5月17日
潮騒が響く湾岸部は崩落した道路や橋が瓦礫に埋もれている。瓦礫の中には見覚えのある地名を案内する道路標識が錆びれ、国道16号方面の案内に三崎や観音崎の文字を見つけた。
本日の任務区域は『愚者の空母』。かつての神奈川県横須賀市の湾岸に位置し、横須賀基地があった辺りなのだろう。湾岸道路に衝突して座礁した空母の甲板部分には、本日の討伐対象のクアドリガが闊歩していた。その周囲にはしもべのようにザイゴートが浮遊しており、辺りを警戒している。
その二種のアラガミを遠目に、ミツハたち第一部隊はそれぞれ瓦礫の影に潜んで突撃のタイミングを窺っていた。
『こちらアリサ、ターゲットを確認しました』
『はーい、こちらコウタ! 俺からもバッチリ見えるよ!』
『デカい声出しすぎだ、バカ。わざわざ場所を知らせてやるつもりか』
『んだよぅ、そんなにバカバカ言わなくてもいいじゃんか』
『ははは、大丈夫だよ。今のところはまだ気づかれてないから』
通信機から各々位置についた報告が聞こえる。本日はサクヤが休暇を取っており、それ以外の第一部隊のメンバーが任務にアサインされていた。
コウタの大きな声にソーマが文句を言い、拗ねるコウタをユウがフォローする。大型アラガミと戦う前とは思えない和やかなやりとりだ。その会話を聞きながら、ミツハはいつでも出られるように神機を構える。緊張はさほどしていない。
「空母で瓦礫に隠れながら討伐対象を囲むの、私が異動したばかりの時もあったなぁ」
『懐かしいですね。あの時はボルグ・カムランでしたっけ?』
「そうそう。大型だからめちゃくちゃ緊張してた」
『今はどうよ?』
「んー、そんなにかな。流石に慣れてきたし、みんなと一緒だしね」
『あの時みたいに吹っ飛ばされんなよ』
「足手纏いにならないように気をつけます〜」
『あはは。じゃあ戦う前にあれ、やっておこうか』
通信機から聞こえてくるユウの楽しげな声が、一拍置いて真面目くさった声色になる。
『――死ぬな。――死にそうになったら逃げろ。――で、隠れろ。そして――』
『『『「運が良ければ不意をついてぶっ殺せ」』』』
四つの声が揃う。第一部隊の前リーダーであるリンドウの教えを現リーダーのユウも受け継いでおり、任務前にこうして声出しをすることがある。
――試合前の円陣みたい。
ルーティーンのようなもので、不思議と緊張も解けるものだ。ミツハはリンドウと任務を同行したことはなく、この教えも直接聞いたことはない。それでも第一部隊らしい教えだとミツハは思う。余裕すら生まれたのか、コウタはおどけた声をしてみせた。
『ユウ先生ー。今、ソーマ君だけが何も言いませんでしたー』
『コウタ、テメェッ……!』
『それはいけないなぁ。よし、それじゃ学級委員のアリサ君に注意してもらおう』
『ええっ、私ですか!?』
「クラスの一致団結のためにお願いします委員長〜」
突然始まった茶番の矛先を振られ、アリサは通信機の向こうで慌てていた。ミツハがよく元の世界での思い出話をしていたからか、学校生活に喩えた茶番をたまにするようになった。アリサも確かに学級委員をしてそうなタイプだ。今回の茶番でユウは先生役だが、ミツハの頭には男女二人で委員長と副委員長をするユウとアリサの姿が思い浮かんだ。
学級委員のアリサはやはり真面目で、通信機から戸惑う声が聞こえたかと思えば、「コホン」と声色を整えるような咳払いをした後、
『ちゃ、ちゃんとしないとダメじゃないの、ソーマ君!』
――という、学級委員らしい台詞を決めてみせた。
『…………お前も大変だな』
『ちょっ……! 素で返さないでください、ソーマ! 結構恥ずかしいんですから!』
「可愛いよ〜! 今度私の高校の制服着てみてよ委員長〜!」
『それは……着てみたいですけど!』
『着てみたいのかよ』
