Kuschel   作:小日向

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015 死神の背中

1月20日

 

 初陣の翌日はブレンダンと共に極東支部周辺を巡回し、数体の小型アラガミと戦った。バスターブレード使いのブレンダンは堅実な戦いをするタイプで、連携もしやすかった。

 

 そして本日は第二部隊全員で防衛任務に就く予定だ。

 しかしその前に、適合試験の後にメディカルチェックを受けた日からちょうど1週間が経つ。毎週火曜日に定期検査をする話だったので、任務の前にミツハはサカキの研究室を訪ねた。

 

「今日は台場さんと同行するんですよ! 同い年の女の子が一緒なの嬉しい〜!」

「ははは……まぁ、頑張っておいで」

 

 以前受けたメディカルチェックとは違い30分ほどで検査は終わった。目覚めた後、サカキに今日の任務内容をウキウキで話すと何故か苦笑されてしまった。

 

 その苦笑の意味を――ミツハは身をもって知ることになる。

 

 

 

 極東支部から程近い廃墟の中で、ミツハはヴァリアントサイズを構えて討伐対象であるザイゴートに斬りかかる――のだが、突如後方から噴出された大量のオラクル砲により妨害され、吹き飛ばされてしまう。

 

 痛みのないただの衝撃であったため、味方識別をされたバレットなのだろう。ミツハは受け身を取って慌てて振り向く。そこにはブラストを構えたカノンが居た。硝煙が晴れた先に見えるカノンの瞳は、()()()()()()

 

「――射線上に入るなって、私言わなかったっけ?」

「ヒェ……」

 

 カノンは戦闘になると豹変するらしい。

 

 そういえば射線上に立つなとタツミやシュンから言われていた。タツミとブレンダンからは同情の眼差しを一瞬だけ向けられ、目の前のアラガミに向き直る。ミツハもそれに続いて神機を構え直した。

 

 ザイゴートの動きと後方からのカノンの射線に注意しつつ、なんとか無事に本日の任務を終わらせる。

 

「私、今日誤射が少なかった気がします!」

「台場さん……?」

「ミツハちゃんと初めての任務だから、張り切っちゃいました!」

「台場さん……!?」

「防衛班の洗礼を受けたか……」

「これでミツハも防衛班の一員だな!」

 

 カノンはキラキラと無邪気な笑顔を見せている。慄くミツハを労わるようにブレンダンとタツミから両肩を叩かれた。これが防衛班の日常らしい。

 

 話を聞けば、カノンは偏食因子との適合率が非常に高いものの、誤射がとてつもなく多いという。その誤射率は極東支部はおろか、世界中に点在する全支部の中でも最高の誤射率を誇っているそうだ。

 

「……防衛班って……凄い……」

 

 賑やかで楽しそうな防衛班は、随分と個性的な部隊だった。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 アナグラに帰投すると、普段とは違うざわめきを見せていた。気分の良いものではなく、喧騒といった表現が似合う。「何かあったんでしょうか」とカノンと共に首を傾げていたのだが、すぐに喧騒の理由がわかった。行き交う人々は皆、同じ話題について話を交わしていたから嫌でも耳に入ったのだ。

 

「おい、聞いたかよ。またソーマのチームから殉職者が出たらしいぞ」

「死神の異名は伊達じゃねぇな。エリック、良いヤツだったのによ」

 

 名も知らぬ別部隊の神機使いたちは口々にそう言った。エリックの死を慎んでいるというよりは、『死神』を責め立てているように聞こえた。忌々しげに、そして畏怖するように『死神』の名を口にしている。

 

 耳に入ってくる話を聞く限り、どうやらユウ、ソーマ、エリックの三人が鉄塔の森にて任務に当たったところ、エリックが殉職してしまったらしい。

 ミツハはエリックという男と会ったことが無かったため、亡くなった彼には申し訳ないが見知った二人の名前が上がっていることのほうが気がかりだった。特につい先日初陣に立ったばかりのユウが心配だった。ミツハはカノンと別れ、ユウを探す。

 

 意外にもユウはすぐに見つかった。エントランスの2階で人々が視線を向ける先に、彼らが居たのだ。

 

「エリック? ……俺には関係無い」

「…………」

「弱いヤツから先に死ぬ。ただそれだけの話だ」

「……わかった。その……今日はお疲れさま」

 

 ソーマは相変わらず目深にフードを被っており、ユウはこちらから背を向けているためどちらの表情も見えない。ただ、ソーマの言葉は淡々として、ひどく冷たかった。

 

 その言葉と声色に周囲の人間がざわめく。『死神』という単語が至るところから聞こえ、畏怖や非難を含んだ言葉の数々をソーマは気にする素振りもなく、喧騒から背を向けてエレベーターへ向かった。

 

「ユウ……」

 

