Kuschel   作:小日向

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016 死に際の現実

1月23日

 

 ヘリが到着する。降り立ったのは『鉄塔の森』。本日の作戦区域だ。

 

「討伐対象はグボロ・グボロ二体。新兵は中型種を相手にするのは初めてか?」

「いえ、僕はこの前コウタとコンゴウの討伐をしました」

「私は初めてです」

「まぁ、グボロ・グボロは中型種の中でもぶっちゃけ弱いほうだ。落ち着いて対処すりゃ問題無い」

 

 タツミのその言葉にほっとしつつ、ミツハはヘリ内でのブリーフィングを思い出す。

 

 本日の任務はタツミ、ソーマ、ユウと同行だった。極東支部では部隊間での人員の貸し借りはよくあるそうだ。人手不足を理由に他部隊から助っ人として借りることもあれば、緊急時に即席の部隊でも最低限の連携が取れるよう他部隊の神機使いとアサインされることもある。今回は後者の理由で、第一部隊と第二部隊のメンバーがアサインされていた。

 

 場所は先ほど述べたとおり、鉄塔の森。かつて近隣都市に電力を供給していた発電施設跡地であり、かつての神奈川県小田原市に位置する。乱立している鉄塔はまるで樹木のように融け爛れ、環境の変化による緑化で森林の様相を呈していた。海が近いため潮風が強く、風に乗ってツンとした匂いが鼻先を掠める。

 

 アラガミは各個撃破が基本である。小型種程度であれば問題無いが、中型種以上との乱戦は危険が大きい。二体のグボロ・グボロの位置を確認すると、反対側とまではいかないが距離が離れていた。分断せず四人で一気に一匹を叩き、ちゃちゃっと終わらせよう――というのがタツミの指示だった。

 

『付近には小型アラガミの反応もあります。周囲には十分警戒して、任務に当たってください』

「りょーかい! ちゃちゃっと終わらせて早くヒバリちゃんの顔が見たいぜ」

『それではみなさん、頑張ってください!』

 

 タツミは極東支部の受付嬢でありオペレーターのヒバリに執心しており、ことあるごとに彼女を食事やデートに誘っているが毎回はぐらかされている。今回のタツミの口説きもヒバリは華麗に躱し、無線が切られる。「ヒバリちゃんの応援は気合入るぜ」とまったく気にしていない様子のタツミは神機を構えて索敵を開始した。相変わらずだな、と小さく笑いながらミツハも後に続いた。

 

 グボロ・グボロは巨大な頭部とヒレ、そして顎を持つアラガミだ。頭からは砲塔のような突起があり、そこから砲弾や酸などを出して攻撃するのだという。防御力は他の中型種と比べるとあまり高くなく、特に『切断』に長けているミツハの神機では尾ビレを狙って斬れば良いとアドバイスをもらった。

 

 初めての中型種とはいえ、ベテランが二人に新型も居るのだ。なんとかなるだろうと思いながらミツハは尾ビレを狙って咬刃を展開させた。

 

 鈍足そうな見た目とは裏腹に、突進のスピードは速い。なるべく正面に立たぬよう後方へ立ち回り、鎌でヒレを斬り裂いていく。痛みに耐え兼ねてか巨大なヒレを左右にばたつかせたので後方へステップしてそれを避ける。

 

「おい、後ろだ!」

「えっ!? きゃっ!」

 

 いつの間にか背後から近づいていたオウガテイルが、ミツハを尻尾で叩き飛ばす。ソーマの声のおかげで咄嗟に受け身を取る姿勢につけたのだが、飛ばされた先は運が悪く水辺だった。

 

 大きな水飛沫を立ててミツハは水中へ沈み、神機の重さもあってどんどん沈んでいく。慌てて足を掻いて水面へ出ようともがくが、ぞくりと悪寒がした。振り向けば濁った水の先で、オレンジ色の目がミツハを捉えていた。

 

――嘘、二体目!?

 

 グボロ・グボロはアラガミの中で唯一の水棲性だ。水中で戦闘などできるはずもない。いくら身体能力が上がり息が長く続くとはいっても限界がある。

 

 早く地上に上がらなければと水面を目指すが、グボロ・グボロが突進してくる。装甲を展開するが水中で踏ん張りなど利くはずもなく、後方へ身体が流される。衝撃から発生した水の泡を突き破るようにグボロ・グボロが急接近し、ヒレでミツハを打ち上げた。

 

「っ、がはッ!」

 

 水中から脱することはできたが、受け身を取れずに地面に打ち落とされる。咳き込んでいると水中から上がってきたグボロ・グボロがミツハに頭の砲塔を向ける。立ち上がる間も無く、放射された水球によって吹き飛ばされた。

 

 崩れたコンクリートの壁に打ちつけられ、頭からドクドクと血が流れる。剥き出しになった鉄筋が肌に突き刺さり、磔にされたようだった。

 

――痛い。

 

 三度も吹き飛ばされたせいで、タツミたちの交戦ポイントから大きく離れてしまったようだ。目の前には大きな顎を開き、ミツハを喰らわんと突進するグボロ・グボロが迫ってくる。左手に避けようとしたが、突き刺さった鉄筋が邪魔をして回避が間に合わない。右足が巨大な牙に巻き込まれ、肉を抉られた。