おそらく通信機の向こうで赤くなっているであろうアリサに対して、ソーマは淡々と返している。そしてコウタのゲラゲラ笑いと押し殺したようなユウの笑い声が通信機から漏れ聞こえ、ミツハもふふっと笑みを零した。抗議するアリサにユウは「ごめんごめん」と謝るが、明らかに笑みの含んだ声色だった。
『ったく、任務前に何バカをやってんだ』
「リラックスも大事だよソーマ君〜」
『…………』
『おお、ソーマに対して敬語じゃないミツハ、新鮮だな……』
『……茶番もいい加減にしろ。さっさとやるぞ』
『そうしようか。みんな準備はいい? ……アリサ、どうかした?』
返事の無いアリサにユウが心配そうな声で問いかける。アリサにしては珍しく、任務前に考え事でもしていたのだろうか。ハッとしたようなアリサが硬い声で返した。
『あ……いえ、なんでもありません。こちらはいつでもいけます』
『それなら、行くよみんな。……ミッションスタート!』
先ほどの茶目っ気を一切捨てた指揮官の声で戦闘の開始を告げる。
瞬間、一斉に瓦礫の陰から飛び出してクアドリガとザイゴートに向けて地面を蹴った。
ユウとソーマ、アリサがクアドリガに向かい、ミツハはその周囲に飛ぶザイゴートに向かう。後方から放たれたコウタの射撃がザイゴートを怯ませ、その隙にミツハのヴァリアントサイズがザイゴートに喰らいついた。
大型との戦闘に横槍を入れさせぬよう、邪魔な小型アラガミを引き付けて先に討伐していく。クアドリガは攻撃範囲が広いため、ミツハはザイゴートからある程度オラクルを回収したら神機を銃形態に変形して後方からの援護射撃に回る。リンクバースト用のアラガミバレットと自前で用意した討伐用のオラクルバレット、サポート用の回復弾などを使い分けてザイゴートを倒しつつ、クアドリガを相手するソーマたちを支援する。
――そうしてクアドリガにアリサがとどめを刺し、無事に任務は完了した。
ミツハとコウタもザイゴートを倒し、クアドリガのコアを回収する三人の元へ手を振って駆け寄る。
「おーい! こっちも終わったよ〜」
「みんなお疲れさま〜」
「お疲れ。二人がザイゴートを一手に引き受けてくれて助かったよ」
「へへっ、まぁ任せとけって」
ユウに褒められて気を良くしたコウタは得意げに笑い、子犬のようにユウに絡む。
「けど、次は俺にも良い役を回してくれよな、リーダー。どうせならもっと大物が良いな」
「ははっ、そうさせてもらうよ」
「だったら、次はウロヴォロスでもやるんだな、一人で」
「ひええっ! そんなのリンドウさんじゃあるまいし、無理に決まってるだろ!」
「グッドラック、コウタ……角の素材取ってきてね……」
「行かねーから!」
ソーマとミツハの冗談にコウタが本気で怯え、ユウとアリサが笑みを浮かべる。最近の丸くなったソーマは冗談を言うこともあり、少し前では考えられないほど人の輪の中に溶け込んでいた。軽口を叩き合ってワイワイと騒ぐ様子は、まるで普通の年相応の男の子のようだ。ミツハはユウたちと一緒にクスクスと笑った。
「あっ、そうそう。そういえばさ、俺、変なの見たんだ」
「変なのって、何を?」
不意にコウタが思い出したように言い、アリサが聞き返した。
「ほら、ザイゴートを撃つのに高いとこに居たろ、俺? そしたらさ、なんか黒くてでっかいヤツが、エイジス島に向かって泳いでるのが見えたんだよ」
「黒くてデカいのが海に? うーん、昔はクジラっていう大きな動物が居たらしいけど……ミツハは見た?」
「ううん。私は前のほうに居たし、海を見下ろせないよー」
首を傾げるユウに問われるが、ミツハは首を横に振る。ミツハは近接での戦闘もあるため、コウタほど俯瞰しては戦っていない。
一緒に戦っていたミツハにも梯子を外されてしまい、コウタは慌てて懸命に訴える。
「あっ、疑ってるな!? ホントだよ、確かに見たんだってば! そうだ、あれってアラガミなんじゃないかな!? うん、そうに違いない!」
「アラガミが海を……ですか?」
「くだらねぇ。グボロ・グボロ種のどれかだろ」
