5月10日
重たい雲に覆われた空の下、建物を薙ぎ払ってできたようなまっさらな平原に赤い羽衣を纏った仏像が怒りの咆哮を上げていた。
仏像の面は割れており、割れた破片の一つ一つにデスマスクのような人の顔が浮かんでいる。金色に輝く身体は帯電しており、背中から伸びる羽衣と相まって雷を操るその姿はさながら雷神のようだ。
ハガンコンゴウ。コンゴウ神属に属する第二種接触禁忌種であり、『破顔』の名のとおり顔面を割られたコンゴウが独自の進化を遂げたものと考えられている。
威嚇するように胸を張り、怒りの雷を落とした。動き回りながら落雷を避け、周囲に居る小型アラガミをつつく。ハガンコンゴウの射程外まで距離を取ったところで、引き連れた小型アラガミを咬刃を展開し最大まで伸ばした大鎌で薙ぎ払った。怯んだ隙に捕喰し、間合いを詰められる前に再び咬刃を展開する。合間にリザーブを挟みながら数度繰り返すと小型アラガミの群れは霧散し、ブラストには大量のオラクルとアラガミバレットが補填されていた。
「ユウ! ソーマさん!」
まずはハガンコンゴウを相手する前衛の二人にリンクバーストを放つと、蒼と白の二つの刀身が割れた顔面に叩き込まれた。
凄まじい打撃音と共にハガンコンゴウがよろけ、その隙に後衛のコウタがアサルトによりオラクルバレットを連射する。サクヤも援護射撃を行い、ハガンコンゴウに攻撃の隙を与えない。後衛の二人にもリンクバーストを放ってバレットの火力を底上げし、攻撃用のバレットに切り替えてミツハも後衛に加わった。
「逃すかよ!」
猛攻に耐え兼ねたハガンコンゴウが逃げ出そうとするが、ソーマのバスターブレードがその背中を掻っ捌く。ダウンした金色の雷神にユウの神機が喰らいつこうとするが、神の反撃のほうが早かった。丸太のような太い腕で殴り掛かろうとするが、その腕をサクヤの精密な射撃によって破壊される。
「今よ!」
凛とした声を合図に、ユウのロングブレードがハガンコンゴウの割れた顔面を斬りつける。返す刀身からは銃弾が撃ち込まれ、弱点部位に至近距離で猛攻を浴びたハガンコンゴウは糸が切れたように地に伏せた。
「目標、討伐確認! ――みんな、お疲れさま!」
「おっつかれー!」
「ふふ、お疲れさま」
任務終了を告げるユウの言葉に、ミツハはほっと息を吐き出した。
本日の任務は旧神奈川県秦野市に位置する『嘆きの平原』にて、コンゴウとハガンコンゴウの討伐だった。遮蔽物の無い見晴らしの良いフィールドでのコンゴウ種二体の相手は戦々恐々としたものだが、先に通常種のコンゴウを手早く倒せていたため泥沼にはならなかった。ちなみにアリサは本日非番だ。
「接触禁忌種ってやっぱ中型でも緊張する〜……」
「でも上手く立ち回れてたじゃない。妨害が入らないように場を整えるのも立派な仕事よ。ミツハはやっぱりサポート向きね」
「本当ですか!? え〜、もっと頑張ろ〜!」
後衛支援に長けているサクヤから褒められると自信がつく。素直に喜ぶミツハにサクヤは微笑み、隣で次は自分の番だと待っているコウタに目を向けた。
「コウタも腕を上げたわね。タイミングも場所もバッチリの援護射撃だったわよ」
「へへっ、でしょ!? 俺ってばもう最強じゃね?」
「調子に乗るなよ」
「んだよー、俺ら第一部隊には敵無しじゃん?」
「どうだかな。……おいユウ、お前は何をもたついてたんだ」
「んー……ちょっとね」
手厳しい意見のソーマにコウタは口を尖らせたが、ユウは何か気になることがあるようで神妙な顔をして神機を見ていた。ソーマが言っているのは、おそらくユウがハガンコンゴウへの追撃に間に合わなかったことだろう。ミツハには接触禁忌種であるハガンコンゴウがしぶといだけかと思ったが、ソーマから見たらそうではないらしい。
ユウは少し考えた後、サクヤと話すミツハに声をかけた。
「ミツハ、ちょっといい?」
「ん? どしたの?」
