Kuschel   作:小日向

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019 おはようの一歩

 申し訳程度にノックがされ、返事を待たずに扉はコウタの元気な声と共に開いた。

 

「ミツハー、怪我の具合どう――……すみません間違えましたっ!」

「間違ってない! 間違ってないから!」

「いつの間に切ったの?」

「昨日の夜に。ツバキさんに切ってもらったんだ~」

「イメチェン?」

「うーん……イメチェンっていうか……」

「決意の断髪的な?」

「あ、そんな感じ」

 

 「なんかカッケーな」とコウタが笑った。中学時代以来の長さの髪とコウタの言葉に気恥ずかしくなり、スースーする首元をさする。そんなミツハにユウが「似合ってるよ」とさらりと微笑んで言ってのけたため、更に首元をさすった。天然タラシってこういうことを言うのか、と密かにユウの先行きが不安になった。

 

 同期二人の他にも防衛班が見舞いに来るが、開幕はコウタとほぼ同じようなリアクションをされて踵を返されかけた。カノンは髪のアレンジがもうできないと少々寂しそうにしていたが、長さが同じくらいになったためお揃いの髪型ができると意気込んでミツハの髪を編み込んだりしていた。

 

「ふふ、どういう心境の変化かしら?」

 

 ジーナが濃いアイラインを細めて微笑む。ミツハの事情を隠して言葉にするのが難しく、「色々です」と曖昧に笑って返した。ジーナは「そう」と特に追求せず、ミツハの短くなった毛先を梳く。

 

 長い髪の重さで落ち着いていた癖毛は、短くなって毛先があちこちはねていた。「カレルさんみたいですね」とカノンが言い、昨夜のエレベーターでの会話を思い出してしまいミツハは苦笑した。

 

 流石神機使いの治癒力と言うべきか、グボロ・グボロの牙により深い傷を負った右足は、ユウが言っていたとおり五日で完治した。しかし大きな傷痕は残り、抉られた肉が再生したふくらはぎは皮膚の色が赤くなっていた。

 

 この傷痕は教訓だ。大事に付き合っていこうと、少し盛り上がっている皮膚をなぞる。そんな早朝5時半過ぎ。

 

――完全に目が覚めた。

 

 

 

1月28日

 

 短い髪が揺れ、前髪が汗で額に貼り付く。

 キュッ、キュッ、とバッシュがスキール音を鳴らし、ボールを運んでいく。スリーポイントラインで立ち止まり、跳ぶ。心臓が高鳴る中、放たれたボールは完璧な軌道を描き、ネットを揺らした。ゴールに湧く体育館。チームメイトとハイタッチをして――

 

「夢か……」

 

 目が覚めた。

 

――いや、実際スリー決めた試合は一度だけあるから、夢だけど夢じゃない……。

 

 などと思いながらベッドから降り、夢の記憶を再現するようにその場でシュートを決める動きをした。ジャンプして着地をしても、右足に痛みはない。赤くなった傷痕をなぞり、時計を確認すると5時半過ぎを知らせていた。

 

 療養の5日間はリハビリをしたり、昨日は週に一度の定期検査のためサカキの研究室まで出歩いてはいたが、基本ずっと休んでいたので朝早くに目が覚めてしまった。

 

 食堂が開くのは6時半からなので、一番乗りで朝食を取ろうにもまだ時間がある。怪我のせいで清拭しかできなかったため、シャワーを浴びようとミツハは部屋を出た。

 

 

 

   ◇

 

 

 

 シャンプーの量が減った。ドライヤーの時間が短くなった。

 

 ラクだなぁと思いながら髪を整え、シャワー室からランドリールームへ移動する。洗濯物を回して時間を確認すると、ちょうど食堂が開く時間になっていた。

 

 食堂に足を運ぶと、主に朝イチから任務が入っている神機使いが食事をしていた。食堂に並べられた六人用テーブルはまばらに席が埋まっている。

 

 その中で、フードを被った男を見つけた。テーブルを一人で使っており、食堂を利用する神機使いは誰もそのテーブルには近づかない。

 

 先日、シュンから聞いた話を思い出し――

 

 ミツハは空席の目立つテーブルへ向かった。

 

「おはようございます」

 

 一言挨拶を入れ、フードを被った男――ソーマの正面の席に座る。

 

 疎ましそうにフードから覗く鋭い目でソーマに睨まれたが、ミツハは素知らぬ顔で朝食を食べ始める。特に話しかけるわけでもなく黙々と食事をするミツハにソーマは視線を逸らし、舌打ちを一つして食事を再開した。

 

 配給の食事にもようやく慣れてきて、比較的美味しそうな料理ならば最初の頃のように水で流し込まずとも食べられるようにはなった。それでもやはり水で流し込まねば食べられない料理も多い。開いてから時間が経って食堂へ行くと苦手な料理しか残っていないこともあるので、任務の時間に左右されない朝食なら今日のように朝イチで食堂に来るのもいいかもしれないとミツハは思った。

 

 やがて先に食事を終えたソーマが無言で席を立つ。その去り際にソーマと目が合った。逸らすのも変かなと思い、ミツハは『いってらっしゃい』のつもりで小さく手を振る。するとひどく怪訝な顔をされ、そのまま行ってしまった。

 

 時間にして10分程度。無視されるのは流石に堪えるので何も話しかけなかったが、どこかへ行けと言われなかっただけで嬉しかった。

 

 普通じゃない。死神。化け物。

 周囲が彼をそんな言葉で形容し、カレルやシュンからはあまり関わるなとまで言われている。

 

――でも、助けてもらったし。

――感謝してるし。

――言動は怖いけど優しい人だし……。

 

 などなど。頭の中で誰かに言い訳をするようにツラツラと理由を並べながら、思う。

 

「……仲良くなりたいなぁ」

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