 ソーマの背を見送っていたユウに声をかける。振り向いたユウは大きな怪我などは無く、そのことにひとまず安心した。

 

「えっと……大丈夫だった?」

「……うん、僕は。ただ……やっぱり神機使いは甘くないって実感したかな」

 

 力無くユウは笑う。その元気の無い笑みにミツハは自販機でジュースを買ってユウに渡した。

 

 エントランスのベンチに並んで座り、ちゃぷちゃぷとペットボトルの中の液体を揺らす。目の前を通り過ぎる人はやはり死神の噂を立てている。噂、というよりは陰口に近い口調だった。

 

「……強くならないとなぁ」

 

 ぽつりとユウが呟く。

 

「ソーマに、言われたんだ。どんな覚悟を持ってここに来たのか、って。……目の前でエリックさんが死んで、それでもすぐに任務に移ったソーマは、少し怖かった。……少しだけね」

「……うん」

「でも、僕らはゴッドイーターだから」

「うん」

「任務中に取り乱したら、次に死ぬのは自分になる。死なないためにも、どんなときでもアラガミが居たら神機を構えなくちゃいけない。ソーマはその覚悟があるんだ。怖かったけど、かっこよかったな」

 

 ユウの言葉はアナグラの喧騒に掻き消され、ミツハ以外には聞こえないだろう。周りではソーマを死神と呼び、本当かもしれないし嘘かもしれない死神の話をする。

 

 そんな中でユウは、死神をかっこいいと評した。

 そんなユウが、ミツハは大人に見えた。きっとこの少年は自分なんかよりもずっと前を見据えている。そう確信できるほどに、ユウの碧い瞳は真っ直ぐだった。

 

「僕はもっと……強くなりたい。誰かを守れるぐらい、強く」

 

 その言葉は確かな力強さを持っていた。口調が強いわけではない、大声を出しているわけでもない。ただ、芯の通った言葉は――ミツハには眩しかった。そして妙に、居心地が悪かった。

 

――私、ユウほど真剣にやってなかったのかも。

 

 自分自身を顧みる。この世界でずっと生きてきたユウと、この世界に来たばかりのミツハとでは神機使いに対する意識が大きく違うのだろう。ミツハはユウやコウタほど、強い覚悟や信念を持って神機使いにはなっていない。

 

 ――本当に、それだけだろうか。

 

「……私も、頑張らなくちゃ」

 

 微かに抱いた違和感を振り払うように、ミツハは訓練場へ向かった。強くなりたいと言ったユウを真似るように、神機を構えた。

 

 使用申請をした第二訓練場の扉を開け、仮想アラガミを出現させる。近々中型アラガミとの討伐任務にも同行させるとタツミから聞いたため、中型種に分類される『シユウ』という硬い翼手を持つ人型のアラガミを相手にホログラム演習をする。

 

 大鎌を構え、咬刃を展開して斬り裂いていく。小型アラガミの攻撃なら大抵はステップの範囲で避けられるが、中型種ともなれば攻撃範囲が広くなりステップの回避だけでは間に合わない場合が増えてきた。

 

 ミツハはガードが苦手だ。装甲を展開する反応が遅れたり、踏ん張りが効かないことが多い。シユウが大きな火球を放つが、ガードしきれずに吹き飛ばされてしまった。火球自体に殺傷能力は無いが、空気砲のような衝撃はある。転がりつつも受け身を取り、体勢を立て直す。

 

「いっ、たぁー……」

 

 しかし受け身の取り方が悪かったらしい。左手首を捻ってしまったようで、柄を持つと鈍い痛みが主張した。

 

 明日も防衛任務があるので早々に治さなければならない。神機使いは治癒力も向上しているためこれぐらいの捻挫ならばすぐに治るが、それは安静にしている場合だ。これ以上捻挫した手で訓練を続け、明日の任務に支障が出るのは避けたかった。仮想アラガミを消去し、神機をケースにしまって訓練場を出た。

 

 第二訓練場の扉を閉め、エレベーターへ向かって廊下を歩く。

 すると、派手に肉を断つ音と仮想アラガミの叫び声が聞こえた。第一訓練場からだった。

 

 第一訓練場の扉は閉まりきっておらず、わずかに中が窺える。ザシュッ、と肉を断つ音は絶え間なく聞こえ、攻撃の手を一切止めていないことがわかる。一体どんな動きをしているのだろうとミツハは好奇心に駆られ、扉の隙間を覗いた。

 

 第一訓練場に居たのは、ソーマだった。

 

 ソーマは複数の大型仮想アラガミを前に、巨大なバスターブレードを片手で振り回して次々と薙ぎ払っていく。肉を断ち、喰らう。身の丈よりも数倍大きなアラガミを前にしてソーマは一歩も退くことはなく、攻撃を喰らって吹き飛ばされても即座に受け身を取り、すぐ次の行動に移っていた。凄まじい戦いっぷりだが、どこか八つ当たりをしているようにも見える。

