Kuschel   作:小日向

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114 嵐の襲撃・アゲイン

5月18日

 

「巡回中に突然堕天種のサリエルが来て焦ったのっていつだったっけか。4日前?」

「5日前ですね。4日前はボルグ・カムランを遭遇前に発見して他部隊から応援を呼んだ日でしたよ」

「あー、そうだったか。ありがとな、ヒバリちゃん! お礼にこの報告書が終わったら一杯奢らせて?」

「お礼は余裕を持った報告書の提出でお願いします」

 

 エントランスでは今日もタツミがヒバリにアプローチを仕掛け、敗北していた。受付付近にあるスペースで報告書を書きながらタツミはヒバリを口説き、返ってくるにべもないヒバリの態度に「そんなところも好きだぜヒバリちゃん」とタツミははにかんでいた。

 そんな二人のやりとりを階段を降りながら見ていたミツハは、いつもの応酬に笑みを浮かべながらも、『珍しいな』と意外に思ってタツミに近づいた。

 

「お疲れさまです、タツミさん」

「おう、ミツハ。今日は非番だったか?」

 

 タツミの言葉にミツハは頷きながら、テーブルの上に広がっている報告書に目を向けた。『広がる』と表現できるほど書類の数は多い。神機使いは任務毎に報告書を作成して提出しなければならず、チーム内で最も階級の高い者がその役目を担うことになっている。基本的に部隊長のため、防衛班の任務の報告書は毎回タツミが提出している。

 

「珍しいですね、タツミさんがそんなに報告書溜め込んでるの」

 

 タツミは防衛班の隊長となって長い。書類仕事は得意ではないと本人は言っているが、慣れたものでそつなくこなしているため提出期限に追われることは滅多に無いはずだった。

 ミツハの指摘にタツミは苦笑を漏らす。

 

「最近出動が多くてなぁ。昨日まとめてやるつもりだったんだが、そんな場合じゃなくなっちまったしな」

「先月よりアラガミの数が増えているみたいで。誤差の範囲かと思っていたんですが、昨日の異常な襲撃を見るとアラガミが増えているのは間違いないと思います」

「あー……確かに。アリサもこの前非番なのに緊急出動してたし」

 

 ヒバリの説明を聞きながら記憶を辿る。そう言われてみれば、出動が多いような気がする。

 そして何より昨日起きた襲撃はまさに異常としか言いようがない。起きた嵐のような襲撃は外部居住区に大きな爪痕を残し、フェンリルの作業員たちが復旧作業を急いでいる。今朝から慌ただしく作業員が行き来してる姿をミツハは何度も見かけていた。

 

「二十箇所っていうのは流石に異常だよね。復旧作業、大変そうだなぁ……」

「そうなんです。装甲壁の突破箇所が多いせいで、居住区の復旧に充てる人員が足りてないんですよね」

 

 復旧作業の最優先は無論、装甲壁の修復だろう。それは仕方のないことだが、瓦礫で荒れた外部居住区の光景を思い出してミツハは苦い顔をした。死んだ目をした外部居住区の住人の顔は記憶に新しい。

 

「……瓦礫の撤去ぐらいなら私でもできるし、手伝いに行こっかな」

「お、いいな。むしろ力仕事は俺らのほうが向いてるしな。俺も報告書終わったら手伝いに行くわ」

「待ってまーす! ヒバリちゃん、どの区画が人員不足とかわかる?」

「そうですね……B区画は作業員が少ないそうです。すみません、非番なのに」

「いいのいいの、暇してたし! それじゃ、いってきまーす」

 

 タツミたちと別れ、ミツハは外部居住区に出た。壁から最も内側の中央施設周辺にアラガミが到達することはほぼ無いため、被害の様子は無い。だが外側へ行くにつれて建物は粗末なバラック小屋になっていき、そして瓦礫が広がっていく。B区画は特に内側までアラガミが侵入してきたようで、第三防衛ラインの区画まで建物が倒壊していた。

 倒壊した建物から荷物を取り出そうと住人たちが瓦礫を漁っている中、まばらにいる作業員が大型トラックの荷台に瓦礫を運んでいる。クレーン車は装甲壁や他の区画の作業に充てているのか、手作業で瓦礫の撤去を行っていた。身体能力が向上している神機使いなら瓦礫も軽々持ち上げられるが、一般人である作業員には重労働のはずだ。

 

