1月30日
神機使いの強さとは、偏食因子との適合率の高さによって大きく左右される。
もちろん以前ツバキに言われたとおりそれだけが全てでは無い。経験や学習によって培われる技術や判断力によって、適合率の差をひっくり返すこともあるだろう。
しかし、体細胞の強化による身体能力や治癒力の高さは戦う上で大きなアドバンテージであるのも確かだ。
そしてミツハは、偏食因子との適合率は非常に高い。高いのだが、一般の神機使いに投与されているP53偏食因子と比べて、ミツハの体内にあるP15偏食因子は体細胞の強化率が劣っている。適合率はトップクラスでも、能力値としては平均的な適合率の神機使いとほぼ同じだ。
それは仕方ない。仕方がないのだが、強くなろうと決めた以上、そこで停滞するわけにはいかなかった。
「疲れた……」
訓練場で小型の仮想アラガミを複数体用いてホログラム演習を行っていたが、ソロだとなかなかハードだ。地上に居るオウガテイルの相手をしていたらうっかり空中からザイゴートの砲弾を喰らってしまう、なんてこともままある。普段は後方からの援護射撃もあり、空中の敵は遠距離型が、地上の敵は近距離型が、と連携して的確に潰していくのだが、一人だとそうもいかない。
居住区にアラガミが侵入した場合、防衛班はアラガミの迎撃はもちろん、民間人の避難誘導や救助もこなさなければならない。そのため、足止めとして一人でアラガミを食い止めることも必要となってくる。
そうなった場合の役割は基本タツミやブレンダンなどの仕事で、まだまだ新兵のミツハは救助を優先に任されている。しかし早いところ一人での戦闘に慣れておくに越したことはないだろう。
訓練場を出て、エレベーター前の休憩スペースにある自販機でミルクティーを買う。足元に神機ケースを置き、ベンチに座って一息つく。ウエストポーチの一つからスマホを取り出し、カメラロールを眺めた。
サカキ経由でリッカに頼んでもらい、携行用アイテムを入れるウエストポーチに似せた頑丈なスマホ用のポーチを作ってもらった。
――突然タイムスリップしたんだから、もしかしたら突然帰れるかもしれないし。
そんな期待を込めて、任務中でもスマホを携帯できるようにしたのだ。快く引き受けてくれたリッカには感謝しかない。
写真を眺めながら、今日見た夢の内容を思い出す。
タイムスリップしたのだと実感した日から、寂しさからなのか眠るたびに元の世界の夢を見るようになった。今日は友人が飼っている犬を連れてドッグランに行った時の夢を見た。去年の夏の記憶なので、その時に撮った写真もスマホにあるはずだ。カメラロールを遡り、夢の内容を回顧する。
この写真に映っている友人たちは、この世界では生きていないのだろう。アラガミの出現によって世界の人口は100分の1まで減り、60年前の日本の人口よりも少なくなってしまっている。60年が経ち、80歳近くなった同級生がこの世界で生き残っているとは思えなかった。
少しの間思い出に浸っていると、エレベーターの扉が開いた。ミツハは慌ててスマホをポーチにしまう。60年前の写真を見られてしまったら誤魔化しが非常に面倒くさい。
「あ、ソーマさん! お疲れさまです〜」
エレベーターから出てきたのはソーマだった。相変わらずフードを目深に被っており、挨拶したミツハを朝のように一瞥だけして、無言で通り過ぎていった。
昨日も今朝もミツハは朝イチの食堂へ足を運び、ソーマの正面の席で朝食を食べている。今のところ挨拶が返ってきたことはないが、以前のような怒気を含んだ眼差しで睨まれなくなっただけ前進しているはずだ。
――訓練かな。
ソーマの右手には神機ケースがある。訓練区画に来て他に何をするのだという話だが、エリックが死んだ後に訓練場でアラガミを薙ぎ倒していったソーマの背中を見ているぶん、勝手に心配してしまう。またやり切れない思いを人知れずぶつけているのではないか、と。