「神機の変形……銃への切り替えでいいかな。僕と同じタイミングでしてもらっていい?」
「ん、わかった。せーのでいくね?」
「うん、ありがとう。せーの……」
言われたとおりに神機を変形する。新型神機は近接武器と遠距離武器の切り替えが可能な神機であり、極東支部には今のところユウとアリサ、そしてミツハの三人しか居ない。
ユウとまったく同じタイミングで神機の変形を行ったのだが、ミツハの神機に比べてユウの神機はほんのわずかだが遅れているようにも見えた。
「うーん……やっぱり少しタイムラグがあるな……」
「変形に? え、ユウは別に適合率下がったりとかないよね?」
「ないない。単に神機の不具合だと思う」
「それはそれで問題じゃん! メンテ出しに行こ?」
「うん、そうするよ」
神機を扱いながらユウと話をしていると、ヘリの音が近づいてきた。ミツハは強風に目を細めながら遮蔽物の無い平原にヘリが着陸する様子を眺める。操縦席に座るパイロットが軽く手を振った。
「ここは天然のヘリポートで助かるぜ」
「マサさんは瓦礫だらけの街でも余裕じゃないですか~」
「おだてたって安全運転くらいしか出ねぇぞ? ほら乗った乗った」
「最高じゃないですか、よろしくお願いしまーす!」
何度か顔を合わせたことのあるパイロットに挨拶をしてキャビンに乗り込む。座席に着くとと任務の終わりを実感し、ミツハはへにゃへにゃと脱力するように深く腰掛けた。
そんなミツハの隣にソーマが座った。行儀の悪さに恥ずかしくなってミツハは姿勢を正す。ミツハの想いは周知の事実であり、第一部隊の面々はくすくすとからかうように見ていたが、当のソーマは不思議そうな顔をするだけだった。
◇
任務の報告はコウタとサクヤに任せ、ミツハとソーマはユウと一緒に地下の神機整備場まで足を運んだ。
技術班の人たちが仕事をしているが、顔馴染みのリッカの姿はなかった。他の整備士に見てもらうこともできるが、普段討伐班と防衛班の神機メンテナンスを担当しているのはリッカであり、彼女に見てもらうのが一番だろう。ユウも同じことを思ったようで、「少し待たせてもらおうか」と整備場の隅に移動した。
「ほとんど毎日任務があると、メンテに出すタイミングが難しいよね。ソーマはどうしてる?」
「簡単な整備なら自分で済ませる」
「ソーマって何気に多才だよね……」
ユウの言うとおりソーマは博識であり、研究者であるサカキと専門的な話も難なく交わしている。感心するユウに対し、ソーマは何故か苦々しい顔をした。
「……ガキの頃に色々覚えさせられたからな」
「でも身についてるのって凄いですよ。私もう数学の公式とか忘れてきましたもん」
「お前は元から理数が苦手なだけだろ」
「うっ」
以前文系だと言ったことをしっかり覚えているらしい。ソーマが苦々しい顔から一変して呆れた顔でミツハにツッコミを入れると、今度はミツハが苦い顔をする番だった。
「確かに苦手科目でしたけど、覚えてはいましたもん。赤点は取ったことないですし!」
「話を聞いてるだけでも大変そうだよね、学生って。それ以上に楽しそうだけど」
「でもユウが学生だったら絶対優等生なんだろうな〜。ていうか学級委員長してそう」
「それは褒められてる?」
「超褒め。クラスのリーダー。40人部隊の隊長的な」
「あはは、ならありがとう」
秘密を打ち明けなかったらできなかったであろう会話が弾む。神機の話から脱線して学校の話をしながら笑っていると、大慌てて整備場に入ってくる人物が居た。
アッシュグレーの髪に赤いゴーグルが特徴的な、整備士の楠リッカだ。
「ユウ君! 神機の変形が不調なんだって!?」
「はい。と言っても変形に少しタイムラグがあるくらいなんですけど……」
「多分変形パーツが摩耗してるんだと思う。新型神機はデリケートだからさ……。ちょっと見せてもらうね?」
「お願いします」