 ミツハは近くの作業員に話しかけて手伝いを申し出る。神機使いの助っ人は作業員もありがたかったようで喜ばれた。大人の男性が二人がかりでやっと持ち上げられそうな瓦礫も神機使いなら一人で運べるため、重機が無い状況では大助かりだろう。

 

「あれ……?」

 

 作業員に混じって撤去作業していると、倒壊したバラック小屋で瓦礫を漁っている子供の姿を見つけた。子供の赤い髪色は見覚えのあるものだ。

 

「カズヤ君?」

「あ、ミツハさん!」

 

 ミツハが声をかけると、顔を上げた子供――佐々木カズヤは顔を綻ばせる。外部居住区に住む佐々木親子はB37区画――ちょうどこの辺りに住んでいるはずだ。しかし瓦礫を漁るカズヤに目立った外傷は無く、ミツハはほっと笑みを漏らした。

 

「良かった、無事だったんだね。昨日の襲撃大丈夫だった?」

「うん、すぐ避難したから俺も母さんも無事。でも家がぶっ壊されちゃってさー。昨日は避難所で寝たんだけど、人多すぎて全然寝らんなかった」

「そっか……」

 

 困ったようにカズヤは笑うが、ミツハは歯痒い気持ちになる。居住区が復興するまでミツハの部屋に佐々木親子を寝泊まりさせたくなるが、家族である藤木親子ですらコウタと共に内部居住区には住めないのだ。赤の他人のミツハと佐々木親子では到底無理だろう。外部居住区に住む十数万人を内部居住区に住まわせることは不可能なのだから、特例を認めてしまえば際限がなくなってしまう。

 それは理解しているが、やはり格差を突きつけられると良い気分にはなれない。だからといってミツハにはどうすることもできない。できることといえば、今しているように外部居住区の復興を手助けすることだ。

 

「それで、カズヤ君は何してたの?」

「母さんが大事にしてる写真を探してた。避難するとき持ち出すの忘れてたみたいで。瓦礫の下敷きになってるかも」

「じゃあ瓦礫退かすの手伝うよ〜」

「ありがと、ミツハさん」

 

 まだ成長期前のカズヤ一人では瓦礫の中から写真を探すのは大変だろう。瓦礫の中に混じって食器や小物などが散らばり、ただの瓦礫ではなく生活が壊された跡なのだと実感する。

 

――あ、オーブン壊れてる。

――このオーブンでアップルパイ焼いてくれてたんだよね……。

 

 もう使い物にならないであろうオーブンを持ち上げ、傍に寄せた。

 

「このオーブンって支給品なの?」

「ううん、父さんが生きてた頃に買ったって言ってた」

「お父さんが……」

「そ。工場で働いてたらしいから、割と良い生活できてたみたい」

 

 佐々木親子は母子家庭だ。父親が居ないということはそういうことなのだろうと予想はしていたが、カズヤ本人の口から聞いてしまうと、どう言葉を返していいのか迷ってしまう。エリナからエリックのことを聞かれたときからあまり進歩していない。

 歯切れの悪いミツハの反応にカズヤは可笑しそうに笑った。

 

「別に、珍しいことでもないんだし気にしないでよ。俺は母さん生きてるだけマシなほうだし。それに俺、父さんのことよく覚えてないからあんま悲しいとかないから」

「そう、なんだ……。……小さい頃に亡くなったの?」

「うん。俺が4歳くらいのとき? だからあんま覚えてない。あ、でも俺がガキの頃にみんなで撮った家族写真があるから顔はわかるよ」

「そっか。写真があって良かった……ん? 写真? まさか」

 

 はっと思い至ってカズヤを見ると、少年は少し照れたように頷いてみせた。

 

「今探してる写真が父さんが写ってる家族写真。母さんがすっげぇ大事にしてんの」

「めちゃくちゃ大事な写真じゃん! 絶対見つけようね、カズヤ君!」

「俺より張り切ってるー」

 

 ミツハが息巻いて瓦礫を持ち上げるとカズヤは苦笑したが、その笑みには嬉しさが滲んでいるようにも見えた。

 それからしばらく瓦礫を撤去していると、カズヤが「あ!」と声を上げた。視線を向けてみれば、壊れた写真立てを手にしていた。

 

「見つかった?」

「うん。写真立ては割れてるけど、写真は無事」

「良かった。……良い写真だね」

 

