Kuschel   作:小日向

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023 防衛任務・後編

 全速力で走れば700メートルほどの距離を1分足らずで辿り着けた。ノルンでアラガミの情報を見ていたため、クアドリガの姿は知っていたが実物を見るのは初めてだ。

 

 クアドリガは戦艦や戦車といった人類が作った兵器を捕喰したオラクル細胞によって生まれたと考えられており、他のアラガミとは異質な存在感を放っている。キャタピラをした脚を持ち、ミサイルポッドを装備しているアラガミは動物的ではなく、まさしく生きた戦車だ。

 

――アラガミってなんでもありだなぁ!

 

 そんなことを思いながら、バラック小屋を壊して進むクアドリガの前に立つ。

 

 切断のみに長けたヴァリアントサイズでは、クアドリガに有効打は少ない。唯一『排熱器官』と呼ばれる頭の横に広がる部位は鎌が通りやすいのだが、そこを狙うには跳躍しなければならない。普段咬刃を大きく展開して中距離から狙うスタイルのミツハには厳しい相手だった。

 

「ミツハちゃん! 私、前脚を狙って動きを止めます!」

「わかりました!」

 

 カノンのバレットは破砕に長けており、クアドリガの前脚は破砕に弱い。なるべくカノンの射線に入らぬようクアドリガの側面に回り、大きく飛び上がって排熱器官を神機に捕喰させた。バースト状態になり体細胞が強化されると、跳躍の距離も伸びて体力の消耗も抑えられる。

 

 着地し、クアドリガが怯んだのを確認して神機からカートリッジを取り出した。オラクルが詰まったアンプルをカノンに放つ。オラクルを受け取ったカノンはもう一度クアドリガの前脚に放射バレットを撃ち込んだ。

 

 足を止めたクアドリガは怒りの炎を上げるように黒煙を纏わせる。そしてその黒煙から火炎を発生させた。範囲外にいたカノンは無事なようだったが、クアドリガのすぐ近くに居たミツハはすんでのところで後退したものの少し火傷を負ってしまった。

 

「ミツハちゃん!」

「っ……だ、大丈夫! 私、壁のほうに誘導させますね!」

 

 クアドリガのヘイトはミツハに向けられ、壁へ向かって走り出したミツハを追うようにクアドリガも前進する。これで第一防衛ラインより先へ行かれることはないだろう。

 

 ミツハは咬刃を展開させ、カノンの銃撃によりダメージを負った前脚へ鎌を入れる。キンッ、と硬い音が響き、やはりダメージがあまり通っていないことが窺えた。

 

 その時、クアドリガの頭に巨大な刃が振り落とされる。

 鋸の形状をした、鈍色のバスターブレードだった。

 

「ソーマさん!」

 

 2キロ近い距離を3分もしないうちにソーマが駆けつけた。頭を潰した後はクアドリガの正面に立ち、前面装甲に神機を叩き込む。

 

「カノン、ミツハ、よくやった! あとは援護を頼む!」

 

 ブレンダンも合流し、指示に従ってミツハは前線から一歩引く。ソーマは慣れた動きで大型アラガミを翻弄し、ブレンダンも攻撃を躱しながら隙を見て渾身の一撃を叩き込む。クアドリガは二人の猛攻に怯み、暴れるように突進を始めた。

 

 ミツハはその突進を避けつつ、クアドリガと一緒に入って来たのであろうオウガテイルに近づく。咬刃を大きく展開させ、刃先をクアドリガに当てながらオウガテイルを押し返す。後退したオウガテイルに踏み込んで捕喰した。通常値に戻りそうだったオラクル活性を持続させ、バースト状態を維持する。

 

「来るぞ!」

 

 ソーマが注意を促すと、クアドリガは小さく前脚を上げつつミサイルポッドを展開し始めていた。正面に立たぬよう側面へと回り、ミツハも周囲を確認しながらそれに続く。

 

 その時、見渡した視界に赤がよぎった。

 

 通り過ぎそうになった視線を止める。その先には、赤毛の少年が瓦礫に隠れるようにして身を縮めていた。

 少年と目が合い、怯え切った瞳はミツハにこう訴えた。

 

 ――たすけて、と。

 

「ミツハ!?」

 

 ブレンダンの自分を呼ぶ声を聞きながら、ミツハは少年のもとへ――クアドリガの爆撃範囲内へ走り出した。

 

 ミサイルポッドからは小さなミサイルが八つ生み出される。少年のもとへ辿り着く前にミサイルは放たれるだろう。このままでは少年諸共ミツハもミサイルの餌食になる。

 

 ミツハはウエストポーチに手を伸ばし、金属筒についたセーフティーレバーを握り締めてプルリングを歯で引き抜いた。

 

「スタングレネード、いきますっ!」

 

 叫びながらクアドリガに向かってスタングレネードを投げつける。

 

 途端に辺りは目映い閃光に包まれ、同時に目に見えない偏食場パルスも発生する。偏食場パルスによってアラガミのオラクル細胞の結合が混乱を起こし、怯んだクアドリガのミサイルは進路を崩し、少し逸れた位置に発射された。

 

 滑り込むようにして少年のもとへ辿り着いたが、装甲を展開する余裕は無い。ミツハは少年の身体を覆うように抱きしめて爆風によって飛ぶ瓦礫から少年を守る。

 

「ミツハ、子供を連れて走れ!」

 