懐疑的な表情をアリサは浮かべ、ソーマは神機を担いでさっさと帰ろうとしてしまう。軽くあしらわれてしまったコウタはムキになってソーマに噛み付く。
「あっ、ちょっと待てよソーマ! まだ話は終わってないんだからさ!?」
「はぁ……いい加減にしてください。ソーマの言うとおりか、もしくは見間違いでしょう」
「ちょっ、アリサまでそんなこと言うわけ!? ……ユウ! ミツハ! お前らは信じてくれるよな!?」
ソーマとアリサに突き放されたコウタは同期二人に縋り付く。男同士遠慮の要らないユウに対してコウタはガクガクと揺さぶって訴え、ユウは困ったように笑っていた。
「あはは……」
「でもグボロの強い新種とか出てきても可笑しくはないよね。ハガンコンゴウみたいに中型の接触禁忌種だって居るわけだし……」
「だっろー!?」
「もう! だからコウタは、どうしていつもそうなんですか!? 二人も、あまりコウタの戯言に付き合わないでください。特にミツハは甘すぎます!」
「戯言ってなんだよ! 俺は嘘なんかついてないぞ!」
とうとう顔を突き合わせて言い合いを始めしまった。アリサはコウタに対しては遠慮が無く、よくこうして言い合いをしている。これも一種のコミュニケーションだろう。ミツハもよくカレルとギャーギャー騒いでいるが、それに近しいものをアリサとコウタからは感じている。
いつまでも帰ろうとしない様子にソーマは呆れ、ユウはどちらに味方するでもなく苦笑していた。そろそろ止めに入ろうかとミツハがタイミングを窺っていると、ユウの通信機に呼び出し音が鳴った。
「はい、こちら第一部隊、神薙ユウ班です。……ああ、サクヤさん」
どうやら通信の相手は本日非番のサクヤのようだ。
「こっちの任務は無事終了しました。これから帰投……えっ?」
穏やかに会話していたユウの表情と身に纏う空気が一変する。ピンと糸を張ったような緊張感にアリサとコウタは口論を中断し、見守るように真剣な表情で視線をユウに向けていた。
「はい……はい……わかりました。すぐに戻ります」
「ユウ、何かあったの?」
通信を切ったユウにミツハが問う。先ほどまでの楽しげに会話していた雰囲気からは一変し、第一部隊のリーダー然とした表情と雰囲気で隊員たちを見た。
「今、サクヤさんから連絡があった。装甲壁を突破して、居住区にアラガミが侵入して暴れているらしい」
「……っ!?」
ユウの言葉を聞いて真っ先に表情を変えたのは、母と妹を居住区に残しているコウタだった。元第二部隊としてミツハも居住区のことが心配だが、防衛班だったからこそタツミたちを信頼している。
「……でも、この時間なら巡回には出てないから、防衛班はアナグラに居るはずだよ」
「それに今、アナグラの防衛班は第三部隊のサポートもあって、実質二部隊のはずだ」
コウタを少しでも安心させようとするミツハにソーマが口添えてくれる。アラガミが装甲壁を突破することは、悲しいが珍しくはない。防衛班がアナグラに残っているのなら、防衛任務は迅速に行われるはずだ。そしてソーマの言うとおり今は第二部隊だけでなく第三部隊も加わっているため、通常ならば甚大な被害が出ることはないだろう。
だが、ユウの表情が緩む気配は無かった。
「アラガミの出没地点は――およそ二十箇所。……二部隊でも到底足りない」
「二十……!?」
二、三箇所程度ならままあることだが、同時に二十箇所というのは異常事態だ。愕然とするミツハたちに、ユウは険しい眼差しで命令を告げる。
「神薙ユウ班は今すぐアナグラに帰投し、そのまま防衛戦に移る。みんな、行こう!」
◇
装甲車のアクセルを踏み切って全速力でアナグラへ向かう。仕方のないことだが、本日の移動がヘリではなく車だったことがもどかしかった。
