サカキから依頼の説明を受け、ミツハは頭を抱えた。
「ええ、嘘ぉ、ピターってあの一体だけじゃなかったの……!?」
「基本アラガミは無限に湧いてくるもんだろうが」
「そうですけどぉ……ピターかぁ……」
「大丈夫、みんなで行けば無理な相手じゃないって」
サカキから依頼された素材の中に『帝王爪』という素材があった。ミツハは初めて聞いた素材の名前だったが、ユウとソーマはそうではなかったらしく。どうやらあのディアウス・ピターから収集出来る素材なのだと言う。
ぐずるミツハにユウは苦笑しながら「頑張ろうね」と背中をポンと叩いた。
ソーマたちが来てシオは目が覚めたらしく、せっかく起きたのだからとシオの部屋でブリーフィングをしている。シオは相変わらずぼんやりして大人しいが、久しぶりに起きているシオと話せて大変喜ばしい。
しかし任務は大変よろしくない。まさかディアウス・ピターを相手にすることになろうとは。しかもディアウス・ピターの近くにハガンコンゴウも彷徨いているらしい。場所は鎮魂の廃寺。入り組んでいるのにアラガミの抜け道が多い場所は分断が困難だ。
ミツハたちの話を聞いていたシオが首を傾げる。
「てーおーそー? うまいのかー?」
「うーん……高級食材ではあるのかな……?」
「そうなのかー。うーん、ハラヘッタナー……」
意識はハッキリしているが、それでも以前のような明るさはない。以前シオの食料として集めた素材を与え、彼女の丸い頭を撫でてやる。きゃっきゃと戯れる彼女を、もう何日見ていないだろうか。
「……足手纏いにならないように、頑張るね」
シオのためにできることならば、やってやりたい。先ほどのサカキとの会話を思い出し、ミツハは腹を括ってそう宣言した。
二人はこくりと頷く。
「今回は三人しか居ないし、コンゴウ種も一緒だから苦戦は間違いないと思う。準備をしっかりして、明日討伐に向かおう」
◇
――三人しか居ないんだよね〜……。
エントランスで明日の準備をしながら、ミツハは重い溜息を吐いた。ユウ、ソーマ、ミツハの三人だけとなれば、ミツハは後衛での支援が主になるはずだ。
しかしコンゴウ種が同時討伐である以上、混戦が予想される。そうなると援護射撃の精度も必要になってくるが――正直言ってブラストで精度の高い援護射撃はかなりの腕がいる。そしてミツハはブラストを使い始めてまだ1ヶ月と少ししか経っていない。
ターミナルでディアウス・ピターとハガンコンゴウの情報を見ながら、ミツハはぼやく。
「誤射しそうで怖い……」
「第二のカノンになる予定でもあるのかよ」
悩む頭に重みが掛かる。真横にはピンク色のブランドシャツ。視線を上へ向けると、目つきの悪い長身痩躯の男が立っていた。
「カレル……」
「ディアウス・ピターにハガンコウゴウか。報酬美味そうだな」
「覗き見やめてよー! そして重いー!」
頭に置かれた細い腕を振り払う。悪びれる様子もないカレルの左手には、神機ケースが握られていた。
「今から防衛任務?」
「いや、シュンたちと一緒に特異点の捜索だ」
その言葉にどきりと心臓が跳ね、視線をターミナルの画面に戻す。「そうなんだ」と平静を装って相槌を打った。
――シュンもチケット受け取ったんだ。
――シュンたちってことは、他は誰なんだろう……。
悶々とするミツハを見下ろしながら、カレルは問う。
「お前はどっちなんだよ」
「……乗らないよ」
「馬鹿なヤツだな」
ミツハの答えにカレルは鼻を鳴らした。
「生き残ってさえいりゃ、元の世界に帰る方法だって見つかるかもしれねぇだろ」
「…………」
「死んだらそれまでだろ」
カレルはどこまでもカレルらしく、ある意味で一番竹を割ったような性格だ。どう行動するのが一番無駄がないのか、己に利があるのか。それを一番理解しているからこそ、この究極の選択もあっさりと答えを出せたに違いない。
――死んだらそれまで。そのとおりだ。
「……確かに生きてたら元の世界に帰る方法が見つかるかもしれないけど、見つからないかもしれないじゃん。ていうか方法が無いから諦めたほうがいいってサカキ博士に言われたし」