リッカは専用のグローブを着けるとユウの神機に触れる。慣れた手つきで素早く、しかし丁寧な作業で確認をしていった。はらりと落ちた横髪を拭うと頬にオイルがついたが、リッカは気にした様子もなく「うーん」と考えをまとめるように顎に手を添えた。
「思ったとおり変形パーツが摩耗してるけど、大きな損傷はないかな。補修してオイルを塗ったら直ると思う」
「良かった。修理の時間はどのくらいかかりそうですか? 明日も任務が入ってるので……」
「この作業量なら今日中に終わるけど……たまには休まないとダメだよ? ソーマ君もさぁ。私もうずっとソーマ君の神機を見てない気がするんだけど。白くなってたよね? 自分で塗装したの?」
「……余計なお世話だ。自分の手に負えない場合は任せる」
「もー、不具合があったらすぐに言ってね? 定期的に全点検に出してくれるのはミツハくらいだよ……」
「まぁ私は定期的に神機が扱えなくなっちゃうからね……」
リッカの嘆きにミツハは苦笑で返した。リッカの言うとおり、ミツハは先日の適合率が下がった期間も神機を全点検に出していた。強制的に月一で3日間の連休が取れてしまうため、他の隊員に比べて神機をメンテナンスに出せる機会に恵まれているのだ。
「でもリッカちゃんの言うとおり、ユウもソーマさんも休みはしっかり取ったほうがいいと思うんだけど。ていうか連休を取らざるを得ない私の罪悪感を薄めるためにも休んでほしい」
「あはは、その言い方は上手いなぁ」
「……お前のは仕方がないんだから気にする必要はねぇだろうが」
「今そういう優しさは要らないでーす」
「…………」
「この男たちにもっと言ってやって、ミツハ。アリサも今日非番なのに任務に行っちゃうしさ。いや、単独でヴァジュラを討伐できる神機使いなんて限られてるから助かるんだけどね」
「アリサが?」
リッカの言葉にユウが一番に反応した。『ヴァジュラの単独討伐かぁ……』と慄くミツハの横でリッカが「そ」と頷く。
「装甲壁周辺に急にヴァジュラが出たらしくてね。他部隊が出払ってたから、非番のアリサに出てもらったんだって。おかげで居住区への被害は無いよ」
「そうなんですね。……怪我とかはしてませんでした?」
「大丈夫、アリサは強いんだからさ。まだエントランスに居ると思うから、気になるなら行ってきたら?」
「そうします。それじゃあリッカさん、神機の整備お願いしますね」
「任せといて」
「じゃあね〜」
リッカと別れ、ミツハたちは整備場を出た。エントランスを目指しながら、ミツハは単独でヴァジュラを討伐したというアリサのことを思い浮かべる。感心すると同時に、ほんの少しだけ焦りを抱く。ミツハが単独討伐できるアラガミは中型種が限界だ。
「ヴァジュラの単独討伐、私には絶対無理だな……」
「戦い方にも向き不向きがあるから、焦らなくてもいいんじゃない? ミツハはサポート向きだってサクヤさんにも褒められてたじゃん」
「そうだけどぉ……討伐班に在籍してるのに自分じゃ討伐できないって、こう、不甲斐ないというか……」
「でもミツハのサポートがあると討伐のしやすさが段違いだよ? なんていうか……ずっと有利な状態で戦える、みたいな。気づいたら小型の妨害も無いしバーストも維持されてるから、討伐対象にだけ専念できて助かるよ。ね、ソーマ」
「まぁ……そうだな」
「……足手纏いにはなってません? ちゃんと役に立ててます?」
「ああ」
「よし、ソーマさんの好みのタイプですね」
「は? おい、なんの話だ」
「良かったね、ミツハ」
以前ソーマに好みのタイプを聞いた時、『戦闘で足手纏いにならないヤツ』と恋愛的な好みではなく同行メンバーの好みを答えられたのだ。そしてミツハには当て嵌まらず少々ダメージを受けたものだが、あの時から前進しているらしい。ミツハは小さくガッツポーズをする。意図が読めていないらしいソーマに対し、ユウとミツハは笑い合った。
バースト編のストーリーに入る前に、時系列的にノベライズ『ノッキン・オン・ヘブンズドア』の話となります。