極東支部を囲う縦100メートルはある巨大な装甲壁が見えると、居住区の被害を主張するように黒い煙が壁の中から上がっていた。見える範囲でも装甲壁には複数箇所破られており、小型アラガミがそこから侵入していた。だが壁に開いた穴の大きさからして、おそらく大型種も中に侵入してしまっているだろう。神機使いにとって小型アラガミは然程脅威ではないが、居住区内部では話が違う。一般人にとっては為す術もない化け物であり、神機使いが大型を相手する横で被害を拡大させてしまう。未だに侵入し続けようとするアラガミに対し、ハンドルを握りながらユウが眉を寄せた。
「まずい、数が多い……!」
「私っ、ここで降りるね! これ以上侵入させないようにするからっ!」
「頼んだぜ、ミツハ!」
「中に入ったアラガミは私たちに任せてください!」
「デカいのが来たら撤退しろよ」
「はい!」
装甲車から飛び降り、ブラストの放射で勢いを殺して着地する。少々痛むがこの程度なら問題無い。体勢を整えて壁に巣食うオウガテイルへ向けてオラクルバレットを放つと、邪魔をされた捕喰者は怒りの牙をミツハへ向ける。壁に背を向けてミツハへと飛びかかってきた。後方からも続くオウガテイルが二体居るが、もう一体はミツハには目もくれず壁の中へ入ろうとしていた。
「こっちに来てよね、もう!」
ミツハの元へ来た三体のオウガテイルは爆発バレットで吹き飛ばす。致命的なダメージにはならないが、時間稼ぎにはなる。その隙にポーチから挑発用のフェロモン剤を取り出し、残ったアラガミに向けて投げつける。壁から数メートル離れたところでフェロモン剤は落ち、居住区へ入ろうとしたオウガテイルの意識がそちらに向いた。フェロモン剤に近寄ったところをヴァリアントサイズに変形した神機で捕まえる。咬刃を最大まで伸ばした大鎌で半円を描き、オウガテイルを無理やり引き寄せることに成功する。
「う、ぐっ」
だが爆発で吹き飛ばした三体のオウガテイルも近くに居る。少し怯んだだけですぐに立て直したオウガテイルはその尻尾から棘を飛ばしてくる。三体も居ると数も多くて範囲が広い。一体目の遠距離攻撃を躱した先で二体目の攻撃に当たってしまった。だが幸いにもかすり傷だ。
ミツハはヴァリアントサイズを大きく振り翳し、円を一周させて三体のオウガテイルも巻き込んだ。アラガミの数が増えた分、抵抗する重量も増える。重さに鎌が止まってしまいそうになるが、ミツハは奥歯を食いしばって神機を振り切った。
「はぁっ、はぁ……」
息が上がるが休んではいられない。いくつもの小さな刃で斬り付けられたオウガテイルは負傷しているが未だに活動している。だが一箇所にまとめることができた。小型アラガミはばらけられて複数方向から攻撃されることを防げれば、一対多でも立ち回りは容易だ。特にヴァリアントサイズとブラストの神機の組み合わせでは尚更だとミツハは思っている。
ミツハは神機をブラストに切り替え、範囲の広い高火力のバレットをオウガテイルの群れに撃ち込む。ブラストはリザーブが可能でオラクルを多く溜めることができ、咬刃のおかげで手数の多いヴァリアントサイズはオラクルの回収効率が高い。ミツハは偏食因子のせいで適合率の割にオラクル活性は低めだが、それでも小型アラガミ相手ならば高火力のバレットは致命的なダメージになってくれる。
バレットの爆発範囲から逃れたオウガテイルは、咬刃を目一杯伸ばしたヴァリアントサイズで捕える。近接武器だが長く伸びる咬刃のおかげで中距離からでも手出しすることができ、ブラストで切り替えながら戦う戦法でも位置取りを大きく変える必要が無い。
オウガテイルが弱ったところで近づき、捕喰する。神機の柄を短く持ち直し、両断する勢いで鎌の切っ先を鬼の頭に斬り入れた。
「ふぅ……」
猛攻を食らったオウガテイルは活動を停止し、地面に崩れ落ちた。無事に討伐完了だ。ミツハは一息吐いてコアを回収する。
「ん……?」
神機が捕喰する感覚に違和感を覚えた。コアとも素材とも違うものだ。
「……何かの破片?」
