Kuschel   作:小日向

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021 裕福そうな少女

1月29日

 

 携行品の補充をしようとエントランスへ行くと、何やら騒がしかった。どうやら階下の受付からのようだった。1階を見下ろしてみると、ベレー帽を被った緑髪の幼い少女が受付嬢のヒバリに何かを訴えていた。

 

 困った様子のヒバリに見るに見兼ねて、ミツハは階段を降りる。

 

「すみませーん、配給の変更願いのことでちょっと聞きたいんですけどー」

「あ、はい! ……すみません、ちょっとお待ちください」

 

 階段を降りながら、少女に気づかなかったふりをしてヒバリに声をかける。業務が入ったとわかると少女は聞き分けがよく引き下がり、一歩引いてヒバリを待っている。身なりも育ちも良い、裕福そうな少女だった。

 

「ヒバリちゃん、あの子は?」

 

 小声でヒバリに話しかける。配給変更願いの話は割って入るだけの口実だった。ミツハの意図を察したヒバリも小声で答える。

 

「エリックさんの妹さんで……どうやら、エリックさんが殉職したことを耳にしてしまったみたいで。確かめたいから、基地の中に入れてほしいと言って聞かなくて……」

 

 『エリック』という名前に、ミツハは一瞬固まってしまう。

 

 ミツハは顔を見たこともないが、ソーマとユウが同行した任務で殉職し、ソーマがその死を悔やみ悲しんでいた神機使いの名だ。

 

 元々ヒバリの手助けを何かできないかと声をかけたが、事情を聞いてミツハはなおさら無視はできなくなった。

 

「……ええと、親御さんは?」

「お父様と連絡が取れないか、内部居住区や企業のほうに確認を入れているところです」

「じゃあ親御さんが迎えにくるまで私が話を聞いとくよ」

「すみません、そうしていただけると助かります」

 

 ヒバリに頼まれ、ミツハは少女のもとへ歩み寄る。小学生でいったら4、5年生くらいだろうか。ブレザーの上にケープを羽織っており、『お嬢様』というような言葉が似合う。

 

 知らない人間が近づいてきて不安そうな少女を安心させるよう、10センチほど低い目線に合わせて少女に笑顔を見せた。

 

「こんにちは~。お父さんが来るまで、そこのベンチでジュースでも飲んで待ってない?」

「エリックは来ないの?」

「……そうみたい。えーと、私はミルクティーを買うけど、どうする? ココアは好き?」

「…………うん」

 

 話を逸らすためにも有無を言わさぬためにも、先んじて自販機にお金を入れて飲み物を選ばせる。少女が頷いたのを見てボタンを押し、ホットココアを渡した。

 

「自己紹介がまだだったね。私の名前は井上ミツハ。新米の神機使いだよ〜」

 

 並んでベンチに座り、ミツハは努めて明るい調子で名乗った。少女はこくりとココアを一口飲む。温かくて甘いココアに安心したのか、少し警戒心を解いた様子で言葉を返してくれる。

 

「……私はエリナ。エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ」

「エリナちゃん! 日本語上手だね~、元々こっち生まれなの?」

「……ドイツに住んでたけど咳が出ちゃうから、りょうよう? するために4年前にこっちに来たの」

「ドイツか〜、遠いところから来たんだね。私は日本語しか話せないから、エリナちゃんにドイツ語教えてもらおっかな」

 

 療養、ということは身体が弱いのだろうか。今はもう大丈夫なのかと気になったが、経過が芳しくなかった場合を考えると深掘りするのは悪手だろう。そこには触れずに別の話に広げようとしたが、エリナはじっとミツハの右手首を見つめている。

 

「……あなた、神機使いなんだよね?」

「そうだよ〜。まだ新米だけどね」

「じゃあ、エリックがどこにいるか知らない?」

 

 エリックから話を遠ざけようとしていたが、エリックと同業である神機使いの紹介はしないほうがよかったかと後悔する。いや、どのみち腕輪でバレてしまうから意味は無い。

 

 ミツハはこれまでの学校生活から、人付き合いは上手いほうだという自負はある。通知表の先生からの評価欄でもお墨付きだ。

 