 壊れた写真立てに収まっている写真には、若い夫婦と3、4歳ほどの幼い子供が仲睦まじく写っていた。約10年前の写真とは思えないほど状態が良い。とても大切にしていることが窺え、ミツハは温かい気持ちになった。

 在りし日の佐々木親子の家族写真に目を細めていると、カズヤは居心地が悪そうに目元を赤らめた。

 

「なんか恥ずい」

「小さいカズヤ君可愛い〜」

「恥ずいって、もー!」

 

 照れたカズヤが写真立てをパーカーの大きなポケットに突っ込んで隠した。その様子にミツハは笑みを浮かべ、カズヤを避難所まで送ろうと一歩踏み出す。

 

 ――そして。

 

「――――っ」

 

 ぞくりと悪寒がした。

 次いで、装甲壁から人の悲鳴が聞こえる。弾かれるように目を向けると、装甲壁の復旧作業をしていた作業員が逃げ出すように内側へ向かって走って来ていた。

 

「アラガミだっ! またアイツらが来やがった――!」

「っ、カズヤ君は急いで避難所に!」

「う、うん! ミツハさんも気をつけて!」

 

 途端、辺りは騒然となる。アラガミがオラクルのエネルギー弾を放ったのか、ドォンと爆撃するような音が響いた。作業員の悲鳴と共に、血の匂いが鼻についた。

 

――神機は今無い。戦えない。

 

 神機を取りにアナグラへ急ぐことも考えたが、怪我人は既に出ているだろう。どちらが最善か逡巡し、ミツハは作業員の居る壁の方へ向かった。怪我人の救助と避難誘導が優先だ。

 幸いにも携行品などを詰め込んだウエストポーチは身支度の一部となっているので、スタングレネードも包帯なども手元にある。ポーチからインカムを取り出し、走りながら連絡を取る。ワンコールも終わらないうちに通信は繋がった。

 

『――こちらタツミ! 今どこだっ?』

「B37から第一防衛ラインのほうに向かってます! 負傷者の救助をするので、神機を持ってきてもらえませんか!?」

『わかった、すぐに行くっ!』

 

 既に出撃するため神機保管庫に向かっているのか、通信からは慌ただしい足音も聞こえた。必要な会話だけをしてすぐに通信は切り、ミツハは負傷している作業員のもとへ急行した。

 瓦礫の下敷きになっている作業員を救出し、怪我をしていない作業員が負傷者に肩を貸して避難所へ向かう。同じように動けない作業員が居ないかミツハはぐるりと辺りを見渡し、違和感を抱く。

 

「あんまり、襲ってない……?」

 

 こじ開けられた壁の穴からアラガミが雪崩れ込んでくるが、何か目的があるかのように猪突猛進し、進路上に居る人間を排除するくらいで積極的に人を捕喰する様子は無かった。おかげでスムーズに避難ができ、負傷者も少ないが不気味としか言いようがない。

 気味の悪さを感じながらも負傷者を救護し、目視できる範囲で最後の一人を助けたところでアラガミの動きが変わった。それまで一箇所に留まっていたアラガミが散らばり、人を襲い始めたのだ。

 そのうちの一匹がこちらへ向かってくる。負傷した作業員を支えるミツハに向かって、オウガテイルが突っ込んできた。

 

「目を閉じてください!」

「あ、ああ!」

 

 作業員の返事と同時にスタングレネードを投げる。瞬間、真白の光がオウガテイルの視界を焼く。目を眩ませている間に走り抜けようとしたが、距離が開く前にオウガテイルが立ち直ってしまった。

 救出した作業員の負傷箇所は不幸中の幸いか足ではない。意識もしっかりしているため、ミツハは彼に背を向けてオウガテイルに向き直る。

 

「引きつけますから、一人で行ってください! 気をつけて!」

「わ、わかった。頼んだ、ゴッドイーター!」

 

――神機が無いから喰べれないけどね!