神機の口から吐き出した物は、割れた瓶の破片のような物だった。しかし触れてみるとガラスとは違う感触をしており、柔らかい金属のような材質だ。オウガテイルが捕喰した瓦礫の一部だろうか。こうして形に残っているのは珍しいが、有り得ないことではない。ただの破片だ。
だが、不思議とミツハはその破片をまじまじと見てしまう。
――なんか、変な感じする。
普段ならただの瓦礫の破片だと放り捨てるところなのだが、何故だかそんな気も起きない。上手く言い表せないが、妙に気になる。妙に目につく。不思議な感覚だが、アラガミが居るときのような悪寒とも違う。むしろ、妙に馴染むような――
「ミツハちゃーん!」
「カノンちゃん!」
ミツハが不思議に思っていると名前を呼ばれる。振り向けばカノンがブラストを携えて手を振っていた。所々に服の汚れや傷があり、アラガミと戦闘した後なのだろう。
「壁の周囲に居るアラガミを討伐しに回ってたんですけど、ミツハちゃんもしてくれてたんですね。おかげで壁の周りにいるアラガミは討伐し終わりました」
「良かった〜! 中の状況はどんな感じ?」
「かなり被害が大きいみたいです。でも、第一部隊のみなさんが加勢してくれたからそろそろ終わりそうだって、さっきタツミさんから連絡がありました」
「そっか……。私も第一部隊のみんなと合流しようかな」
カノンと一緒に破られた装甲壁を見る。煙はまだ上がっているが、派手な戦闘音は壁の外からでは聞こえない。親交のある佐々木親子は無事だろうかと心配していると、カノンがミツハの手に持つ破片を見て首を傾げた。
「その破片、どうしたんですか?」
「オウガテイルが捕喰してたみたいで……なんか変な感じしない? この破片」
「ええ? 確かにあまり見ない材質ですけど……何かの破片、ですよね?」
破片を見ながらカノンが不思議そうな顔をする。どうやらカノンから見ると、なんの変哲も無いただの破片のようだ。ならばミツハがこうも気になってしまうのは何故だろうか。疑問は尽きないが、今はそれどころではない。とりあえず破片をポーチにしまい、ミツハはカノンと共に壁の中へ向かった。
アラガミに荒らされた居住区は酷い有様だった。家屋が密集しているため、火の手が上がればすぐに燃え広がる。バラック小屋という簡素な造りのため耐久性も低く、アラガミの攻撃で簡単に破壊される。負傷している住民たちは、アラガミの攻撃による者と、家事や瓦礫の二次被害による者とで半々だった。
煙と血の匂いがする家屋と瓦礫の中で、住民たちは力無く項垂れていた。その目に色は無い。生気というものを感じられず、限りなく無表情に近い諦観と憔悴が滲んだ表情をしていた。
「…………」
――鏡で見たことのある顔だな、とミツハは目を逸らした。
カノンと別れ、第一部隊を探す。自然と足の向く方向へ進んでいけば、台風や竜巻が直撃したかのような景色が目に飛び込んできた。家屋はほぼ全て薙ぎ倒されているか巨大な獣に喰い千切られてり、地面には生々しい血痕があちこちに残されている。
既に住民は避難した後のようで人はほとんど居ない。まだこの場に残っているのは既に息をしていない人たちと、神機を持つ男女二人組だけだ。
「あ、ユウ! アリサ!」
「ミツハ! お疲れさまです」
「お疲れ、怪我はない?」
「大丈夫、かすり傷だけだから」
血臭が漂う中、巡回していたユウとアリサの姿を見つけた。ミツハが二人の元へ駆け寄ると、アリサの手のひらにあるキラキラとした色合いの破片に目がいく。
「あれ、それ……」
「見たことのない材質ですよね、これ。家屋の壁などの材質とは違いますし」
「ここがアラガミの襲撃ポイントの一つだったから、何か手掛かりがないか探していたらアリサが見つけてくれたんだ」
「それと似たようなの、突破された装甲壁付近に居たオウガテイルも捕喰してたよ。コアを回収したらこの破片も出てきて、不思議に思って持ってきたんだよね」