 

――覗かなきゃよかった……。

 

 苦手意識を感じているソーマだったのでミツハは苦い顔をした。気づかれてしまう前に退散してしまおうと思ったが、ソーマの様子を見て帰ろうとする足が止まった。

 

 どこか、痛々しいものをソーマから感じたのた。

 

 一心不乱という言葉が似合う動きでソーマはアラガミを斬り、喰らい、沈めていく。複数いた大型アラガミは一体、また一体と数を減らしていき、最終的に訓練場に立っていたのはソーマのみだった。

 倒された仮想アラガミは消去され、一人残ったソーマは大きく肩で息をし、その場に座り込んだ。

 

「――クソッ!」

 

 腹の底から出したような荒々しい声と共に、鈍い衝撃音が訓練場に響く。

 ソーマの拳が地面を叩き付け、コンクリートの硬い床はヒビを作って割れていた。

 

「エリック……」

 

 震えた声をしていた。とてもじゃないが、先ほどエントランスで淡々と喧騒から背を向けた冷たい男と同一人物とは思えない声色だった。

 

 その声色にミツハは胸が締め付けられた。今までソーマに感じていた恐れが萎んでいくようだった。

 ソーマの背中が小さく見えた。訓練用とはいえ大型アラガミを簡単に薙ぎ払っていき、巨大なバスターブレードを片手で振り回していたとは思えない背中だ。とても『死神』と呼ばれるような男の背中ではなかった。

 

 ソーマには覚悟がある。ユウはそう言った。それは間違いではないだろう。事実ソーマはエリックがアラガミに喰い殺される姿を目の当たりにしても、淡々とすぐ任務に移ったらしい。それが拍車をかけて周囲は彼を『死神』と呼ぶのだろう。

 

 だからと言ってソーマは、何も感じていないわけではなかった。

 

――もっと、血も涙もない人なのかと思ってた。

 

 表情は目深に被られたフードのせいでよく見えず、無愛想で突き放す口調と、刺すような鋭い眼差し。傍に居るだけで息が詰まり、人を寄せ付けない威圧感を常に放っている。

 

 怖い人だと思っていた。何を考えているのかわからないから、目に映るその態度から他人を見下しているとすら思っていた。

 

 しかし今、ソーマの心の一端を見た。

 

 何も感じていないわけではない。悲しまないわけではない。悔やまないわけではない。こうして人知れず、やり切れない思いを背負い込んでいたのだろう。

 

――案外、普通の人なのかもしれない。

 

 人の死を悼み、悲しみ、悔やむ。きっとソーマもミツハたちとそう変わりはしない人なのだと認識を改めた。

 

 しかしかける言葉は見つからない。そもそもミツハが声をかけても迷惑だろう。

 

 ミツハは訓練場の扉を閉めて踵を返した。エレベーターに向かうと、ちょうどこの階層でエレベーターが停まった。

 

「あ、雨宮少尉」

「おう、ミツハじゃねぇか」

 

 開いた扉から出てきたのは第一部隊のリーダーを務める雨宮リンドウであった。ぺこりと会釈をするとリンドウは軽く手を振った。

 

「ソーマ見てねぇか?」

「……ソーマさんなら第一訓練場に居ました、けど……その……」

 

 先ほど垣間見たソーマの様子を思い浮かべ、言葉が淀んだ。するとリンドウは何かを察したのか、「やっぱ背負い込んでんのか」と呟いた。

 

「ミツハもちょっとはソーマの噂とか聞いてんだろ?」

「ええと……はい」

「だよなぁ。色々と誤解されがちなんだが……俺はソーマほど優しいヤツもなかなか居ないと思ってる。あいつは目の前で仲間が死ぬことを、一番恐れている。だから仲間を遠ざけようとしてんだよ。不器用なヤツだよな、まったく」

「……そう、なんですね」

「おう。だからお前も、生き抜いてソーマを悲しませないでやってくれよ」

「が、頑張ります……?」

 

 リンドウにそう言われるが、悲しまれるほどソーマにとってミツハは親しくもなく、仲間とも思われていなさそうだが――などと思いつつも返事をする。リンドウはミツハが何を思ったか察したように苦笑した。

 

「ははっ。ま、頭の片隅にでも入れといてくれ。俺はちーっとお灸据えてくるわ」

 

 じゃあな、とひらりとリンドウが手を振り、ソーマが居る訓練場に向かう。ミツハはその背中が扉の中に消えるまで見送ってから、ようやくエレベーターに乗った。

 

「……なんだかなぁ」

 

 エレベーターに乗り、独り言ちる。

 未だアナグラは『死神』の噂で持ち切りなのだろう。ミツハはそれらや過去の自分に対してもやり切れなさを覚え、小さく溜息を吐いた。

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