「方法が無いってのは現時点での話だろ。生きてりゃ帰れるかもしれねぇだろ」
「みんなが居なくなったこんな世界で、生きる理由なんてないし」
思わず鋭い言葉になってしまい、カレルは押し黙った。ほんの少しの沈黙の後、面倒くさそうに長い溜息を吐いたカレルは癖毛であちこちに跳ねている頭を掻いた。
「死神が乗らねぇから、お前も乗らねぇって? アホか目ぇ覚ませ恋愛脳」
「な、なんでそうなるのー……」
「でも多少は事実だろ」
「…………うん」
「ほらな」
馬鹿にするように一笑された。「変な建前つけるんじゃねえよ」そうも言われ、ミツハは小さく笑った。視線をターミナルの画面からカレルへ移し、言葉を紡ぐ。
「……正直言うと、ね」
「おう」
「この世界が滅びるとか、滅びないとか、割とどうでもいい」
建前のない本音を。
「みんなのことは好きだけど、この世界は好きじゃないし……。私にとって一番の理想って、元の世界に帰って、その上みんなも一緒にタイムスリップして私の世界に来てほしい。……なんて、凄い身勝手だけど」
「身勝手っつーか、ただお前にとって都合のいい妄想でしかねぇだろ。現実的じゃねぇな」
「……そうだね。絶対叶わないし、ただの妄想だね」
歯に衣着せぬカレルの物言いに苦笑を漏らし、安心した。どこまでも利己的なカレルだからこそ、ミツハの身勝手さを否定はしなかった。ただ現実的ではないと事実を告げるだけだ。
だからこそ、ミツハもまた歯に衣着せずに言葉を紡げるのだ。
「私は元々この世界の人間じゃないし、だけどこの世界で生きていこうって思えるのは、みんなが好きだからだもん。第一部隊のみんなや、防衛班のみんな。それに外部居住区のカズヤ君たち。……方舟のチケットはカズヤ君たちには貰えないし、第一部隊もコウタしかチケットを受け取ってない。防衛班は、多分タツミさんは貰ってないでしょ?」
「おう。こっちの賛成派は俺とシュン、あとブレンダンだ。カノンはまだ保留らしいが、多分乗らねぇだろ」
「そうなんだ……半々に分かれた感じなんだね」
「つーか、お前の言う『みんな』の大部分は死神だろ。もしタツミたちや第一部隊の他の連中、あと外部居住区の奴らも全員乗って、死神一人だけ乗らねぇってことになったら、お前も乗らねぇだろ」
「死神って呼ぶのやめてくんない?」
「話逸らすんじゃねぇよ」
カレルの答えにくい問いに対し、ミツハは言葉が詰まる。逡巡するように視線を泳がせ、恐る恐る口を開いた。相手がこの男だからこそ言えることだ。
「……うん、乗らないよ」
「やっぱり恋愛脳じゃねぇか」
「うう、もうそういうことでいいよ……」
遠慮という言葉を知らずに言ってのけるカレルに、ミツハは頬を赤らめつつ言葉を続けた。
「私はソーマさんが居なかったらとっくに死んでるし、ソーマさんが居るから今もこの世界で生きてるんだよ。だから……」
「――だから、彼が居ない世界で生きる意味は無いって? いいわね、熱烈で。私、そういうの好きよ」
艶のある声がミツハとカレルの間に割って入る。左目を眼帯で覆い、胸元の大きく開いたカシュクールが特徴的な銀髪の女性――ジーナが目を細めて笑っていた。
「ジーナさん!? 聞いてたんですか!?」
「だって興味深い話をしてるんだもの。わかるわ、ミツハ。私はアラガミを撃ち抜くために生きてるの。彼らが居なくなった世界なら私も果てるわ」
「流石ジーナさん……」
ジーナもカレルと同様、どこまでも彼女らしくて相変わらずだ。「だからって支部長の目の前でチケット破り捨てるのはやめろよ」辟易したようにカレルがそう言う。ふふ、とジーナは不敵に微笑んだ。
――ほんと、流石ジーナさんだ……。
己の価値観を徹するジーナに、もはや尊敬の念すら抱く。ジーナは唇に人差し指を当て、カレルを見やりながら首を傾げた。
「ところでカレル。シュンが遅いって怒っていたけれど、行かなくていいのかしら?」
「……行くに決まってんだろ」
「そう。いってらっしゃい。特異点、見つかるといいわね?」
「ここ数日探し続けて、まだ手掛かりすら見つかっていないんだ。ったく、誰か隠してんじゃねぇのか……?」