言いながらミツハはポーチから破片を取り出す。アリサが持っていた破片と比べても、同じ物のように思えた。
「これ、妙に不思議な感じがするんだけど……二人はどう?」
「不思議って……どういう感じ?」
「うーん……気になるというか、目につくというか。そんな感覚がするほうに歩いてきたら、その破片を持った二人が居たから何かあるとは思うんだけど……」
上手く言葉では言い表せず随分とぼやけた言い方だったが、ユウとアリサは真剣に話を聞いている。破片をまじまじと見ながら何かを感じ取ろうとしてくれているが、その表情は眉を寄せたままだ。
「私は何も感じませんけど……ユウはどうですか?」
「いや、僕も感じないかな。……でも、ミツハは僕らとは違う偏食因子を持っているし、何か感じ取れるものがあるのかもしれない。持ち帰って、サカキ博士に見てもらおう」
「それが良さそうですね。じゃあ、戻りましょうか」
ユウの言葉に同意し、ミツハとアリサはアナグラの方角へ足を向ける。
しかしユウは足を止めたまま、荒れ果てた居住区をじっと見つめていた。
「……ユウ?」
「どうかした?」
「えっ? あ、ああ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた。それじゃ、戻ろう」
声をかけられるとユウは笑って居住区に背を向けた。アリサも控えめに微笑み返していたが、ミツハはその表情にどこか陰を感じた。先ほどの居住区を見つめるユウの眼差しも、悔やむような表情をしていた。
「……居住区で何かあった?」
アナグラへと続く瓦礫で荒れた道を歩きながら、ミツハはアリサに尋ねる。アリサは曖昧な表情を浮かべ、言葉に迷うように口を開いた。
「外部居住区の人たちは……この劣悪な環境で、希望の持てない生活をしているんだなと……」
元々、外部居住区は治安が悪く浮浪者のような人が多い。
だが――最近はその状況が悪化しているそうだ。
それは、『エイジス計画』という希望が潰えたからだ。
エイジス計画の実態は選ばれた千人しか救われぬ『アーク計画』の隠れ蓑でしかなかったが、アーク計画は秘匿され一般の人々はエイジス計画が事故によって凍結されたという情報しか知らされていない。
完成の暁には現在確認されている全ての人類と生き残った生物が生活できる――外部居住区の人々にとって、エイジス計画は紛れもない希望だった。
だから今、外部居住区の人々は唯一の希望を失い、ただアラガミの襲撃に怯える終わりのない生活を余儀なくされている。
「…………そうだね」
アーク計画を止めなかったとしても、外部居住区の人々に乗船券は無い。だが、エイジス計画の凍結を露見させるきっかけとなったのは、第一部隊によるアーク計画の阻止だ。
外部居住区の人々から『希望』を奪ってしまった負い目を、ユウとアリサは感じているのかもしれない。
「……それはそれ、これはこれって割り切って考えよう? 神機使いとしてアラガミを倒して居住区の人たちを守ることを最優先で考えて、それ以外の難しいことは……守った後に考えればいいよ。死んじゃったら、もうどうしようもないんだから」
「……そうですね。アラガミから人々を守らないことには、何も始まりませんからね」
「流石、元防衛班だね」
「気持ち的には兼任だから!」
「討伐班兼防衛班か。頼もしいなぁ」
ユウとアリサの言葉にミツハが胸を張って答えると、二人の顔に笑みが浮かんだ。たとえその場凌ぎであろうと、落ちていた気分を少しでも浮かせることができたようだ。
――とりあえず、アラガミを倒すことを考えればいい。
――戦ってる間は、他のことを考えずに済むから。
ミツハがアラガミと戦う理由は、人々をアラガミから守る防衛班としての覚悟だ。
そして――余計なことを考えたくないからだ。
「…………」
通り過ぎていく居住区には、生きる希望を見失った人々が力無く座り込んでいる。
ミツハは彼らのことが、他人事には思えなかった。