「防衛班にようこそー!」
ラウンジに足を踏み入れると、パンッ! と乾いた音が響いて紙吹雪が舞った。パチクリと瞬きをするミツハの手をカノンが引き、ラウンジの中に招き入れる。
「えへへ、ミツハちゃんの歓迎会です!」
「え〜!? ありがとうございます〜!」
ラウンジは簡易的に飾り付けがされており、テーブルには配給品とは違う食事が並んでいた。その食事をシュンがつまみ食いして眼帯をした銀髪の女性に怒られており、目つきの悪い長身痩躯の金髪の男性はその様子を鼻で笑っていた。
「シュン、主役より先に食うなよー。ブレ公も片付けは後だ後!」
タツミが苦笑しながら声を張り上げる。クラッカーの紙吹雪を黙々と回収する青いジャケットを着た男性は「む、そうか」と片付ける手を止め、ミツハに顔を向けた。
「俺はブレンダン・バーデルだ。お前さんと同じ第二部隊に所属している。これからよろしく頼む」
「私はジーナ・ディキンソン。所属は第三部隊よ、よろしくね」
「俺はカレル・シュナイダー。同じく第三部隊だ。……で、このチビは小川シュン」
「ハァ!? テメェみたいなクソガリに言われたくねぇよ! つーか俺はもう名乗ってるから必要ねーし!」
「喚くな鬱陶しい」
「テメェ!」
「わお……」
第三部隊の男性二人は大変賑やかなようだ。「あいつらはいつもあんな感じなんだ」とタツミに説明される。『うちは結構緩いぞ』と言っていたとおり、厳しい上下関係はあまりなさそうだ。
タツミにジュースの入ったコップを渡されて前に出るよう促される。流れを察してミツハは視線の中心に出た。
「この度、第二部隊に配属された井上ミツハです。色々ご迷惑をおかけすると思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」
「んじゃ、新人の活躍に期待して! 乾杯!」
タツミの合図に合わせて各々コップを掲げ、防衛班の歓迎会が始まった。
テーブルに並ぶ料理は、普段食堂で口にする配給品の食事とは違っていた。『嗜好品配給チケット』なる、通常の配給品とは違う高品質な配給品を受け取れるチケットが神機使いの報酬としてあるらしい。その他、各々が持ち寄った料理やお菓子は食堂や配給品のものよりずっと美味しかった。
「特にこのクッキーが凄く美味しいです! これも嗜好品配給チケットで貰えるんですか?」
「ふふ、それはカノンの手作りよ」
「台場さんの手作りなんですか!?」
「えへへ……そうなんです」
真ん中にちょこんとのった赤色のジャムがアクセントの絞り出しクッキーはいくらでも食べられそうだった。カノンの手作りと聞いてミツハは驚き、手作りの菓子を褒められたカノンは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「え〜、凄く美味しかったです! お菓子作りが趣味なんですか?」
「そうですね、休みの日によく作ってます!」
「いつか一緒にお菓子作りしたいです……!」
「しましょうしましょう! ミツハちゃんもお菓子作り好きなんですか?」
「お母さんが好きで手伝ったりしてたんですよね〜。アップルパイとか作ってました」
「アップルパイ! いいですね〜!」
「あら、楽しそうね。やるなら私もまぜてくれない?」
「もちろんです、ジーナさん!」
女子らしい会話が弾んで花が咲く。同期と部隊が分かれてしまったのは少し寂しく思ったが、防衛班と話をしているうちにそれも吹き飛んだ。賑やかで楽しそうなチームだった。
テーブルに空になった皿が増えた頃合いで、タツミが少々真面目な顔をミツハに向けた。
「ミツハ、明日はブレンダンと防衛任務に就いてもらう」
「防衛任務って、具体的にどんな感じなんですか?」
「極東支部周辺を巡回して、支部に近づくアラガミの掃討だな。第三部隊はエイジス島の防衛が主だが、合同でやったり人員を貸し借りすることも多いから、そのうち第三部隊とも任務に行ってもらうぞ」
「取りぶんが減るからエイジスには極力来なくていいぜ」
「そうそう! 俺らだけでジューブンだからな!」
「おいおい」
「あはは、一緒になったときはお手柔らかにお願いします〜」
「ふふ、組むのを楽しみにしてるわね」
説明を受けていると、カレルとシュンが茶々を入れてきた。呆れるタツミに対し、ミツハはジーナと一緒に笑う。
「ミツハちゃん、まだ初日なのにもう溶け込んでますね……! 私の時はもっとガチガチに緊張してた気がします」
「確かに、任務の時もそうだったがミツハはあんまり物怖じしてないな。リラックスして戦えるのはいいが、緊張感も大事だぞ」
「オウガテイル相手だと、訓練とそう変わりないから仕方ないかもしれないな。戦場では一度に戦う数も種類も増えていくし、徐々に慣らしていけばいいだろう」
「それもそうだな、ブレンダン先生。よし、ミツハ。明日からも頑張れよ」
「はい!」
元気良く返事をする。先輩後輩の程良い上下感が運動部の部活を思い出した。
歓迎会はお開きとなり、片付けを手伝おうとしたが今日の主役ということで断られた。お礼を言い、明日同行するブレンダンと軽く任務の確認をしてからラウンジを出る。
地下のランドリールームで乾燥し終わった服を回収し、部屋に戻ろうとエレベーターを待つ。階層の近い地上1階から降りてくるので待ち時間は短い。その短い待ち時間で歓迎会の楽しい空気の余韻に浸っていると、エレベーターが到着し扉が開いた。
「…………」
エレベーターには先客が居た。フードを目深に被った青年――ソーマだった。
アナグラで生活するようになって1週間が経ち、その間にソーマには真偽不明の怖い噂が多々あることは耳にしている。その上ミツハは迷惑をかけたせいで疎まれているのか、嫌悪されているのは明らかだ。
――正直、気まずい。
しかし、ここで乗らないのは不自然だろう。ミツハは笑顔を張り付けてエレベーターに乗り込んだ。
「ソーマさん、お疲れさまです」
「…………」
「今日から実戦だったんです。同行することがあったら、よろしくお願いします」
新人らしい当たり障りのない言葉を選ぶ。会話のキャッチボールは期待しておらず、このまま無言でエレベーターが降りていく――かと、思われた。
ソーマの視線はやはり鋭い。刺すような眼差しを向けられ、ミツハは笑顔が固まった。
「お遊びで神機を握ってんならさっさと辞めろ。テメェみたいなヤツは邪魔なだけだ」
「……真面目にやってるつもりですけど」
「チッ、自覚の無い馬鹿が一番救いようがねぇな」
――なんだこの人。
どうしてこんなことを言われなくてはならないのだ。歓迎会で上昇した気分が地に叩き落とされた。
明確な侮蔑や敵意を前にして、ミツハは狭いエレベーターの端に寄ってソーマとできるだけ距離を取った。そんなミツハにソーマはもう一度舌打ちをして、ランプのついていない次の階層で早々に降りて行った。
「わけわかんない人、苦手だ〜……」
一人になったエレベーターの中で溜息のように言葉を漏らす。コミュニケーションが取れず、心の内が見えない相手が一番苦手だ。そんなに気に障るようなことをしただろうか。ソーマにここまで嫌悪される理由がわからず、苦手意識だけが残る。沸点がわかりやすい不良のほうがまだ怖くない。
ミツハはもう一度溜息を吐き出し、重たい足取りで部屋に戻った。