Kuschel   作:小日向

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018 井上ミツハのスタートライン

「本当に切っていいんだな?」

 

 病室にツバキを呼んだ。椅子に座り、首にクロスを巻いたミツハはツバキの言葉に頷く。「そうか」と一言だけ返され、ツバキはミツハの長い黒髪にハサミを入れる。紙を敷いた床に、ぱさりと黒髪の束が落ちた。

 

 髪を伸ばし始めたのは、バスケ部を引退した中3の夏からだった。高校3年間は毛先を切るくらいで伸ばし続け、今では背中を隠すほどの長さになっていた。

 髪が長くなると手入れが大変だったが、色々とアレンジができるのは楽しかった。体育祭やクラスマッチの時は髪が長い友人同士でお揃いの髪型にしてみたり、髪をいじるのが好きな友人のモデルにされてみたり。

 

 ぱさり、ぱさりと毛束が落ちる。

 井上三葉という女子高生の象徴だった長い髪が、切り落とされていく。

 

 頭が軽くなり、首がスースーする。「終わったぞ」とクロスが外され鏡を渡される。鏡に映る自分に思わず笑ってしまった。

 

「なんだか自分じゃないみたいです」

「見違えたな。短い髪も似合っているぞ」

「ありがとうございます」

 

 背中まであったミツハの髪は、カノンと同じほどの長さにまで短くなっていた。泣き腫らした目元や頭に巻かれた包帯、あちこち貼られたガーゼのせいでより一層別人に見える。鏡には女子高生など、どこにも映っていなかった。

 

――ホントに、気分が変わるもんなんだなぁ。

 

 髪を切って心機一転、というのはよくある話だ。片づけられていく髪を見ながら、ミツハは今までの自分ではないような気分になる。切り落とされた髪に、今までの自分を詰め込んでいるかのようだった。

 

「覚悟ができたようだな」

 

 フッとツバキが笑う。見違えたのは見た目だけではない。ミツハの纏う雰囲気そのものが違っていた。

 はい、とミツハは頷いて笑って見せた。多少の強がりも込めて。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 片松葉をついて病室を出る。安静にしろと言われていたが、どうしても居ても立ってもいられなかった。

 鎮痛剤の効果が薄れ、痛み始めた身体でエレベーターまで進むと、先客が居た。第三部隊のカレルとシュンだった。

 

「あ、シュナイダーさんと小川さん。お疲れさまです」

「誰だお前」

「井上ミツハです!」

「んだよミツハかよ」

 

 短くなった髪をからかわれる。少々気恥ずかしくなりながら松葉杖をついてエレベーターに乗ると、カレルがミツハの怪我を見ながら忌々しそうに口を開いた。

 

「『死神』と同じチームだったんだってな。運が悪かったな。いや、二階級特進にならなかっただけマシか」

 

 任務中に怪我を負ったミツハを馬鹿にするような口調ではなかった。多少の同情を込められたその言葉が、カレルがソーマに向ける印象をよく物語っている。

 

 シュンもカレルに同調するように頷いた。

 

「死にたくなかったら死神にはあんまり関わんねーほうがいいぜ。あいつと一緒に居ると、アラガミが自然と寄ってきて一緒に居るヤツはすぐ死んじまうからよ」

「……噂の話ですか」

 

 アナグラで生活するようになって自然と耳に入る、ソーマに関する真偽不明の噂話だ。今となっては、そんな話は聞きたくなかった。

 

 ミツハの返しにシュンはあしらわれたと思ったのか、ムッとした顔を見せる。

 

「噂じゃねぇ、事実だっての。周りがバンバン死んでいく中であいつだけは何故か生きてるし、バーストの時間もやたらと長いしよ。人間とは思えねぇだろ?」

「……つまり、ソーマさんは普通じゃないって言いたいんですか?」

「普通じゃねぇだろ、化け物なんだよあいつは」

「だとしても……この怪我は私のミスですし、助けてくれたのはソーマさんですから」

「ハッ、エリックの二の舞にならないといいな」

「防衛班から殉職者出されると、タツミが使い物にならなくなって俺らが困るんだよ」

 

