Kuschel   作:小日向

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103 天秤にかける

「手が空いていたらで構わないんだけど、防衛任務も手伝ってくれないかしら? みんなが方舟とか特異点とか言ってポジション空けちゃうから、防衛任務で出っ放しなのよ。好きなだけ撃てるっていっても、一人で行って来いなんてちょっと酷いわよね」

 

 ディアウス・ピターとハガンコンゴウの討伐をジーナに手伝ってもらった帰り、彼女にそう言われた。

 

 防衛班六人のうち三人は特異点捜索の任務を受けており、他の神機使いたちも同様で増援も難しい。通常の討伐任務が受注されにくくなったため、アラガミが増えて防衛任務の出動が急増したのだ。タツミとカノン、ジーナの三人でなんとか回している状況らしい。

 

 話を聞いたユウは「じゃあ」とミツハへ目を向ける。ミツハもまたユウに視線を送っており、互いに何を言いたいのかわかりきっていた。

 

「ミツハは防衛班の増援を頼んでもいいかな。多分、一番難関な任務は今回の任務だっただろうし、あとは僕とソーマだけでも大丈夫だよ」

 

 ――そう言われたとおり、サカキから頼まれた素材集めはユウとソーマの二人で滞りなく遂行していた。二人の圧倒的な実力を前にしては、正直な話ミツハは居ても居なくてもあまり変わらないのだ。

 

 そのことに少々の悲しさを覚えながらも、ミツハは大鎌を大きく振り翳す。長く伸びた大鎌から派生する幾つもの咬刃がオウガテイルを五匹を巻き込み、斬り裂いていく。鮮血を噴出しながら怯むオウガテイルは簡単に投げ飛ばされ、反撃をしようとするその前にショートブレードが斬り掛かり――

 

 そして、強烈な放射弾により消し飛んだ。

 

「――射線上に立つなって、私言わなかったっけ?」

「かっ、カノン〜! お前はもっと射線見ろって!」

「……はっ! す、すみませんタツミさん〜!」

 

 

 

4月13日

 

 本日もカノンは全支部中ダントツの誤射率に恥じぬ誤射を見せ、ショートブレード使いのタツミはその餌食となっていた。

 

 味方識別されたバレットは貫通性のないただの衝撃で済むのだが、それでも吹き飛ばされはするので痛いものは痛い。「いてて」と二の腕を摩りながら立ち上がるタツミにミツハは苦笑を浮かべた。

 

「懐かしい……」

「誤射を見て懐かしむなっつの」

 

 そう零すとタツミが口を尖らせる。アラガミの残骸を捕喰してコアを回収し終えたミツハに、カノンは肩を落として嘆きの声をあげた。

 

「ううっ、久しぶりのミツハちゃんとの任務だから格好良いところ見せたかったのにぃ……」

「大丈夫! 格好良かったよ!? 流石カノンちゃんのブラストは威力が段違いだな〜って思ったもん! それにブラストを使うようになってから、改めてカノンちゃんのスタミナの凄さに驚かされるし……」

「ほっ、本当ですか!? これからもガンガン撃ちまくって頑張っちゃいますね!」

「誤射は減らしてくれよなー……」

 

 遠い目をしながらタツミが呟く。その目には諦めの色が滲んでおり、ミツハは同情するようにもう一度苦笑した。

 

 神機をケースに収納し、屋根の無い高機動車に乗せて帰路に就く。方舟のチケットを手にした神機使いは特異点の捜索に出払っているため、装甲壁周辺に近づくアラガミの数は多い。三人で掃討し終えた頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。

 

 舗装されておらず瓦礫が散らばっているアナグラまでの道は、タイヤが頑丈な高機動車でもガタガタと揺れる。大きな神機ケースが揺れ落ちてしまわないようにしっかりと持ち手を握りながら、ハンドルを操作するタツミへ顔を向けた。

 

「防衛班、最近は毎日こんな感じなんですか?」

「そうだなぁ。人手不足に拍車がかかっちまってるからな。もうクタクタだわ」

「でも、私はちょっと助かってます。戦ってる間は撃つことに集中してるので、難しいことを考えずに済むので……」

「難しいこと?」

 

 カノンの言葉にミツハは首を傾げる。カノンは頷き、物鬱げに眉をハの字にさせた。

 

「回答の期限、もうすぐなのに全然決められなくって……」

 

 カノンはまだ保留中らしい――カレルがそう言っていたとおり、カノンは未だアーク計画への答えを出せていないようだ。

 

 浮かない顔のまま、カノンは言葉を続ける。

 

「その……怖いんですよね。アーク計画って一般の人はほとんど助かりませんし。逃げるのも、留まるのも怖くて……周りの人たちはどんどん決めているので、焦っちゃいます」

「……いくら期限がもうすぐだからって、焦っちゃうのは良くないと思うよ。ほら、焦ると周りに流されやすくなっちゃうし」

「そうだぞ、カノン。焦って答えを出した結果、やっぱああすりゃ良かったって後悔しないようにな」

「……そうですね。もうちょっと、考えてみます」

 

 ミツハとタツミの言葉を受け、カノンは少し安心したように微笑んだ。三人を乗せながら車は進む。ガタガタと揺れる度にカノンと肩をぶつけながら、一緒に空を見上げた。

 

「もうすぐ満月ですね」

 

 カノンがそう呟いたとおり、空に浮かぶ月は円に近い形をしていた。雲の全くかかっていない空は月の形がよく見える。

 

 息を吐きながら、ミツハは独りごちるように言葉を吐息に乗せた。

 