的を射たカレルの発言に喉から心臓が飛び出しそうだった。目を逸らすミツハにカレルは目を細め、ミツハの細い肩に肘を置いた。
「重いんだけど」
「おい、第一部隊。お前ら最近よく博士の部屋を出入りしてるよな。コソコソ何やってんだ?」
「任務ですー! 明日のピターとハガンコンゴウの討伐任務も博士からの依頼任務なのー! 厄介なアラガミの素材収集頼まれてるのー!」
嘘は一つも吐いていない。カレル相手に嘘を吐くのは逆に怪しまれるだけだ。
そうかよ、とカレルは未だ疑いつつも引き下がり、出撃ゲートへ向かった。ほっと胸を撫で下ろすと、ジーナにくすくすと笑われた。
「安心して一息吐くのは、誰も居ない場所でするほうが得策よ?」
「いや、あの、安心というか、カレルって変に勘繰っちゃうし……」
「私は興味無いから安心してちょうだい。それより、明日ピターとハガンコンゴウの討伐なんですって? 大物の相手じゃない、流石討伐班ね」
ジーナは特異点のことよりも目先のアラガミに食いつき、ターミナルの画面に表示されたままのディアウス・ピターとハガンコンゴウの情報を覗き見る。
「接触禁忌種……防衛班に居るとなかなか相手にしないのよね。どんな華を咲かせるのか、一度撃ち抜いてみたいわ」
恍惚とした表情を浮かべてうっすらと笑うジーナに苦笑を漏らすが、ピンと閃いた。
ジーナはスナイパー使いだ。その射撃の腕はサクヤにも負けず劣らず、支部内でもトップに位置する。
「あの、ジーナさん。今第一部隊って、三人しか動ける人が居なくて……明日の任務も三人で行く予定なんですよね。それで、後衛支援が足りてなくって……」
「あら。なら私もアサインしていいかしら?」
「お願いできますか? 正直ブラストで精密な後衛支援って自信無くて……! あ、でもユウにちょっと確認してみますね!」
「ふふ、良い返事が聞けると嬉しいわ」
携帯を取り出し、ユウにメールを送った。すぐに返ってきたメールを開くと大歓迎だと了承され、ジーナは嬉しそうに微笑んだ。
「ディアウス・ピターとハガンコンゴウね。確か神属性のバレットが有効よね……?」
「ですね。……あ、そうだ。バレットエディットのアドバイスしてほしいんですけど、いいですか? スナイパーのバレットをブラスト用に改造したくて……」
「あら、もちろん良いわよ。ここじゃなんだし、お茶でもしながらブリーフィングをしましょうか」
「そうですね」
ターミナルの電源を落とし、ジーナと共にラウンジへ向かう。道すがら、ジーナはふと思い出したように薄く口を開いた。
「私、正直ミツハの世界はあまり興味が無いのよね。アラガミが居ない世界なんでしょう? さぞ平和なんでしょうけど……刺激が足りなくて、どんなふうに生きるか想像できないわ」
顎に人差し指を当て、困ったようにジーナは小首を傾げた。
「その話も聞いてたんですか……」
「狙撃手は気配を消すのが得意なのよ」
得意げに笑うジーナにミツハはひくりと口元が引き攣る。自分の身勝手な発言に、後ろめたい気持ちが波のように押し寄せてきた。
「……すみません」
「あら、なんで謝るの?」
「いくら平和な世界だとしても、自分が生まれ育った世界のほうが良いって思うだろうし……それなのにみんな私の世界に来たら良いのにー……なんて思うのは、人の気持ちを無視してるなぁって……」
弁明するミツハを、ジーナは「なんだ、そんなこと」と拍子抜けしたような口調で言った。
「私がずっとアラガミを撃ち続けていたいと思うのは、私の身勝手。彼らが居なくなってしまったら私は生き甲斐を無くすのと同義だけれど、みんなからしたらアラガミは居ないほうがいいでしょう? ただ、私の身勝手のほうがミツハより現実的っていうだけの話よ」
唇に手を当て、内緒話だと言うように魅惑的に微笑んだ。
ジーナの価値観や哲学はミツハには理解できないが、だからと言って否定するようなことは絶対にしない。逆もまた然りだ。
そうジーナに言われると、ミツハは少し許されたような気分になり、「そうですね」と笑みを零した。