 ブレンダンの言葉に従い、怯えて動けずにいる少年を抱えてその場から離れる。

 クアドリガが怯んでいるうちに攻撃範囲外へ逃げ込みたかったが、10秒にも満たない効果ではそれも叶わなかった。クアドリガは唸りを上げてミツハへ向かって突進する。

 神機と自分と身長の変わらない少年を抱えては、当然動きが鈍くなる。クアドリガの突進を避けられそうにない。

 

 ――しかし、クアドリガの突進はピタリと止まる。

 

 痺れるようにその巨体を震わせながら地面に張り付いたのだ。肩越しに振り返り、その姿を確認したミツハは思わずガッツポーズをした。

 

「敵、拘束しました!」

「……あっ、ホールドトラップですね!?」

「はい! 上手くかかって良かったです!」

 

 逃げている最中にホールドトラップを設置していたのだ。怯んでいたクアドリガはそのことに気づかず、ミツハの後ろを追った巨体はまんまと罠にかかって大きな隙を作った。

 

 絶好のチャンスにソーマたちは畳みかけるようにクアドリガに攻撃を喰らわせていく。ミツハだけはその猛攻に参加せず、クアドリガから離れた位置まで移動して少年を地面に下ろした。

 

 右足から出血しているが、傷はそこまで深くないように見える。ウエストポーチから包帯を取り出して止血を行いながら少年に話しかける。

 

「他に怪我は無い?」

「……無いです。あのっ、ありがとうございます!」

「良かった〜! もう大丈夫だからね」

 

 ミツハが笑いかければ、少年は安心したのかじわりと目に涙の膜を張った。零すまいと腕で乱雑に涙を拭い、もう一度元気な声でミツハに礼を言った。

 

 テーピングは経験があり、研修中にも習ったので問題無く止血は終えた。歩けそうにないため一人で避難所に向かわせることはできない。ここで待機してもらい、クアドリガの討伐にミツハも加わろうと神機を握って立ち上がる。

 

 戦局を確認すれば、中型種を倒し終えたタツミが合流し、四人でクアドリガに猛攻を続けていた。瀕死のクアドリガにとどめを刺したのは、ソーマのチャージクラッシュだった。

 

『オラクル反応消失! みなさん、ご無事ですか?』

『死者は一人も出てないぜ。民間人が一人負傷したが命に関わる傷じゃない。――うっし、お疲れさん!』

 

 オープンチャンネルに入った通信が、防衛任務が無事終了したことを告げていた。建物の損害はあるが、神機使いと民間人共に死者は出ていない。ほっと胸を撫で下ろし、こちらへ近づいてくるカノンたちに手を振った。

 

「お疲れさまです!」

「お疲れさまです、ミツハちゃん! かっこよかったです!」

「良い機転の利き方だったな」

「バースト状態がギリギリ続いてたので、なんとか間に合いました!」

「短い間に成長したなぁ。よくやったな、ミツハ。民間人を救出した上で生き残り、応急処置も済ませてある。百点満点だ」

 

 にっとタツミが笑う。手放しでミツハを褒めるので嬉しさと恥ずかしさが込み上げ、首を摩りながら笑い返した。

 

 ブレンダンが赤毛の少年を背負い、避難所へ連れて行くため乗ってきた高機動車まで歩き始める。来た時と同じ面子で分かれ、ブレンダンが運転する車が避難所へ向かい、タツミたちは先にアナグラへ戻ることになった。今度はミツハが助手席に乗り、運転するタツミに分かれている間の報告をしながら車は進んだ。

 

「ジーナたちから聞いていたが、ミツハは近距離型なのにサポートが上手いな。周りをよく見てる」

「本当ですか? 実はソロよりチーム戦のほうが動きやすいんですよね」

「珍しいタイプだな。防衛班にとっちゃ大助かりだ」

「えへへ、ありがとうございます」

「怪我は軽い火傷と瓦礫による切り傷か。五体満足で何よりだ」

「大きな怪我無く乗り切れてめちゃくちゃ嬉しいです」

「あんなことがあったばかりだからなぁ。この調子で次も頑張れよ!」

「はい、絶対生き抜いてみせますっ!」

 

 タツミの激励に元気良く返事をした。ミツハの身体は確かに小さな傷は多数あるものの、神機使いの治癒力をもってすれば半日もあれば消えてしまう程度のものだ。

 

――あれからほんの少しくらいは、強くなれたかな。

 

 ソーマの前で大きな怪我無く生き残ることができて、本当に嬉しかった。

 そのことがとてつもなく嬉しく、思わず口元が緩んでしまう。あの断髪の夜を思い出し、ちらりと後部座席に目を向ける。ソーマと目が合った。

 

「あっ、えと、ソーマさん! 今日はありがとうございました!」

「助かったぜ、ソーマ。やっぱ大型に慣れてるヤツが居ると段違いに早いわ」

「手が空いてたから行っただけだ」

 

 鋭さが少ない蒼い瞳にどきりとして、誤魔化すように礼を言った。すぐに顔を逸らされフードで見えなくなってしまったが、ミツハはくすぐったい気持ちになった。

 

 タツミは上機嫌で車を走らせる。整備の行き届いていない外部居住区の走行は乗り心地がかなり悪い。ガタガタと揺れる助手席で、切り傷を見ながらミツハは小さく微笑んだ。

 

 少年を守ってできた小さな切り傷。初めてできた類の傷だ。

 ミツハにはこの傷が、防衛班の勲章に思えた。

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