 そう言って、カレルとシュンは先に降りていった。去っていく彼らの背中を見ながら、ミツハは松葉杖を強く握った。

 

 反論したい。が、実際に大怪我を負ってしまった自分に言えることなど何も無い。その事実が無性に悲しく、何も言葉が見つからないまま扉が閉まった。

 

 ベテラン区画と呼ばれる、曹長以上の神機使いの部屋がある階でエレベーターが止まる。

 目的の人物の部屋がどこにあるのかわからないため、一つ一つプレートを確認していく。慣れない片松葉での移動もあり、ミツハは10分ほど時間をかけてようやく探していた人物の名前を見つけた。

 

 『ソーマ・シックザール』

 

 死神と呼ばれている、命の恩人の名だ。

 

 時刻は21時を過ぎており、決して早くはない時間に親しくもない間柄で部屋を訪ねるのは不躾だろう。だが、すぐにでも行動したかった。自己満足に過ぎないが、そうしないと気が済まなかった。

 

 大きく深呼吸をして、緊張で少し震えた指先でインターホンを押した。

 

「…………」

 

 反応は無い。1分ほど待ってもう一度インターホンを押してみるが、やはり反応は無かった。

 

 もしやまだ自室に戻っていないのだろうか。それとも寝ているのだろうか。もし前者ならば待つという選択肢もあるが、後者ならばこうしてインターホンを鳴らしているだけでも迷惑だろう。しかしまだ21時だ。就寝には少し早い気がするが、早寝である可能性も否定できない。

 

 待つか、帰るか。その二択で悩んでいると、扉が開いた。

 

「あっ」

「……なんの用だ」

 

 不機嫌そうな表情を隠そうともせず、眉間に深いしわを刻んだソーマが出てきた。

 

 普段目深にフードを被っているモッズコートは脱いでおり、黄色のシャツが目新しく感じた。片耳だけイヤホンをしており、外されたほうのイヤホンからは音楽が聞こえる。シャワーを浴びた後なのか、白っぽい銀の髪はしっとりと艶を増していた。

 

 ミツハの短くなった髪を見てわずかに目を開いたものの、すぐにじろりと蒼い瞳がミツハを見下ろした。

 人を拒絶する冷たい眼差しにたじろぐが、ミツハはその目を逸らさなかった。

 

「今日は、ありがとうございました。……私、ソーマさんに助けられてばかりですね」

「……わざわざそんなくだらねぇこと言いに来たのか」

「どうしても言わなくちゃと、思って」

 

 ぎゅっと松葉杖を強く握る。神機使いの並外れた握力に松葉杖が軋んだ音を上げるが、ミツハの耳には入らなかった。

 

「ソーマさんの言うとおりでした。ずっと、実感が無いまま……『ごっこ遊び』のまま、神機使いになってアラガミと戦ってました。……腹立たしくて当然だったと思います」

「…………」

「ありがとうございます。やっと……やっと、地に足が着きました」

 

 痛む身体に鞭を打ち、ミツハは深く頭を下げる。ソーマはしばらくミツハのその姿を見つめていたが、これ以上何も言わないとわかると何も言わずに扉を閉めた。

 

 冷たいとは思わなかった。ソーマの反応を期待していたわけではないし、むしろ最後まで話を聞いてくれただけでも嬉しかった。リンドウが優しいと評したそのとおりだと思う。

 

 ミツハは頭を上げ、固く閉じられた扉を見つめる。ちらりと見えたソーマの部屋は、随分と荒れていた。まるで彼の心情を表しているかのようだ。

 

――『死神』なんかじゃ、全然ない。

 

 扉に背を向け、片松葉をついて歩く。早く怪我を治して神機を持ちたかった。きっと今までとは違う心持ちで神機を握れるはずだ。

 

 そしてもっと、強くなりたかった。生きて元の世界へ帰るためにも。

 そして、ソーマのためにも。

 

――ソーマさんを悲しませたくない。

 

 死神なんて呼ばせたくなかった。同行者の死を人知れず悔やみ、ひとりで背負い込んで悲しむ彼の背中が、目に焼きついて離れなかった。

 

――だから、生きなくちゃ。

 

 覚悟を胸に抱いて、ミツハはしっかりと歩き始めた。

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