 

 武器が無い焦りを感じながら、ミツハは神機代わりに瓦礫の中から長さのある鉄パイプを手に取る。飛びかかってきたオウガテイルの大きな口を横にした鉄パイプで受け止め、振り翳してオウガテイルを遠心力で投げ飛ばした。

 神機ではないのでアラガミにダメージを与えることはできないが、軽い攻撃ならば受け止めたり受け流すことはできる。数えきれないほど相手しているオウガテイルだからこそタイミングを見極めることも容易だった。その隙にアラガミを寄せ付けやすくするフェロモン剤を壁側に向かって投げ、ミツハはタツミと早く合流できるように内側へ走り出した。

 

「――――っ!」

 

 しかしミツハを阻むように、前方から勢いのある水泡が射出された。鉄パイプで受け止めることは到底不可能だ。すんでのところで転がるようにして回避したが、体勢を整えたときには既に距離を詰められていた。

 

「グボロかぁ……!」

 

 鈍重そうな見た目とは裏腹にグボロ・グボロの突進のスピードは速い。接近してきたグボロ・グボロから距離を取ろうとしたが、手にしていた鉄パイプに喰いつかれて動きが止まる。

 

「しまっ――」

 

 咄嗟に手放そうとしたが、それよりも早くグボロ・グボロが鉄パイプを喰んだまま頭を大きく振った。先程オウガテイルにしてやったように、今度はミツハが瓦礫に向かって投げ飛ばされてしまう。

 

「い゛っ! う゛っ、っづぅ……」

 

 頭を打ちつけたのかぐわんぐわんと脳が揺れる。頭皮がぬるつく感覚がして、目に液体がかかり視界を悪くする――どうやら、血を流しているようだ。

 血が垂れていない右目の視界では、弱った獲物を喰らおうとグボロ・グボロが緩慢な動きで近づいている。

 

 ――その光景に、ミツハは強烈なデジャヴを感じた。

 まだ髪が長かったあの日。この世界を夢だと思っていたあの日。グボロ・グボロに殺されかけたあの日の記憶が鮮明に過ぎった。

 

「――二の舞はっ、ごめんだからッ!」

 

 手近にあった大きな瓦礫を持ち上げ、ミツハはグボロ・グボロの大きな顔面に向かって思い切り投げつけた。

 ダメージにはならないが、物理的な障害によって一瞬グボロ・グボロの動きが止まり――

 ――ショートブレードの鋭い刀身がその顔面に追い打ちをかける。

 

「タツミさん!」

 

 すぐに眩い閃光が走り、タツミに腕を引かれ瓦礫の物陰に身を潜めた。オウガテイルのような小型種と違って中型種ともなればしぶとく、そう簡単に沈みはしない。まだ生きているのだろう。

 

「ミツハ、怪我はどの程度だ?」

 

 神機が収納されたアタッシュケースをミツハに渡し、タツミが端的に問う。仲間想いのタツミが開口一番に労いの言葉ではなく怪我の程度――動けるかどうか聞いているのだ。つまり、それだけ余裕のない状況ということだった。

 ミツハは左目に垂れた血液を手の甲で拭い、視界を確保する。頭の傷は痛むが、痛むだけで目眩も無く、身体は自由だ。

 

「大丈夫です、動けます」

 

 返事をしながら神機を取り出す。鉄パイプとは比べ物にならないほど手に馴染み、心強いヴァリアントサイズの柄を握った。

 

「そうか、頼む。だけど無理はすんなよ。――行くぞ!」

 

 タツミの合図と共に物陰から飛び出し、グボロ・グボロに神機を振り翳した。ヴァリアントサイズの禍々しい形をした刃が柔らかいヒレをブチブチと切断する。痛みにのたうちまわる巨体に撥ねられないよう注意しながら立ち回っていたが、予測できない動きと足場を悪くする瓦礫がミツハの体勢を崩してしまう。ガクンと膝が折れ、グボロ・グボロの尾ビレが鳩尾に叩きつけられて肺から押し出されるように喉が鳴った。

 

「がはっ……」

「ミツハ! 無事か!?」

「う゛っ……だいじょぶ、ですっ。タツミさん、引きつけておいてもらえませんか? 捕喰したいので」

「おう、任せときな!」

 

 鳩尾から響く鈍痛に蓋をし、ミツハは神機を構えなおす。ショートブレード使いで接近戦を主とするタツミがグボロ・グボロの注意を引いているうちに、ミツハはその死角へと回る。タイミングを見計らって距離を詰め、ミツハは神機を捕喰形態へ変形させて先程鳩尾に叩き込まれた尾ビレに噛みついた。

 神機からオラクルが流れ込んでくる感覚がし、身体が軽くなって頭と鳩尾の痛みが和らぐ。ミツハの方へ振り向こうとするグボロ・グボロからステップして後退り、助走をつけて大きく飛び上がる。棒高跳びのようにグボロ・グボロを飛び越えながら頭部の砲塔を捕喰し、着地しながら神機を銃形態へ切り替えた。

