたちが帰ってくるのだろう。下手に動くのも邪魔になるため、柵に掴まったままヘリを眺める。

 

「あ、第一部隊の人たちだ」

 

 ユウの言葉どおり、ヘリから降りてきたのはリンドウ、サクヤ、ソーマの三人だ。第一部隊は『討伐班』とも呼ばれており、その名のとおり人々を脅かす大型アラガミの討伐を主に従事している。極東支部における主戦力を担っているらしく、とどのつまり凄腕の神機使いだ。

 

 特にリーダーを務める雨宮リンドウは、神機使いとして10年も生き抜いているベテランだ。彼と共に任務に出撃した者は生還率が90%であり、他部隊と比べても圧倒的に高いという。そして階級は少尉。現在極東支部に所属する現役の神機使いの中で一番高い階級らしい。

 

 新人三人に気づいたサクヤが手を振り、リンドウが声をかける。

 

「この前の嬢ちゃんじゃねえか。神機使いになったんだってな」

「はい! 先日はありがとうございました」

「民間人を助けるのが俺らの仕事だから気にすんな。……って、お前ももうこっち側か」

「すぐ実地演習があると思うけど……ツバキ教官の訓練はしっかり受けるのよ。それが生死の分かれにもなるんだから」

「ま、姉上の訓練は厳しいだろうがしっかりやれよ」

「はーい、頑張ります!」

「ふふ、みんな頑張ってね」

 

 柔らかく微笑んだサクヤに思わず惚ける。「それじゃあね」と手を振って背を向ける二人を見送ると、先にエレベーターに向かっていたソーマと目が合う。その眼差しは鋭い。遠目からだが、苛立たしげに睨まれていた気がする。

 

――怖ぁ……。

 

「ミツハ、知り合いだったの?」

 

 第一部隊の三人が去り、ユウがミツハに尋ねる。

 

「あ、うん。アラガミに襲われた時に助けてもらったの」

「へー! やっぱ強かった!?」

「戦ってるとこ見たのはフード被ってた人だけど、ヴァジュラっていう大型のアラガミを一人で倒しちゃってたよ」

「……さっきの暗そうなヤツ?」

「暗そうっていうか怖そうな人〜」

「でも確かに凄く強そうだったね、あの人」

「なんか近寄りがたいオーラあったよな……。あー! 俺も強くなりてぇなー!」

「そのためにも、また明日から訓練頑張ろうね」

「そうだな、ユウ! 訓練……の後は座学あんじゃん! 座学はやりたくねぇ〜!」

 

 コウタが嘆く。一瞬前は熱く燃えていたのに、一瞬で鎮火してしまっていた。表情や感情が目まぐるしく変わるコウタの陽気さに笑顔が零れた。

 

「あはは、またノート見せてあげるよ」

「マジで!? やった! サンキュなミツハ!」

「そういえば課題もあったよね」

「……ユウ、それ提出いつだっけ?」

「明日だったよね、ミツハ?」

「うん。明日」

「はいはいはーい! 提案がありまーす! 今夜俺の部屋に集まって勉強会しようぜー!」

 

 出会ってまだ二日とは思えないほど会話は弾み、三人は楽しげに談笑する。

 「写したいだけでしょ〜」なんて軽口を添えて了承し、夕食後に会う約束をしながら日が沈むのを眺めた。

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