「今日は星がよく見えそう」

「凄く良い天気でしたもんね。最近は暖かくなってきましたし、春って感じですねぇ」

「もう4月も中旬だもんね。早いな〜」

「ってことはミツハのあの大号泣から1ヶ月か。早いもんだな」

「だっ!? いや、あの、大号泣って言うほどでもなかったと思うんですけど!」

「いやいや、大泣きしてただろ。カノンも一緒に」

「しょうがないじゃないですかぁ〜!」

 

 悪戯げに笑うタツミに顔を真っ赤にして後部座席から二人で抗議を上げる。賑やかな三人を乗せた車は時折大きく揺れながら、アナグラへ続く道を走った。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 アナグラに戻ったミツハはサカキの研究室へ足を運んでいた。研究区画の静かな廊下を歩き、周りに職員が居ないことを確認して腕輪認証で扉のロックを解除する。足を踏み入れた研究室の中は暗かった。

 

「あれ、博士居ないんですか?」

 

 電気のスイッチを押して部屋を明るく照らすが、人影は無い。どうやら珍しいことにサカキは不在のようだった。

 

 扉の鍵を閉め、ミツハはシオの部屋がある右奥の扉へ向かった。

 

「シオ、起きてるー?」

「……ミツハー?」

 

 声をかけながら扉を開くと、ベッドで横になっていたシオがもそりと顔を上げた。琥珀色の瞳にミツハを映し、そこに映る少女は嬉しそうに破顔した。

 

「起きてたー! 体調はどう?」

「うーん、オナカスイタ!」

「そっかそっか。何かおやつなかったっけ」

 

 にへらと口元を緩めながら、室内にある小さな保冷庫を開く。シユウ種の手羽先のような素材を手にし、シオに手渡すと「イタダキマス!」と元気良くかぶりついた。

 

 ミツハはその様子を微笑ましく見守りながら、シオの隣に座る。

 

 今日はだいぶ調子が良いようだ。この調子がずっと続いていてくれればいいのに。そう願いながら、シオの丸い頭を優しく撫でた。

 

「さいきん、アリサたちいないなー」

「……ちょっと遠くにお出かけしてるんだよー」

「お出かけかー。シオもお出かけしたーい!」

「また三人で出かけたいね」

「うん! デートしたいぞ!」

「デート……したいな〜……」

 

 下心を織り交ぜながらシオの言葉に頷く。三人で鎮魂の廃寺へ行った時の写真を見返したかったが、生憎とカメラはミツハの自室だ。ソーマを間に挟んで三人で撮った写真や家族のような雪だるまの写真を思い浮かべ、ミツハは柔らかく笑った。

 

 しばらくシオと話をしていると、扉の向こうから話し声が聞こえてきた。サカキが戻ってきたのだろう。

 

 話し声はこの研究室の持ち主であるサカキと――ソーマのものだった。二人に加わろうと、ミツハは扉に手を伸ばした。

 

「――ああ、そうだ。ソーマにちょっと聞きたいことがあるんだった」

「あ?」

「いや、もしもの話なんだけれどね」

 

 扉の奥から聞こえてきたその会話に、ミツハはどきりとして伸ばした右手が固まった。

 

 ――星の観察者(スターゲイザー)

 

 サカキの異名が頭に浮かんだ。

 

「シオの今の状態は、特異点としての覚醒が始まった証だと話しただろう」

「ああ」

「なら、もしもシオとは別の存在が特異点として生まれた時、代替の存在ができたことでシオの特異点としての覚醒が治まるかもしれない――としたら、どうするかい?」

 

 ソーマが息を呑んだ――そんな息遣いが聞こえた、ような気がした。

 

 扉を一枚隔てているというのに、二人の声は嫌になるほどよく聞こえた。ミツハが扉の奥へ意識しているせいで、オラクル細胞によって発達した聴覚が拾っているのかもしれない。未だ固まったままの右手は、妙な緊張で強張った。

 

「……親父のやり方は反対なんじゃなかったのか」

 

 地の底から這い出たような声がした。対するサカキの声は、普段どおり掴み所の無い、あっけらかんとした声だ。

 

「もしもの話だと言ったじゃないか」

「…………」

 

 ソーマは答えない。沈黙が落ち、手持ち無沙汰だった右手は拳を握った。きっとソーマの右手も今、こうして言いようのない気持ちをぶつけるように握られているに違いない。

 

 扉の前で動かないミツハに、シオが首を傾げる。残り少しだった手羽先を口の中に放り込み、ベッドから降りてミツハの顔を覗き込んだ。

 

「どうしたんだ?」

 

 無邪気なシオの声ははたして扉の奥にも聞こえたのだろうか。聴覚が誰よりも鋭いソーマに反応は無かったが、サカキは口を開いた。何も答えないソーマに痺れを切らしたのか、それともシオの声が聞こえてアクションを起こしたのか。

 

「もっと簡単に聞こう。シオとミツハ君。どちらが大切かと問われたら――どうするかい?」

「――――」

 

 息を呑んだのはソーマだけではなかった。

 

 衝動に突き動かされるように強張っていた右手は扉を開け、二人の目がミツハに向けられる。

 

 目を見開いたのはソーマだけだった。

 

 鍵はかけていた。電気は、点けたままだった。

 

 確信犯は、狐のように目を細めた。

 

「――そんなのっ、決めるようなことじゃないです!」

「……ミツハ」

 

 二人の間に割って入り、声を荒らげた。揺れる蒼い瞳にきゅうっと心臓が締め付けられ、ミツハはソーマの手を引いた。握られていた拳は一瞬、狼狽えるように強張ったが、雪が溶けるように解け、手を重ねた。

 

 その手を強く握り、逃げるように慌ただしく研究室を後にする。サカキは引き留めることもせず、研究室から出て行く二人をシオと並んで見送った。

 

「ソーマさん、行きましょう!」

 

 

「――今日、星がよく見えるんです!」

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