 

「っ……タツミさん、どうぞ!」

「サンキュ!」

 

 着地の衝撃が鳩尾に響いたが、奥歯を噛んでタツミに向かってリンクバーストを放った。活性化したオラクルによって神機の攻撃力も上がり、グボロ・グボロのオラクル細胞の結合を破壊していく。

 ミツハは銃形態のままバレットを切り替え、タツミに誤射しないよう気をつけながらグボロ・グボロに照準を合わせる。破砕よりも貫通が有効だが、貫通に特化したバレットは爆撃というより狙撃になり、ブラストで狙いを定めることが少々難しい。頭から再び垂れてきた血液が左目の視界を邪魔して致命的な一撃(クリティカル)にはならなかったが、タツミに噛み付かんとするその大きな牙は鋭さを失った。

 

「いい加減っ、おとなしくなりやがれっ!」

 

 吠えたタツミがショートブレードをグボロ・グボロの頭に突き刺す。耳障りな絶叫を上げながらグボロ・グボロは噴水のように血を噴出させ、鳴き声が静かになると共に動かなくなった。

 

「ふー……討伐完了だな」

 

 刀身に付着した血を払い、タツミがようやく笑顔を浮かべた。その表情にミツハは安堵の息を漏らしたが、戦闘が終われば周囲の音がよく聞こえてくる。未だ戦闘音が遠くから聞こえ、アラガミが近くに居るとき特有の悪寒は続いていた。

 

「アラガミの侵入、また複数地点だったんですか?」

「ああ。昨日よりは少ないが、十箇所ほどあるらしい」

「十箇所……!? 2日続けてアラガミがそんなに来るのって、流石に異常じゃないですか?」

「そうだなぁ……。壁に穴が開いて侵入しやすくなるから連日来るってのはあるっちゃあるんだが、今回は数が多すぎなんだよな……」

 

 タツミが難しい顔をしながら状況を説明してくれる。昨日と同様、アラガミによる襲撃が多発し、アナグラに残っていた神機使いが総出で討伐しているが、昨日の襲撃によって負傷した神機使いも居るため人手が足りていない。出撃中の神機使いにも応援を頼んでいるらしい――そう話しているうちに、ヘリコプターの音が近づいてくる。

 

「お、来たか」

 

 見上げたヘリから人が飛び降りてくる。ロープもパラシュートも何も付けていないが、手にしている神機がザイゴートを叩きつけ、勢いを殺して綺麗に着地した。同時にザイゴートは地面に沈み、そのまま二度と宙を飛ぶことはなかった。

 

「小型とはいえ一撃……流石ユウだな〜」

 

 極東支部の最高戦力――第一部隊、通称討伐班はミツハが所属している部隊だが、生憎ミツハはユウやソーマのような目を見張るほどの強さは無い。だからこそ、彼らが来てくれたことに強い安心感を得た。

 それはタツミも同じだったようで、いくらか表情を和らげていた。

 

「うっし、これで安泰だな。ミツハは一旦下がって頭の止血しとけ。血、邪魔だろ」

「はーい、そうさせてもらい……」

 

 ――ますね、と続けようとした言葉が途切れる。俊敏な動きをした黒い生き物が右目の隅を横切ったからだ。

 その生き物と目が合い、ミツハは血ではなく冷や汗が垂れた。

 

「嘘っ、ヴァジュラ!?」

「なんで俺らが大型とエンカウントしちまうかねー! ミツハ、第一部隊と合流だ!」

「はいっ!」

 

 二人でヴァジュラと戦うのは得策ではない。撤退しようと走り出すが、ヴァジュラが放った電撃がミツハの後を追う。ホーミング性のエネルギー弾は厄介だ。シールドを展開して受け止めることにしたが、片目ではタイミングが上手く掴めなかったのか腕が痺れる。一瞬神機を握る力が弱まり、エネルギーが霧散し切る前にシールドが弾かれてしまった。

 

「――ヤバ、ッ!」

 

 電撃の球はほとんど消えかかっていたため大したダメージではなかったが、弾かれた際に神機を手放してしまい数メートル後方に転がっていた。大型アラガミを前に丸腰だ。――マズい、と肝が冷える。

 タツミも焦った顔をしていたが、冷静にスタングレネードを投げる。

 

 眩い光が辺りを包み――鈍い衝撃音が響き、ヴァジュラの咆哮が聞こえた。

 

 グレネードの効果が終わり、戻った視界に飛び込んだのは、バスターブレードがヴァジュラの左目を抉っている光景だった。

 

――ソーマさん……!