 しかし親しい人が亡くなってしまった人へどう声をかけるべきか、ミツハはわからない。ましてや、まだ小学生くらいの子供相手ではなおさらだ。

 遠い親戚の葬式に行ったことはあるが、亡くなった方の親族と話をするのは両親であり、自分は線香をあげたくらいだ。ミツハは祖父母も存命のため、近しい人の誰かが亡くなったという実体験も無い。つまり経験値がまったく無かった。

 

 すぐに言葉を返せずにいたが、エリナは構わず話を続ける。

 

「一人でここに来ちゃいけないって、パパに言われてるの。……でもね、みんなうそつくの。エリックが……死んだって! ねぇ! そんなの、うそだよね!?」

 

 エリナの悲痛な訴えに、胸が痛くなる。糊付けでもされたかのように重い口を開くが、言葉に迷う。

 

「……残念だけど、その……嘘ではないよ」

「……ほら! またうそ言ってる! やっぱり私が確かめなきゃ……! ねぇ、基地の中に入れてよ!」

「え、エリナちゃん、ココア零れちゃうよ」

 

――しまった。嘘だよって言うべきだったかな。

――でもそんな嘘を吐いたって、結局会えなきゃ気休めにもならないだろうし……。

 

 どう答えるのが正解だったのかわからない。悶々としつつも、涙目で訴えるエリナを落ち着かせようと声をかける。

 そんなミツハに、男性の声が降ってきた。

 

「エリナ、人を困らせてはいけないよ」

「パパ!」

 

 三つ揃えのスーツを着た体格の良い紳士が立っていた。裕福そうな紳士はミツハを見て、少し申し訳なさそうな顔をした。

 

「神機使いのお嬢さん、娘の面倒を見てくれてありがとう。すまないね」

「いえ……大したことは何もしてませんから。えっと、またね! エリナちゃん!」

 

 明るく手を振ってみたが、エリナの表情は暗い。俯いたまま父親に手を引かれていった。

 

――失敗しちゃったな〜……。

 

 余計なお世話だったかもしれない。そう思い反省するミツハだったが、ヒバリはミツハに礼を言う。

 

「ミツハさん、ありがとうございます。おかげで助かりました」

「いや〜……ああいうときってなんて言うのが正解なんだろうね……」

 

 素直に感謝の言葉が受け取れず、ミツハの顔は晴れない。ヒバリも同じような表情をした。

 

「幼い方だと悩ましいですよね……。オペレーターとしては忽然とした態度でいないとって思うんですけど、私もまだまだです」

「その……オペレーターってやっぱり遺族の人への対応もしてるんだ?」

「そうですね。受付も兼任しているので、ご遺族の方と話す機会が多いです」

「そっか〜……」

 

 ヒバリはまだ16か17だったはずだ。ミツハより年下だというのに、なんて立派なんだろうか。

 

――というか、立派なのはヒバリちゃんに限った話じゃない……。

 

 コウタなんかは15歳なのに家族を守るため戦っている。ユウもソーマもシュンも年下だ。

 

「凄いなぁ……」

 

 この世界の人たちは、人生経験の密度が絶対にミツハとは違うだろう。

 思わず漏れ出たミツハの言葉に、ヒバリが反応した。

 

「ミツハさんも凄い方だと思いますよ」

「えっ、な、なにが?」

 

 唐突に褒められてミツハは動揺する。世辞か社交辞令かと思ったが、ヒバリは真面目な顔で言葉を続ける。

 

「先ほどの件もそうですけど……ご自身と無関係な人に手を差し伸べてくださる方は、とても少ないので」

「うーん……困っている人がいたら普通助けると思うけど……」

「ご自身のことで手一杯な場合が多いですから」

 

 そう言ってヒバリは笑う。その笑顔がミツハは少し、寂しかった。

 この世界の人の『普通』とミツハの『普通』は、きっと想像している以上に大きく乖離しているのだろう。

 

――エリックさんの妹の、エリナちゃん。

――エリックさんってどんな人だったんだろう。

――妹さんに凄く慕われてたんだな、良い人だったんだろうな。

――良い人だったから、ソーマさんも悲しいんだろうな……。

 

 未だアナグラの中ではエリックの死を語る時、ソーマの名前が一緒に上がる。

 歯痒い。けれどミツハにできることなど何も無い。

 

 だからせめて、死なないように強くならなくては。それくらいしかできないのだから。

 

「……ヒバリちゃん! 明日訓練場使いたいから、予約申請していい?」

「はい、もちろんです!」

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