アナグラへ帰投し、受付のヒバリへ帰投報告をして神機ケースを預ける。タツミと別れて医務室で小さな傷に絆創膏を貼った後、そのまま研究室へ足を運んだ。
「ミツハ、お疲れー!」
「お疲れ〜」
研究室に入るとコウタが先に来ていた。赤い椅子に座るサカキに挨拶をして、ソファに座る。
「なぁなぁ、初陣どうだった?」
「オウガテイル相手だったけど、問題無く倒せたよ〜。コウタはどうだった?」
「俺の相手はザイゴートだったぜ。ちょこまか動くから当たりにくかったけど、サクヤさんがアシストしてくれてさ。サクヤさん、良いよなぁ……美人だし、優しいし」
「コウタってば、大人のお姉さんがタイプなの〜?」
コウタはサクヤと同行したらしい。浮かれるコウタをからかっていると、ユウがやって来た。三人が揃いサカキがニコリと目を細めた。
「お、来たね」
「ユウ、お疲れ!」
「お疲れ〜。ユウは誰と同行だったの?」
「僕はリンドウさんと。頼もしかったな」
「三人とも初陣お疲れさま。身体を動かした後は、お勉強の時間だ」
サカキが椅子から立ち上がり、ソファに座るミツハたちに近寄る。『お勉強』の言葉にコウタはうへぇ、と苦い顔をした。
「さて、いきなりだけど……君はアラガミってどんな存在だと思う?」
サカキはユウに向かって、唐突に質問を投げかける。ユウは少し思案し、首を傾げながら答えた。
「人喰いの化け物、ですかね?」
「うん、そうだね。『人類の天敵』『絶対の捕喰者』『世界を破壊するもの』。まあ、こんなところかな。これらは認識としては間違っていない。むしろ、目の前にある事象を素直に捉えられていると言えるだろうね」
ユウの言葉に頷き、サカキがつらつらと語る。
「じゃあ、何故。どうやってアラガミは発生したのか? ……って考えたことはあるかい? ……君たちも知ってのとおり、アラガミはある日突然現れて、爆発的に増殖した。そう、まるで進化の過程をすっ飛ばしたようにね」
この辺りの話はこの世界における一般常識なのだろう。座学では兵法やアラガミの特徴などの講義が多かったため、こういった話はミツハには助かる。
しかしコウタにとってはつまらないのか、そもそも講義自体が苦手だからか眠そうだ。欠伸をしたコウタは、ミツハとユウにヒソヒソ話をする。
「……なぁなぁ、この講義なんか意味あんのかな? アラガミの存在意義なんか、どうでもよくね?」
「そうかね?」
「ヒッ!?」
いつの間にかすぐ傍に立っていたサカキがコウタを見下ろす。コウタの背筋が面白い速さで伸びた。
「アラガミには脳が無い。心臓も、脊髄すらありはしない。私たち人間は頭や胸を吹き飛ばせば死んじゃうけど、アラガミはそんなことでは倒れない。アラガミは考え、捕喰を行う一個の生命体――『オラクル細胞』の集まり……そう、アラガミは群体であって、それ自体が数万、数十万の生物の集まりなのさ」
――改めて聞くと気持ち悪いなぁ……。
一見すると一個体の生物に見えるが、高倍率のルーペなどで見てみたら集合体になっていたりするのだろうか。想像したら鳥肌が立った。
「そしてその強固でしなやかな細胞結合は、既存の通常兵器ではまったく破壊できないんだ。じゃあ君たちは、アラガミとどう戦えばいいんだろうね?」
「えーと、それは……神機でとにかく斬ったり撃ったり……」
サカキの質問に、コウタが背筋を伸ばしたまま慌てて答える。
「そう。結論から言えば、同じオラクル細胞が埋め込まれた生体武器『神機』を使ってアラガミのオラクル細胞結合を断ち切るしかない。だがそれによって霧散した細胞群も、やがては再集合して新たな個体を形成するだろう」
――え、そうなの?
これは初耳だった。だとしたらキリがない、賽の河原状態ではないか。
――この世界、詰んでない?
目の前のアラガミを討伐しても、オラクル細胞の結合を断ち切っただけでありオラクル細胞は霧散してしまう。霧散したオラクル細胞は消えていないから、再びアラガミとなってしまう。オラクル細胞を抹消する方法は無いのかと思ってしまうが、無いのだからこの世界はこんな有様になっているのだろう。
ミツハが何を考えているのか見透かすように、サカキは目を細めて頷いた。
「神機をもってしても、我々には決定打が無い。いつの間にか人々はこの絶対の存在を、ここ極東地域に伝わる八百万の神に喩えて、『アラガミ』と呼ぶようになったのさ」
――どうしようもない絶対の存在だから、荒ぶる神のアラガミかぁ。
そうしてサカキの講義は終わり、座学が嫌いなコウタは一番に立ち上がって研究室から出た。苦笑しながらミツハとユウもコウタに続いて研究室を出る。
サカキの講義は研修期間の座学よりも面白い内容だった。特にアラガミは無限に湧くというのが驚きだ。アラガミの根絶が不可能ならば、人里に近づく熊を殺すようにアラガミを迎撃して生活圏を死守し、なんとか共存していくしかないのだろう。
廊下を歩きながら端末を確認する。フェンリルから支給された無骨な携帯端末には、タツミからメールが届いていた。任務終わりに話していた、防衛班と顔合わせの連絡だった。
――シャワー浴びたらちょうど良さそうな時間だ。洗濯もしよ〜。
集合時刻は18時で、今の時刻は17時だ。ミツハはシャワーを浴びてからラウンジへ向かうことにした。