 

 ネイビーブルーのダスキーモッズを翻し、ソーマはヴァジュラの前脚にも一撃を叩き込んだ。ヴァジュラが狼狽えた隙に声を張り上げる。

 

「タツミ、死角の左側面から攻撃を仕掛けろ! ミツハは援護射撃だ。俺が引きつける!」

「りょーかい!」

「わかりました!」

 

 ソーマの指示に従い、ミツハは神機を拾い上げてブラストを構える。おそらくもう前衛に出ることはないため、ポーチから取り出したアンプル剤でオラクルを充填した。

 

 ソーマが加わったことにより状況は途端に好転し、それ以後は危なげなく立ち回ることができた。弱ったヴァジュラにソーマがとどめの一撃を加え、黒い巨体は瓦礫の中に沈んで動かなくなった。

 ヴァジュラとの戦闘を終えれば、辺りも静かになっていた。悪寒も感じず、脅威は去ったのだろう。ミツハはヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

 

「死ぬかと思った~……!」

「俺も流石に焦ったわ……。説明は後にしてさっさと止血しとくべきだったな、すまん」

「や、グボロと遭遇してすぐ鉄パイプを手放しておけばこんなことにはならなかったので……私のミスです……」

「……鉄パイプ?」

 

 タツミと話をしていると、ソーマの低い声が降ってきた。

 

「どういうことだ」

 

 顔を上げれば、フードの奥から鋭い目が覗いていた。怒気を纏ったソーマのただならぬ雰囲気にミツハは背筋が伸び、しどろもどろに苦笑を浮かべた。

 

「ええっと……ちょうど外部居住区に出てたときにアラガミが襲撃して……神機を取りに戻るよりタツミさんに持ってきてもらったほうが、救護とかもできたので……」

「……まさか、神機が無い間鉄パイプで戦ってたとか言うんじゃねぇだろうな」

「戦ってないですよ流石に! 無理ですし! ただ、オウガテイルくらいなら攻撃受け止めたりできたので……」

「変わんねぇだろうが。神機が無いのにアラガミの前に出るんじゃねぇよ」

「やー……だって作業員さん居ましたしぃ〜……負傷者の避難が優先というか~……」

「…………」

「う、や、はい。なんでもないです。これからは気をつけます、はい」

 

 無言の圧力に屈した。ソーマが心配してくれているのはわかるので、ミツハは素直に謝る。しおしおとしょぼくれるミツハにソーマは深い溜息を吐き、膝を折ってポーチから包帯を取り出した。

 

「止血するぞ」

「ありがとうございます。……うわぁ、服が血みどろだぁ……」

 

 頭から垂れた血が左肩から広がり、白い服に染み込んでいた。これはもう洗うより新しい物を買ったほうが早いかもしれない。

 

「俺は周囲の様子を見てくるわ。ソーマ、ミツハのこと頼んだぞ」

「……ああ」

 

 ソーマの短い返事にタツミは笑みを浮かべ、その場から離れた。

 慣れた手つきで、しかし丁寧にソーマが止血を施す。負傷箇所が頭のため、ソーマの顔と距離が近くてミツハは少し緊張してしまう。

 

「終わったぞ」

 

 ソーマが親指の腹でミツハの左瞼を擦る。血を拭ってくれたのか、瞼を開くことに不快感は無かった。

 

「……そ、ソーマさん?」

 

 顔を上げると、至近距離で目が合って驚いた。その眼差しにミツハはドキドキしてしまうのだが、ソーマは何を思ったのか眉を寄せ、もう一度溜息を吐いて立ち上がった。

 

「死ぬなよ」

「……死にませんよ!」

「死にそうだっただろうが」

「死なないように頑張りまーす!」

 

 アナグラへ向かって歩き出したソーマの背を追う。隣に並ぶため走ろうとしたが、思い出したように鳩尾が痛んで「うっ」と小さく呻き声を上げた。

 振り返ったソーマが立ち止まる。どうやら耳の良いソーマには聞こえていたようだ。「歩けるか」と短くソーマが問う。

 

――歩けないって言ったら、肩を貸してくれるのかな。それともおぶってくれるのかなぁ。

 

 そう思いながらもミツハはソーマの隣に駆け寄り、「大丈夫です!」と元気良く笑った。

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