遠ざかるソーマの背を見ながらそんなことを思っていると、スピーカーから警報音が鳴り響いた。その内容にミツハは緊張感が走る。
『――緊急連絡! アラガミが最終防衛線を突破! A02ポイントの装甲壁にアラガミが攻撃中です! 想定5分で壁が突破されます! 防衛班は直ちに出撃の準備をしてください! 繰り返します――……』
放送を聞いたミツハの行動は早かった。ケースを持ち、ペットボトルをゴミ箱に入れてエレベーターに乗り込んだ。まだ壁が突破されていないため、間に合えば居住区の被害はゼロで収まる。
フェンリルから支給された携帯端末でタツミと連絡を取ろうとしていると、閉まりかけの扉に褐色の手が伸びた。
「ソーマさん!?」
慌てて開くボタンを押そうとする前に、ソーマは力ずくで難無く扉を開けて中に入ってきた。壁に凭れかかり、腕を組む彼の足元には神機ケースがある。訓練をしに来たのではなかったのかと不思議に思っていると、ミツハの視線に気づいたのか鬱陶しそうに口を開いた。
「……今アナグラには第二部隊しか居ねぇだろうが」
「えっ、手伝ってくれるんですか!? ありがとうございます、凄く助かります〜!」
第一部隊のベテランが助っ人となれば百人力だろう。礼を言うと、携帯にメールが届く。ちょうど連絡を取ろうと思っていたタツミからだった。
第二部隊に向けた一斉メールには敵の戦力が書かれていた。ソーマが手伝ってくれる旨を返信し、時間を確認する。放送があってから1分が経っている。壁が破壊されるまで、想定残り4分だ。
「タツミさんからメールがありました。敵戦力はシユウ一体とコンゴウが二体。その他小型アラガミ多数が壁を捕喰していて、支部に近づいてくる大型も一体居るそうです」
「大型の種類はわからねぇのか」
「偏食場レーダーがジャミングされていて特定できないみたいです。ただ動きが早くないので、到着までの時間は想定10分らしいです」
メールの内容をソーマに共有しているうちにエレベーターが地上に着く。出撃ゲートへ向かうと既にタツミが高機動車の運転席に座っていた。ノートパソコンを見ながらしきりにオペレーターと情報共有をしており、ミツハたちに気づくとパソコンを閉じた。
「悪いなソーマ、お前任務上がりなのに」
「他のヤツらは待つのか?」
「いや、とりあえず俺らだけで先に出るぞ。ブレンダンとカノンは現場で合流だ」
どうやらタツミはエントランスでヒバリをデートに誘っていたため、すぐ出撃の準備ができたそうだ。
ミツハが後部座席、ソーマが助手席に乗り込む。すぐにアクセルが踏まれた。
中央施設から装甲壁までの距離は1.5キロメートルある。時速100キロで走ったとして到着までおよそ1分。壁が突破されるまでギリギリ間に合う時間だ。猛スピードで走る装甲車には天井がないので髪が煽られるが、長い時に比べると邪魔にはならなかった。
走りながらミツハとソーマは神機をケースから出す。柄を握るとオレンジ色のコアが鈍い輝きを放ち、生体部分から触手が伸びて腕輪と繋がった。
ミツハの神機は10キロ以上重さがある。身体能力が上がっているため無理やり振り回すことは可能だが、機動力に欠ける。それでも神機使いが手足のように神機を扱えるのは、神経接続によって神機の重さを5分の1にまで軽減できるからだ。
壁までの距離が半分を切ると、ぞわりと悪寒がした。ソーマが舌打ちをして神機を構え、いつでも飛び出せる体勢につく。それとほぼ同時にオープンチャンネルに通信が入った。
『壁の破壊、想定よりも早いです! アラガミが防壁を突破、A12エリアへ侵入します!』
「もっとスピード出せねぇのか!」
「無茶言うなよ、アクセル踏み切ってるわ!」
「――ザイゴート、来ますっ!」
突っ込んでくるザイゴート目掛けてソーマが飛び上がり、バスターブレードで両断する。そのまま着地し、破壊された壁に向かって走り出した。小型のアラガミたちが流れ出したため、ミツハたちもソーマに続いてアラガミを迎え撃つ。