 

「――――ッ!!」

 

 あまりの痛みにミツハは声にならない叫びを上げる。右足はあらぬ方向に曲がり、肉が抉られ骨すら見えた。血溜まりが広がり、体温が下がっていく。

 

――死ぬのかな。

 

 もはや動くことすら叶わないミツハを喰らおうと、グボロ・グボロが緩慢な動きで近づいてくる。獰猛な捕食者が近づいてくる。

 

 死が、近づいてくる。

 

――私、死んじゃうんだ。

 

 ミツハはこれまで死にそうになった経験などは無いが、それでも死が近づいていることは肌で感じた。

 死ぬ。死ぬのだ。死んでしまうのだ。

 『死』が明確に輪郭を帯びて、すぐそこまで迫っている。

 死への実感がミツハの身体を支配し――そして理解した。

 

――()()()()()()()()()だ!!

 

 死んだところで、元の世界に帰れなどしない。

 死んだところで、この夢は覚めはしない。

 

 この世界は――現実なのだから。

 

 夢だと思っていたのだ、ずっと。タイムスリップも、惨憺たるこの世界も。

 現実の自分は眩暈が起きたまま目を覚ましておらず、長い夢を見ているのだ。現実離れした設定の世界で、自分は漫画やゲームのキャラクターのように戦っている。そんな夢だと思っていた。死んだらゲームのようにリスポーンするか、夢から覚めると思っていた。

 

 そう思っていたが――死を目の前にして、実感する。

 

 この現状が夢でもなんでもない、どうしようもない現実であると、ミツハは悟った。

 

 それを理解すると、恐怖が形となって溢れ出る。怖かった。今感じている恐怖は、死んでしまうことへの恐怖ではなかった。

 

 たったひとりでこの世界に来てしまったことが、何よりも怖かった。

 

「――助けて!!」

 

 喰われる寸前に泣き叫んだ。「クソッタレ!」と吐き捨てる声と共に、グボロ・グボロの呻き声が耳を劈く。

 

 血と涙でぐちゃぐちゃになった視界では、ソーマがグボロ・グボロの胴体を掻っ捌いていた。グボロ・グボロの標的がミツハからソーマに移り、大口を開けるがその顎に向かってソーマは神機を叩きつける。重い一撃によって牙を粉砕した。

 

 耳障りな悲鳴を上げてのた打ち回るグボロ・グボロの上空にソーマは飛ぶ。捕喰形態(プレデターフォーム)へ変形させた巨大な黒い口を、砲塔に突き刺すように捕喰した。

 

 衝撃の反動を利用し、ソーマは空中で身を翻しながら背ビレから尾ビレにかけて真っ二つにするように斬りかかった。一切休まることの無いその動きは、訓練場で一心不乱に仮想アラガミを薙ぎ倒していった姿と重なる。ソーマが着地すると同時にグボロ・グボロは力無く地面に沈み、動かなくなった。

 

 ソーマはコアを回収せず、泣きじゃくるミツハのもとへ駆け寄る。相変わらず目深に被られたフードのせいで表情は見えないが、ミツハの右手を強く握ったその手は熱かった。

 

 腕輪同士を通じたリンクエイドによって治癒力が増幅され、強打による身体の鈍い痛みは引いたが右足と頭部の痛みは未だに強く残っている。依然として血は流れ続け、ソーマは舌打ちをして襟元の無線を繋ぐ。

 

「こちらソーマ、救護班を要請する!」

『わかりました、すぐに向かわせます!』

 

 ヒバリとの通信を切ったソーマは腰のポーチから包帯を取り出し、慣れた手つきでミツハの止血を行う。膝から下が大きく抉られていたため、太腿を包帯で強く圧迫して応急処置を施された。

 

 命の危機は去ったが、その間にもミツハはずっと泣き続けて肩を震わせていた。死への恐怖よりずっと怖いものは消え去っていない。

 

「帰りたい……」

「ならなんでテメェはここに来た?」

 

 譫言のように呟いた言葉に、ソーマは怒気の含んだ声色で突き放す。

 

「だったら金でも積んで地下の安全なお家に帰りやがれ。覚悟もねぇヤツが遊びで戦場に来るんじゃねぇ……!」

 

 そう吐き捨て、ソーマは背を向けてグボロ・グボロのコアを回収する。遠ざかっていく背中が滲む。ソーマのその言葉に、また涙が溢れ出る。

 

――帰りたい。帰りたい!

 

 元の世界に帰りたかった。元の生活に戻りたかった。

 

 しかしどうやって帰ればいいのかわからない。帰れないのだと理解すると、どうしようもないほど涙が零れる。

 

 怖くて寂しくて堪らなかった。

 

「ミツハ!」

 

 ユウとタツミが駆けつける。血塗れで泣き続けるミツハをユウは優しく抱き抱える。「生きてて良かった」そう呟くユウの声は震えていた。

 

 そして、ようやくミツハは実感する。

 

――私、生きてるんだ。

 

――この世界に、生きてるんだ。

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