「ミツハは避難指示を出しながら小型を潰せ! 俺とソーマで中型を相手する! 第一防衛ラインより先に通すなよー!」
「了解です!」
アラガミの侵入に怯え戸惑う民間人を避難所へ誘導しながら、近づく小型アラガミを斬り落とす。ここから一番近い避難所は第三防衛ラインにある。
外部居住区は中央から防壁の維持施設に向かって放射状に伸びている七本のパイプラインと正面街道により、AからHの八つのエリア分けがされている。そのエリア内でも六つの防衛ラインで区切られ、これは数字が小さいほど防壁に近い。アラガミが侵入したA12エリアは、Aエリアにある第一防衛ラインの二番地という意味だ。
第一防衛ラインの住人はアラガミ侵入時、真っ先に被害を受ける。そのため建てられているバラック小屋も他の区画と比べて粗末なものになっている。
「またか!」
「防壁の強化はどうなってやがる!」
そんなフェンリルへの罵詈雑言の混じった悲鳴を上げながら、人々は内側へ向かって走り出した。
「避難所はA35エリアにあります! 周囲の瓦礫に注意し、焦らず進んでください!」
騒然とした中でも届くように大声を絞り出す。周囲の状況を見ながらの戦闘は、相手が小型であっても油断ができないものになる。
少しでも後れを取って民間人を負傷させてしまえば、その救護もしなければならない。そして救護に人員を割いているぶんアラガミへの迎撃が疎かになり、被害が増える。居住区内での防衛任務は、討伐任務と違って自由度が格段に違っていた。
咬刃を展開して振り翳せば、その長い鎌のおかげで道幅いっぱいにリーチが伸びてオウガテイルは停滞する。しかし問題はザイゴートだ。空中に浮かぶザイゴートに鎌を当てるにはジャンプして斬り掛からなければならず、その隙に地上のオウガテイルはミツハを超えて内側へと進んでしまう。
「行かせない、からっ!」
空中で咬刃を更に伸ばし、オウガテイル目掛けて振り下ろす。噴出する血にミツハは苦い顔をするが、民間人を守るために一体も通してはならない。
地上に着地した反動をバネにすぐさま立ち上がり、ザイゴートへ向き直るが――頭部の真横を通り抜けた
振り向けばブレンダンが運転する高機動車の助手席から立ち上がり、ボンネットに片足をついてブラストを構えるカノンが居た。
「カノンちゃん、ブレンダンさん!」
「ミツハちゃん、避難誘導手伝います!」
「俺はタツミたちと合流する、頼んだぞ!」
「はいっ!」
車から飛び降り、ブレンダンはソーマとタツミの交戦ポイントへ走り出した。
その後はカノンと共に二人で避難誘導をしながら、ミツハがオウガテイル、カノンがザイゴートを迎撃する。
5分程度で住人は避難し終え、取り残された人が居ないか見回りをしながら周囲のアラガミを排除していった。
そんな中、再び通信が入る。大型アラガミが壁に到着したようだ。
『大型種、防壁を破壊しB15エリアに侵入! クアドリガです!』
『B15!? くそっ、距離があるな!』
タツミたちの腕輪のビーコンを確認すると、交戦ポイントはA11エリアだった。そこからB15エリアまでは直線距離で1.5キロメートルほどだ。そのうえ家屋が乱雑に建てられているせいで道が入り組んでおり、実際はもっと距離がある。
クアドリガの侵入地点から一番近い場所に居るのは、見回ってA18エリアまで来ていたミツハとカノンだった。
不安げにカノンと顔を合わせる。しかしそれもほんの一瞬だった。
二人は意を決めたように互いに頷き、B15エリアに向けて走り出す。
「タツミさん、私とカノンちゃんでクアドリガの足止めをします!」
「みなさんが来るまでの時間は稼ぎますので!」
『……わかった。そっちにソーマとブレンダンを向かわせるからそれまで頼む! けど危険だと思ったらすぐ撤退しろ、いいな?』
はい、と緊張を含んだ声を二人揃わせた。